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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
2章 変化する日常 【『アレクシス』捜索編】
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王子と騎士団長

 子鼠を除き、この場でただ一人冷静さを保っていたフランソワが、その姿に振り返ることもなく大きなため息を吐いた。


「やあシンハー。僕の親友。今日も元気そうだね。君が連れてきてくれた客人の前だよ。お下劣な声を上げるのは控えてくれるかな」

「誰がオゲレツな声だ!」


 丁寧に剃り揃えられた眉を寄せたシンハーはずかずかとフランソワに近づくと、ニーナと同じようにソファのすぐ後ろに立った。思い切り後ろ手に閉められた扉が、大きな音を立てる。


「お前な、俺が居ない間に勝手に一人で行動するんじゃねェ。危険な目にあったらどうするつもりだ!」

「おや、そんな危険分子をこの城の中に連れ込む騎士団長様じゃないだろう? それに万一のことがあったとして、君なんかに守って貰わなくても我が身くらいは守れるさ」

「お前が怪我するかどうかなんてのはどーでもいいんだよ。俺はお前が剣を抜いた時、その不始末を全部俺のせいにする気だろって言ってんだ!」

「おや不敬だ。この騎士団長は不敬だねぇ。でもよくわかってるね。僕に降りかかった危険は、僕の護衛が任務を怠ったことが原因だろう? ……ま、僕が勝手に君を護衛に任命したし? そもそも騎士団長という立場を持った君が、年がら年中僕の傍で僕を守れるだなんて、まったく思っていないけどね」

「こンの、へそ曲がり王子が……ッ!」


 突然始まった二人の口論とも言い難い言い争いに、エリィが目を丸くした。ちらりとニーナを見るが、彼女もまた同じように目の前の二人の様子に言葉を失っている。どうも聞いていた話とは異なる印象のフランソワに、エリィはどこか既視感を抱いた。

 まるでジェシカを見ているようだ、と。

 これ以上の言い争いは無駄だと判断したらしいシンハーが、一度深いため息をついてから改めてソファの傍で足をそろえる。


「……すんません。ちょっと頭に血が上っちまって」

「全ッ然、大丈夫だぜ!」


 反省したように小さく頭を下げたシンハーが、やけに力強いエリィの言葉に視線を上げる。

 すっかりその心情を読み取ったとばかりに、エリィは力強く頷き親指を立てて見せた。

 わかってるぜ、と言わんばかりに。


「はぁ……?」

 拍子抜けしたようなシンハーが、ふとその傍に立つニーナに視線を向ける。

「っと、悪いけど、その剣は外してもらっていいっスか? 一応、殿下の御前なんで」


 ニーナの腰には、普段から鞘に納められた剣が下がっている。確かに不敬かつ、王子の身を守るためにも危険分子は少しでも排除しておきたいはずだ。

 ニーナは戸惑ったが、ここで断ってしまえばこの場に居座ることすら許されなくなるかもしれない。


「いや、構わないよ」


 ベルトに手をかけたニーナを、フランソワが言葉で制した。

「おい、お前な」

「なに、別に君を処罰するための口実が欲しいわけじゃないさ。もちろんそれも面白いだろうけど……。彼女は、エリィの護衛のようなものだろう? 彼にもその身を守る権利がある。僕が剣を持つ君を従えているようにね」


 シンハーは納得いかないといった様子で手を腰に当てたが、それ以上なにかを言ったところでこの王子には無駄だということを知っている。

「……わかりましたよ。ただし、少しでもおかしな動きを見せたら国外追放は免れねェんで、そのつもりで」

 多少の凄みをきかせたシンハーの声に、ニーナが息を飲んで頷いた。

 フランソワが怖い怖いと笑いながらも再び話を切り出す。


「失礼、うちの駄犬が。……それじゃあ、話の続きをしようか」

 エリィは調子を取り戻すように数回首を振った後、ほんの少し身を乗り出した。再び肩に力が籠り、背筋が伸びる。

 フランソワが、先ほど使用人がケーキや紅茶と共に置いていった木箱を手に取った。徐に蓋を開け、中身をエリィへと見せる。


「最近、都の外れに住む農家が見つけたんだ。国内ではまだ見たことがないものなんだけど、魔女ジェシカならこの植物が一体なんなのかを知っているかもしれないと思ってね」


 エリィはすっかり拍子抜けしてしまった。新薬草の鑑定を希望するならば、その薬草を依頼箱に置いていけば良い。

 確かにノブルでシンハーが言っていたような手間はかかるだろうが、そんなことを王子が直々に手紙を出す必要などないはずである。それこそ、このシンハーという男が代筆すればいい話だ。


 怪訝そうな表情を浮かべるエリィに、この薬草にどんな危険が潜んでいるかも解らないため郵送は避けたかったとフランソワが告げた。

 納得こそできないが、風変わりな王子であることは先ほどの出来事で認知済みだ。そもそも自分がここに来た目的は、もちろん彼の依頼を聞くこともそうだが、何よりも『アレクシス』に関わる何かしらの情報を期待してのこと。理由はどうであれ、こうして相まみえることが出来たのだから良しとしよう。


「……わかった。こいつは預からせてもらう。詳しくわかったら、あんた宛に手紙を書くよ。それとも騎士団長宛ての方が良いかな。危険じゃねーってわかったら、この薬草も一緒に届ける。それでいいか?」

 エリィは丁寧に保管された薬草をまじまじと見ながら、木箱を手に取り言う。


(こりゃ、グルニエ草じゃねーか)


 下へ向けて垂れる葉の隙間から、青みピンクの小さな蕾が見えた。何度かジェシカの頼みで国外の高地へと摘みに出たこともある。標高の高い場所に生える薬草で、清潔な水で煮込んだ後に他のものと調合すれば僅かだが擦り傷に効く薬が出来る。昔森で傷を作るたびに、ジェシカがエリィに塗っていたものだ。

 今は無臭だが、すり潰すと銀杏のような独特の香りが漂う。幼い頃のエリィはそれが苦手で、擦り傷を作った日は帰宅するのが憂鬱だった。


「ああ、よろしく頼むよ」

 当然毒性など無い。確かにこの大陸では希少種であり、尚且つ標高のあまり高くないこの地域では珍しいだろうが、こんなもののために俺は呼ばれたのかとエリィは内心ため息をついた。


 王子というのは、なんとも不思議な生き物だ。たったこれだけの労力で、多大な報酬をくれるとは。

 とはいえ、この労働が最終的には自身の食費に繋がるのだから、ここで自分が口を出す義理などない。


 エリィは木箱の蓋を閉め、肩から下げていたショルダーバッグの中に仕舞った。

 仕事は終わりだ。後は、こちらからの話をするだけ。

 すぐ傍に、どこか落ち着かない様子のニーナを感じた。

「さて、そんじゃ――」


「手紙には、適当に『グルニエ草』の効力について書いてくれればいいからね」


 エリィの動きが止まった。一度止まった思考を再び動かしながら、手元に落としていた視線を、ゆっくりと上げていく。

 

 この王子は今――、何と言った?

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