第5話『裏切り』
「さあ、レイズ! つべこべ言ったってもう、何も変わらないし俺は変わる気もない。さっそく、戦いを始めようぜっ!」
「どうしてなんだ、アビス……。どうして君が魔王軍に……」
かつての仲間がどうしているのか、この二年間、一切の情報を得られなかったからみんなどうしているのだろうと考えたときもあった。まさか、魔王の仲間になっていたなんて思ってもいなかったし、信じたくもなかった。
「どうしてだなんてそんなことを今考えたって何もないぜ。俺は自分の意志で魔王軍に入ったんだ。お前を殺すためにな!」
アビスが手のひらを向けると、アビスの手から魔人のような炎の腕が現れ、レイズの方へ発射される。あれが、アビスの得意な火属性魔術のひとつ『三重魔術:魔人の剛腕』だ。
どうしてアビスが魔王軍に入ったのかはわからない。でも、確かなのは、もう、アビスはかつての仲間ではなくなってしまったことだ。戦わなければ何もせずに殺られるだけだ。
「はあっ!」
剣には剣、魔術には魔術。それが、一般的な攻防の決まりみたいなものだ。ごくまれに例外も存在するが、今回の戦いとそれは関係のないことだろう。
対するレイズは『三重魔術:天の滝』で水の壁を作り出す。炎の腕はその壁に当たるとまるで水に溶け込んだかのように消えていった。
「へっ、まだ腕は落ちてないみたいだな。だが、次はこんなもんじゃないぜ」
アビスの目はもう殺すことでいっぱいだ。勇者の仲間だったなんてこの姿からは想像もできないほどの悪人の面、いや、言うなれば悪魔の面か。
「……レイズ様……」
フィーがレイズの身に着けている赤マントを掴む。
「大丈夫だ、ボクが守る。だから、フィーは死なないさ。一応、明日には帰ってもらう予定だからな」
「――え、いや、レイズ様、私は、私よりもレイズ様の方が……」
レイズは前に出る。マントからフィーの手が離れる。そのときには、フィーの声はもう届いていなかった。
「別れの挨拶は済んだか? それじゃ、悪いがお前にはここで死んでもらう!」
「別れの挨拶は明日に取っておくさ。だから、悪いけどここで死ぬわけにはいかない!」
「あ、あの……私、まだ諦めてな――」
「行くぞ、『混沌の剣』!」
「行くよ、『生成魔術:運命の剣』!」
アビスの剣がより一層黒いオーラに包まれる。禍々しい闇と炎の力が剣に集められる。
レイズは何もない空間から一本の剣を取り出す。前の魔物との戦いで使ったナイフのような折れた剣。折れた剣を使っているにも関わらず、レイズは冷静にアビスの剣を捌いている。
「くそっ、そんな折れた剣で!」
「勝敗は剣だけでは決まらない。勝敗を決するのは自分の実力だ」
黒い剣と折れた剣が衝突する。互いに剣を抑えつけあう。剣の重量で押し切ろうとするアビスだが、レイズはその重みを自身の力で相殺する。いったい、どこからそんな力が沸き上がってくるのか。レイズの腕、足が白い靄で包まれているのがわかる。『強化魔術』で足りない力を補っているようだ。
「自分の実力。ああ……そうかもなっ!」
アビスもこのままでは埒が明かないと思い、剣を引く。
「さすがに今までの戦い方じゃお前には勝てないな。それだけのハンデを抱えて互角に戦うんだから大したやつだよお前は」
アビスは剣を鞘に納める。戦闘は中止かとも思ったが、それはすぐに違うとわかる。アビスは右手で左手首を支え、左の手のひらをこちらに向けている。魔術を撃つ気だ、それも、強力な。
急いで、防御するための魔術を詠唱する準備をする。
基本の魔術を防御する方法としては相手の『反属性』の魔術を使えばいいわけだ。例えば、さっきアビスの使った魔術『魔人の剛腕』は少し別の属性が混じっているのだが、大体は火属性だ。そして、ボクの使った魔術『天の滝』が水属性。火と水の二つの魔術が衝突すると、威力に差異がない限り相殺される。アビスの使う魔術はこれまで何回も共に戦い、時には対立もしたことがあったし、そのときに何回も見てきた。どんなに高速詠唱しようとも全て反属性の魔術を構築して相殺できる自信がレイズにはあった。
だが、今回はそうはいかなかった。
「行くぜ、これが俺の手に入れた新しい力だ! 『#$%&』!」
「なっ、それは……!」
聞きなれない詠唱。いや、昔に何度も聞いたことはあるのだ。だから、言い換えるなら――人の世では聞きなれない詠唱だ。
「……悪魔語っ!」
悪魔の扱う魔術は魔術であることに変わりはないのだが、大体が闇属性の魔術のため、防御するには光属性を扱えることが必須だ。そして、今の状態のボクでは光属性は扱えない。
「すぐにわかるなんて、さすがは悪魔と何回も戦ってきた勇者様ってわけか」
「……くっ、『裁きの岩壁』っ!」
急いで防御系の魔術を使う。魔術の攻撃は反属性の魔術で防御するのが普通。だが、種族によって扱える属性は変わるので今のようにどうにもならないときもある。その場合は、相手の魔術よりも一つ上くらいの威力の高い防御系魔術で対処する。しかし、それは相手の倍近くの魔力を使うので長期戦では推奨されない。
目の前に三枚に連なった岩の壁が現れる。一枚、一枚が強力な電気を帯びている。これに触れた相手は感電し、中級車くらいまでの冒険者なら大体は倒せる。魔術でありながら、物理攻撃も防げるし、当然魔術に対しての防御力も高い便利な魔術だ。これが、今、この状態で扱える最高威力の防御魔術だ。
闇の塊が岩の壁に衝突する。あまりの衝撃で大地が揺れる。
「きゃっ!」
あまりの揺れにフィーはよろめく。
ボクは、強化魔術で足を強化しているからなんとか立ってはいられるが、それでも自由には動けない。
「俺の魔術を侮りすぎじゃないか? その程度の防御魔術なら……」
「……なっ!」
三枚もある岩の壁が、一枚、また一枚と崩れ落ちていく。最後の一枚でこの黒い球を受け止めようと力を込めるが、それもあっけなく壊れ、禍々しい魔術はレイズの腹部に直撃する。とてつもない衝撃に耐えられずにレイズは吹き飛ばされ、家の壁に叩きつけられる。
「ぐっ!」
吐き気を催す衝撃、いや、吐き気どころじゃない。あまりの衝撃で息が止まりそうだ。
「レイズ様っ!」
フィーが壁に打ち付けられて倒れるレイズの下へ駆けつける。
ずっと宙に浮いて、空から攻撃していたアビスが地上に降り立ち、レイズたちの前まで移動する。
「なあ、レイズ。懐かしいよな。俺たちが初めて悪魔と戦ったときを思い出すぜ」
「……はじ、めて……?」