怪盗ですが、あなたの心は盗めません
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~怪盗の心得~
1.初めに盗むものは獲物ではなく、人の視線であること。
2.物静かな淑女でありながら、大胆な立ち回りをすること。
3.絶対に、心を奪われないこと。絶対に、絶対に奪われないこと!!!!
“黄昏の猫怪盗”メリク・ヴァンデラー
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「……にゃあ」
時刻は夜、月明かりがライトとなって周囲を照らしてくれる夜。場所は“盗賊の国”ロゴスティアの中心にある王城のテラス。そこに佇むは私、自らが書いた怪盗の心得を読み直してため息をつく、メイド服を着た一人の物静かな淑女。
そんな淑女な私は、自分が書いてしまった一つの文に頭を悩ませていた。
「最後の文だけ、私の想いが主張しすぎてる……」
だが、私がこのような心情をもって怪盗として活動をしている事は事実であった。
私は昔から、心を奪われる。つまり恋愛のようなものが嫌いだった。だから、私は恋愛なんて興味は無いし、恋バナの中心になる事はないと思っていた。確かに恋愛小説は確かに読んでいて面白いが、自分がそんな立場にはなりたくないのである。
――だって、恋愛は、選ばれない人間が損をするだけのもの。恋愛とは、人が悲しみに追い込んでしまう一つの闇でしかない。
これが私個人の過剰な想いだからこそ、頭を抱えているわけで。その内容を、ここで待ち合わせをしていた他の人に見せなきゃいけないからこそ悩んでいるわけで。
「……にゃあ」
それなのに、なんで勢いに任せてこんなの書いたかなぁと呆れながら、尻尾を振りまわした。
私は猫の遺伝が濃く混じった人間だ。頭には猫の耳に似たものが生えてるし、お尻からは猫の尻尾が生えている。
親によると、人の姿に化けれるようになった猫が人間と恋をし、私たちのような種族が産まれたという説があるらしい。
こうして考えると、やはり私達は恋愛というものに振り回されているという事が実感できる。本当はその猫が発情期だったんだろうけれど。だって動物は本能には逆らえないのだから。
こんなどうでもいいことを考えていると、私の猫の耳がピクッと震える。背後からコンコンコンと軽快な足音が聞こえてきた。
「あら、尻尾を振って何かご機嫌なことでもあったの?」
振り向くと、可愛らしいフリルが付いた黒色のネグリジェを身に纏い、艶がある銀髪を靡かせ、しわが目立つようになってきた儚い美人がそこにいた。
「……女王様、私は犬じゃないんですから」
「あら、そうね。メリクちゃんは猫でした」
彼女はてへっと肩を上にあげ、悪戯をした子供のような笑みをうかべる。そんな表情をされると、勝てないと思ってしまうのが彼女の魅力の一つなんだろう。
「それに、今の季節に上着も着ないで外に出るのは風邪をひいてしまいます」
「ほら、メリクちゃんのお友達にお願いしたら楽かなーって」
「余りそういうことで妖精を使いたくないですが……わかりました」
こうやって笑顔を浮かべながらお願いをするのも、何故かお願いをされている私の方が嬉しいと感じてしまう。だからこうやって私は魔法を使うのだ。
「お願いお願い妖精さん。温かな風を、快適な空気を――《サーキュレーション》」
詠唱を終わらせると、温かな風が女王様と私を包み込む。本当は砂漠や雪山で使うような温度調整の魔法なのだけど……まぁ大丈夫だろう。
「うーん、流石メリクちゃんの妖精魔法! 一気に快適ー!」
と腕を伸ばす女王様を見たら、私も顔が緩んでしまう。彼女が“盗賊王の最高のコレクション”と呼ばれるのも無理がないのかもしれない。
「あーあ、私も妖精魔法が使いたかったなぁ。神聖魔法なんて要らないのに」
「“聖女”がそれを言うのは流石に贅沢だとは思いますよ……」
「ま、今はもう“元聖女”だけどね! 聖女暮らしは退屈で退屈で仕方がなかったもの! 今は本っ当に楽しい! 盗まれてよかったと思ってる!」
「色々あったんですね……」
――“盗賊の国”ロゴスティア。端的にいうのであれば『国王である“盗賊王”が、他国で崇められていた聖女に一目惚れをし、妻として盗むためだけに作った新興国家』である。
そんな私は“盗賊王”の友人であり、便乗して盗賊ギルドを創設した人の娘であるからこそ、女王様のメイドという立場にいるのであった。
「願っても何もしてくれない神より、悪党やってる旦那の方が百倍マシよー!」
「は、はぁ……」
ただ、こういう発言を聞いていると、何度も大丈夫かこの国。とは思ってしまう。大丈夫かこの国。
