第8話『復活の魔王、決意の勇者』
「――アビス、今回の任務ご苦労だった」
「いえ、当然のことです。魔王様」
世界は三つある。人が住んでいる人間界、天使や神が住んでいる天界。そして、悪魔や魔王が住んでいる魔界。これらの世界を行き来するには各世界にそれぞれ一つだけ存在する人間界から天界に行くための扉、人間界から魔界に行くための扉が必要だ。
そしてここは魔界。魔界を統括する魔王とかつて勇者の仲間だったアビスが魔王城で話している。
「でも、勇者に負けて帰ってきたんよね?」
魔王とアビスが話している途中で桃色の髪をした女性が横やりを入れる。腰に長い刀を差している。女性は自分の髪と同じピンク色の着物を着て、壁にもたれている。
「……サクヤか。別にあの場でレイズを殺すことが目的じゃなかった。それだけだ。あと、負けてない」
「殺す気で撃った魔術が白猫の少女にたやすく防がれたんだってねえ。クロハの水晶玉で見させてもらったよ」
サクヤと呼ばれた女性は自分の隣にいる黒髪の少女の肩を叩く。黒髪の少女は黒いコートで全身を、黒く薄いマスクで口を隠している。唯一見ている部分は長い黒髪と黒い目だけだ。人間界のどこかにある和の国でよく見られる忍者と似たようなものを感じる。忍者と違うところといえば、水晶玉をずっと両手で抱えていることだろう。おどおどしていてどこか頼りない。
「それに、クロード。あんたもやられたんだってねえ。まだ本気も出していない勇者を倒せないなんて、あんたそれでも魔王様の手足として動く四天王かい?」
「あれは、私も本気を出していないからだ。私が本気を出せば勇者ごとき取るに足らない存在だ」
「へえ、そのわりには随分と必死だったじゃないか。まあ、確かにあんたには奥の手が残っているからねえ、そういうことにしておくよ」
「……チッ」
フィーを捕まえようとしていた槍の男、クロードは唇を噛み締めている。
「そういうお前はどうなんだ、サクヤ。ずっと魔王城で様子を見ていただけか? もしかして、勇者と戦うのが怖いんじゃないのか?」
アビスも負けじと挑発する。
「へえ、言ってくれるじゃないか。なら、ここで試してみるかい? 未熟な人の子ではうちに到底敵わないと思うがねえ」
「お前も別に悪魔じゃないだろ、石の擬人化が」
「ほう、よくわかった。武器を構えな。勇者より先に死にたいらしいねえ」
サクヤは腰の刀を、アビスも背中に背負っている混沌の剣を抜いて双方構えの体制に入る。
「あ、あの、喧嘩は……よくない、ですよ……」
ここで初めて黒髪の少女が喋った。しかし、二人とも話を聞く様子は感じられない。
「――二人とも、剣を収めよ」
二人が突進しようと踏み込む直前だった。そんな二人を止めた低い声の主は玉座に座っている魔王だった。
「「魔王……様」」
二人は魔王の声に気づいて剣を収める。
「よいのだ。アビスもクロードも私の任務をよく遂行してくれた。確かに今は勇者を殺すことが目的ではない。それに、サクヤも私の身を心配してくれたのだろう。勇者に殺されるかもしれないと」
魔王は重い鎧の音を鳴らしながら玉座から立ち上がり、小さな段差を降りる。そして、サクヤの下までゆっくりと移動する。
サクヤは何かされるのではないかと魔王が近づいてくると不安になって目を閉じる。
魔王がサクヤの前に立つ。大人の女性であるサクヤが二人分積み重なっても魔王の身長には届かない。魔王はがっしりとした重い鎧、顔が一切見えない漆黒の兜を身に着けている。肌が一切見えない魔王は悪魔なのかそれとも未知の存在なのか見当もつかない。
サクヤは自分の頭に何か重みを感じて目を開ける。
「――心配してくれたこと感謝する。これからも私に尽くしてくれ」
魔王はサクヤの頭を撫でる。
「……は、はい!」
「もちろん、アビス、クロード、クロハ、お前たちもな」
「「はっ、もちろんです!」」
三人は膝をついて忠誠を示す。
「――さて、これからどうするかだが……」
レイズは崩壊した家を見る。守ってもらった壁の部分は無傷だが、障壁からはみ出た部分は跡形もなく崩れている。
まったく、アビスのやつとんだことをしてくれたものだ。
レイズはため息をつく。
「はあ……本来ならこのままフィーを追い返してボクはまたぐーたらする予定だったんだけど、家もなくなったからなあ」
「えっ、レイズ様、そんなことを考えてたんですかっ!?」
「……まあな」
フィーが驚く。あの戦闘が終わったっていうのに元気だな。まあ、傷だらけのボクが言えたことではないな。今はなんとか回復して多少は動けるようになったくらいだ。完全に回復するにはあと一晩は必要だろう。
「フィー、これからボクは街に行く。当然、来るんだろう?」
「街に、ですか? いったい何をしに……?」
「決まってる。魔王を倒すんだろう? これからかつての仲間たちに会いに行くんだ。二年前の情報だから今はどうしているかわからないが、おそらくあの街で魔術屋を開いているはずだ」
レイズが山の頂上から見える大きな街を指差す。そこまで遠くない距離だ。
「レイズ様、それって……!」
「勘違いするな。別に知らないどこかの人のために魔王を倒す気はない。でも……フィーのためなら魔王を倒してもいい」
レイズは照れくさそうに頭をかいている。
フィーがイデアに似ているからこんなことを言ってしまうのだろうか。それともただ単純にフィーが気に入ったからなのだろうか。そのときのレイズにはわからなかった。
「レイズ様、さっそく行きましょうっ!」
「あ、ちょっと、引っ張るな、まだ傷が治ってないんだから――」
レイズはフィーに手を引かれ、山を下り始めた。輝かしい夕日に照らされて。