第7話『金の写真立て』
「うっ、なんだっ!」
「きゃっ、こ、これは……?」
爆発で土、草木が舞い上がる。フィーの障壁でなんとか身を守ることはできているが、障壁の向こう側は土が砂嵐のようになっていて何も見えない。
爆発は数秒続いた。その間、後ろの方から何か崩れるような音が聞こえたような気がした。
「……けほっ、けほっ」
爆発が止み、フィーも障壁を解除する。フィーが咳き込んでいる。爆発が止んだといっても土はまだ舞っているし、フィーは一番前で守っていたからだろう、結構土を吸ったみたいだ。
「フィー、大丈夫?」
「は、はい、私は大丈夫です……」
「それならよかった。……って、あれ?」
フィーの無事を確認して安堵した後に辺りを見回す。アビスの姿がどこにも見えなかった。
「アビス、逃げたか……」
「あの……レイズ様」
「なに?」
フィーがレイズの後ろを指差す。
「その、家が……」
後ろを振り返ると、二年間住んできた小さな一軒家がフィーの障壁が行き届いていた壁だけを残して跡形もなく崩れていた。
「ああ、確かに崩れてるな」
「えっ、それだけですか……?」
「うーん、二年も住んでた家が崩れたのはちょっとショックだけど、困ったことは特にないからな。まあ、唯一気になることがあるとすれば……」
レイズは崩れた家の瓦礫をどかして何かを探し始める。
「えーっと、確か……ここに……あった!」
「レイズ様、それは……?」
フィーが覗き込む。レイズが持っているのは金色の装飾が施された写真立てだった。中には一枚の写真が入っている。こんな爆発の中で金の写真立ては一切くすんでいない。
写真にはレイズを中心にたくさんの人が囲んでいる。みんな笑っている。この人たちはかつての仲間たちだろうか。少年少女たちが多い。中には職人のような恰好をした人もいる。この人も仲間なのだろうか。
「これは、ボクとかつての仲間たちとの初めて撮ってもらった集合写真なんだ。この写真……懐かしいな。みんなでお金を出し合って大きな家を買ったときの記念写真だったな。それにしても、あれだけ家が壊れているのにこいつだけ無傷なんて、あのとき特殊素材の写真立てを買ってよかったな」
「――勇者様、写真立てのタイプはどうしましょうか。値段と素材はこんな感じになっております」
写真の撮影から写真立てを選ぶまで、大切な写真を取り扱う写真専門店の店長があるリストを見せる。カウンターの上に出されたリストを見る。後ろから仲間たちも覗き込む。
リストには木の写真立て、銀貨一枚と、写真立ての素材と価格が表形式でずらっと黒いインクで書かれている。銅、鉄、銀など様々な素材の写真立てを扱っているようだ。どれも銀貨で買えるものばかりでそこまで高くはない。
写真のことは詳しくないから仲間に任せようかと意見を待つ。すると、仲間の一人がリストの一行に指差す。
「ねえレイズ、これなんかいいんじゃない?」
金髪の狼耳の少女が指差したのは金の写真立てだ。値段は金貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚だから、金の写真立て一個で木の写真立てが百個も買える。
「さすがに写真立て一つでこれは高すぎない……?」
「でも、みんなで撮った初めての写真だよ。大切にしないと」
「勇者様、金の写真立てはいいですよ! たとえ家が大崩壊しても、爆発に巻き込まれても傷一つつきませんし、何よりこの煌びやかな装飾! 目に入れても全く痛くないではありませんか!」
写真屋が彼女に便乗するように写真立てについて語り始める。まあ、店の人からすればより高い物を買ってほしいのだから仕方ないことか。
でも、いろいろとつっこみたい。なんだ、家が大崩壊っていつそんなことが起きるんだ。それに爆発に巻き込まれたら写真立てよりも自分の安否の方が大切だろう。目に入れても痛くないって、写真屋にとって写真立ては孫みたいなものなのか。
「というか、金ってそんなに頑丈な素材だったっけ? 結構柔らかい鉱石の部類に入るんじゃ……」
「それは、企業秘密でございます」
企業秘密って、この写真屋はあんた一人だろ。今のボクなら確実につっこんでいるが、そのときのボクは勇者としての何かがあったのだろう。細かいことを気にしなかったのか、それともどう返していいのかわからなかったのか。
「はっはっはっ、いいんじゃないか。初めて撮った集合写真なんだ。それに、金貨一枚くらいならみんなで出し合えば大した額でもないだろ」
「いや、お金の心配はしていないんだけど……。まあ、確かに初めての集合写真なんだからそれくらい豪華にしてもいいか」
まさか本当に家が爆発で崩壊したなんて、そのときのボクは思ってもいなかっただろう。
「あの、レイズ様、この方は……?」
フィーが指差した場所には金の髪をした女の子がレイズの隣に写っている。狼の耳に尻尾、左側の瞳はフィーと同じ青色だが、右側の目は美しい翡翠色をしている。耳と尻尾、髪色と目の色の組み合わせ以外はフィーと全く一緒と言っても過言ではない。まるで双子だ。
「彼女の名前はイデア・ゴールデリア。金狼族が集まる国の王女だった。そして、ボクが誕生して初めてできた友達であり、仲間だ」
「仲間、ですか……? じゃあ、これからその方たちに会いに行くんですか?」
「会いに行く予定ではあるが、イデアには会えないだろうな」
「それは、どうして、ですか……?」
「……」
レイズはそれ以上何も言わなかった。