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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
2章 変化する日常 【『アレクシス』捜索編】
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王子からの呼び出し

 一夜のうちに雨は晴れ、街の活気はすっかり普段通りだ。

「それにしても、今回は長い休暇だったなあヨル!」

 手にしていた手紙をすぐ隣を歩くニーナに手渡して、エリィは道を進む。

 その手紙はゲルダからのもので、中の便箋には彼女の字でただ一言『手がかり有り!』と記されていた。


 この日の朝、郵便受けに届けられていた速達のその手紙を見たエリィは、早速ニーナと、目を覚ましたヨルを連れてゲルダの元に向かっていたのだが。

「ごめんね。おかげですっかり元気だよ」

「えっ? お、おう。……わかればいいんだよ、わかれば」

 どこか様子のおかしいヨルに、エリィは困惑するばかりである。


 こうしてどうでもいい会話を投げかけるだけでも、普段の彼であればもう少し会話が続いていたはずだ。

 そして、朝から感じていた居心地の悪さの原因は、ヨルだけではない。


「…………」

 俯き加減で隣を歩くニーナもまた、昨日とはやけに態度が違う。どこか遠慮している様子は変わらずだが、それ以上にエリィは不思議と彼女との距離を感じていた。


 朝、エリィは目を覚ましたヨルに、ニーナとの出会いからの一連を説明した。ヨルは特に何かを言うわけでもなく、ただ素直にその状況を受け入れていた。

 話は円満に進んでいる。特に困ることなど何もないはずだ。

 しかしエリィは、この状況にどこか納得出来ずにいる。

 普段であればもう少し考えて行動しろだの、そんな依頼はエリィだけでは無理だのと何かしらの苦言を受ける。あまりにもヨルが大人しいと、逆に不安を抱いてしまう。

 だからと言ってわざわざエリィの方から「なにか言いたいことはないのか」と伝える必要もなく、彼は得てしてこの納得のいかない状況に身を置いているのだった。


「それにしても、お前本当に何も知らねーの?」

 当然『アレクシス』についてもヨルに問いかけたのだが、彼は聞いたこともないと首を振った。

「知らないよ、兵器のことなんて。ラーマセで資料を漁っても見つからなかったんでしょ? どうして僕が知ってると思ったの」

「お前どうでもいいところで物知りじゃん? ずっと昔にあった薬草の名前とかさ」

「薬草と兵器じゃ、ジャンルが違いすぎるでしょ」


 肩の上のヨルは、どうもこれ以上の会話を望んでいないようにすら見える。エリィは息を吐いて、隣のニーナへ視線を向けた。

 俯いている上にフードを被った彼女の表情は、エリィの視線からでは窺うことが出来ない。

(新手の風邪か……?)

 かといって無遠慮に覗き込むわけにもいかず、エリィはやり切れない感覚に再び深いため息を吐いたのだった。


  * * *


「ごめんね、呼び出す形になっちゃって。たぶん私が行くよりも、みんなに来てもらったほうが早いと思って!」

 ここ数日、例の流行りの風邪による患者数は減ることもなく、ゲルダは手伝いで忙しい日々を過ごしていたという。エリィは「いいよ」と答えて、案内されるままにいつもの奥の部屋へと進んでいった。

 途中、興味深そうに周囲を見渡すニーナを見て、体調が悪いわけではなさそうだとエリィは心の中で安堵した。


 三人が椅子に座ると、ヨルがエリィの肩からテーブルへと降りていく。エリィはニーナから手紙を受け取ると、ゲルダに差し出して問いかける。

「で? この手がかりってのは?」

「そう! あのね、この国には国家騎士団が居ること、エリィなら知ってるでしょ?」

 エリィは頷いた。それならば数日前、ジェシカと共に例の大規模作戦を共に成功させた彼らのことだ。なんなら数人とは会話すら交わしている。

 ニーナがほんの少し身を乗り出した。

「その騎士団の団員さんが昨日うちにやってきたの。ノブルの人なんだけど、なんでも休暇中らしくて」


 普段であれば都市部で生活している騎士団員は、時折休暇を得ると、ゲルダの言う団員のように地元で過ごすことが殆どだ。その間の怪我や病気は、自身の責任で治すことになる。騎士団お抱えの医者には頼れないということだろう。


