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闇にゆだねよ!

 今からはるかな昔、神々は光と闇、二つの陣営に分かれ争いました。

 争いは激しく、やがて多くの神が実体を失い、加護を与えた人類の代理戦争へと移ります。

 幾星霜いくせいそうの時の中、あまたの英雄が踏み荒らし、無数の屍が腐らせた大地は、気づけば神の加護なくしては生き残れない土地に変じていたとされます。

 戦どころではなくなった人々は、己が信ずる神の加護篤き地へと移り住みました。


 光の加護を得た光の者(エルヴン)は常昼の地へ。

 闇の加護を得た闇の者(ノマニア)は常闇の地へ。


「――そしてそのどちらの寵愛も受けられなかったもの、それが私のような狭間の者(ヒュマス)です」

『で、あるからしてエルヴンどもは過剰に貴様を気遣うわけだな』


 “光神ノ書”を読み聞かせた私は、一息ついて水を含みました。

 与えられた部屋に一人。つい二週間ほど前に神殿の門をたたいたばかりの見習い神官戦士に与えられる寮としては、確かに破格です。

 各部屋に与えられる照明にして光の神の加護の具現である“天光球”はもちろん、立派な文机に神殿の教えを説いたたくさんの書物、村では手が出せない砂糖を使ったお茶菓子。

 これで大成しなければ申し訳が立たないというものです。


『光を得られぬ者どもは皆、光の加護篤き者の庇護下に置かれるべし――奴らの信奉者にふさわしい傲慢だな!』

「いいえ、実際ヒュマスの村では麦を育てるのにも一苦労です。そんなふうに言ってはなりません!」


 ああ、ここが個室でよかった。はたから見れば私は突然何かを叫んでいるようにしか見えません。

 部屋に一人、それなのに聞こえる声は二人分。いいえ、正確には、外から聞こえるのは私の声、一つ分のはずです。


「あなたが顕れてから、ずっと試練を与えられているような気がします……」




 さかのぼること三日ほど前、この謎の声は突然私に告げました。


『ククク……喜べ小娘! 貴様は我が復活の礎となるのだっ!!』


 部屋で勉学に励んでいた時、突然の脳裏に響いた声の主は男の人のものでした。

 ただ、集中していた私は、その異常性を正しく認識することができず――


「……」

『お、おい? 貴様、何か言わぬか』


 この時の私は、自分の気がそぞろになっているものだとばかり思っていました。つまり、


(このままではいけません、集中、集中)