その後、精一杯腕を伸ばした女王様はここで会う理由にしていた一つの約束を確認するように口を開いた。
「それで、“黄昏の猫怪盗”さん。貴女の怪盗の心得はちゃんと用意してきた?」
「えーっと……それは……」
私が先ほどまでさんざん悩んでいたのは女王様に私の怪盗の心得を伝えるという約束をしていたから。ちゃんと言われたように書いてきたが、あれを女王様に見せた時の反応が少し怖いのだ。
躊躇しながらも、エプロンの真ん中の大きいポケットから怪盗の心得が書かれているカードを取り出すと、楽しそうな表情をした女王様にあっさり盗まれた。
「もーらいっと! ……へぇ、メリクちゃんはいつも硬いと思ってたけど、こういうことも考えているのね」
「……女王様?」
意外そうな表情を浮かべ、にやにやと笑った後に私にカードを返してくる。そして、わざとらしい真面目な表情を浮かべて、楽しそうな口調で声をかけた。
「うん、そうね! 怪盗は人の心を盗む仕事だもの! それを盗まれてちゃ怪盗失格よね!」
「はい。私もそう思いながら日々活動しているのです」
「――だって、心を奪われちゃったら、ただの女の子になっちゃうもんね?」
「……にゃー」
女王さまのキラキラと光る眼を見て、しまったと後悔してしまう。きっとあの内容が彼女の琴線にふれたのだろう。女王様は自身が壮絶な体験をしたからか、他人の恋愛には敏感だ。おもしろがって首を突っ込んでそのままなんとかしてしまう魔性の女なのだ。小悪魔ともいえる。聖女という要素はどこにいった。
「は、はい。私は盗賊ギルドの長の娘である以上、国の暗部で不正をしている奴らの証拠を“黄昏の猫怪盗”として盗み出さなければありませんし、明るみに出すために人々の視線を盗まなければいけませんから、性別を気にしないで仕事をしないといけなくてですね! それに、私には女王様を守るという使命が!」
「あら、私が使命でメリクちゃんを縛ってるなんて……」
「にゃあっ!?」
――駄目だ、幾ら誤魔化しても女王様には勝てる気がしない。そこで、私は話題を逸らすように、湧き出してきた一つの疑問を女王様に投げかけた。
「あ、あの……女王様」
「どうしたのメリクちゃん?」
「失礼を承知で聞きますが……女王様は“盗賊王”に盗まれて、それでも“盗賊王”のことが好き、なのですか?」
女王様は“聖女”という身分を盗まれ、地位を盗まれ、“盗賊王の最高のコレクション”としての称号を与えられた。そんな彼女はどう考えているのだろうかと。
「そうねぇ……あれは、ダメな男。欲望に素直で、下手に情に厚いから最終的には損をする」
「だけど、何故か周囲の評価は上がっていく。ただの小悪党でいたかったのに、自分のせいでここまで上り詰めたのに気付いていないただの馬鹿」
「……だからこそ、彼を眺めているのが私は好きなの。それに、私のかわいい従者になってくれるしね?」
真剣に、それでいて楽しそうに遠くを見ながら女王様は話してくれた。だけどその顔はどこか寂しそうで、諦めているようにも見えた。ただ、言っていることはただの悪魔にしか聞こえなかった。怖いよ女王様。
「な、なるほど……」
「ま、メリクちゃんにはまだ早い早い! メリクちゃんは今年から学園生活でしょー? まずはそこで青春を楽しんでいきなさいな!」
「で、ですね。基本は“黄昏の猫怪盗”としての任務が中心になってくると思いますが、学業もおろそかにしないように日々精進します」
こんな出来たばかりのロゴスティア王国だが、今年からついに『ソルシア』という学園が開校する。私は対象年齢だったため、そこで生徒として生活をしないといけないのだ。
「そうそう! 私も学校に通ってみたかったなぁ。“聖女”だからってずっと一人でお勉強してたっけ」
当時の女王様は箱入り娘として育てられていたのだろう。それに比べれば、私は自由に過ごせていることに違いない。
「あ! じゃあ“黄昏の猫怪盗”さんについでに学園のことでお願いをしたいのよ! 受けてくれるかしら?」
「はい、学園でのことですね。何でもお受けします」
そう思ったせいか、私は依頼内容を聞かずに気軽に了承してしまった。
「息子の心を盗んでほしいの! 第三王子の! お願いね!」
「……にゃっ?」
困惑している中、続けて爆弾が落とされる。
「このままだと、私が元々いた国が“聖人”というレッテルを貼って、婿養子としてあの子を取ろうとしててね。その前に、なんとしても恋人が必要なの!」
――メリクちゃん! 息子の心を盗んで恋人になってあげてほしいの!
「にゃあああああああああああああ!?」
深夜に私の叫び声が響き渡る。遠くにいた犬が反応し、うるさいと吠え返された。
……どうやら、私は物静かな淑女ではないようだ。




