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吾輩は長靴をはいた猫。名乗るほどの者では無い

 ある朝、坂神巧さかがみ・たくみが、子供を助けるためにトラックに飛び込んでミンチに変わる夢から目ざめた時、自分が見たことも無い天蓋付きのベッドの上で一匹の可愛らしい猫に変わっているのに気づいてしまった。彼はやわらかな青みがかかったグレーの体毛の生えた背中を下にして横たわり、両の手足には黒くてプニプニとした肉球がみえた。さわり心地は良さそうだ。


「これはどういうことにゃ!」


 慌てて飛び起きようとしたが、ゴム鞠のように転がって、猫とは思えぬほど無様にベッドから滑り落ち、

石造りの冷たい床にしたたかにお腹を打ち付けた。


「ゆ、夢じゃにゃい?」


 確かめようと両手。いや、両前足を頬に当てる。


「ふにゃーーーー! こ、これは!」


 ずいぶんとずんぐりとした丸い顔。顔に当たる肉球も肉球に当たるもふもふの毛もどちらも気持ちいい。

しばらくそのまま、ぷにぷにもふもふと快楽に溺れていると……。


「プッ。クッ、アハハハハッ」


 そんな彼の様子に堪えきれなくなったのか、頭上から若い女性の爆笑する声が響く。


「誰にゃ?」


「誰にゃ、ですって。それがご主人様に対する口のきき方かしら?」


 相手の姿を確かめる間もなく首根っこをつかんでヒョイと持ち上げられる。短い手足を必死にバタバタさせるも、それは無駄なあがきだった。


「自分の命も省みず、子供を助けた勇敢なお前を助けてあげたのはこのわたし。この世で一番美しく、気高く、聡明な愛と正義の美少女女神、フレイヤちゃんよ!」


 そこにいたのは黄金の髪を持つ絶世の美女。その首には目もくらむほどの輝きを放つ黄金の首飾り。

 ふわりと柑橘類のような香水の爽やかな香りが周囲に満ち、四肢も露わな貫頭衣を身につけている。

 左右が完全に空いていて下着は着てなさそう。


「もしかして、北欧神話のあの女神にゃ?」


「それ以外に誰がいるのかしら。まあ、うちの神界はどっかの馬鹿がでっかい花火をぶん回してぶっ壊れちゃったんだけどねー」


「いやいや神々の黄昏をそんなあっけらかんと語られても困るにゃ」


 巧は童話作家になりたかった。だから子供の頃から神話や伝説、おとぎ話や童話を星の数ほど読んでいた。だから目の前にいる自称女神の名前も当然知っている。

 フレイヤ。北欧神話で語られる美しく恋多き女神。豊穣と魔術の神としても知られている。そしてもう一つの役割は……。


「今、お前が考えた通りよ。わたしは死者の魂を運ぶ女神でもあるわ」


 心を読まれたのか、言葉にするよりも早くフレイヤが答える。つまり自分がトラックに引かれて死んだのは夢でも何でも無かったということか。魂だけが猫の姿でこの場にいると自覚し、すっかり変わり果てた両手の肉球を眺めて呆然とする。


「今の境遇の理解はオッケー? とりあえず今のお前の姿はこれね」


 女神がパチンと指を鳴らす。

 すると目の前に大きな姿見がドーンと現れ、美しい女神とずんぐりむっくりとした、ブリティッシュショートヘアが映し出されていた。姿見の中の猫はなんとも情けない表情でこちらを見てた。

 

鏡の中で手足をバタバタさせている丸いもふもふした毛玉こそが巧の今の姿なのだ。


「にゃあ! もしかしてあんたを運ぶ仕事をさせられるか!」


 フレイヤは二匹の猫がく車に乗っている。この姿に変えられたからには当然の推測だ。


「まあその仕事もしてもらうけど、他にもやってもらうことはあるわ」


「まさか異世界に送られて魔王と戦わされるとかかにゃ?」


 ラノベやアニメでお馴染みの展開だ。異世界転生とかいうやつだ!


「そんなことさせないわよ。面倒だし」


(できないとは言わないあたり恐ろしいにゃ……)


「お前にはこれからその姿で人助けをしてもらう。それが上手くいったら生き返らせてあげる」


 とんでもないことを女神様はさらりといってのけた。


「ちょっと待つにゃ! そんなことできるのかにゃ?」


「もちろんよ。今の世の中神様だって信仰を得るのは大変なの。神様が直接奇跡を起こせるほどの信仰心ってなかなか集まらないのね。お前達の世界でいうところのMPが足りないって奴?」


「一気に身近な例えになったにゃ」


「だから使い魔を送って人を幸せにすることで、感謝の気持ちを受け取って信仰心を得るのがメジャーな手口ね。そういうわけで、お前にはこれからがんばってもらうわ」


「事情はわかったにゃ。どのみち生き返るにはそれしか方法は無さそうにゃ」


 半信半疑、この場合は半神半疑だけど、このまま断ったらたぶん死ぬ。

この女が本当にフレイヤなら、かなり自由奔放な性格のはず。容赦なく捨てられる。


「やったぁ☆ じゃあこのブリジンガメンに誓ってくれる?」


 少女のように飛び跳ねる自称女神。胸に輝く黄金の首飾りはやはりブリジンガメン。伝説ではこれを手に入れるために小人達とエッチをしたという逸品だ。黄金の輝きの中にウネウネと炎のような輝きが揺らめいているが、時々その輝きが不意に消えたりしている。これが力が衰えているということなんだろうか?


