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怠け者勇者はもう一度、世界を救う。  作者: 宵月渚
第一章『怠け者勇者と白猫の少女』
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第4話『邪眼の白猫』

「それで、話はよくわかった。運命の書の予言で魔王が復活することを知って、それでボクの家までわざわざ来たと」


「は、はい! では、魔王を――」


 少女は期待に満ち溢れた目でこちらを見てくるが、その期待に応えることはできなかった。


「ボクの言ったことを忘れたのか。ボクはもう人のために戦うのはやめたんだ。これ以上、ボクには関わらないでくれないか?」


「むぅ……頑固な勇者様です……」


「誉め言葉として受け取っておく」


 今まで散々なことを言われて続けたからそういうのは慣れっこだ。

 そう返すと、少女はより一層、頬を膨らませている。


「むぅ……」


 少女の後ろで何かがもぞもぞしているのが見える。何か後ろで隠れているのだろうかと普通、考えるのだろうが、彼女の頭にはぴょこんと猫の耳が生えていた。ということは、あれは尻尾か。


「……ねえ、君は白猫族……なのか?」


「えっ……そ、そう、です……けど。でも、なんで……?」


 なんで、わかったのかということだろう。


「いや、だって、頭のその耳を見たら誰だってわか――」


「えっ、頭……!? あっ、うそっ! フードが……!」


 勇者に頭のことを指摘され、少女は自分の頭をベタベタと触る。どうやら、フードで隠していた気になっていたようだ。フードをかぶっているとかぶっていないでは、結構、頭に当たる風の感触とか違うと思うのだが……。まあ、フードを生まれてこの方被ったことがないものだからどうなのかわからない。そういうものなのか。

 少女は耳を手で覆い隠し、涙が浮かんだ目でこちらを見る。


「あ、あの……」


「なに?」


「その……ずっと、私が白猫族だと知っていたのに……私のことが怖くないんですか?」


「怖い? どうして?」


 質問の意味が全く理解できなかった。そもそも怖いって思うことすらないくらいなのだ。凶暴さは感じられないし、殺意も全く感じられない、強者の覇気もない。彼女の何が怖いのか全力で探してみたが、全くわからなかった。


「いえ、その……私のこの目と耳が、です……」


「目……?」


 彼女の目を見る。ボクの目よりは明るい青色の瞳。広大な空を思わせる壮大な青い瞳だ。そう、左の目は、だが。もう一方の右の目は、深紅。左が空を思わせるなら右は溶岩のような色、だろうか。まさに天地を思わせる左右の瞳だ。


「なるほど、『邪眼の白猫』……か」


 その言葉に少女はビクンと肩を震わす。どうやら、この言葉に想像もできないほど嫌な思い出があるのだろう。


「昔、聞いたことがあるんだ。銀の髪、左右の目の色が違い、片方が赤い目の白猫族のことをそう言っていた、と。あまり、いい意味で使われてはいなかったようだけど」


「……そう、です。みんな、それで……私を……」


 彼女は俯く。涙が一滴、頬を伝って落ちたのが見えた。


「……別にいいんじゃないか、そんなの」


「……え?」


 彼女の顔が上がる。柔らかな色白の頬には涙の伝った跡が残っている。


「ボクは、いろんな世界を旅していろんな人に出会ったからかな。特殊な見た目をしているからって驚いたり怖がったりなんかしないよ。見た目が全く同じ人がそこら中にいるなんて、そっちの方が怖くないか? 見た目なんか違って当たり前だよ」


