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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
2章 変化する日常 【『アレクシス』捜索編】
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初めての依頼主

 それから五日。エリィの案内を頼りに様々な場所を訪れた二人だったが、これと言った進捗は得られずにいた。


「ここなんだけどな、存在は知ってたんだけどさ。特に用もなくて、入ったことなかったんだよ。でも洞窟ってなんかさ、本格的に冒険してるみたいだよな!」


 この日、二人は更に時間をかけて森の奥に存在するという洞窟を散策していた。

 そんな弾んだ声の主にニーナは少しの不満を向けている。確かにその通りではあるが、遊びに来ているつもりなのだとしたら勘弁してもらいたい。


「ちょっと、さっさと先に進まないで。明かりを持っているのは私なのよ」

 洞窟の奥へ奥へと進んで行くエリィの動きを牽制しながら、ニーナがその後に続いて行く。軽い足取りのエリィの背を見つめため息を吐いたニーナだったが、この場所には少なからず期待を募らせている。というのも、洞窟は獣道からも外れた場所に存在した。エリィの先導が無ければ、見つけることさえ困難だったろう。


「ニーナ!」

「……? なに?」

 少し興奮したようなエリィの声に、彼が何かを発見したのだと悟る。周囲を見渡してみるが、一見兵器らしいものは疎か、目立つ物体は見当たらない。

 ぼんやりと見えるエリィの姿に首を傾げながら、ニーナは立ち止まって壁を見上げる彼の隣に立った。

「見ろよニーナ、何か書いてある!」


 エリィの指差す先へ視線を向けると、そこには壁を削った後が薄く残されている。その規則性を持った記号は、周囲の壁に疎らに記されていた。

「なにかしら。模様というよりも……これは、文字?」

「お前らアルケイデアの文字じゃねーの?」

「違うわ。ミエーレの文字でもないのなら、古代文字かしら……」

「子供が書いたようなのもあるな」

 しゃがみこんだエリィの視線の先には、確かに拙い書体で同じような文字が刻まれている。もしも本当に古代文字なのだとすれば重要な文化財だ。ニーナはエリィに触れないよう伝えると、一度周囲を確認する。


「確かに貴重なものは眠っていたけれど……」

 奥は既に行き止まりで、そこに何も無かった。


  * * *


「ハズレだったな……」

 屋敷への帰り道。成果を得られなかったエリィは小さくため息を吐いた。

「うーん、一応心当たりのあったところは全部回ったんだけどな……」

 手元の明かりに照らされた足元を見つめ、ニーナは足を進める。森を抜け、街灯の明かりに照らされて尚、ニーナは何かを考え込むように視線を上げずに居た。


「ごめんな、ニーナ」

 はっと顔を上げると、そこは既に数日身を寄せている屋敷の前だった。ニーナの顔を申し訳なさそうに見つめるエリィの姿もある。

「俺、今晩また別の場所考えてみるからさ! 明日こそ『アレクシス』を見つけだそう、な!」

 必死に訴えるようなその様子に、一瞬ニーナの言葉が詰まる。

「あの、エリィ――」


「おぉーい!」

 ニーナの言葉を遮る少女の声に、エリィが振り返った。ニーナもまたその先へ視線を向けると、屋敷の玄関から顔を出したゲルダの姿が見えた。


「ゲルダ?」

「お帰り二人とも! あれから五日も経ったし、どんな様子か聞きに来たんだ」

 二人の元へ駆けつけたゲルダが、浮かない表情のニーナを見て瞬きを繰り返す。

「……その様子だと、あんまり良い話は聞けなそうだね?」

 顔を覗きこまれたエリィが、う、と視線を逸らす。

「ま、まあ、まだまだこれからだからな! そうだろ?」

「えっ?」

 同意を求めるエリィの問いかけに、ニーナは即答することが出来ない。視線を泳がせたニーナの様子に、エリィは唇をキュッと噤んだ。


「…………」

 そんな二人を見つめていたゲルダが、ねえ、とエリィの袖を掴む。

「今までどんなところを探したの?」

「……それっぽいとこ」

「例えば?」

「ノブルのおっちゃんの家とか、洞窟とか」

「洞窟ってあの立ち入り禁止のところ?!」

 呆れたようにため息を吐いたゲルダが、腕を組んでエリィを見上げる。

「も~。いい、エリィ? 何事もまずは情報収集からだよ!」


 突然のことに困惑を隠せないエリィへ、ゲルダは更に言葉を続ける。

「いくらエリィがいろんな場所を知ってるからって、闇雲に当たったって時間の無駄だよ。まずは例の『アレクシス』について、少しでも手がかりになりそうなものを探さなくちゃ!」

