表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
2章 変化する日常 【『アレクシス』捜索編】
26/110

新しい依頼

「お前は第一王子のダリアラに頼まれて『アレクシス』を壊そうとしてて、それは第二王子のハイドラを王にするため……ってことか?」


 帰り道。街灯に照らされた道を歩くエリィが、すぐ隣を歩くニーナへと問いかけていた。首都カトの夜は賑やかだ。彼らの話の内容など、誰も気に留めることはない。

 ニーナが頷いて答えた。


「そうよ。ダリアラ様は、ご自身の体調を考え、自ら王の座を辞退なされた。でも周囲の人々は納得しない。だから『アレクシス』を使って、ハイドラ様が王になることを周囲に納得させようとしたの」


「……確かに、立場上ダリアラという王子は表立った行動は出来ない。動けない自分の代わりに君を動かしたのか」

 すれ違う人々に気付かれないように、ヨルが小さな声で話を続けた。

 それはダリアラという王子からの、絶対的な信頼の証だろう。そしてこれはアルケイデア王国の内情の、その裏の話だ。そう簡単に打ち明けられるものではない。

 ニーナが説明を拒んだことにも納得がいった。


「ごめんなさい。『アレクシス』を壊してハイドラ様が王に成られたら、ちゃんと説明するつもりだったの」

 足元を見つめるニーナの横顔を見て、エリィが肩を竦める。

「いいよ、別に俺はそこまで気になってなかったし」

 ちらりとエリィの顔を見たニーナが、ほんの少し口角を上げた。


 とはいえ、この話は解決への道どころか更なる迷宮へと進んでいる。『アレクシス』は見つからず、アルケイデアは次期国王を決めるべく、ダリアラの思惑とは異なる動きを見せ始めている。


「きっと、軍を動かそうとしているのはハイドラ様よ。彼が武力で威厳を示そうとしているのなら、止めなければいけない」

 一度抜いた剣を仕舞うには、それ相応の理由と結果が必要だ。


 ニーナが『アレクシス』を破壊するよりも先に、アルケイデア国とミエーレ国が交戦を始めてしまえば。

 彼女がここに居る理由は、無くなってしまう。


「そしたら、今度はフランソワに『アレクシス』のことを言ったとかいう神サマを探してみるか? あー、でもそいつらも場所わかってねーんだっけ」

 エリィは腕を頭の後ろで組み、いくつかの方法を提示していく。


「その神サマの言葉を信じるなら、『アレクシス』は防衛装置らしいしな。それさえ見つかれば、戦争だって止められるだろ!」


 矢継ぎ早に言葉を続けるエリィの隣から、人影が消えた。

 突然立ち止まったニーナが、数歩先を進んだエリィの背を捉える。エリィも同じように足を止め、頭の後ろで組んでいた手を下ろして振り返った。


 周囲の人々は、彼らの存在を気にも留めずに通り過ぎていく。喧騒が二人を包んでいる。

 動き続ける人々と止まない音の中で、たった二人だけが、止まっていた。


 夜風に揺れた髪が、彼女という存在を静から動へと変えていく。

「エリィ。私は、国に帰るわ」


 エリィの耳から、喧騒が遠退いた。

 それはエリィにとって、とても重い一言だった。


「今は『アレクシス』を見つけるよりも先に、やらなければいけないことがある。少しでも早く国に帰って、ハイドラ様を説得するの」

「それは――」

 彼女の意思は曲がらないだろうということに、エリィはすぐに気づいた。

「確かに『アレクシス』が見つかれば、戦争は抑えられるかもしれない。でも、それがいつになるかわからないことを、私は知っているから……。それなら、『アレクシス』を探し続けるより、ハイドラ様の元に行く方が確実だもの」


「……そんなこと、出来んのかよ」


 まるで負け惜しみのような一言が零れて、エリィははっと口を閉ざす。

 しかしニーナはそんな彼の様子を気に留めることもなく、ゆっくりと頷いた。


「私にしか、出来ないわ」


 それは確信だった。

 彼女にはそう言い切れるなにかがある。そうわかった。

 エリィに、彼女を止める権利はない。


「……わかった」

 眉間にしわを寄せたエリィの表情にどこか違和感を覚えながらも、ニーナはほっと肩の力を抜いた。

「ありがとう。ここまで手伝ってくれて――」


「俺も行く」


「……え?」

 予想外の答えに、ニーナの言葉が止まる。エリィの瞳は、決して冗談を言っているようなそれではない。

 エリィが開いていた数歩の距離を縮め、ニーナの前に立つ。


「『アレクシス』は見つけてやれなかったけど。それなら俺は、お前を王子のとこまで送り届けてやる」

 見上げる少年の表情が、夜の街中でもよくわかる。

 それは、決意の瞳だ。


「俺への依頼、変更してくれ」


 ようやくニーナは、彼の眉間に寄ったしわの理由を理解した。


 彼は、悔しがっているのだ。自身の不甲斐なさを感じているのだ。

 だから彼の顔は、どこか泣きそうにも見えるのだろう。

 責任感と自負の念に押しつぶされそうになりながらも、ほんの少しのプライドを手放すことなく、彼はこうして立っている。


 ニーナは、数日前の自分の姿を見ている気分だった。


(ダリアラ様が私を信じて命令してくださったのに。一人では『アレクシス』を壊すどころか、見つけることも、手がかりすら得ることは出来なかった私の姿……)


