表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/27

魔王は乙女で、乙女に僕は

 教団に追われ人目を避け当てもなく進んでいた道なき森の奥。

 僕は空腹で行き倒れる少女を見つけ水と食料を分け与え助けた。

 腰まで伸びるエメラルドグリーンの長髪は木々を縫うように流れる風にさらさらそよぎ、木漏れ日を浴びて輝く。

 作り物のような整った顔をしているが、食料を頬張る様子は小動物のように可愛らしく冷たさは感じられない。

 どう見ても村娘には見えない美少女がこんな深い森の奥で行き倒れ……。


(これは、いわゆるフラグがたつというやつか!?)


 命を狙われる元勇者候補の僕と訳ありヒロインの逆転劇。

 ここは剣と魔法が存在するファンタジー世界。

 しかも僕は異世界転移者じゃないか。

 もしかしたらそんな展開が待っているかもしれない。 


 そんな希望を抱いていたのだが――


「助けてくれてありがとう! ボクは魔王エルルカ・メロル・エルザール。気軽にエルルカと呼んでね」


 ――彼女が魔王だったなんて……彼女?


「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 確かに名は聞いてた通りだが、魔王は男だったはず!」


 不明なことが多い魔王とされていたが、さすがに名と性別が男なぐらいは伝わっている。


「ボク、男ですよ。ほら」


 エルルカはなんてことないようにローブの裾をたくし上げ、女物の下着に包まれたモノを見せた。


「……確かに、付いてる」


「女装ですよ。女装」


「な、なんでまた?」


「なんでって、可愛いからに決まってるじゃないですか~。似合ってるでしょ?」


 そういうとエルルカはひらりと回り女性用ローブの着こなしをアピールしてくる。

 確かに先程のモノを目にしてもなお女性にしか見えない。


「納得してもらえたところで、お兄さんのお名前は?」


「か、(かける)


 あまりの予想外さに驚いたのとニッコニコのエルルカを前に思わず名乗ってしまう。


(魔王相手に名乗っても大丈夫だったのか? 勇者候補だとバレたらヤバいんじゃ!?)


