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死の鉄槌で、僕はすべての悪を容赦なく潰す

 眼前を、黒い何かが通過する。


 次の瞬間、レナを襲おうとしていた野盗の頭が粉々に吹き飛んだ。


「ぁ……ぁぁ……」


 レナは呆然となってその場にへたりこむ。

 生まれて初めて目にした人の『死』だった。


 頭部を失った野盗の体が力なく倒れる。


「な、なんだと……!?」

「誰の仕業だ……!?」


 残った野盗たちは驚きと恐怖の声をもらした。

 そんな声に応えるように、森の木々の向こうから人影が現れる。


「ミゼル……くん?」


 その顔を見て、レナはますます呆然となった。


 淡い月灯りに照らされたのは、クラスメイトの少年──ミゼルだった。


 艶やかな黒髪に、澄んだ青い瞳。

 華奢な体に身に着けているのは、王立フリージア学院の生徒であることを示す黒いブレザータイプの制服だった。


「どうして、ここに……?」


 こんな状況だというのに頬が熱くなった。


 レナはひそかに憧れていたのだ、彼に。

 まるで白馬の王子様──というには、状況が凄惨すぎるが。


「悲鳴が聞こえた。だから助けに来た」


 ミゼルは涼しげな顔で、シンプル極まりない答えを告げた。

 これだけの数の野盗を前にしてもおびえた様子はない。


「下がれ」

「た、助けるって──」


 ミゼルは学業の成績こそ学年トップクラスだが、運動のほうは人並み以下のはずだ。

 まして十数人の野盗を相手に、戦うことなどできるはずがない。


「ふん、恋人でも助けに来たのか?」

「なかなか男前じゃねえか」


 野盗たちが嘲笑する。


「や、やだな、恋人だなんて」


 レナは顔が熱くなるのを感じた。


「ラブラブだなんて、むしろイチャラブだなんて、誰がどう見ても恋人同士で、しかも彼の方がデレデレだなんて」

「いや、そこまでは言ってないが」


 と、ツッコむ野盗たち。


「そんな私、別にそんな、彼とはまだそういう関係じゃないし、それはまあ、いずれそうなったら嬉しいな、なんて想像したことはあるけど」

「おーい、帰ってこーい」

「えへへへへへへ、やだなー、うふふふふふふ」


 先ほどまで殺されそうになっていたことさえ、頭から消えていた。


 自分の危機に現れた、憧れの美少年。

 これほど乙女心を燃え立たせるシチュエーションもないだろう。


「妄想が激しい奴だな、君は」


 ミゼルがなぜかジト目でこちらを見ていた。


 一方の野盗たちは、


「にやけやがって」

「巷で言うところのリア充ってやつか。ムカつくぜ」

「どうせなら、こいつの目の前でこの女を犯っちまうか」


 怒りと欲情の入り混じった濁った視線を向ける。


 その視線に、レナもさすがに妄想を中断した。

 犯す、という言葉はもちろん脅しではあるまい。


「い、嫌……」

「恨むんなら、こんな時間に俺たちのアジトまでのこのこやって来た自分の不用心さを恨むんだな」




 ──野盗に襲われたのは、完全に不注意からだった。


 剣術部の大会が近いため、走りこみをしていたのだが、調子に乗って森の奥深くまで来てしまったのだ。


 そこに彼らのアジトがあった。

 どうやら傭兵崩れがそのまま野盗化したらしい。


 レナも剣の腕には自信があるが、しょせんは多勢に無勢だった。

 彼女を慰み者にでもしようというのか、捕まったところで──ミゼルが現れ、野盗の一人を倒したのだった。


「かっこつけて助けに来たことを後悔させてやるぜ」

「フリッツの仇だ」


 野盗たちはいっせいに剣や槍、ボウガンなどそれぞれの得物を構えた。


 フリッツというのは、おそらく先ほど頭部を吹き飛ばされた男の名前だろう。

 死因は謎だが、ミゼルがこのタイミングで現れたということは、彼の仕業だと判断したらしい。


「だめ、逃げて!」


 レナは慌てて叫んだ。


「助ける、と言った」


 ミゼルは棒立ちのまま平然と告げた。


 だが彼は丸腰だ。

 強いて武装らしいものといえば、右腕の肘までを覆う黒鉄色の手甲(ガントレット)くらいだった。


 野盗たちが雄たけびを上げて、斬りかかる。


「ヴェルザーレ」


 ミゼルのつぶやきとともに、ふたたび漆黒の軌跡が現れた。

 同時に、野盗の一人が砲弾で食らったように吹っ飛ばされる。


「なっ……!?」


 驚きの声を上げて、残りの野盗たちが動きを止める。

 レナは、今度こそミゼルの攻撃の正体を悟った。


 一体どこから取り出したというのか。

 身の丈を越える巨大な鉄槌(ハンマー)がミゼルの右手に握られていた。

 おそらくあれが先刻の野盗の頭を粉砕し、今また野盗の一人を吹き飛ばしたのだろう。


「もっと下がれ。巻き添えを食う」


 ミゼルがレナを見た。


「奴らを『悪』と認定した。今から皆殺しにする」


