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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
2章 変化する日常 【『アレクシス』捜索編】
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二人目の依頼主

 そんなニーナの様子に、フランソワはふむと腕を組む。


「質問を変えようか。君は、自分の意思で動いている訳じゃないね」


「!」

 フランソワが笑った。

「驚くことはないよ。この場での身の振り方を見れば、君に『思考を与えている人間(主人)』が居ることくらいわかる。『アレクシス』については、その主人から聞いたのかな。それとも、僕と同じように神様から?」

 ヨルは静かに納得していた。彼女の意思だけで動けるような案件ではない。彼女の意思を握る絶対的な何かに、ニーナは動かされているのだ。


 最早、思考は無意味だった。

「……王子です」

 ほう、とフランソワが興味深そうに身を乗り出した。その後ろのシンハーさえもが、その眉をほんの数ミリ単位で動かす。

「王子?」

 そしてエリィが漏らした声に、ニーナはどこか申し訳なさそうに頷いた。


「なるほどね。確かにそれは……特に、僕みたいな立ち場の人間に、そう簡単に話せるようなことじゃない。君があれほど言葉を詰まらせた理由が、やっとわかったよ」


「王子って、国王を継ぐかどうするかでもめてる二人のことか?」

 エリィは今のアルケイデア国内の情勢を思い出す。

 肩の上に腰を下ろす、ヨルとの会話と共に。


「ええ。でも、私に『アレクシス』を破壊するように命じたのは……『ダリアラ様』」


「ダリアラ……。ダリアラ・アルケイデア・アンジエーラか。体調が優れず継承権を破棄した、アルケイデアの第一王子」


 フランソワはふむと腕を組んだ。

「でも、どうしてこのタイミングで? 『アレクシス』を破壊するよりも先に、自分の国をどうにかするのが先なんじゃないかな」


 その通りだとエリィは思った。どうしても探し出したいのだとすれば、一度自分が王になってからその権力で探させることだって出来ただろうにと。


「ダリアラ様……ダリアラ殿下は、第二王子のハイドラ殿下に王座を継いで欲しいと、強く望んでいらっしゃいます。『アレクシス』の破壊を私に御命令なされたのは、その手柄をハイドラ殿下のものにして、殿下が王に成ることを周囲に納得させるためだと仰いました」


 興味深そうに足を組みなおし、フランソワが細い指を自身の顎に添える。

「そうか。やはり、アルケイデア第一王子は、王座を望んでなんていなかったのか」

「ご自身の体調と、アルケイデア王国の今後をお考えになられた結果です。王座を望まれていなかったのではありません。ただ、それが最善だったというだけ」


 この少女は、ダリアラという存在に深く陶酔している。ヨルはそう感じた。

 そんな感想をフランソワもまた、同じように抱いたことだろう。

「国民に知られる前にその危険な兵器を先に壊してしまうことで、王になった弟の負担を少しでも減らすことが出来る。なるほど、良い兄上だ」

 当然だとニーナが頷いた。しかしエリィの表情は晴れない。


「でもそれは、ニーナが言う様に『アレクシス』が危険な兵器だった場合だろ? そもそもそのダリアラってやつは、誰から『アレクシス』のことを聞いたんだろうな」


 それは正に、この話題における最大の疑問点だ。

「……聞いていないわ。ただ、王家に伝わる国家機密なのだとだけ」

 ニーナは疑問にすら感じなかったのだろう。アルケイデア王家で受け継がれていたのだろうとニーナは考えていたが、フランソワのように神という存在から聞かされたのかもしれない。

 その答えは、この場では得られない。


「まあとにかく、アルケイデアが『アレクシス』を用いて戦争を起こそうとしている訳じゃあない、ということはわかった。君が嘘さえついていなければね」

 なにか反論したそうに眉を寄せたニーナを、フランソワがまあまあと宥める。

「でも、アルケイデアの軍隊が動きを見せていることはこちらも把握済みなんだ。今はまだ表立った動きは無いようだけれど、もうすぐこちらも動かなければいけなくなるだろう」

