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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
2章 変化する日常 【『アレクシス』捜索編】
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忠告

 屋敷に戻ったエリィは早速自室へと足を運び、ヨルの様子を見る。

 子鼠は朝と同じように、エリィのベッドの枕元で丸くなって、寝息を立てていた。

 困惑しながらも、流石に明日には目を覚ますと思うと言ったエリィに頷き、ニーナは借りている客間へと戻った。


  * * *


 夜が更ける。

 何度目かの寝返りを打ち、ニーナは閉ざしていた瞳を開く。

 不安と焦燥からだろうか。眠気らしいものは一向に彼女の元には訪れない。

 起き上がったニーナは靴を履き、ふらりと窓に近づいた。カーテンを開けると、雲の上からおぼろげな月明りが彼女に降り注ぐ。

 同じ空だ、とニーナは思った。

 アルケイデアと、同じ空。


「何しに来たの」


「っ!」

 突然投げかけられた声に、ニーナは肩を震わせた。その背から彼女の細い体を囲う様に、純白の翼が姿を現す。

 振り返ったニーナが、小さな訪問者を視界に捉えて息を飲む。

 エリィの元で眠っていたはずの、子鼠だ。

「あ……」

 扉は閉まっている。一体どこから入ってきたというのだろう。あまりの衝撃にニーナが言葉を発せずにいると、ヨルは鋭い眼光で彼女を刺し貫いた。


「アンジエーラ族。『天使』を自称する愚かなザデアス……。その力もコントロール出来ていないような君が、今更彼に何の用?」


 ニーナは自身の翼を隠すように抱きかかえると、一度息を吐いてその翼を仕舞う。

 答える必要は無い。そんな言葉を用意したにも関わらず、ニーナの口から溢れた言葉は全く異なるものだった。


「……探し物を、しているの」

「それは何かな。わざわざ敵国の魔女を、その使いを頼らなければ、見つからないようなもの?」

 間髪入れず問いかけを続けるヨルの言葉に、ニーナは本能が震えるのを感じた。


 この存在は何だ。目の前に居るというのに。たった今、自分自身と対話をしているというのに。

 ずっと遠くに、自分たちには手の届かない場所に居るような――。


「『アレクシス』よ」

 ヨルの瞳が、暗闇の中で揺れた。

「世界を破壊する兵器『アレクシス』。私は、それを壊さないといけない」

「どうして、君がそんなことをする必要が?」

 言えない。そう答えようとして、ニーナは喉の奥まで出した言葉を、飲み込んだ。


 なんなのだ、この感覚は。

 否応にも膝をつき頭を垂れ、その全てに従ってしまいたくなるような。

 この小さな存在から感じる、圧倒的な威風は。


「……壊して欲しいと、言われたからよ」

「誰に」

「私の、大切な人」


 この少女は、世界を守るために探しているのではない。世界を守ろうなどという、そんな大それた目的を、彼女のようなただの少女が抱くはずもない。

 そんな確信があったからこそ、ヨルはここへ来たのだ。


「そう。納得したよ」

 そしてその確信が証明されたことで、再びヨルは問いを投げつける。


「君は、『アレクシス』をどこまで知っているのかな」


 無回答は許さない。既にニーナは、この子鼠の支配下にあった。

 生唾を飲み込んで、ニーナは答えていく。

「世界を、壊せるだけの兵器だということ。五十年前の天変地異に、深く関わりを持っていること」

「それだけ?」

「……それだけよ」


 虚言は無意味だと理解していたからこそ、ニーナにはこれ以上彼へと伝える事柄はなかった。

「そう」

 ヨルが小さく頷いた。逸らされた視線に、ニーナは心の中でほっと息をつく。張り詰めていた緊張の糸を、ほんの一瞬緩める様に。

「『ソレ』の話をどこから仕入れたのかは知らないけど、どうやら君自身は、『ソレ』自体に興味があるわけじゃないみたいだね」


 その一瞬が、彼女の自由を奪った。

「ぁ、」

 喉奥から漏れ出るか細い声は、言葉にも、悲鳴にも成らずにニーナの口から逃げていく。

 体内の力を全て奪われていくような感覚に襲われた。両の足から力が抜け、膝をつく。掴まれた腕が引かれ、ニーナは顔を上げた。

 埃が舞う。窓から差し込む月明りに反射して、幻想的だった。

 そんな幻想の中心に居たのは、子鼠ではない。

 そこに在ったのは、桃色の髪を持った一人の青年だ。


 いや、人の形を成した――、自分とは異なる「何か」だ。


「―――――――――ッ」

 目の前に迫る丹精な顔に、目を、意識を、奪われる。


「例え『ソレ』が……、何であったと、しても。その『大切な人』のために、本当に君は……『ソレ』を、壊すことが出来るのかな」


 どこか力ないその声が、血の気を感じさせない蒼白の唇から溢れ出す。

 その問いかけを、ニーナは理解することが出来なかった。

 口を開く。言葉は出ない。

「君が、中途半端な気持ちで『ソレ』に臨むなら……。君も、僕たちも、ただその身を危険に、晒すだけだ」


 さらに近づいたその真っ白な顔が、整いすぎて恐ろしい。


「もし……。君のせいで、エリィに危険が迫ったら」

 冷ややかな吐息が、瞳が、声が、ニーナの呼吸を奪っていく。



「僕はエリィを守るために――。君を、殺すよ」



 呪いのように。その一言が、彼女の脳髄にまで染み込んで、着色する。


 手を離され、ニーナはその場にへたり込んだ。

 ふらりと立ち上がった青年は、すぐにその姿を小さな愛らしい子鼠のそれへと戻していく。

 困惑、遺憾、萎縮。そして、畏怖。

 止まらない感情の渦に、涙さえ浮かばない。


「『アレクシス』は、君が思っている以上に厄介で、複雑な存在だよ。君の大切な人が、どういう意図でそんなお願いを君にしたのかは知らないけど……。一度、よく考えないといけない時が来る」

 ただ自身を見つめてくるニーナへと、ヨルは振り返らずに言葉を続けた。


「本当に君は、言われたままに動いて良いのかどうかをね」


 そう言い残して、ヨルは部屋のどこかへと消えていった。物音はない。恐らくこの屋敷には、彼専用の小さな通路がいくつも存在しているのだろう。


 一人窓際に残されたニーナは、ようやく呼吸の仕方を思い出したように思い切り息を吸い込んだ。

 何度か荒い呼吸を繰り返し、体内の隅々まで欠乏していた酸素を送り届けていく。

 ようやく彼女の心に追いつくように、その体は小刻みに震え始めた。


「本当に、動いて良いのか、どうか……」


 肩を抱き、再び広げた翼で自身の体を包み込む。冷え切った体を、徐々に温めていく。

「当然よ……。だって、私はあの人のおかげで……」

 膝を抱えたニーナが、自分に言い聞かせるように呟く。


 あの人は、『アレクシス』が何かを知っているのだろうか。

 だとしたら、どうして教えてはくれなかったのだろう。

(いいえ。詳しい話なんて、私が知る必要はない。私はただ、あの人の望みを叶えるだけ、そうでしょ……?)

 止まらない疑問と不安、それを振り払おうとする理性に目が回る。


「全ては、ダリアラ様のためだもの――」

 ニーナは長い睫毛を伏せ、やがて瞳を閉じた。

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