 エリィと出会って、屋敷の部屋で一人になったあの日の夜。ニーナは自国から見るものと同じ月を見上げて呟いた言葉を思い出す。


 どんな手を使っても、何を頼っても。絶対に、『アレクシス』を見つけ出す。


 アルケイデア内を探し続け、結局『アレクシス』を見つけることは出来なかった。

 それでも彼女の中のほんの少しのプライドが、『ダリアラの元へ戻る』という選択肢を彼女に与えることはなかった。


 自分の身が危険だと分かっていても。隣国の、敵国の魔女を頼っても。

 必ず、主人の願いは叶えるのだと。


「……ふ」

 つい、零れた笑みにエリィが眉を寄せる。

「な、なんだよ」


「……似た者同士ね、私たち」


 ほんの少し口元を抑えたニーナが、その手で髪を退ける。数日前と同じように、彼女の瞳の空色がエリィの視線を奪った。

 彼の肩の上から、子鼠の鋭い視線が刺さった。ほんの一瞬だけ、その視線に瞳をぶつける。

 無言の牽制が、ヒヤリとニーナの背に悪寒を走らせた。


(わかってるわ)


 言葉に出すことなく、ニーナは頷く。元より、最後まで彼を頼るつもりなどなかった。『アレクシス』の所在さえわかれば、エリィには別れを告げて一人で向かうつもりだったのだ。

 ここで、彼を更なる危険に晒すつもりはない。


「ありがとうエリィ。でもね、アルケイデアには私一人で帰るわ」


 エリィの表情が、動揺に揺れていた。

 彼が一緒に来てくれればどれ程心強いことだろうと、ニーナは心の中で呟いた。

 しかしアルケイデアに入れば、エリィにとって周囲の人間全てが敵になる。それはニーナがミエーレ国で過ごすよりも、数倍も危険な状況だ。

 万一の際、エリィは自身の身を守るだけの力を持ち合わせていない。


 そして何より、アルケイデア国民はミエーレ国民と比べ、数倍も国外の人間に対する偏見が強い。彼がミエーレの人間だと分かった瞬間、すぐさま監獄に幽閉されてしまうだろう。

 そうなってしまえば、いくらニーナが動いたところで彼を助け出すのは至難の業だ。

「で、でもそれじゃあ、俺は」


「エリィ。私はもうこれ以上、『アレクシス』を探さないなんて言ってないのよ」


 遮られた言葉は、エリィの喉の奥へと消えていく。どこか幼い表情が、驚きに飲まれていた。


「あなたはあなたなりに、この『起こるかもしれない戦争』を止めて。私は私に出来ることをするわ。そしてこの話が片付いて、あなたが王子からの依頼を完遂した後に……。もう一度、私と一緒に『アレクシス』を探して欲しい」


 子鼠の視線が気にならなかった訳ではない。しかしこれが、今の自分にとっても、この少年にとっても、最前の行動であるという自信がニーナにはあった。


(そしてこの選択は、きっとダリアラ様にとっても最善のはず)

 半ば自分に言い聞かせるように、ニーナは目を伏せて思う。


「これが、私からあなたへの新しい依頼よ。……お願い出来るかしら」


 あとはこの少年と、その肩の上に鎮座する小さな怪物の回答を待つだけだった。

 しばらくの間呆然とニーナを見つめていたエリィが、やがてほんの少し開いていた唇を噤む。

「よく、わかった」

 握りしめた手のひらを持ち上げると、その様子を動揺半分で見つめていたニーナの目の前で自身の薄い胸の前に置いた。


「任せろよ。その依頼、魔女の使いが請け負った!」


 力の籠ったその拳は、本人が考えていた以上に彼の胸を勢いよく叩きつけた。ドンという鈍い衝撃音と共に感じた強い鈍痛に、エリィは思わず咽てしまう。

「げほっ!」

「だ、大丈夫?」

「大丈夫だ!」


 強がるように少し強めの声でそう答えたエリィに、ニーナは肩を竦めて笑う。


「そしたらさ。せめて、アルケイデアの傍まで送ってやるよ。まあ、ついでみたいなもんだからさ」

 ちらりとヨルの様子を窺うが、彼はどこか諦めたように目を閉じている。


「……わかった。お願いするわ」

 にこりと笑ったエリィが、再び先導を始めた。この先で、フランソワが用意したという馬車が彼らを待っているはずだ。そう待たせるわけにはいかない。


 ニーナは頷いて、どこか名残惜しそうに周囲の様子を見物しながらその後を追った。

 街灯に照らされたレストランの窓に、赤髪の少年と肩の上の子鼠、そしてフードを被った少女の姿が映っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 描写が丁寧かつ、自然な会話のやり取りによって、物語の世界に入っていきやすいです。 [一言] 続きも読ませていただきます。 更新作業、がんばってください。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