 淡々とした口調。

 まるで、害虫でも駆除するかのような──淡々とした、口調。


「み、皆殺しだとぉ!」

「舐めるな、ガキが──ぐあっ!」


 怒声を上げた野盗が、鉄槌の一撃で吹き飛ばされた。

 当然、これも即死だ。


「す、すごい──」


 レナは息を飲んだ。


 あれほど巨大な鉄槌を、ミゼルは軽々と振るっている。

 華奢な体からは信じられないほどの腕力だ。


 さらに二振り、三振り──。

 ミゼルの鉄槌が旋回するたび、周囲に血の花が咲き、肉片や骨片、臓物がまき散らされる。


「な、何なんだ、お前……!?」


 残った野盗たちがおびえたように後ずさる。


「ジャンゴ傭兵団。団員数十五名。本業での実入りが悪く、この一帯での野盗稼業に鞍替えした。以来、殺人や強盗強姦を繰り返している──間違いないか?」


 彼らの罪状を淡々と告げるミゼル。


「だったらどうした!」

「俺たちを舐めんじゃねえぞ! てめえみたいな優男に、修羅場をくぐってきた俺らが──」

「消えろ」


 ミゼルは巨大な槌を軽々と旋回させ、男の胴部に喰らわせた。

 風船が弾けるように、無数の肉片と化す男。


「ゴードン!」

「ひいい……」

「た、助けてくれえ……」


 あまりにもあっさりと殺された仲間を見て、野盗たちの戦意は失われたようだ。


「助けてくれ? お前たちはそうやって命乞いした人間を助けてきたか?」


 ミゼルの問いに、男たちは言葉を詰まらせた。


「調べはついている。お前たちは自分の欲望や利益のために人を殺すことをいとわない。ゆえに──僕はお前たちを『悪』と認定した」

「ひ、ひいいっ!」

「そして──僕が悪と断じた者は」


 慌てて背を向け、駆けだす残りの男たち。

 だがミゼルは容赦なく追撃の槌を振るった。


「全員殺す。一片の情けもかけずに殺す。容赦なく殺す」


 死の宣告とともに、漆黒の槌が振り下ろされ、振り回される。


 苦鳴と悲鳴が響き渡った。

 またたく間に十五人がただの肉塊と化した。


 残りは、八人。


「終わりだ」


 槌を肩に担ぎ、ミゼルがゆっくりと歩み寄る。


「ひ、ひいっ」


 もはや生き残った野盗たちは足がすくんで、逃げることすらできない。

 と──、


「ま、待て、恋人の命がどうなってもいいのかよ!」


 そのうちの一人がレナを羽交い絞めにした。


 しまった、と内心で舌打ちする。

 ミゼルが野盗を蹴散らしている間に、逃げればよかったのだ。


 あまりの出来事に動転し、それすらも忘れていた。


「……ぁ、ぐぅ……っ……」


 喉をつかまれ、押し潰されたような苦鳴がもれる。


 ミゼルの動きが止まった。


「よ、よし、射ち殺せ!」


 残った野盗たちがいっせいにボウガンを構える。

 その数は、全部で八。


「てめえのハンマーがどんだけ強烈だろうと、しょせんは近接武器!」

「飛び道具の前にはどうにもならねえ!」

「お前たちは二つ、カン違いをしている」


 いきり立つ野盗たちに対し、ミゼルはどこまでも平然としていた。

 状況が理解できていないのではないかと思えるほどの、冷静さ。


「一つ、その子は僕の恋人じゃない」

「……そんなはっきり言わなくても……事実だけど」


 レナは憮然となった。


「そしてもう一つは──」

「どうでもいいんだよ、ンなことは!」


 野盗たちはミゼルの態度に苛立ったのか怒りを爆発させた。


「とっとと死ねえ!」


 絶叫とともに、無数の矢がミゼルに迫り──、


「これは近接武器じゃない」




 黒い何かが周囲に広がった。




 同時に、放たれた矢はがいっせいに上空へ消える。


「えっ……!?」


 呆けたような声をもらす野盗たち。


 矢を鉄槌で弾き飛ばしたわけではない。

 何か見えない力で、矢の進行方向がねじ曲げられたのだ。


「任意の空間の重力を制御する──近距離から遠距離まで攻撃可能な全距離対応兵器(オールレンジウェポン)。それがこの死を振り撒く神の槌(ヴェルザーレ)


 告げて、ミゼルが鉄槌を振り下ろした。


 黒い何かが分裂し、野盗たちに襲いかかる。

 その漆黒はレナだけを避け、野盗たちにまとわりつき──、


「がっ……ぐああああああっ………ああ………あ………………」


 全員の体を、押し潰した。


 骨も、肉も、もはや原型をとどめていない。

 完全にプレスされた状態である。


「ミゼルくん、あなた一体……」


 彼は無言でレナを見つめた。


 ゾッとするような冷たい瞳だ。

 野盗たちを皆殺しにしたというのに、そこに罪悪感は一切感じられない。


 宣言通りに、まるで害虫でもつぶすように──。


 淡々と成し遂げた少年は、月明かりの下で静かにたたずんでいた。

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