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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
3章 魔女の使いに出来ること 【『アレクシス』捜索編】
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三人の短い旅

戦争を止めるため、兵器『アレクシス』の捜索を一時停止したエリィとニーナ。

アルケイデアの王子に話を付けようと国へ戻ることを決めたニーナを、エリィは送り届けることにする。

 心地よく揺れる馬車の中は十分な広さがあり、柔らかなソファに腰かければ、そこは睡眠をとるにも十分すぎる空間だった。

 翌朝エリィはニーナ、ヨルと共にゲルダの元へ向かい、ニーナの許可を得た上で彼女に昨日の話の全てを伝えた。人払いをした奥の部屋で、椅子に座ったゲルダは話の内容を飲み込むように頷く。


「それなら、私も一緒に行くよ!」


 立ち上がったゲルダはそう言ったのだった。

「ミエーレの国内なら、私だって行ってもいいでしょう? それにニーナの護衛なら、エリィだけじゃ不安だからね」

「なんだと!」


 不満そうに声を荒げたエリィだったが、確かにゲルダが居てくれるのは心強い。いつもと変わらない笑みで拳を突き出した幼馴染に、エリィは困ったように笑った。

「ね、いいかな?」

 話を振られたニーナは、少し遠慮気味に頷く。

「ゲルダさえ良ければ。あまり目立つ行動はしたくないから、移動は徒歩になってしまうけれど……」

「ありがとう! それなら大丈夫だよ。私、体力には自信あるから!」


 早速準備をしようと部屋を出たゲルダの背を、ニーナが困惑した様子で見つめている。


「今更遠慮なんてすんなよ。特にあいつの場合、そりゃお前の心配もあるだろうけど、ただ動きてーだけみたいなとこあるし」


 何となく理解が出来て、ニーナが笑みを零した。

 エリィとニーナの手伝いをする、という彼女の意思は、その依頼内容が変わったところで決して変わることはない。


 簡単に身なりを整えたゲルダが部屋へと戻って来ると、三人はそろって病院を出る。

 するとエリィのすぐ後ろを歩いていたヨルが、ふと三人とは異なる方向へ進んだ。


「ヨル? どこ行くんだよ」

 首を傾げたエリィをちらりと振り返り、ヨルが大きくため息を吐いた。

「お散歩だよ。なに、僕がいないと不安なの?」


「は、はぁ?! 違ぇーよ! 突然勝手に行動するなって言ってんだ! あのババアも大概だけどな!」

 声を荒げたエリィに、ヨルがわざとらしく眉を寄せる。

「二人がノブルに戻ってくる頃、また迎えに来てあげるよ」


 ヨルが小さく鼻を動かして、エリィとゲルダに視線を送る。

 振り向きざまにほんの一瞬だけ、鋭い視線がニーナを刺した。


 ニーナが何か反応するよりも先に、その小動物は短い手足を動かしてノブルの街へと消えて行った。


「なんなんだよ、あいつ!」

 憤怒するエリィの横で、目を丸くしたゲルダが人差し指を顎に当てる。

「どうしたんだろう、ヨルちゃん。珍しいね」

「ふん、どうせ便所だろ。あいつが居なくたって俺は問題ねーっての! 行こうぜ」

「そっか! ヨルちゃん、すっきりすると良いね!」

 どこか的外れな回答を返したゲルダに半ば呆れた視線を向けつつ、エリィはヨルが向かった方向とは異なる道を進んで行く。


「ニーナ?」

 その後に続いたゲルダに声をかけられ、ニーナははっと肩を揺らした。

「……すぐ行くわ」

 ニーナはフードを被り直し、ただもう一度だけヨルが進んだ道の先を見る。

 既にその小さな影は、人込みの中へと消えていた。


  * * *


 夜遅くにたどり着いたミエーレの端の街で、彼らは宿に泊まる。翌日、昼間の時間を適当に街でつぶした三人は、人々が寝静まったのを見計らってから動き始めた。

 街を出て、ミエーレの国境を越え、道なき道を進む。過去誰かが使っていたらしい道は、既に数十年の時の中ですっかり風化してしまっていた。


「すっかり荒野って感じだね」


 先頭を歩くゲルダが、周囲を警戒しつつ呟く。独自に生を続ける木々や草花が、夜の気配に身を潜めている。