「その人にそれとなく兵器の話を聞いたら、心当たりがあるって」

「本当?!」

 音を立てて立ち上がったニーナが、驚いた二人の様子に「ごめんなさい」と座り直す。ゲルダは笑いながら大丈夫だと答えて、しっかと頷いた。


「『アレクシス』の名前は出してないから、別のなにかかもしれないけど……。騎士団長が、前に一度王子様とそんな兵器の話をしていた気がするって」

「その程度か……」

「それでも、初めて掴んだ手がかりだわ」


 ほんの少しの落胆を覚えたエリィの横で、ニーナが自身の手を握りしめていた。

「私はここから動けてなくて、あんまり力になれてないけど……。少しでも役に立てばうれしいな」

 そんなゲルダに、ニーナが首を振る。

「いいえ、ありがとうゲルダ。この国の王子が……。ねえ、エリィ――」

 視線を向けられたエリィが、ニーナへとその顔を向ける。視線が交わった瞬間、ニーナの表情が固まった。


『もし……。エリィに、危険が迫ったら。僕はエリィを守るために――。君を、殺すよ』


 そんな言葉が、ありありと耳に届く。まるで今、再びあの存在から釘を刺されたように。

 テーブルの上の鼠は、まさに無害なペットの様に顔を洗っている。ニーナの視界が揺れた。


「ニーナ?」

 眉を寄せ、エリィがニーナを見つめてくる。今ここで、彼に「共に王子の元へ向かって」と言ったら、どうなるのだろう。

 エリィはもちろんだと承諾してくれるだろう。しかし、ヨルはどうだ? それは危険だと、エリィを引き留めるだろうか。エリィは抵抗するだろうが、最後に彼がニーナとヨル、どちらの言葉に従うかなど考えなくてもわかることだ。


 しかし、一人で行けるものだろうか。この異国の、中心に。


「おい、ニーナ、どうし……」

 その肩にエリィが手を置こうとした、その時。

 聞こえてくる扉の外の騒々しさに三人は顔を合わせた。

「何事? 急患?」

 ゲルダが立ち上がり、扉に近づいていく。

 そのドアノブに彼女が手をかける直前、扉は部屋の外側から開け放たれた。


「魔女ジェシカと、その使いの者は居るっスか!」


 驚きのままに数歩後退したゲルダに気付き、男が非礼を詫びる。

 慌ててフードを被ったニーナの隣で、エリィが立ち上がった。男の前まで進むと、目を丸くするゲルダを庇う様に二人の間に立った。


「あんた、見覚えがあるぞ。騎士団のヤツだな」

 筋骨隆々なその男は、エリィの姿を見下ろし肯定する。


「突然すんません。ミエーレ国騎士団の騎士団長、シンハーです。あんたは魔女の使いさんスね。前回の作戦では世話になりました。魔女ジェシカは一緒じゃねェんスか?」

「悪いけど、あのババアは絶賛行方不明中だよ。で、一体何の用だ? 仮にもここは病院だぜ、もっと静かにすべきなんじゃねーの」

 シンハーのあまりにも荒々しい態度とその目つきの悪さに委縮したニーナが、フードの下からエリィの様子を見つめる。

「……っと、それもそうっスね、すんません。どうも声がでかいのは昔からで……」

 大きな図体に似合わず恐縮したように口元を抑えたシンハーが、一度咳払いをしてエリィを正面から見据える。


「それなら『使い』さんだけで良いや。俺と一緒に、首都まで来てもらいますよ」


「首都まで……?」

 そこは彼が率いる騎士団の本拠地であり、王宮を構える国の中心だ。仕事では何度か足を運んだことこそあれど、エリィにとってあまり馴染みのない場所である。


「なんでまた? 色々頭がついていかねーんだけど」

「王子から直々の依頼があるんです」

 そう言うシンハーの様子は、どうもどこか呆れたように見える。彼もまた、ただ王子に使われてここに居るに過ぎないのだろう。彼にも団長という肩書がある。何よりも、この国の王子と彼の親密さは有名だ。


「あいつ……王子は立場上、自由に動くことが出来ないもんなんです。書状一通あんたのところに届けるのも一苦労だ。そこで、俺が使われたってわけで。さっき屋敷にもお邪魔したんすけど、誰も居なかったんで……。心当たりを聞いて回って、ここに来たんスよ」