「カ、ケ、ル? カケル? あー! 異世界から召喚された勇者候補のカケル!」


 エルルカは数度うなると手を叩き僕の正体を言い当てた。

 バッチリ知っていたようだ。


「うっ……そうだとしたらどうする?」


 今まで笑顔を絶やさなかったエルルカの雰囲気が重厚なものへと一変し、真剣な表情で僕の目を見る。


「ボクは勇者を見極めに来たんだ。魔族と人間の平和を築いていける協力者となりうるのかを」


 見つめられる眼差しに、告げられた言葉に、嘘偽りのない意志を感じさせられた。

 一瞬で相手に意志を伝えられるカリスマ。

 エルルカは魔王だ。


「もし、恩人のカケルが勇者ならボクは嬉しい」


 これから時代を変えていこうとする者からの期待の込められた瞳。

 居場所も役割も目的も失くした僕にとってこれほど応えたいものはない。

 だけど僕は――


「僕は勇者じゃない」


 ――エルルカの期待に首を横にしか振れなかった。


――――――――――


「はいはーい! 勇者はユーシがいいと思いまーす!」


 まさに鶴の一声だった。

 女神の化身であるイズ様の発言によって全てがくつがえされた。

 カケルこそ勇者に相応しいと意見していた司教達は口を閉じ、同意していた大司教も一言二言意見するもイズ様の意思は変わらなった。

 選定理由は『一緒にいてユーシの優しさをいっぱい見てきたから』。

 ユーシ……武良義(ぶらぎ) 優詩(ゆうし)という勇者候補の少年は、接触禁止の禁を破りイズ様と幾度も接触し教会から連れ出していたらしい。

 結局、イズ様の意見が最重要とされ優詩が勇者へと選ばれた。


 こうして僕、花田(はなだ) (かける)の選定の日までの努力は実を結ぶことはなかった。

 日本のごく普通の一般家庭に生まれ育ち、大きな夢もなく、可も不可もない学力で部活経験もない。高校受験以外で努力したこともなく、のらりくらりと生きてきた。

 そんな自分が夢物語だと思っていた異世界へ召喚され、世界を救う勇者候補だと言われれば、変えたくなるでしょ? 生き方を。

 一度は振ってみたいと思った剣があり、一度は使ってみたいと夢想していた魔法があるというのなら、思うでしょ? 頑張ってみようと。

 初めて剣を握った時は重量に驚き、実際に魔法を目にした時は感動した。

 それらを習うことはやっぱり楽なことではなかった。

 剣を扱うための基礎体力と筋力を高めるトレーニングや素振りで満身創痍。やっと打ち合いの稽古になっても教官の教団騎士に散々に打ち負かされ生傷が絶えなかった。

 魔法の訓練も基礎魔力を高める瞑想ばかり、いざ実践となっても初級魔法を一回使うだけで目を回してしまう。

 剣や魔法の訓練だけではなく旅をするためのサバイバルの知識や技術も学んだ。

 そんな訓練漬けの日々を送った結果、優詩との評価試合で勝つことが出来たんだ。

 大司教らもそれを認め僕を選んでいたはず。


 もちろん僕は抗議した。

 イズ様が選んだとしても禁を破った優詩を勇者に選ぶのかと。

 僕の抗議を受け大司教はしばらくの沈黙の後、こう答えた。


「清廉潔白で能力の優れている者が勇者となるのではない。女神様から恩恵を賜った者が勇者となるのだ。我々、教団が行う修行と選定は女神様の御前に立つのならば、最低限の能力を持ち、なお優秀な者の方が良いという程度のものじゃ」


 大司教は教壇から降りてくると前に立ち、同情するように肩を叩いた。


「そなたの努力と能力はワシ自身見聞してよう知っとるが……。全ては女神様の御心のままじゃ。女神様の意思は堅い。いくら我々がそなたを推そうが、恩恵を与えてはくれぬぞ」


 僕はその場に崩れ落ちた。


 その後、聖堂を退室後からの記憶は断片的だ。

 指定の部屋で待機させられ、厠へと抜け出し、厠の中から話が漏れ聞こえた。


『落選者は火種の元だと処分』


『カケル殿はつくづく運がない』


 殺されるのだと理解した僕はすぐさま窓から教会を飛び出し、隣接する寮から最低限の物を引っ掴んで森の奥へ奥へと逃げた。


――――――――――


「今この街に勇者が滞在してるのは間違いないようですよ」


 森での出会い以降、エルルカの優詩を追う旅に付き合っている状況だ。

 人目を避けながら進んできた僕らよりも優詩の歩みが遅い訳もなく、入れ違いになってきた。

 予想通り手配書が出回っていた僕がいなければ、人目を避けずにスムーズに進めていたとは思うが……。

 エルルカは可愛いものに目が無いらしく、小動物を見かける度に暴走し横道にそれまくる。

 当初は森ですぐ別れるつもりだったが、別れたそばから小動物を追いかけまわすもんだからどうしようもない。

 森で行き倒れていたのもそのせいだ。

 このままでは優詩に追いつけないどころかまた行き倒れてしまう。

 結局、放ってはおけずに首根っこ掴むストッパー役として同行することにした。

 それもここで終わりのようだ。


「ここでお別れだな。エルルカ」


 優詩はイズ様が優しいと言うぐらいだし、悪い奴じゃなかったはず。

 最悪正体がバレても行き成り切りかかってくることはないだろう。


「カケルはそれでいいの?」


「いいも悪いも元々優詩と会うまでの旅だったろ?」


「そういう意味じゃないって分かってるよね?」


 エルルカは勇者を見極めたいと語っていた時と同じように真剣な目で僕の目を見つめる。


「このままずっと身を隠し続ける生活。寂しいじゃないですか」


「それは……教団が僕を追う限りはどうしようも」


「そ・こ・で! 不肖な魔王ではありますが、ボクが命の恩人であるカケルの為に一肌脱ぎましょう!」


 エルルカは力強く宣言すると胸を叩き、『脱ぐと言っても服は脱ぎませんよ?』とお道化て見せた。

 心強さは感じなかったが、沈んだ心が少し和む。


「脱がれても嬉しくない。で? 教団を根絶やしにするの?」


「そんなことしないよ!? 要はカケルだってバレない様にしましょうって話」


「魔王の力で変身だとか幻覚で別人に見せるのか?」


「さすがに変身させるのは肉体への負担が大きいですし、幻影はなんかの拍子に解けることもある」


(変身させようと思えばできるんだ……)


 魔王が一肌脱ぐと言うぐらいだから魔法でパッと解決できるのかと思ったが違うみたいだ。

 『ではどうやって?』と視線でエルルカに問いかけ――嫌な予感。

 エルルカが小動物を前にした時のような笑みを浮かべ、逃がさないよと言わんばかりに手を握る。

 そして、興奮と期待の入り混じった瞳で僕を見つめ――


「カケルも女装しちゃいましょう!!」


 ――僕は猛烈に首を横に振った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