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怠け者勇者はもう一度、世界を救う。  作者: 宵月渚
第一章『怠け者勇者と白猫の少女』
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第2話『新四天王』

「――あのっ! なにするんですか! やめてください!」


 勇者の家近くの池。透き通っている池にはたくさんの魚が泳いでいる。

 そんな平穏な池の中とは違い、池の周りでは一人の少女と、狼の魔物を連れた男が対峙していた。

 白いフード、白いコートで身を隠した少女は男が一歩踏み出すと、反射的に一歩後ずさる。それを繰り返しているうちに、少女の背中が木に触れる。


「……どうして逃げるんだい?」


 白一色な少女とは真逆で、黒い肌、黒い髪と瞳が特徴的な青年だ。黒いとげとげしい翼と尻尾が生えている。手には漆黒の三又の槍。


「なら、どうして私を追いかけるんですか?」


「質問に質問で返すか……。まあ、いい。今日は機嫌がいいんでね。答えてあげよう」


 男は三又の槍をそっと少女の前に持っていき、器用に動かして彼女の顔を傷つけることなくフードを取っていく。彼女を傷つけることなくといっても、彼女自身、怖くなって硬直していたのだ。冷や汗が頬を伝って落ちる。

 彼女のフードを脱がし、男はニヤリと笑みを浮かべる。


「初めはすぐ殺そうかと思ったが、そのオッドアイを見てもしやと思ったんだ。君が噂の『邪眼の白猫』さんか」


 その言葉を聞いて少女の目が細くなる。


「……っ! その名前で私を呼ばないで!」


「おやおや、怖いですねえ。なにか過去にトラウマでもあるんですかね?」


 口では怖いと言っているが、実際、怖がるどころかむしろ面白がって話を続けている。


「でも、忘れているようだけど、今、あなたは絶体絶命の状況なんですよ? いいんですか、私にそんな口をきいても」


 男は槍を少女の首元に持っていく。少女は何もできないまま、じっとありもしない助けを待つしかなかった。


「いや、誰か……助けて……!」


「おやおや、降伏かい? 残念だけど助けは来ませんよ。ここにいるのはあの『怠け者勇者』ですからね。来るはずないでしょうね。さあ、おとなしく捕まってもらいましょうか」


 三又の槍を突きつけて少女の動きを止め、男は左手で彼女の腕を掴もうと手を伸ばした。だが、彼の左手が届くことはなかった。突如、どこからか飛んできた風の刃が男の腕を切り落としたのだ。


「――っ! な、なんだっ!」


「――誰が来るはずないって?」


 現れたのは左目を包帯で隠し、折れた剣を右手に持っている少年だった。


「その剣……知っていますよ。運命を覆すことができると語り継がれてきた伝説の剣『運命の剣』ですね。そして、その剣を持っているということは、やはり、あなたが噂の怠け者勇者ですね?」


「そこまで知っているということはあんたが魔物を連れている『悪魔』だな?」


「……人間は質問に質問で返すのが普通なんですかね。まあ、いいでしょう」


 悪魔は頭を掻きながら面倒臭そうに答える。


「――ええ、そうですよ」


「……そうか」


 少年は腰を低くして折れた剣を悪魔に向ける。


「まあ、ここで会ったのも何かの縁ということで見逃してもらえたりなんて――」


 男は話に夢中になって少年が攻撃しようとしているのに気づいていない。

 強化魔術で脚力を強化、そして、飛び込む。だが、剣は届かなかった。


「――しませんよねえ?」


 男は身の丈ある三又の槍を片手で扱い、少年の剣を防いだ。男はずっと話している間も警戒を怠ってはいなかったのだ。


「……チッ」


「甘いですねえ、私はこれでも魔王様直属の部下、四天王の一人ですよ」


 男は肘から先を失った左腕をぶらぶらさせる。すると、地面に転がっていたはずの彼の腕が元の場所へと帰っていくように、左腕がぴったりとくっついた。


「四天王にしては見たことない顔だけど?」


「それもそうでしょう。あなたが戦った四天王は今やただの一般兵に成り下がっていますよ。私は生まれ変わった魔王様に忠誠を尽くす新四天王に選ばれたのですから!」


「新……四天王……? いや、それよりも……」


 少年は顎に手を当てて考え事をする。


「魔王が生まれ変わっただって? 魔王は確かにあのときに倒したはず……どういうことだ!」


 答えがわからず、少年は青い右目で悪魔を睨む。


「まあまあ、落ち着いてくださいよ。確かにあのとき、魔王様は死にましたよ。当然、魔王様から力を貰っている私たちもそのまま死ぬ予定でした」


「なら、なぜ……」


「この可能性はないですかね?」


 男は一度、息を吸って吐く。微々たる変化だが目つきが鋭くなり、少年の目を見る。


「――キーワードは『#$』」


 それは、人の言語ではなかった。悪魔固有の言語だ。もちろん、通じるはずなどない言語だ。周りにいた、猫耳の少女は理解できずに首をかしげている。だが、勇者だけは違った。


