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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
2章 変化する日常 【『アレクシス』捜索編】
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天使が起こす戦争

「なんでまた……、そんな、突拍子もない」


 動揺を押し隠すように、エリィはゆっくりと言葉を吐き出す。しかし彼の困惑はその声と態度にありありと浮かんでいた。

 交流を断絶し互いに干渉を避ける。関係は険悪でこそあれ、二国にとってその状態こそが最良であった。

 五十年前の先祖がそれを望み、今を生きる新世代の者達も、今の情勢に不満を持つ者など居ないのだから。


 フランソワはどうにか答えを導きだそうと必死に思考を巡らせるエリィの様子に、ほんの少し口角を上げ、目を細めた。

「いいや、突拍子もない話ではないよ。アルケイデアからの移民が増える程、僕たちはアルケイデアからの攻撃に警戒していた。さっきも言った通り、その移民を使えばミエーレ国を悪に出来る。アルケイデアにとっては攻め入る大義名分が出来るわけだ」

「そんなの、ミエーレの奴らが納得しねーだろ」

「いいんだよ、アルケイデアの民さえ納得すればね。アルケイデア王が一言『戯言』を言えば、国民にとってはそれがルールだ」


 事の異常さを少しずつ理解したエリィが、無意識のうちに乗り出していた体をソファの深くに沈める。王が言った言葉こそ全て。それは絶対的な支配であり、先ほどのヨルの言葉通りの()()()()()だ。


「でもなんで今更、俺たちに戦争を吹っ掛けようとしてるってんだ? さっきあんたは、王の威厳を保つために戦わなかったって言ってただろ。もうその威厳とやらは要らねぇってのかよ」

 腕を組んだエリィに、フランソワが優雅な笑い声を漏らした。


「わからないのかい? 『王が死んだ』からだよ」


 ヨルがちらりとエリィの表情を盗み見た。想像通り、彼は理解出来ないとばかりにフランソワの顔を見つめている。

 そんな相棒の姿にヨルは内心ため息を零し、視線をその先に立つニーナへと向けた。

 彼女は、フランソワの言葉を理解しているようだ。


「アルケイデアの絶対的な宗教的統治制度は、『生き神』を演じ続ける王と、その制度を維持し続けるアンジエーラ族の人たちによって成り立っている。それは称賛されるべき絶対支配だ。……でも。その統治は『生き神』様の一言で国民を自由に動かせるという巨大なメリットの裏に、その存在が失われた時の『デメリットが大きすぎる』という難点があった」


 ただ黙って話を聞いていたヨルが、頭の中でアルケイデア内部の情勢を思い描く。

 一つの巨大な存在からいくつも枝分かれするように伸びる支配の傘。その巨大な存在が消えたことで、一つにまとめ上げられていた人々は一斉に散り散りになっていく。


 当然アンジエーラの者たちはそんなデメリットが、まさか現実に現れるとは夢にも思わなかったに違いない。唯一不安視されていた最初の王座引継ぎも滞りなく完了し、今はただ次なる王の成熟を待つだけだったはずだ。


「説明ばかりで申し訳ない。とはいえ、ここまで話せばエリィも理解してくれるだろう? アルケイデア二世は急死し、王の権威は薄れつつある。『生き神』を失った国民の不安は募るばかりだからね。――――そうだろう?」


「……っ」


 突然声をかけられたニーナが、びくりと肩を揺らす。

 フードの下からフランソワを見た。笑顔を浮かべたその男は、真っ直ぐにニーナを見つめていた。

「どうやら君は、僕の話を理解してくれているみたいだけど。僕の言いたいこと、伝わっているよね?」

 その瞳からは、昨晩見たヨルのものとはまた異なる力を感じた。ヨルの瞳が見る者に自ら魂を差し出させる魅惑の果実だとすれば。このフランソワの瞳は、差し詰め見る者から無理やりに魂を穿ち奪い去る悪魔の牙――。


「どうしたのかな」

 細められた瞳に、縛られる。

 不思議そうにその顔を見上げるエリィの瞳だけが、彼女をこの悪魔の牙から守り抜いていた。

「悪い、俺にはさっぱりで……」

 首をニーナの方へとめいっぱいに曲げ、エリィが小声で申し訳なさそうに呟いた。そんな彼の様子に、ニーナは意識を体の中へと納めていく。

 幼い少年のようなエリィの様子に、ニーナは小さな安心感を覚えた。


「募った不安を拭い去るためには、次の王はより一層の威厳を持つ人物でなければならない……。王の威厳は確かなものであると、再度国民に色濃く刻みつけるために」

「その通り!」


 ニーナの回答に満足したのか嬉しそうに手を合わせたフランソワが、再び目を点にするエリィへと説明を付け加えていく。

「以前のアルケイデアが戦争を選ばなかったのは、その方が王にとって都合が良かったからだと言ったよね。でも……今はどうかな」


 次の王は決まらない。

 空席となった王の権威は少しずつ、しかし確実に薄れていく。

 国を切り捨て、隣国へと移住する民の存在も、最早隠し通すことは難しい。


「この状況で、次の王が手っ取り早く国民に『権威』を示すことの出来る方法は何だと思う、エリィ?」


 エリィは深く考えた。先ほどのヨルとの会話が蘇る。

 アルケイデア王の成り立ちを、思い出す。

「……アンジエーラは、五十年前の天変地異をどうにかしたんだろ? なら、最近起きてる異常現象を同じように抑えれば、国民も納得するんじゃねーの」

 ヨルが意外そうな瞳でエリィを見上げた。今までに得た情報をまとめ、彼なりによく考えて出した答えだろう。ここにフランソワとシンハーが居なければ、ヨルはエリィを心から称賛していたに違いない。

 しかしフランソワは、目を見開いて可笑しそうに眉を寄せた。


「驚いた。エリィ、君はそんな話を本当に信じているのかい?」

「どういうことだ?」

 艶やかな彼の薄い唇が、半月型に歪む。


「――アンジエーラに、そんな力があるはずないじゃないか」


 エリィの思考が、再び停止する。

 彼のすぐ後ろで、ニーナが視線を足元へと落とした。


「アンジエーラは僕たちと同じただのザデアスだ。君のところの魔女みたいに、特異な存在じゃない。特に最近の小さな異変ならともかく、五十年前の出来事は『天変地異』と呼ばれるに相応しい出来事だったんだ。それこそ、『この世界が終わっていても不思議はない』程のね」


 エリィの握りしめた指先が冷えていく。

「なら、今……、アルケイデアに住む人たちは」


「さながらアンジエーラに……、いや、初代アルケイデア王にまんまと騙された可愛い子羊たち、と言ったところかな」

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