おとぎの総司
むかーし昔でも遠い未来でもない、ある現在……
「人違いだったらすみません。語部総司くん、ですよね?」
……女の子みたいな小柄な身体と燃えるような赤い髪、語部総司が振り返ると、そこには美しく成長した二人の幼馴染みの姿があったんじゃ。
「そうだよ、犬塚さん。久しぶりだね」
「にひひひ、昔みたいに今日子でいいよ、総ちゃん」
「じゃあ今日子ちゃん」
「あははは、今はそれで許す。きゃー、総ちゃん久しぶり~」
犬塚今日子は八年前と変わらない人懐っこい笑顔をみせた。
「いつK市に来たの? って、あれ? その制服?」
犬塚は大きな目をさらにまんまるにした。総司が着ているのは紺の上下のブレザー。それは今日子が現在着ている制服、和大付属高校の男子の制服だったからだ。
「うん、実は昨日、引っ越して来たんだ」
総司は言った。
「父さんが今度は海外で働くことになってね。母さんもついて行くことになったんだけど、ボクだけ日本に残しておくわけにもいかないって……」
「ああ、総ちゃんの叔母さん。確か駅前でお店やっていたよね?」
「うん、喫茶・猫目。二階の部屋が空いていたんだ」
「じゃあ一緒の学校に通えるってこと? 仲良し三人組の復活じゃん。やったー」
今日子が勢いよく両手を上げぴょんぴょんと跳ねる。それに合わせて頭のツインテールが揺れた。頭の両側で垂らしているので犬の耳みたいに見える。
変わらないな今日子ちゃんは……、八年前と変わらない光景に微笑みを浮かべる総司。飛び跳ねる度に揺れる犬塚のある部分の成長には戸惑ったけれども。ゲシッ!
「痛っ!?」
「ちょっと…………ここにも、可愛い幼馴染みがいるんですけどぉ?」
総司の脛を蹴りあげて、もう一人の幼馴染み、吉備津桃花が言った。
「桃花、ひ、ひさしぶり、って蹴ることはないじゃん」
「ふん、私を無視する総司が悪いのよ」
長い黒髪、長身でスラリとした容姿と大人びた美貌をもつ桃花が不機嫌な表情と声で言った。
「ご、誤解だよ。ボクが桃花を無視するなんて、あるわけないだろ!」
「どうだか? 今日子の胸ばっかり見ていたじゃない?」
「ご、誤解だよっ!?」
「ふぇっ!? 総ちゃん、あたしの胸をえっちぃ目で見ていたの?」
「違うよ今日子ちゃんっ!? 嘘だからね!」
二人の美少女の前で総司が振り回された時、「ん! ん!!」と、咳払いの音が響いた。
あ…………。
騒ぐ三人を、喪服姿の人々が睨んでいた。
そう、ここは葬祭場の通夜会場!
総司、桃花、犬塚の三人は共通の知人である「御皆冴子」の通夜に出席するため葬祭場を訪れていたことを、すっかり失念していたのだ!
「はわわわ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
犬塚がペコリ、ペコリと頭を下げる。
「すみません」
その隣で桃花も丁寧に頭を下げた。そして横で、ぼーっ、と立っている総司の脛を蹴るのも忘れない。
「ぐ、が、ご、ごめんなさい」
総司も涙目で謝罪した。
結局、三人は許された。
通夜が始まるまで時間があったし、出入りする人が多いため会場はまだ騒がしい。そして何より三人よりもっと騒がしい連中が会場の周りにいたのだ。
「こちらは御皆冴子さんの通夜会場です」「冴子さんとの関係は?」「冴子さんはどのような人だったのですか?」
「すごい数だね」
総司が会場を取り囲む、テレビ、新聞、ネット、ラジオ、あらゆるメディアの報道関係者の群れを見て言った。
「まあね。日本中、朝から晩まで、この事件の話題ばっかり報道されているんだもの」
桃花が言った。
F県女子高生連続失踪殺人事件。
この事件は、いま、日本中の注目を集めている。
被害者は御皆冴子を加えて全部で五人。全員が失踪・行方不明になった後、惨殺体となって発見されている。冴子は五番目……つまり一連の事件で一番最新の犠牲者だ。
被害者が全員F県の高校一年生の女子生徒であること。被害者の遺体がいずれも著しく損壊している事、犯行がここ一カ月と短期間に集中していることから同一人物・同一グループによる犯行と考えられているが、現在、犯人に繋がる有力な手掛かり、目撃情報は無い。
目撃証言が無いのは、犯行が人気のない場所や時間帯を選んで行われた…………のではない。
この事件の奇妙なところは、被害者が失踪・行方不明になったのが、平日の、それも多くの生徒が共同生活を営む学校の敷地内であった、というところだ。
御皆冴子の場合、彼女が姿を消したのは休み時間。選択科目のため級友たちと教室を移動中、忘れ物を取りに行く、と別れたのを最後に冴子は消えた。そして一週間後、同じように忘れ物をして教室に戻った男子生徒が、教室内で血まみれになって倒れている冴子を発見したのだ。