 より本の世界へ没頭していったのです。

 村ではもったいないと言って余りつけることのなかった燭台の代わりに、いつまでもこうこうと輝く“天光球”があります。

 本来、一日の半分は闇の時間として眠るものですが、ここにきてからというもの、ヒュマスの常識を覆す“天光球”のおかげで眠る必要がありません。

 光は常に私たちに活力を与えるもの。怠惰の象徴である闇を一掃する光の加護の下では、ヒュマスであろうとも眠気に負けることはないのです。


 こうして私は、またしばらく書物に没頭――


『ええい、いいかげんにせぬかこの!』

「ひぁあ!?」


 ――できればよかったのですが、残念ながらこの声は私自身にはどうしようもなかったのです。


「なんですか!? 私の心の声ならもう少し静かになさい!!」

『心の声などではないわ!! 貴様の頭の中には男が住み着いているとでもいうのか!?』

「な、んな……!?」


 ……不覚にも、思わず赤面してしまいました。なんてことを言うのかと。


「何者ですか、言うに事欠いてハ、ハレンチな!?」

『何を想像したかは知らんが、まあいい。改めて宣言しよう……

 貴様は! 我が復活の!! 礎となるのだ!!!!』


 高らかに(脳内で)宣言された内容には少々面食らってしまいました。

 そして私は一つの結論に達したのです。


「はぁ……何てこと…………私、いつのまにか寝てしまって、夢を見ているのですね」

『どうしてそうなる? おい、小刀なぞもって何をするつもりだ!?』

「痛みを与えれば、きっと目覚めるはず……」

『頬をつねればよかろう!? 待て、早まるな、これは現実だ!!』


 思えば今まさに置かれている状況が夢に違いない、という意識がどこかにあったのでしょう。

 のどを突こうとした私を止めたのは、私の体から漏れ出るナニカでした。


「――へ?」

『あきらめよ、これが現実――ってイタたた!?』

「あ、っつ!?」


 黒い靄のようなナニカがもだえるのと同時、取り落とした小刀で指を切ってしまい、この突拍子のない現実を受け入れるほかなくなったのでした。




 この“闇の眷属”は自らの復活が遠いことを知ると、私の中で力をつけることにしたようでした。


『忌々しい光の加護さえなければこの身が焼かれることなど……!』


 などと漏らされては、安心して眠ることもできません。

 それでなくとも、光の神の神官戦士になるためには、休んでいる暇などないのです。


『気になったのだが貴様、いつから眠っていないのだ?』

「もう、私にはナナリーという名前があると言いませんでしたか?」


 壁掛けの時計と、日めくりのカレンダーを確認。

 常昼の地では時間感覚が怪しくなるので、時を正確に計る機械が普及しています。今では時計の読み方も慣れたものです。


「――二週間、ですね」

『は?』

「……この地では眠る必要がないのですから、当然です」


 おかげで最初から部屋に置いてあった書物はすべて読み終え、ここ数日は書庫から持ち出したものを呼んでいます。


『運動の時間もあったはずだ。本当に一睡もしていないだと?』

「鍛錬の時間です。残念ながら訓練用の木剣を持ち出すわけにはいきませんでしたが……」


 知識だけでなく、力もつけることが神官戦士の務めです。妥協するつもりはなかったのですが、仕方がありません。

 答えたところ、何やら闇の眷属は黙り込んでしまいました。


『光の神の神官戦士とは……奴らの尖兵となるには、そこまで努力が必要か?』


 再び発せられた声は、何かに恐れるかのように震えていました。

 私は、それがとても誇らしく思いました。


「そうです! 光の神官はたゆまぬ努力により到達できる頂点……あなたのような闇の眷属には負けません!」

『そうか……ならば試してみようか!!』


 再び私の体から漏れ出す靄。三日ぶりの闇は、“天光球”の加護に焼かれながらも天井へ登っていきました。


『ソファに横になるがいい。貴様を夜の時間へ案内してやる』

「なんですって……?」


 状況のつかめない私に、なおも闇は続けます。


『貴様の信仰心がそれほどなら、多少光の加護が薄まった程度では揺るがぬだろう? それとも、征伐に向かった土地でもこいつを持って行く気か?』


 そう言って闇は“天光球”を指し示すようにうごめきました。

 この“天光球”は、部屋に固定されていて持ち出すことはできません。常闇の地は当然、光の加護を期待できないのです。


 悔しいかな、闇の眷属の言葉は的を射ていました。


「……わかりました、ここで横になりましょう――ですが」


 “天光球”を遮ろうとする闇に――私は宣言します!


「私は決して――あなたに負けません!!」





「――くかぁ……」


 宣言とは裏腹に、即座に眠ってしまった神官見習いの少女を見やりながら、闇は思案していた。


(思った通り……わずかにだが回復しているな)


 少女が、ではない。

 闇の眷属自身も、体となる靄のかさが増してきているのを実感していた。


(それも道理か……安寧は闇の領分よ)


 少女が休息をとるのに連動して、闇はそれを供物(・・)として回収しているのだ。


 闇は、光が嫌いだった。

 生きるのに必要な要素の一つであることも、人々がそれを求めてやまないのも理解している。だからこそ、このような仕打ちが嫌いだった。


『奴らめ、いったい何を考えている……? このままではこ奴は死んでいたぞ?』


 光を覆ってやれば、その輝きの下にひた隠しにされていた真実が浮かび上がった。

 はつらつとした――しすぎて暴走気味だった少女の面影はそこになく、あどけない顔に黒々とした隈を作り、心なしか肌艶もなくなっているように感じる。


『“光は活力を与え、闇は安寧をもたらす”――もはや、そんな正しい教えすら伝わっていないとは』


 自分たちのくだらないいさかいが発端とはいえ、哀れにすら思う。

 嘆息した闇は、“少女に倣って”宣言した。


『まずは体を取り戻し、ゆくゆくは我が加護をもって人々に惰眠の限りを尽くさせようぞ!!』



 この出会いがまさか、“狭間の聖女”と後世に伝えられる偉人を生み出すとは神々すらも予想がつかないことであった。


『フハハハハ……おっと、顔に光が』


 なにしろ、神の一柱がこのありさまである。

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