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魔女の使いは戦わない  作者: 柚月 ゆめる
9章 いつか、大魔王になる少年【ベテルギウス突入編】
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生きててくれて、ありがとう

 続けざまにエリィの前へと舞い降りたのは、巨大な鎌を携えた、誰よりも近くでエリィとの日々を過ごした家族の姿だ。

 目も開けていられない程の風圧と共に、巨大な鎌がエリィの目前に迫っていた山吹色の剣をせき止め、破壊する。


「ヨル! ニーナ!!」


 エリィの体を覆い隠す様に、ニーナはその大きな翼を広げた。傷だらけの細い腕からは想像もつかない程に力強く、ニーナが彼の体を抱きしめる。ヨルが鎌を一振りすると、散り散りに舞っていた山吹が残り香と共に消滅した。


「ニーナ、なんだよな? 無事……、なんだな?」


 背中に感じる温もりにエリィの声が震える。ニーナの髪が視界の隅で揺れて、彼女が小さく頷いたのがわかった。

「ヨルが助けてくれたの。彼が来てくれなかったら、間違いなく私は死んでいた」


 生気を感じない細身の体が、エリィを庇う様にそこに居た。巨大な鎌を携えたあまりにも頼もしいヨルの背に、エリィの鼻の奥がジンと熱くなる。

「僕はエリィの力になるために来たんだ。その子を助けたのはたまたまだよ」

 人型のヨルは、どこか不服そうな声で、振り返らずにそう告げた。


「ゲルダのことは安心して、エリィ。ちゃんとベッドまで送り届けたし、本人も目を覚ました。自分は問題ないから、行ってきてって言われたよ」

「そ、か。良かった……」


 最後に目にした意識の無いゲルダの姿が鮮明に思い起こされると同時に、ベッドの上でヨルを鼓舞する彼女の姿もまた簡単に想像することが出来た。エリィが再び胸を撫でおろした時、ニーナの両腕に一層の力が籠る。

 思わず息を止めたエリィの耳元で、ニーナが薄い唇を開いた。


「ごめんなさい」

 消えそうな声で、彼女はそう言った。


「ごめんなさい、エリィ」

 背中に感じる温もりが、小刻みに震えている。


「本当に酷いことを、言ってしまった。私に、あなたを責める資格なんてないのに。あなたはこんなにも、私に力を貸してくれたのに」

 エリィはそんなニーナの言葉に首を振る。彼女の腕に手を添えると、怯えるようにニーナの体がぴくりと震えた。


「謝るなよ、ニーナ。本当に謝らないといけねーのは、俺だろ」

 ニーナが顔を上げる。彼の手は、自分以上に冷え切っていた。


「誠心誠意謝る。本当にごめん。何度でも、言うから。……でも、今は」

 エリィの手に一層の力が籠って、彼の眉間へとニーナの手が導かれる。ニーナの手の甲に触れた温もりの正体は、エリィの涙だった。


 今のエリィに強がる余裕はない。

 溢れる涙を、今度こそ留めることが出来ない。


「ニーナ」

 もう一度、エリィがその名を呼んだ。

 彼女の存在を確かめるように。この先の可能性を、手放さないように。


「生きててくれて、ありがとう……!」


 嗚咽の混じったその声に、ニーナが息を詰まらせた。鼻を啜りながら、縋るようにエリィは彼女の手を握りしめていた。


 まだ終わってない。

 この言葉が、ただの強がりではないことを確信した。


 他の誰でもなく。この手の主が、彼女が証明してくれているのだ。


 まるで子供の様に涙を流す彼の表情を、ニーナは伺うことが出来ない。ニーナはエリィを宥めるように、もう片方の手で彼の肩を撫で、その背に顔を埋めた。

「……そんなの、私の台詞だわ」


 目頭が熱くなり、視界が滲んでいく。エリィにとってニーナがそうであったように、ニーナにとってもまた、目の前の少年の存在こそが、残された唯一の希望なのだ。


 そんな二人の様子を横目で見ていたヨルは、再び意識を目の前の異変へと移す。

 感じる。その存在は、まさに神と同格の存在へと変化している。彼と本気でぶつかれば、今の自分では打ち勝つことなど出来ない。


(そもそも、この空間は臨界点目前だ。奴を中心に時空が歪んでる。いつ崩壊してもおかしくない)