「手がかりって言ったってな……」

 見たことも聞いたこともない兵器の情報を、一体何を頼りに集めろと言うのだとエリィは眉を寄せる。

「屋敷の資料なら、ある程度確認したんだぞ」

 しかしそんなエリィの様子などお構いなしに、ゲルダはぴっと細い人差し指を立てた。


「少しでも可能性を広げるなら、絶対図書館に行くべきだよ! 虱潰しに国内を探すより、絶対効率が良いって」


 エリィの眉間に寄っていた皺が、見る見るうちに消えていく。

「図書館……、そりゃそうか……! よし!」

 突然振り返ったエリィにびくりと肩を震わせたニーナは、その晴れやかな表情に息を飲んだ。


「明日はゲーテヒトネウスに行こう、ニーナ! そうと決まれば、地図探してこねーと……。あ、ゲルダも今日はもう泊ってけよな。夕食も作ってくれよ! 三人分だぞ!」

「はあい、おっけー!」

 ゲルダの返事も待たずに屋敷の中へと消えたエリィの背を、ニーナは呆然と見つめる。ゲルダがくつくつと笑いかけた。

「ごめんね。エリィってば、一度こうだって決めちゃうと、人の言うこと聞かないところがあるんだよね」


 慣れた様子のゲルダが、開けられたままの玄関へ視線を向ける。

 どう答えるべきかと視線を落としたニーナが、視線の先で一つの紙くずを見つけた。

「……?」

 どうも風で流れて来たただのごみではなさそうで、ニーナはひざを折りくしゃくしゃになったメモを拾い上げて広げてみる。

「これ……」


 そこには走り書きで、いくつもの場所の名前がメモされていた。ノブルの空き家から、先ほど足を運んだ洞窟まで、この五日の間でエリィに連れられた場所ばかりだ。

 洞窟以外の一つ一つが文字の上から線で消されていて、その傍には行っていない場所が黒く塗りつぶされたものもある。

 ニーナの手の中のメモを横目で捉え、ゲルダが困ったように笑いながら両手を背に回して組んだ。


「……エリィにとって、君が初めてのお客さんなんだよ」


「え……?」

 顔を上げたニーナに、ゲルダが再び笑みを向ける。

「ジェシカさんを通さないで、エリィが直接依頼を受けた依頼主……『お客さん』は、君が初めてなの。だからきっとやる気ばっかり先に行って、変に空回りしてるんじゃないかなって思って来てみたんだけど……。当たりだったみたい」

「……」

 ニーナは再び手元のメモに視線を落とす。


「あのね。エリィのこと、信用してあげて欲しいの」

 思わず肩を揺らしたニーナに、ゲルダが言葉を続ける。


「この五日間だって、エリィなりに考えて動いてるんだと思う。そのメモだってそうだし、例えばさっき言ってた洞窟、もうすぐ国家騎士団の調査が入るからって、今は国が立ち入りを禁止してるところなんだよ。バレたらエリィもその主のジェシカさんだって、王様から怒られちゃう」


 確かに洞窟へ向かう途中、エリィが何か柵のようなものを退かしている様子はあった。あれは国が設置したものだったのか。


「私が言うのもなんだけど、エリィは約束を絶対に破らない人なの。確かにこの五日間で得られたものは何もなかったかもしれないけど……。もう少し、エリィを信じて、頼ってあげてほしいな」


「あなた……」

 まるでニーナの心を読むように、ゲルダはそう言った。

 このまま何の成果も得られないのであれば、再び一人で行動した方が良いのではないか。帰り道、ニーナはそんなことを考えていた。もしもエリィが遊び半分で自分を連れまわしているのだとしたら、尚のこと共に行動する必要は無い。

 可能性が少しでもあるのならばと彼の言う場所は全て巡ったが、その全てが外れであった以上、この先も共に探す理由などないのではないかと。


「なんちゃって!」

 気恥ずかしさを紛らわすようにくるりと回って見せたゲルダが、薄く鱗の浮き出た手で自身の口元を抑える。

「私もまた何かわかれば伝えに来るし! とりあえず今日は私のご飯食べてから、ゆっくり寝て! 寝る子は育つ! 寝る子は探し物も見つけられる~ってね!」

 手を引かれ、ニーナは困惑しながらも屋敷の中へと足を踏み入れる。


「だからさ。『アレクシス』、絶対一緒に見つけようね」


 振り返ったゲルダが再び目を細めた。

「…………」

 なんとまあ強引な二人だろうと、ニーナは口元を緩める。

 元より、そう簡単に見つけられるなどとは思っていない。予定していた捜索状況とは大きく異なってこそ居るが、決して悪い状況などではないはずだ。


 頼れるものは頼る。それが、どんなに小さな存在だったとしても。


「ええ、わかった。……引き続き、お願いするわ」

 手に入れたほんの少しの希望を見切るには、まだ早すぎるのかもしれない。ニーナはそう心の中で呟いて、自身の手を握るゲルダへと微笑みかけたのだった。


次回から物語が大きく動き出します。


ゲーテヒトネウスに向かったエリィたちは、今度こそ『アレクシス』の情報を見つけ出せるのか?

明日以降もよろしくお願い致します!

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