それぞれの決意
「五十年前に起きた天変地異のことは、二人とも知っているわよね」
二人が頷いたことを確認して、ニーナは言葉を続けた。
彼女が言うに、その天変地異を引き起こした原因こそ、彼女が探しているという兵器『アレクシス』なのだという。
「それが、今もまだこの世界のどこかに存在している。五十年前の天変地異が、『天変地異』で終わったのは、当時まだ『アレクシス』が未完成の存在だったからだと聞いたわ」
「そんな話、初めて聞いた……」
ゲルダが漏らすように呟くと、ニーナは当然だと頷いた。
「これは国家機密レベルの話だと聞いてるわ。私の国でも、その存在を知っている人はほんの一握り。その存在を知って、悪用しようと動く人間がいても不思議はないからだと思う」
「そんなもの、誰が何のために作られたってんだ?」
「わからない。神の造形物とも言われているらしいから」
あまりにも規模が大きすぎるその兵器は、確かに人が創り出すには手に余る代物かもしれない。
「神、か」
そしてニーナの言う言葉は、全てが偶像とも限らない。
「この世界は昔、神々によって支配されていた。今でこそ、その力は人前に現れないけれど」
事実、数百年と遡ることもなく、この世界の歴史には『神』という存在が深く関わりを持っていた。ザデアスという存在は、その『神』の存在の名残であるという話すらある。
「ただでさえ最近は、異常現象の多発で人々は危機を覚えている。そんな中、もしも何かしらの原因があって『アレクシス』が再び動いたら……」
二度目は、天変地異では済まないかもしれない。エリィはそんな未来を想像し息を飲んだ。
「そりゃ笑えねーな……。でもなんでそんなこと、お前が知ってるんだ?」
覚悟していた問いかけでこそあったらしいが、ニーナは答えを詰まらせる。
エリィの疑問は至極真っ当なものであった。国家機密にも匹敵するような兵器。例えその捜索理由が破壊だとしても、それほどの機密事項を自分と同じ程の年の少女が、たった一人で探しているという事実はなんとも不可解だ。
破壊出来るのであれば、それに越したことはない。
しかしアンジエーラ族の少女が、言わば敵国である隣国の魔女を頼る程にそれを探そうとする理由が、エリィにはどうしてもわからなかった。
「……言えない」
眉を寄せたニーナが、膝の上でぐっと両手を握りしめる。
「でも、信用して欲しい」
それは、なんとも難しい答えだ。
「いつか、ちゃんと話すわ。でも、今はだめなの。……お願い」
エリィが考える以上の理由を抱えて、彼女は一人この場所に居るのだろう。
揺れる瞳には、言えないことに対するエリィへの後ろめたさが見えた。
「――わかった」
あまりにも簡単な返答に、ニーナの思考が止まる。ようやくその言葉を飲み込み驚きのままに顔を上げたニーナへと、エリィはどこか心外そうに口を尖らせた。
「なんだよ、その顔。お前みたいに詳しい話をしたがらない客ってのは、そう少なくねーんだ。慣れてんだよ。それに、ここは『何でも屋』だぞ。理由がどうあれ、それが悪事じゃねーなら力を貸すんだ」
それとも悪事を働こうとしてんのか。そう言ったエリィに、ニーナは力強く首を振った。
「……ありがとう」
はにかんだニーナにどことなく気恥ずかしさを覚え、エリィが視線を窓の外へと向ける。街灯の明かりが、屋敷の門をぼんやりと照らしていた。
「私も遠巻きにいろんな人に聞いてみるよ。見た目の特徴とか、この辺にありそう~とか、少しでも手がかりになりそうな情報とか、あったりする?」
「ごめんなさい。本当に、何もわからないの。『アレクシス』と言う名前と、その危険性だけしか……」
申し訳なさそうに首を振ったニーナへ、ゲルダは唸りながらも頷いた。
「そっかあ、じゃあ今はその名前だけが頼りかなあ。うーん、でもあんまり名前は出さないようにしなきゃだし……」
「まーどうにかなんだろ。そこも含めて俺の仕事ってことだ。よーし、俺に任せとけよ、な!」
「あいたっ」
立ち上がったエリィがゲルダの肩を叩く。ゲルダはほんの少しエリィを睨みながらも、そうだねと笑って答えた。
「私の方でなにか進捗があればここに来るね、逆に何かあれば連絡して! それじゃ、今日の作戦会議はこれにて終了ってことでいいかな?」
一度手を叩いたゲルダの言葉に、エリィが頷いた。
夜も遅い。エリィは二人をそれぞれ別の客室へ案内した。
ゲルダには昔から貸している部屋があるし、他にもこの巨大な屋敷には普段使っていないにも関わらず、なぜかベッドまで置かれたゲストルームがいくつも存在している。ニーナは遠慮したが、今ここを出たとして彼女に行くあてなど無い。
エリィと、なぜかゲルダに促されるまま、彼女は数日の間この屋敷に滞在することになった。
* * *
二人を部屋に送り届けた後、自室に戻ったエリィは靴を脱ぎ棄て部屋着に着替える。普段であればジェシカの居ない頃を見計らってシャワールームに向かうところだが、今頃は二人のどちらかがシャワールームを使っていることだろう。
一度時計を見て、襲い掛かる睡魔と対話する。
「朝でいいか……」
あくびを一つ漏らしてランプに灯した明かりを消し、目を閉じたエリィはベッドに身を投げる。
顔の前に呼吸を感じて目を開けると、すやすやと眠る子鼠の姿があった。
「そういや、俺の部屋で寝かしといたんだっけ」
ふあ、とあくびをしてエリィは体を動かし天井を見上げた。
ジェシカの不在中に依頼が届けられることは少なくない。しかしその際は、毎回ヨルにその依頼を請け負うべきか否かの判断を任せていた。
今回のようにエリィが一人で依頼を請け負うのは、ゲルダを抜きにすれば初めてのことだった。ゲルダからのものも依頼とは言うが、大した報酬も発生しない友人同士の頼み事のようなものだ。
アンジエーラ族の依頼主、明かされない素性、そして世界を破壊する程の兵器。
正直、ジェシカが素直に依頼を受ける相手とは思えなかった。
手癖のように指先を擦ると、暗闇の中で薄紫の花弁が生まれた。ぱっと手を開けば、その薄紫は規則正しい呼吸を繰り返すヨルの背に落ち、その体に吸い込まれるように消えていく。
良いのだろうか。本当に、請け負ってしまって良かったのだろうか。
「ったく。屋敷を開けるってことは、俺に仕事を選ばせるってことなんだからな……」
ニーナの真っ直ぐな瞳が、エリィの脳裏に浮かぶ。
「あんなの、俺には断れねーっての」
魅入られたばかりの空色が、鮮やかに彼の心を繋ぎ止めていた。
* * *
客室に通されたニーナは、窓の外から差し込む月明りの下で、自分の両手のひらを見つめていた。
細く真っ白な指が、小さく震えている。
「どんな手を使っても、何を頼っても。絶対に『アレクシス』を見つけ出します」
それは、彼女の小さなプライドが導き出した言葉だ。
「すべては我が国アルケイデアのため。だから、もう少しだけお待ちください」
窓の外へ視線を向ける。ずっと先に居るはずの、一人の姿を思い浮かべる。
「ダリアラ様――」
震えを明かりから隠す様に、彼女はぐっと両手を握りしめた。