「そんな……!」


「でもね。出来ることなら僕たちだって、戦争なんてしたくはない。これほど無意味なことはないだろう? 返して欲しいなら移民は返すし、黙っていて欲しいなら今後も変わらず彼らを受け入れよう。法を犯したり、不審な動きを彼らがしない限りはね」

 ニーナの呼吸が、緊張で浅くなる。握りしめた手のひらにじんわりと汗が浮かんだ。

 口角を上げたフランソワの薄い唇の隙間から、鋭い牙が見えた。


「だから今日、僕は君を呼んだんだよ」


 今までニーナへと向けられていた三白眼が、突然エリィの姿を捉えた。ほんの一瞬だけ、まるで金縛りにでもあったかのように、エリィの体の自由が利かなくなる。

 そしてようやく、この日この場所を訪れた理由を思い出した。


「そうだ、依頼!」


 思わず声を上げたエリィの肩の上で、ヨルが呆れたようにため息を吐く。グルニエ草の話をしていた頃が最早懐かしい。

 アルケイデアからの移民問題、空席状態のアルケイデア王座、そしてフランソワの前に現れた二人の神と『アレクシス』。

 あまりにも膨大な情報量を一気に獲得したエリィの頭は、既に膨張寸前だ。

 ここでさらに新しい情報を仕入れなければならないのかと、エリィの気が遠くなる。


「その、あんまり難しいことは言わないでもらえると助かる……」

 尻込みするように語尾を濁しながら言ったエリィへ、フランソワは声を漏らして笑った。

「なに、大丈夫。むしろ今日話した中で、何よりも単純で明快な依頼だよ」

「単純で明快……?」


 この数日に続いて頭を使いすぎたエリィの脳には、そんな単語すら素直に入ってこない。

 しかしそんなエリィにもわかるように、フランソワはただ一言、


「戦争を止めて欲しいんだ」


 そう言った。


  * * *


「何が単純明快だよ」


 客人が去った客間で、フランソワが冷め切った紅茶を喉に流していく。その向かいに座ったシンハーがその太い足を組み、フランソワを睨みつけていた。

「どうして? あまりにも単純すぎて、エリィも面食らっていたじゃないか」

「あれは言葉の単純さと内容の複雑さのちぐはぐに、言葉をなくした奴の顔だ!」


 再びカップに口をつけ、フランソワは残っていた紅茶を一気に腹の中へ納めた。

「ふむ、彼をよく理解しているような言い草だね。アレは僕の友達だよ。僕のね」

 新しい玩具を手に入れた子供の用に、手元で空になったカップを弄ぶ。そんなフランソワに、シンハーは深いため息を吐いた。


「そんなだから、ダチが少ねーんだぞ」

「僕の機嫌が良いことに感謝するんだね。普段の僕の前でそんなことを言ったら、不敬罪で殺しているところだけど?」

「はいはい、悪かったよ王子様」


 受け皿に置かれたカップが、カチャリと無機質な音を鳴らす。窓の外はすっかり暗闇だ。エリィが動くとしたら明日以降だろう。

「本当に、あいつらにアルケイデアの軍勢を止めることが出来ると思ってんのか?」

 シンハーの問いかけに、フランソワは窓から視線を逸らさずに答える。

「正直、五分五分だと思っていたよ」

 窓に映る自分の姿は、まさにヒトそのものだ。街中に住まう人々と、何ら変わらない。

 ただ上等な衣服を身にまとい、ほんの少し耳が尖っていること以外は。


「でも、今の彼にはアンジエーラが居るからね。どうもここ数日、神は僕に味方してくれているみたいだ」

 数日前、彼の前に現れた二つの神。

 姿かたちは自分たちと大差なかったが、その存在感や纏う空気は、宛ら人のそれではなかった。


 フランソワの体には今も、彼らと対峙した感覚が残っている。

 少しでも逆らえば命はない。本能に語り掛けるような、そんな畏怖が。


「……さて。僕たちは僕たちで、『アレクシス』の調査を続けよう。まずは予定通り、例の洞窟からだ。もちろんアルケイデアの動きには細心の注意を払いながら……、いつでも対応出来るようにね」

 立ち上がったフランソワが、颯爽と部屋を後にする。シンハーは再びため息を吐いて立ち上がり、ぶつぶつと文句を呟きながらも主人の後を追っていった。

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