 こうして彼が王子の雑務を手伝わされている様子は、城内ではよく見る光景だと聞いたことがあった。

 普段であれば、相手がどれ程身分の高い相手であろうとも、既に請け負っている依頼が解決しない限り、次の依頼を請け負うことはない。当然その内容にもよるが、王子からの依頼ともなれば片手間に解決できるような代物ではないだろう。

 エリィは振り返った。不安そうなニーナと視線がぶつかる。ニーナは動揺したように体を揺らすと、しかしただまっすぐにエリィを見つめていた。


「…………」

 エリィは頷いて、再びシンハーへと顔を向ける。

「わかったよ。ジェシカは居なくていいんだな?」

「王子は、魔女が居なければあんただけでいいって言ってたっスから。勝手で申し訳ねェけど」

「いや、丁度良いぜ。ジェシカも連れてこいなんて言われたら、いつ王子のところに行けるか分かりゃしねぇからな」


 それに今ここで彼を追い返してしまったら、恐らく傷がつくのはエリィの名ではなくジェシカの名だ。ジェシカの意思に関係なく彼女の活動に支障をきたす様な真似をするのは、エリィの思うところではない。

 そして『アレクシス』の調査は、あくまでも秘密裏に行うようニーナから言われている。断わったとして、その理由を説明するのは少々厄介だ。


「ただ、同行人を一人連れて行ってもいいか?」

「同行人?」

 シンハーが眉を寄せる。

「構わねぇだろ、俺の友達なんだ。王子に怪我させるようなヤツじゃねーからさ」


 テーブルの上から飛び降り、軽々とエリィの肩の上に登ってきた一匹の子鼠が居た。視線を向けたシンハーが鍛え上げられた太い首を傾げる。

「この鼠のことか?」

「こいつは俺の相棒。あんたの許可なんて貰わなくても連れてくぜ。そうじゃなくて、あいつだよ」

 親指で示された先に居たのは、驚いた様子のフードを被った少女だった。


「色々あってだな、うーん……、俺が面倒見てるんだ。ここに一人で置いて行くわけにもいかねーから、連れて行きたいんだけど」

 シンハーはエリィとニーナを交互に見返し、腕を組む。

「そうっすね……、確かに王子からは同行者がダメとは言われてねえっすけど。絶対使いさんの傍から離れない約束で、ただ居るだけなら大丈夫かな……?」

「よし、それで行こう」

「え……?」

 とんとん拍子に話が進んでいく二人の様子に、ニーナは困惑する。まさに願ってもない状況だ。彼の目的は名目上『アレクシス』ではなく、王子からの依頼。

 しかしニーナが王子との直接の会話を許されない以上、結局はエリィに頼ることにこそなってしまう。当然エリィはそのつもりなのだろうが、彼の肩の上に鎮座する子鼠は、この状況をどう思っているのだろうか。


「良かったね、ニーナ」

 隣に戻ってきたゲルダが、軽くニーナへと肩をぶつける。困ったようにニーナがそちらを向くと、ゲルダが不思議そうに目を丸くした。


「もしかして、迷惑だとか思ってる? 大丈夫だよ、言ったでしょ。何でも使えるものは使わないと駄目だよ。こんなところまで一人で探しに来ちゃう程、見つけたいものなんでしょ」

 小声でそう言って、どこか悪戯っ子のように笑う。そんなゲルダに、ニーナはふっと自身の心が軽くなるのを感じた。

 浮かばれない表情は、むしろエリィに失礼だろう。


(そうだ。私は、そのためにここに来た)


 そう簡単に諦められる程の覚悟で、この場所に立っていない。ニーナは一度、大きく深呼吸をした。

「ありがとう、ゲルダ」

 よく考えないといけない時が来る。あの青年はそう言った。

(なら、その時考えるわ)

 掴みかけた可能性を手放せる程の余裕は、今の彼女にはない。今はただ、信じて探し続けるしかない。


「よし。じゃあ行くぞニーナ」

 話を付けて、再び振り返ったエリィに、ニーナは頷いた。その肩の上のヨルに一瞬視線を向ける。彼はただまっすぐに、ニーナという少女の姿を見つめていた。

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