「…………不思議な事件だよな」
総司がつぶやいた。
父親が報道関係者だから、という訳ではないが、彼も事件に関心を持ち、新聞・テレビ・ネットから情報を集めていた。だけどわからない。
「許せないわ」
え? 桃花の不意なつぶやきに総司が思考を中断して顔をあげると、桃花の静かな横顔がすぐ近くにあった。
「どうして、あんなことができるの?」
総司が桃花の視線を追う……そこには遺族を囲む報道関係者の姿があった。
「父として、母として、冴子さんはどんなお子さんでしたか?」「今、どんな気持ちですか?」「犯人に心当たりは?」「犯人に対して、今、言いたい事はありますか?」
質問を重ねる報道陣。
「どんな気持ちですって?」
キュッ、と桃花の細い指が握り込まれ拳をつくる。
「悲しいに決まっているじゃない。悔しいに決まっているじゃない! 苦しいに決まっているじゃない! 泣きたいに決まっているじゃない! 聞かなきゃわかんないの、あいつら!」
もう我慢できない。桃花が動き出す。
「ちょ、ちょっと桃花ちゃん、怖い顔をして、どこに行くつもり?」
駆け出そうとする桃花。その表情に危険なものを感じ、心配になって犬塚が尋ねる。
「決まっているじゃない。報道陣をぶっとばしてくるのよ!」
「だ、だめだよ、そんな事!」
走る桃花の胴体に犬塚が後ろからすがりついて止めた。
「ちょっと今日子。邪魔しないで!」
「ダメだよう! 暴力反対っ!!」
「言葉の暴力を止めるのは正義よ!」
「正義かもしれないけど、人が人に暴力はいけない、ってば!」
必死に桃花を止める犬塚。だが桃花は女の子にしては背が高いし運動神経も抜群で体力もある。対して犬塚は胸の大きさはともかく体格は小柄で性格は天然のドジっ娘。
桃花に敵うはずもなく、ずるずると引きずられる。
「総ちゃんも桃花ちゃんを止めて~」
犬塚は助けを求めた。
「やれやれ」
総司は心の中でつぶやいた。
吉備津桃花は幼い頃から正義感の強い少女だった。普段はクールにみせているが、中身は熱い魂を持っている。彼女は女子を虐める男子、犬や猫など小動物を虐める上級生などと激突し、鉄拳制裁を加えていた。
今回も似たようなものだ。
故人である御皆冴子と桃花は特別親しい間柄ではない。総司や犬塚と同じく故人とは単に幼稚園が一緒、冴子の母が近所の顔役で、自分たちの親と関係があり、義理で通夜に出席している、だけだ。
だけど桃花は冴子のため、冴子の遺族のために本気で怒っていた。
「桃花、落ち着きなよ」
犬塚の代わりに総司が桃花を止めに入った。
「なによ、総司まで。邪魔しないで」
「いいから」
桃花の肩に手を置き、強引に自分の方を向かせる。
その時だった。
「ん?」
総司はどこかで、何かが壊れる音を聴いた。いや、聴いたと思った。
「なに? 今の音?」
桃花にも聞こえたらしい。
二人してキョロキョロとあたりを見回す。音の聞こえた方角と大きさから、大きなガラスや鏡が割れたか、壊れたかしたはずだ。それも大規模に、近距離で、だ。
「おかしいわね。何も変わらない」
「いや、ちがう。なんか変だ」
総司は違和感を感じた。
なにだ? なにが違う? 総司は感覚を研ぎ澄まし、そして違和感の正体に気づいて叫んだ!
「止まっている!?」
変わらないはずだ! 何もかもが停止しているのだから!
通夜会場にいる喪服姿の人々も、それを取り囲む報道陣の人たちも。風に揺れる木立ち、道路を走る車、通行人、街の音、そして時計の針さえも、世界の全てが停止していた!
「今日子!?」
桃花が悲鳴をあげた。
犬塚が止まっている。まるで凍りついた人形のように、総司と桃花を心配するような顔と姿勢のまま、立ったまま固まっていた。
「なにが起こっているんだ?」
「そんなの、わからないわよ!」
突然の出来事に混乱する総司と桃花。
「グルアアアアアッッ!!」
『そいつ』は、突然、何もない空間から現れた。
身長三メートルを越える巨体。たくましい筋肉。頭には一本の大きな角。
「きゃああああっ!?」
「お、鬼っ!?」
桃花が悲鳴をあげ総司が目を見張る。
『そいつ』は『鬼』にみえた。
おとぎ話に出て来る空想の怪物。だが怪物は実在し襲いかかって来た。
「させないっ」
グルァ!?
肉と骨が砕ける音がして鬼が吹き飛ぶ。
「今日子!?」
桃花が驚いて叫ぶ。
何もかもが停止した世界の中で、犬塚今日子だけが活動を再開させ、鬼の横っ面を殴り飛ばしたのだ。
「安心して。桃花ちゃんは……桃太郎は、犬士が守るから!」
犬塚は微笑むと、構え、そして叫んだ。
「照着っ!」
閃光が煌めき、光が犬塚を包み込んだ!