「わかったにゃ、俺、坂神巧は女神フレイヤの使い魔として契約に応じるにゃ!」


 シュワァァっと、不思議エフェクトの炎が巧の身体を包む。身体の隅々に力が満ちて、自分の中に新たな力が産まれるのを感じていた。


「さて、これで契約は終了。お前と呼ぶのもなんだし、これからはタクミと呼ぶわ」


「こちらこそよろしくお願いします。女神フレイヤ。あ、あれ?」


 なんだか変だ。人間だった時のように普通に喋ることができるし二本の足で立てる。でも見つめる手は間違いなく猫の手で、足は……足には長靴!?


「ふふふ。驚いたでしょ。正式に契約したからにはタクミにも私の魔力の一部が使えるわ。そして今のお前の姿はこちら! ジャジャーン」


 さっきのようにパチンと指を鳴らすと、また姿見が現れる。再び映し出された姿は猫のままだったが、その頭には灰色の羽根付き帽子。足にはツヤツヤの革製の長靴。膝上まである灰色のチュニック。まさに童話で語られる長靴をはいた猫そのままの姿になっていた。


「タクミを選んだ理由はこれもあったの。この姿を知ったら、絶対に受けてくれると思ってわ。他の神もタクミのことは欲しがってたんだけど、手袋をつけた狐とか、茶釜に入った狸とかイヤでしょ?」


 手袋を買いにの狐と、文福茶釜か。いやむしろその童話の登場人物もこんな風に元人間だったんだろうか。それならあの童話の数々は変身譚に分類されるものになるのではないか。それよりもまず、なぜフレイヤが日本人の巧を使い魔にしたのか。これがグローバル化って奴なのか?


「俺はそれでも良かった……」


「イヤよね?」


 猛烈な威圧感。

 使い魔として契約したことでフレイヤの桁違いの魔力を感じる。まさに有無を言わせぬ勢いだ。

自分の意思とは全く関係なく言葉が紡がれていく。


「ハイ。フレイヤサマノシモベニナレテウレシイデス」


「うわぁ。チョット馬鹿女神。新人相手になに大人げないことしてんの」


「あー。また馬鹿女神とかいったー。フレイヤちゃん馬鹿女神じゃないもん!」


 ぶりっ子のようにクネクネと身体を震わせ、半泣きでフレイヤは否定する。その声の主は巧と同じ猫。それもどこにでもいるような三毛猫なのだが、朝顔が刺繍された空色の着物に頭には椿のかんざし。そして何よりも二本の尻尾が印象的だ。ちなみに肉球は肌色で柔らかそうだ。


「私はあんたの先輩。人間の時の名前は三家美祢子みついえ・みねこよ」


「見ての通り、ちょっと生意気なところもあるけど、このミネコは猫歴二回目だから、すごい経験豊富よ。しっかりリードしてもらってね」


「うるさい。淫乱女神ビッチゴッデス。好きで二回も死んだわけじゃ無いのに、美祢子ちゃんは二回目だから猫又ね♪とか、日本語のダジャレでこんな姿に変えられた私の気持ちがわかるかぁ」


「うわ~~~~ん。タクミ~~。ミネコが反抗期になったーーー」


「また猫だから、ネコマタ。クッ……」


 笑ってはいけないとわかっていても、笑わずにはいられない。それでも二回目ということは、この人は二度も他人のために命をなげうつようなことをしたということか。そこまでの信念が巧にはあるだろうか?


「そこの後輩、笑うところじゃ無い!」


「すみません、ネコ先輩」


「えっとタクミ君だっけ、君も猫なのになんで私がネコ先輩なわけ? もしかして名前が三毛猫っぽいとか思ってる?」


「ごめんなさい。むっちゃ三毛猫っぽい名前だと思いました」


「あ~、もうどいつもこいつも。こうなったらとっとと終わらせて生き返ってみせるわ。そこの女神。詳しいことは私があとで説明するから人助けの方法を教えてあげて」


「まあ、ミネコもやる気になったことだし、ちゃっちゃと説明ね。具体的にはわたしの魔力をこめたスキルカードで、困っている人を助けるの。タクミの能力は気配遮断に他者変身。そして剣術ね」


 フレイヤが取り出したのは三枚のカード。これを使えば素人の巧でもすごいことが可能らしい。あの長長靴をはいた猫も童話のような大活躍をできたのもこのお陰だろう。


「あと、残念だけど禁忌タブーも存在するわ。一つ、人を傷つけないこと。二つ、人の物を盗らないこと。そして三つ、人を不幸にする嘘をつかないこと。これが守れないと記憶を失ってただの猫になっちゃうから本当に気をつけて」


 とても恐ろしいことを告げられたが、そこは気をつけるしか無い。こうして巧と美祢子の人助け猫ライフが幕を開けたのだった。

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