『アレクシス』と、神を名乗る侵入者
「君たちは良く似ているね。真っ直ぐで、解りやすくて、とても愛らしい」
「おい王子、いい加減に……」
今まで黙っていたシンハーが、これ以上はいたたまれないという様にフランソワへと小声で言う。フランソワはつまらなそうに短いため息を漏らし、ハイハイと乱雑な返事をシンハーへと返した。
ヨルもまた、先ほどから二人はフランソワに遊ばれているように感じていた。それは彼側であるシンハーにも感じ取れる程のものだったのだろう。
フランソワから見れば、エリィとニーナは揶揄えるだけの幼子同然なのだ。戦いにおける戦力差においても、対話という取引においても。
それは紛れもなく経験の差だ。今の二人に、この青年相手では分が悪すぎる。
「僕に隠し事なんて、今の君たちには出来っこない。無意味な駆け引きは時間の無駄だ。だから、素直に話を聞かせて欲しいな」
ニーナは手のひらを握りしめた。最早信じて貰えるか否かは問題ではない。この場で彼に嘘を吐くことで、得られるメリットが思い浮かばなかった。
短時間の間に、脳裏で膨大な量の情報をまとめる。現在の状況と照らし合わせる。
多少のリスクは覚悟してここに来ている。そして、ニーナは覚悟を決めた。
「――そうよ」
心配そうにニーナを見上げるエリィと、真っ直ぐにこちらを見つめるニーナ。その二人の様子を見て、フランソワは満足気に口角を上げた。
「『アレクシス』を手に入れて、君はどうするつもりだったのかな」
「破壊する」
「へえ。どうして?」
予想外だったらしい返答に、フランソワは小さく眉を動かした。
「……アルケイデア王国を、守るために」
エリィにとっても、その理由を聞くのは初めてのことだった。なんとも漠然とした理由だ。
彼女は『アレクシス』のことを、世界を破壊するだけの力を持った兵器だと説明した。確かにその兵器を壊してしまえば、世界の脅威は消える。アルケイデアという一つの国も、守られることには違いない。
しかしフランソワは、どこか納得がいかないように眉を寄せていた。
「国を守るためなら、壊さず持ち帰るべきじゃあないかな?」
「……どういう、ことですか?」
ニーナが怪訝そうな声で問いかける。まさか国を守るための武器にでもすべきだというつもりなのか。それとも、周囲への抑制力に? そんな疑問がニーナの頭を過ぎる。
しかしフランソワは、彼女の考えとはまったく異なる答えを返した。
「『アレクシス』は、この世界の『防衛装置』なんだろう?」
ニーナは今度こそ言葉を止めた。
隠し事があるわけではない。ただその言葉が、理解できていないのだ。
「防衛装置? 『アレクシス』は世界を破壊する兵器なんだろ?」
身を乗り出したエリィの問いかけに、今度はフランソワが閉口する番だった。彼の細い指先が、頬からその唇へと移る。どうやら自分の言葉に自信が持てないらしい。その表情が示すものは正に、今までの彼の様子からは想像も出来なかった困惑そのものだ。
「シンハー。数日前、僕が君に話した『アレクシス』について、彼らに伝えてくれ」
シンハーが後ろで組んでいた手を解き、片足に体重をかけて顎を撫でる。フランソワとの会話を思い出す様に時折人差し指で刈り上げた頭を掻きながら、エリィたちへ言葉を発した。
「えー……、この世界で最後に神が作ったもの。この世界を防衛するための装置……だったか? 確か五十年前の天変地異があの程度の被害で済んだのは、その『アレクシス』だかがあったお陰だとも言ってたな」
おかしい。ニーナはただ、そう感じた。
シンハーの言う『アレクシス』は、自分の認知する兵器からはあまりにもかけ離れた存在だ。
本当に自分が探しているそれと同じものなのだろうか。そんな疑問さえ抱いてしまう。
そして、それらは恐らく同一のものとみて相違ないだろう。似たような代物がこの世界にいくつもあってたまるものか。
理解が追い付いていないニーナに代わって、フランソワからの視線を受けたエリィが彼女から聞いた限りの『アレクシス』に関する情報を伝える。
「俺は、ニーナから『アレクシス』は世界を破壊することが出来る機密兵器だって聞いた。五十年前の天変地異の時にもその場所にあったけど、それは『アレクシス』が未完成だったから世界が破壊しなくて済んだんだってな」
作られた理由は不明。ただその兵器が『神の造形物』であるということは、この場に居る全員にとっての共通認識のようだった。
「なるほどね。それで君は世界を破壊するかもしれない『アレクシス』が、再び動き出す前に破壊しようとしている……。そういうことかな」
ニーナは黙って頷いた。
「どうやら僕たちの間には、『アレクシス』に対する大きな解釈の相違があったみたいだ」
片や世界を守る神からの贈物。片や世界を破滅へと導く神の産物。
「あ~わかんねぇ! どうしてこんなことになってんだ?」
知恵熱でぐらぐらとした頭を両手で押さえ、エリィが声を上げる。
「フランソワは誰から『アレクシス』の話を聞いたんだ? どうしてニーナの話と全然違うことになってんだよ!」
揺れた肩から振り落とされそうになったヨルが、必死に両手でその肩に捕まった。ぷらりと揺れた両足を使って、どうにか再びその肩へと戻って行く。
フランソワは小さく苦笑いを浮かべた。
「神様だよ」
「は……?」
目を丸くしたエリィが、両手を膝の上へと戻していく。ニーナ、エリィ、そしてヨルの視線が、真っ直ぐにフランソワへと向けられた。
「僕はね、突然僕の部屋にやって来た二人組の神様に教えてもらったんだ」
彼の言葉の真意がわからずにエリィは瞬きを繰り返す。
数百年も遡ることなく、神が人々と共存していた時代は確かに存在していた。しかしそれは過去の話。歴史上の話だ。
この世界に、神はもう居ない。
「二人組の神様は、十分すぎるくらいの警備をすり抜けて、僕のベッドの脇に立っていた。誰にも気づかれないままにね。そして僕に言った……。『世界を守った兵器』を、見つけ出して欲しいと」
自分の言葉を嘲笑するように、フランソワは長い睫毛を伏せて笑い声を漏らす。
この城の警備が万全であることは、エリィたちも確認済みだ。フランソワはミエーレ国第二王子。彼の自室ともなれば、更なる警備体制が布かれていることは想像に難くない。
そんな自室の、しかもベッドの傍に居た二つの存在。そして二人はその後誰に気付かれることもなく、フランソワの前から姿を消したのだろう。
「まさに神だ。彼らもそう名乗っていたしね。疑いたくても疑えない」
兵器の創造主である神が、そう言ったならば。
ニーナは自分の中で少しずつ確実にまとまっていく思考を、受け入れることが出来ない。
フランソワが肩を竦めてニーナを見上げる。
「君は違うのかな」
その問いかけは、過去に一度エリィが彼女へと求めた答えと同じものを求めている。
国家機密にも匹敵するような兵器。彼女は『アレクシス』をそう形容していた。なぜ彼女は、そんな機密を知っているのか。そしてなぜ、一人で隣国の魔女を頼ってまで探しだそうとしているのか。
言えない、と。以前ニーナは言った。それだけの理由があるのだろうとエリィは頷いたが、この青年相手にそんな言葉は通用しないだろう。
エリィが体ごと視線をニーナへと向ける。彼女は、判断を悩んでいた。