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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
2章 変化する日常 【『アレクシス』捜索編】
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本当の目的

 エリィが視線を上げると、変わらず笑顔を浮かべるフランソワと目が合った。


「流石に一国の王子ともなると、そのくらいの教養は身につけてるよ。ああ、ちなみに嘘はついてないからね。グルニエ草が国の中で発見されたのはこれが初めてなんだ」


 エリィは浮かせかけた腰を再びソファに沈み込ませ、目の前で笑う男の瞳の奥を探るように睨み付ける。


「……目的は? 『魔女の使い』を呼んだ理由が、別にあるってことか」

 彼がエリィをここへ呼んだ本当の目的は、この薬草を受け取らせることではない。警戒の色を向けながら、エリィは探り切れないフランソワの様子を注視する。


「そんなに警戒しないで。君をどうこうしようとしている訳じゃあないんだ。ただ、ちょっと周りの人には聞かれたくない話を、君としたいだけ」

「聞かれたくない話……?」

「どんな内容であれ、依頼の内容を示しておかないと周りの人たちが不審がってしまうだろうからね」


 エリィはあからさまに顔をしかめた。

 フランソワはカップを手に取ると、まだ湯気の上る紅茶を優雅に喉へと流し込んだ。エリィはその様子をただ黙って見つめている。

 フランソワはカップを受け皿に戻すと、その鋭い眼光でエリィの姿を捉えた。


「君は、現在のミエーレ国とアルケイデア国の関係を、どう思う?」


 唐突に話題は飛躍した。それは、つい先ほどまで話題に上がっていたことだ。

 質問の意図がわからず、しかし彼は正直に自分の考えを伝える。


「お互い関わらねーから、なにも起きねーんじゃねぇの」

「そうか、なるほどね。確かにその通りだ。触らぬ神に祟りなし。そうやって今までも、二国の王族はその関係を絶ってきた。――でも、それはあくまでも『王家を国と見た場合』だ」

 うんうんと頷いて見せるフランソワの黒の髪が揺れた。


「アルケイデア王国に、アンジエーラに見切りをつけて。このミエーレ王国に移住した人々の存在を、君は知っているかな?」


 空気が一変した。

 それはフランソワの存在感が強まり言葉に力が生まれ、そしてエリィと、ニーナの呼吸が止まる合図となる。

 その様子に、フランソワは苦笑を漏らした。

「いや、失礼。知るはずがなかったね。その事実を、二つの王家はどうにかひた隠しにしているのだから」


 まるでこの日の朝食のことでも話す様に、フランソワは言葉を続けていく。


「そうだね、今から二十年くらい前からかな。数週間前に亡くなったアルケイデア王……ここでは二世と呼ぼうか。アルケイデア二世の時代になってから、少しずつそんな亡命者が現れ始めていた。だけど二国は互いの利益のために、この事実を黙認することに決めたんだ」


 触らぬ神に祟りなし。フランソワの言葉は的確だった。

 しかしそれは、王族が王族へと抱く考え方。このまま互いに干渉しない方が、お互いの国家は上手くいく。そんな王族という人間同士の、利害の一致に過ぎない。

 ただ静かにその様子を見守っていたヨルが、だらりと体を横たわらせたソファの上で思考を巡らせる。

 確かに二つの王家はお互いに干渉することを避けている。

 しかし国家として見ると、この二国はもう既に十分と言って良いほどの関係性を持ってしまっているということだ。


「例えば亡命者の存在を知ったアルケイデア王国には、その表現方法を二つの内から選ぶことが出来ただろうね。一つは王の権威の衰退を受け入れ、彼らを『選んだ人間』と呼ぶもの。もう一つはミエーレ国の策略であるとして、彼らを『奪われた人間』であると呼ぶもの」


「な……っ!」

 思わず零れたといった声の主に、エリィが視線を向ける。ニーナが自身の口元に両手を当て、肩を震わせてフランソワを睨みつけていた。

 シンハーの鋭い視線がニーナへと刺さる。フランソワはそんな少女に一瞬目を細めて、まるで何も見ていないかの様に話を続けた。

「流石にアルケイデアの王も馬鹿じゃあない。アルケイデア二世がそのどちらも選ばずに黙認を決めた理由は、『王の威厳』を守るためだ」


 アルケイデア王を信仰した人々の集い、それがアルケイデア王国であるとヨルは言った。エリィはようやく、話の内容を少しずつだが理解していく。


 王を見限り亡命を決めた者たちの存在を認めれば、『誰からも信仰される王』という存在自体が危ぶまれる。しかしミエーレを悪役に見立てて再び戦争を始めるのは、あまりにも現実味が無い上、その結果がどうなろうとも自国に大きな損害が生まれることは目に見えていたはずだ。


 だからこそ、先代のアルケイデア王はその亡命者という存在から目を背けていた。


「そんな亡命者たちの姿も、最近は殆ど見かけなくなっていたんだよ。……だけど現在、アルケイデア王国には王が居なくなり、その座は空いたまま。信仰の対象を失ったアルケイデアの国民たちが、再びこの国へと多くの人々が流れてきている」

 眉を寄せたエリィの反応に、フランソワが楽しそうに笑った。

「今まで通りに隠せばいいって? そういう訳にもいかないほどの人数が動いているんだ。こちらとしても、流石にこれ以上の亡命者……移民には目を瞑っていることが出来ない。一度袂を分かった相手を受け入れるか否かで我が国民たちの間に争いが起こりうる上、さらに言えばその移民たちと我が民たちが、争いを起こさないとも限らないからね」


「アルケイデアの民を、追い出そうと言うの?」


 ニーナが、声を震わせて問いかける。再びその瞳を細め、慈愛の籠った表情でフランソワはようやくその姿を見つけたようにニーナへと答えた。

「まさか。この国で生きようと決めた時点で、その人間はヒトであれザデアスであれこの国の民。国民同士の多少の争いは僕たちも干渉しないし、大きなものになりそうだったらその地域の統治を強化するだけ。……『僕たち』はね、我が国の国民を問題視しているわけではないんだよ」


「……何が言いたいんだ? 俺、回りくどい話って嫌いなんだけど」


 本心を探るように、エリィはニーナへと向けられたフランソワの瞳を見つめた。

 ミエーレを治める王族は、この地域でもっとも繁栄を遂げたザデアス、デーヴァ族の長の家系だ。フランソワの持つ尖った耳がその証だが、その身に宿した力を露にすれば、ドラグニア族のゲルダがそうであった様に更なる変貌を遂げる。


 ふいとその瞳が向けられ、エリィが喉の奥をひゅっと鳴らした。

 美しい三白眼には、人間離れした威圧感があった。

 王族の名に相応しく、見る者に畏怖を感じさせる圧力とでも言うべきなのだろうか。


「それは申し訳ない。久々に外の人と話をするから、つい楽しくなってしまってね」


 そんな威圧に似合わない飄々とした言葉遣いが、更に彼の底知れぬ圧力を感じさせる。



「前置きはこれくらいにして、そろそろ本題に移ろうか。――単刀直入に言おう。アルケイデア王国は、我がミエーレ王国に戦争を仕掛けようとしている」


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