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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
終章 選択の先に続くもの
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新たな旅の始まり


 やがてヨルがまどろみから目を覚まし、その小さな体で伸びをする。ほんの少し開けられた窓から風が吹き込み、柔らかなカーテンを揺らした。まだ薄暗い窓の外から、ヨルは視線をベッドへと戻す。

 そこには並んで寝息を立てる少年少女の姿があった。きっと二人も気づかないうちに眠りについたのだろう。向かい合った二人は時折寝言を漏らし、今にも話の続きを始めてしまいそうだ。


 ヨルはそんな二人の姿を暫く眺めた後、再び入眠の姿勢を取った。

 彼らにはこの安寧の時を過ごす権利がある。せめて、夜明けが二人を迎え入れるまでは。


 * * *


 翌日。エリィたっての希望で、彼とゲルダ、ヨル、そしてニーナは、首都から少し離れた丘の上の共同墓地に来ていた。並ぶ墓石には一つ一つに異なる名前と、同じ日付が刻まれている。

 エリィはその全てが見通せる場所で何度も黙とうを捧げ、そして墓地の最奥に立てられた巨大な墓石の前に足を進めた。


 エリィを中心に並んだ三人は、静かに瞳を閉じた。

 ダリアラが眠る、その墓石の前で。


「俺は、ミエーレを出る」

 黙とうを終えたエリィが、そう切り出した。


「『アレクシス』は、まだ俺の中にある」

 エリィがふっと手を振ると、その指先から見慣れた薄紫の花弁が舞った。それは新たに『アレクシス』が生まれることはないという証明であり、エリィが『アレクシス』としての能力をまだ失っていない証明でもあった。


「『アレクシス』を無効化する方法は、この世界に残された全ての神の残滓を抹消することだ」


 エリィはヨルに言われた言葉を思い出しながら、言葉を続ける。力を受け継ぐエリィやヨル、ジェシカのような「魔法使い」。そしてこの世界の全てのザデアス。その全てに神の残滓が遺されている。


 その話を聞いた時、エリィは絶望した。

 しかし今、彼は新たな方法を見つけていた。

 この場に居るニーナやゲルダが、ザデアスの能力を失いヒトとなったように。


「この力を受け継いだ以上、俺がやらないといけない。絶対にこれ以上、同じ歴史を繰り返さないために」

 この世界には、エリィの知らない多数のザデアスが存在している。加えてマリーは、この世界にジェシカやディアナ以外の「魔法使い」も生活していると言っていた。


 彼らから神の残滓を取り除き、この世界を神の呪いから解き放つ。そして、二度とこの世界に新たな『アレクシス』を生まないこと。

 それが、これからのエリィの目標だった。


「もちろん私もついて行くよ! だから道中は安心してね」

 既にその話を聞いていたゲルダが、エリィの言葉に補足する。

「おい、まるで俺だけじゃ不安みたいな言い方するなよ!」

「事実だもん。ねー?」


 ニーナは何度か瞬きを繰り返し、少し寂しそうに「そうね」と答えた。

(私はゲルダみたいな医学の知識は無いし、剣術の実力も胸を張れる程じゃない)

 それに彼に危険が迫ったとき、ニーナよりもよっぽど頼りになる存在はエリィの頭の上で昼寝をしている。様々な理由が、ニーナの同行を拒んでいるように思えた。

 今度こそ、彼らとの冒険は終わりを迎えるのだと。


「だからニーナ。俺たちが返って来た時は、絶対気前よく迎え入れてくれよ!」


「え……?」

 思わぬ申し入れに、ニーナは思わず目を丸くした。


「ここらの皆みたいに、誰もがザデアスじゃなくなることを簡単に受け入れてくれるとは思えねーし。それで俺たち、世界中から恨まれるかもしれないだろ? そしたら寂しいじゃねーか」


 二人はここへ来るまでに、何度もこの旅へニーナを誘おうと話をしていた。しかしその度に一人冷静なヨルに彼女の立場について説明を受ける。

 本当はエリィもゲルダも、最初から分かっていた。王女ステラリリアの存在はベテルギウスの一件で公となり、今や正式なアルケイデア王女として国民から親しまれている。加えて新たに王となったハイドラを、一番の理解者として支えられるのもまた彼女だけなのだ。


 だからこそ二人は、ニーナにしか任せられない依頼をすることにした。

「一国のお姫様が後ろ盾だなんて、安心してなんでも出来ちゃうしね!」

「家に帰ったとしても、ジェシカが飯とか作って待っててくれるとは思えねーしな」


 そんな二人の気遣いを感じ取り、ニーナは下唇を噛み締めた。

 立場が変わっても。自分はまだ、彼らと共に居ることを許されているのだと。そう言われたような気がした。

 そんなことを言えば、当たり前だと怒られてしまいそうなその事実が、ニーナにとっては何にも代えがたい喜びだった。


「――もちろん。アルケイデアはいつだって、貴方達の帰りを待つわ」


 そんなニーナの回答に、エリィとゲルダは顔を見合わせて笑い合う。

「でも一つ、私からもお願いがある」


 二人の視線が同時に自分の方へと向けられた。その様子がまるで姉弟のようで、ニーナは思わず笑ってしまう。

 ほんの少しの間だったが、彼らと共に過ごした日々は、ニーナにとって紛れもなく人生で最大の冒険だった。本当のことを言うなら、これからの彼らの旅に同行したい。彼らと共に、知らない世界をこの目で見たい。

 だがニーナは、その望みが叶わないことを知っている。


「私はこの国から動けないけれど、二人は世界中のいろんなものを見て、その話を私に沢山聞かせて」

 ニーナはフードを下ろし、その空色の髪を陽の光に輝かせた。長い髪を一つに束ねていた彼女の瞳と同じ色のリボンを解き、過去にそうしたように、エリィの手に握らせた。


「そのために、必ず帰ってきて」

 リボンを握ったエリィの手を、ニーナが両手で包み込む。


「――これは依頼よ、魔女の使いのエリィ!」


 エリィは両目を見開き、やがてもう片方の手をニーナの両手に重ねた。

 これは別れではない。いずれ来る再会の日のための、旅立ちだ。


「その依頼、魔女の使いが請け負った!」


 天使呼ばれた種族の王女と、やがて魔王となる少年は、頷き合って再会を誓う。

 互いの守るべきもののために、それぞれの道を歩み出しながら。


 * * *


 足を組み木製の椅子に腰かけた魔女が、窓の外に目をやりほほ笑んだ。手元に開いた厚い歴史書を机に置くと、ほんの少し埃が舞って差し込む夕焼けに反射し、細かな光の粒子となる。

 芽吹いたばかりのオレンジ色が、見慣れた庭の花壇で陽の光へとその顔を向けていた。そよそよと風に揺れるその花々は、どんな薬草よりもジェシカの心を癒すだろう。


 そうして世界は、いつも通りの夜明けを迎える。

 その日彼らが守り抜いた、明日の夜明けを迎える。


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