「……そうか、そういうことかっ……!」


「……ほう、悪魔の言葉がわかるとは。あなたはただの勇者ではないですね。いったい何者ですか?」


 悪魔は問うが返答はない。


「……まあ、いいでしょう。少々、予想外なことが起こりましたが、やることは変わりませんから」


 男は槍をぐるぐると回す。何かの合図なのか、もしくは準備運動をしているのか、それともくっついた左腕の調子を確かめているのか。それはこの男にしかわからないことだ。


「――はあっ!」


 この男が何をしようとしているかなど少年には関係のないことだった。

 悪魔がいれば斬る。ただそれだけのことなのだ。

 まだ強化魔術の効果は続いている。最初に会ったときと同じことをする。


「おっと、不意打ちだなんてとても伝説の勇者様がやることとは思えませんねえ。あ、今は『怠け者勇者』でしたっけ?」


 男は悪魔特有の牙を見せて勇者である少年を嘲笑う。


「……別に好きで勇者になんかなったわけじゃない」


「ふふっ、同じ勇者なのに魔王様が一度、倒されてから随分と変わりましたね。たった一人の仲間がいなくなっただけでこんなに変わるとは。よほど、大切だったんですねえっ!」


「……っ! それ以上、喋るな」


 少年の目つきが変わる。殺気が溢れ、右手の剣は男の心臓ただ一点を狙っている。三度目の突進だろう。二度も防がれたはずなのに、少年は諦めずに踏み込み、加速する。怒りで自暴自棄にでもなったのだろうか。


「単調な突進ですねっ! そのくらいの攻撃なら何度でも防いであげますよ!」


 また防がれてしまうのか。悪魔は何かがおかしいと感じる。

 勇者の突進するスピードが一回目、二回目よりも遅いのだ。一蹴りで悪魔の下へと到達していたはずが、今回はその中間地点で止まりそうなほどの遅いスピードだ。

 何かあるのではないか。悪魔は三又の槍を構えて準備する。

 もう一度、踏み込んでさらに加速するつもりか、それとも、木を利用して自分の背後に回るつもりなのか。どんな攻撃が来たとしても、唯一の攻撃手段であるあの折れた剣さえ受け止めてしまえばいいだろうと、そう男は考えていたが。


「……はあっ!」


 予想通り、少年の突進は男の下までは届かず、中間地点で止まった。だが、少年はもう一度踏み込むことはなく、手に持った剣を突進してきた勢いに乗せて投げたのだ。銃の弾丸を超えるほどの速度で投げられる。


「……なっ!」


 先ほどと同じ突進攻撃だと油断していたら男は間違いなく死んでいただろう。男は槍の柄でその剣を防ぐ。手がしびれそうなほどの衝撃が柄を伝って男の体を襲う。


「何をしてくるかと思えば、投擲ですか。予想外ではありましたが、そのくらいの攻撃なら――」


「――『三重魔術(トリプルマジック)(ファイア)(ファイア)(ストーン)』!」


「なにっ!」


 まだ少年の攻撃は終わっていなかった。剣を投げた地点からさらに踏み込み、加速。手が炎に覆われた状態で両手を開き、男の胸部に向かって突進する。手が痺れた状態だが、男はなんとか体を動かして剣を防いだときと同じように胸の前で構える。


「……くっ!」


三重魔術(トリプルマジック)炎の掌底(フレアパルム)』。少年の手を受け止めていた槍がミシミシと音を立てる。


「ますいっ! このままでは……!」


 ついには槍が真っ二つに折れた。少年の突進は減速するどころかむしろ加速していく。そのまま男の胸部へ。炎の手が男に触れた途端、大爆発が起こった。鼓膜が破れそうなほどの音、爆発の範囲外にいた白猫の少女ですら熱いと感じるほどの灼熱地獄が男を襲っている。

 爆発が終わったとき、男はそこにはいなかった。燃え尽きたわけではないとすぐにわかった。

 黒いとげとげしい翼を広げ、男は上空から少年たちを見下ろしていた。


「……いやあ、まったく恐ろしいものですね。その年で剣術ではなく魔術も人の域を超えているとは。本当に何者なのか気になって仕方ありませんよ」


 身長は少女と変わらないくらいの、男にしてはやや低めの高さ。多少、生気が感じられないがやや大きい青の瞳。うなじあたりまで伸びた青い髪からは男らしさがあまり感じられない。

 見た目から推測される年齢は十五くらいだろうか。そんな少年がどんな訓練をすれば悪魔を驚かせるほどの剣術、魔術を扱うことができるのか。単なる努力で身につくものではない、根本的な違いだという意味で男は言ったのだろう。


「……別に。ただの元勇者、それだけだ」


「……ふっ、そうですか。今はそういうことにしておきましょう。なかなかいい収穫があったのでね。いい報告ができそうですよ。では、私はこれにて」


 男は意味不明な呪文を唱えている。その前に言っていたことから察するに帰還系の魔術を使おうとしていることは悪魔語の知識がない者でもわかる。


「――待てっ!」


「――それでは、また、会いましょう」


 急いで遠距離攻撃系の魔術を使おうとするが、行動に移る前にもう男は消えていた。


「……逃げられたか」

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