 実際、エリィが先ほど感じた()()()()()()()()()()()は、一種の現実だった。強大な力は空間の歪を生み、時の流れを狂わせていく。既にアレクシスは本来の力を取り戻し、世界は最後に下される彼の判決を待つことしか出来ない状況にある。


 それでも世界が終わらないのは、ほんの数刻前まで、そのアレクシスがまだ神格を取り戻す前の状態であったことが最大の原因と言えるだろう。『ダリアラ』はまだ、その力の扱い方の全てを理解できていないのだ。


(それも時間の問題だ。彼は別に、知らない力を新たに手に入れたわけじゃない)

 ヨルは鎌を握る手に力を込める。彼は今、アレクシスとしての記憶を呼び起こしている最中であることを忘れてはいけない。それは新たに何かを学ぶよりも、よっぽど時間を必要としない行為なのだ。


 注意深くその存在を観察していたヨルだったが、しかし彼が予想していた以上に、ダリアラはまだ人としてのソレを手放せている訳ではないようだった。

 いや、むしろ思い起こされてしまったと言うべきなのだろうか。


 突如現れた二人の存在に、ダリアラの笑みが消えていた。

 彼の動揺が、散り行く山吹色から見て取れる。


 よく見ると、その薄い唇が小さく動いていた。徐々にその動きは発音を含み、言葉をなしていく。

 彼は幼子の様に同じ言葉を繰り返した。


 どうして、なぜ、と。 


「――ヨル、ニーナ」

 はっとヨルが意識を背後に戻す。ニーナの手を優しく解きながらも荒々しく目元を拭ったエリィが、覚悟を決めたように顔を上げた。


「一瞬で良い。俺が、ダリアラに近づくための隙が欲しい」

 それは囁くような小さな声だったが、ヨルの耳には不思議とよく届いた。


「俺には、『これ』しかないけど」

「……エリィ」

 ニーナがもう一度彼の名を呼ぶ。エリィは小さく頷いた。


「もう逃げない。――信じてくれ」


 それ以上の言葉は、不要だった。


「わかった」

 ニーナが立ち上がり、ヨルもまたエリィへと頷きを返す。

 エリィが見上げた先へニーナが足を進め、ヨルの隣に並んだ。


 その時、視界に飛び込んだ紅がニーナの注意を奪った。いや、正しくはその中心で倒れ込む、片腕を失った兄の姿が。

 ただ視界に入らなかったのか、自身が無意識のうちに視界から外していたのかはわからない。しかし視線を逸らそうにも、彼女の本能がそれを許さなかった。


 ニーナの体が一瞬にして冷え込んでゆく。沸々と湧き上がるのは、怒りと、恐怖だ。


「邪魔をするなよ」

 そんなニーナの様子に気付いた訳でもないだろうに、ヨルの低い声が彼女の冷え切った体を一層凍えさせた。ニーナは一度短い深呼吸をして、その意識の全てを、目の前の脅威へと向けた。


「――しないわよ。もう二度と」

 仇を取るだとか、そんな理由を持った戦いではない。

 これは自分が信じた正義のための戦いだ。彼を否定し、過去を捨て、その先の未来へと進むための。


 ニーナの回答に、ヨルが言葉を返すことは無かった。

 ダリアラの呟きが、徐々に音量を上げていく。


「なぜ。なぜだ……?」

 ゆらゆらと覚束ない体で、焦点の定まらない瞳で、ダリアラが目の前に立ちふさがる二つの影と対峙する。

 歪んでいくのがわかる。既に歪み切っていたはずの兄の姿が。それを中心に渦巻く、終焉の淵が。


「なぜなんだ、ニーナ!!!!」


 ダリアラの叫びが、ヨルとニーナの体を突き動かした。

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