 世界中を旅、か。魔王討伐の際にいろんな街を立ち寄ったなあ……。

 たくさんの仲間たちと名物の物を食べたり、自分たちだけの秘密の絶景スポットを見つけたりもした。


「――だから、そんなに気にすることないんじゃないか」


「……あり、がとう……ございます……!」


 そう言ってまた、彼女の目から涙が一滴、落ちた。今度は俯かず、顔を上げて笑っていた。




「……落ち着いた?」


「あ、はい。もう、大丈夫です。今までずっと悩んでたこと、少し楽になりました、ありがとうございます」


 指で涙を拭い、少女は言った。


「別に大したことは言っていない」


 これも事実を言っただけだ。実際、薄っぺらな言葉しか言っていないのだ。感謝される理由がない。

 なんて、冷たいと言われるようなことを思っていると、少女が口を手で覆い隠して笑っていた。


「……ふふっ」


「なんかおかしいことでも言ったか?」


「いえ、なんでもないですっ!」


 出会って間もないが、そのときの彼女の表情はいつもよりどこか明るかった。


「それと、さっきの話と魔王を倒す話は別だからな。ボクは絶対に魔王なんか倒しに行かないからな。ボクはもう人のために戦わないから」


「じゃあ、私のために戦ってください」


「……え?」


「ほら、その……私は人じゃないですよ」


 少女は自分の頭についた二つの耳を指差す。

 さっきあんなことがあったのに笑えない冗談だ。それほど、無理をしてでもお願いしたいことなんだろう。

 そういえば、はるか昔、言われたことがあったな。女の子には優しく、か。

 勇者は少女の頭をなでる。


「そんなこと、冗談でも言うな。確かに種族で言えば違うのかもしれないけど、君は立派な人、だよ」


「……う、あ、ありがとうございます」


 また、泣くのかと思ったが、この短時間で成長したようだ。少女は涙をこらえて小さく頷いた。


「――って、さりげなく魔王討伐の話逸らしてません?」


 少女は冗談のつもりで言ったのだろう。笑えない冗談だ。


「――チッ、バレたか」


 だって、本当に思っていたのだから。


「ええっ!」


「半分冗談だ」


 そう、半分は、だ。さっき笑えない冗談を言われたお返しとでもしておこうか。


「……もうっ!」


 勇者は少女に手を差し出す。少女は不思議な顔をして勇者を見る。


「あの、勇者様……? これは……?」


「レイズだ。勇者様って呼ばれるのはなんか恥ずかしいから名前で呼んでくれ。ほら、握手だ」


「握手……ですか?」


「したことないのか?」


「あ、ありますよ! バカにしないでください! 私は、私の名前は……フィー……です。フィーとお呼びください、レイズ様」


 勇者の少年と白猫の少女の握手が交わされた。

 握手が終わったとき、フィーは言った。


「握手してくれたってことは……」


「それとこれとは別だ。何度も言っているが、魔王討伐は――」


 突然、家が揺れた。


「な、なんだ!?」


「きゃっ!」


 地震? いや、これはそんな揺れじゃない。そう、これはまるで何かが衝突したような。

 急いで外に出る。


「な、なんだこれは……」


 家の前に大きな球状の穴ができていた。家が丸ごと埋められるんじゃないかと思うくらいの大きい穴が。


「よおレイズ、久しぶりだな。できれば、気づかれずに、この家ごと消す予定だったんだが、久しぶりにこの魔術を使ったから腕が鈍ってるみたいなんだ」


 何者かに声をかけられる。まだ、少年のような幼い声だ。前よりは低く聞こえる気もするが。そう、前よりは。

 上を見上げると、見覚えのある少年が宙に浮いていた。


「アビスっ! いったい、何のつもりだっ!」


 漆黒の髪、彼の漆黒の瞳は見ているとどこか異空間に引きずり込まれそうなほどに、黒い。

 漆黒の少年は腰の剣を抜く。鞘も刀身も黒い。もう少し時間的に遅かったら、闇に溶け込まれていてわからなかった。


「何のつもり、か。悪いな、レイズ。俺はもう、勇者の仲間じゃないんだ」


 少年は漆黒の剣の先をレイズに向ける。


「今は、魔王直属の四天王の一人、アビスだ」


 アビス。かつて勇者とともに旅をし、勇者のよきライバルとして時には争い、時には強力な助っ人として現れた。そう、アビスは、かつての勇者の仲間……だった

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