「昔は、この辺りも人々の生活圏だったのよ。国という集団が誕生して、その生活圏が国境というもので区切られるようになるまではね」

 その後を続くニーナが、フード姿のまま答えた。

「もう少し進めば、今は使われていない集落の跡地があるわ。夜風を凌ぐくらいは出来るはずだから、一度休憩しましょう」


 空を見上げたエリィが、雲一つない夜空に息をついた。ミエーレを出てからここまで、警戒を休まずかつ迅速に行動を続けていたのだ。

 宿を出る時刻までは十分睡眠をとった上、日が沈んでからの行動でこそあったが、普段感じない緊張感の中でエリィの疲労は既に十分と言って良い程溜まっている。


「まあ、無事ミエーレを出れて良かったな」

「ええ、もうここまでくれば、ミエーレの誰かと鉢合わせる心配はないわ。ありがとう、二人とも」

 ミエーレ内の案内はほぼゲルダが請け負い、エリィはただ二人についていくことしか出来なかったものの、こうして感謝の意を伝えられるとどこかむず痒い。


「もちろん、アルケイデアの国境までは送っていくよ! 道中は私にいっぱい頼ってね!」

 腰から下げたポシェットから、小さな包みをいくつか取り出したゲルダが、笑顔でニーナへとその包みを手渡す。

「はい、これあげる! エリィもいくよ!」

「いてっ!」

 突然投げつけられた包みを顔面で受け、エリィがゲルダを睨みつける。

「ナイスキャッチ!」

 咄嗟に手のひらですくったそれを見て、エリィはため息を吐いた。


「俺、これ嫌いなんだよな……」

「文句言うなら返してもらいまーす!」

「おい、だれも食わねーなんて言ってねーだろ!」


 自分を挟んで戯れるような二人の様子に、ふっとニーナが笑みを零す。手のひらに収まった包みを開くと、分厚いクッキーのようなものが見えた。

「これは?」

 嫌がるエリィから包みを取り上げようと腕を伸ばしていたゲルダが、その動きを止めてニーナへ視線を向ける。


「これはね、私の栄養満点手作り携帯食料! そのまま噛りついてね!」


 新しく取り出した包みの個包装を解き、その中身を触らないようにしながらゲルダが齧りつく。

「手作り……」

 いびつな形をした手元の携帯食料を興味深そうに見つめながら、ニーナは少し遠慮気味に、手元の携帯食料へと口を付けた。


「……ウッ」


 思わず漏れたうめき声に、ゲルダが笑い声をあげる。

「やっぱりおいしくない?」

 自身の携帯食料を死守したエリィが、それを手のひらで守るように抱きしめながら、薄い目でニーナの様子を見た。


「大丈夫か? 慣れないうちは無理して食うことねーぞ」

「もう! 味はちょっとアレだけど、疲労はもちろん肩こり腰痛、心の病に効く色んな薬草とかを混ぜてあるんだよ! 体の回復力だって上がっちゃうんだから」

「どんな魔剤だよ」

「原料はエリィが持ってきてくれたんでしょ!」


 過去に『万能薬』を作りたいと言ったゲルダへ、エリィが知っている限りの薬草や聖水と呼ばれる水を届けたことがある。その結果出来上がったものが、この携帯食料だ。

 流石はジェシカから教わった原料なだけはあると言うべきか。味こそ最悪だが、実際の効果をエリィは知っている。

 だからこそ、どれ程まずくても我慢して飲み込もうと思えるのだ。


 口元を抑えたまま俯いてしまったニーナを、ゲルダが心配そうに見つめる。

「ニーナ? 本当に辛かったら私が食べるよ……?」

 しかしニーナは、そのまま力強く首を振った。


「いいえ、ごめんなさい。違うの、ゲルダ。……これ、とってもまずいわ」


「おいおい、まず過ぎて変なこと言ってんじゃねーか」

「ど、どうしよう! ごめんねニーナぁ!」

 足を止めてしまったニーナが顔を上げる。涙に濡れた瞳が笑っていた。


「とってもまずいけれど、……とても、おいしいの」


 思わずエリィはゲルダと顔を見合わせる。

 再び歩き始めたニーナは、時間をかけて携帯食料を食べ切った。

 エリィが差し出した水を思い切り飲み込んで、どこか清々しそうにありがとうと答えたのだった。


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