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グレートティーチャーになれなかった山田

 目が覚めると、俺は何もない空間に立っていた。

 真っ白な世界にたった一人だ。あれ、俺はなにしてたんだろう。


「山田幸一さん」


 少しして、どこからか俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。そうだ、俺は山田幸一。

 29歳、高校教師。いや、違ったな。死んだときは無職だった。


「山田幸一さん。私の声がきこえていますか」

「だれだ、君は」


 女の子の声だということはわかる。どこかで聞き覚えがある気がする。

 いや、これはきっと彼女の声だ。そうに違いない。


 僕が生きていた時の一番の罪、それは彼女に関することだった。


「優香……君なのか」



 *



 3年前、大学を卒業し、教員採用試験に合格した俺は小さなころからの夢だった学校の先生になった。

 それはもう「これから頑張って、ちゃんと学校の先生であろう」という心意気をもって、担任を受け持つことになる

 2年4組の教室の敷居をまたいだのはしっかりと覚えている。

 だけど、そんなに甘いものではなかった。

 自分の未来のために、学校に来ている人間はいなかった。誰も僕の声に耳を傾けはしない

 非行と暴力の蔓延する教室、数か月続けるうちにいつのまにか僕は教壇に立つのが怖くなっていた。


 そんな中でも僕が、教師であれたのは彼女がいたからだろう。

 確かあれは僕がクラスの担任になってから一か月ぐらいたったころだっただろうか。


「山田先生、この問題を教えてください」


 印刷室で、翌日授業で配布するプリントを印刷していると、僕はとある女子生徒に話しかけられた。


「優香か。めずらしいな、僕に質問をしに来るなんて。どの問題だい、教えてあげるよ」


 授業中も全くといってもいいほど話を聞いてくれる人がいない中、僕の元に質問に来てくれる人がいることは驚きだった。

 そして、僕は少なからず嬉しかったのだと思う。

 僕は、ちゃんと生徒に勉強を教えられているんだ。そう思えた。


 それから、彼女は毎日のように放課後、職員室にいる僕を呼びに来ていた。

 使う教室は、赤本がいっぱい並んでいる進路指導室。生徒が受験勉強のために自由に借りれるようになっている。

 だけど、皮肉なことにここに並んだ各大学10年分くらいの赤本もほとんど使われることはない。


 そんなある日、僕は彼女にこう質問した。


「なんで、君はそんなに勉強を頑張るんだい」


 正直、馬鹿気た質問だったと思う。

 だって、学校は勉強をする場所だし、それを頑張るのは当たり前だ。

 だけど、この学校で僕ら教員がどうしようもないくらい荒れているのにそれをやろうとしているのは、凄いことだと思う。


「私、大学に行きたいんです。別に、夢なんて大層なものはないですけど……」


 僕は彼女がノートに書いてきた解きかけの証明問題に目を通しながら、ゆっくりと話すその声を聴いていた。


「だけど、高校受験に失敗してやってきた学校だからって、流されるままいるのはなんだか嫌なんです」


 彼女の言葉に力がこもる。

 そういえば、僕もそうだった。高校時代は目指していた私立高校に落ちて、家から通えるところで一番近い公立高校に通ったんだった。

 偏差値も決して高いといえなかったし、この高校とほとんど変わらないような状態だったけど、その時の先生たちのおかげで望んだ風にはいかなかったけど、こうして先生をしている。


「そうか、それなら頑張らないとな。僕ができるだけのことはやるから」

「ありがとうございます!」


 彼女は嬉しそうに微笑みながら、そう答えた。

 それだけで僕は救われた。ちゃんと先生をやれているんだと、そう自信が持てた。



 *



「君は優香なのか。それなら今僕がいるここは……」


 虚空に向かって声を上げると、それは真っ白な空間にこだました。

 すると、少しして、また彼女の声が聞こえてくる。


「私は、優香さんじゃないわよ。私の声はね、聞いている人の生前の一番の後悔に関係している人物の声になるの」


 僕の一番の後悔に関係しているか……

 それなら、間違いないだろう。そう、あれは僕が優香に勉強を放課後に教え始めてからもう半年以上たった冬の朝だった。



 *



「死んでいる……」


 地面に転がっていたのは、優香だった。

 昨夜、積もった真っ白な雪に、彼女の体から染み出した血液が滲んでいた。


「どうして……」


 彼女は屋上から飛び降りて死んだ。

 なぜ、彼女が死んだのか、僕には全く分からなかった。

 だって、全部うまくいっていた。そのはずだ。

 成績だってどんどん上がっていたし、彼女はいつだって僕に屈託のない笑顔を見せてくれた。


 だけど、彼女が自殺した理由はすぐにわかった。


『私は5月からずっと、クラスメイトにいじめられていました。何が気にくわなかったのか私にはわかりません。何かあったら言ってくれればよかったのに』


 彼女は自分の下駄箱に遺書を残していた。

 信じられなかった。だって、彼女は一度たりともそんな素振りは見せなかった。

 だけど、彼女の筆跡は完全に一致していた。ほかの女の子と筆圧が全然違うからすぐにわかる。


 そして、いじめの実態はすぐに明るみに出た。犯行グループの一人がビビッて口を割ったのだ。

 犯行は徹底して一目につかないように行われていた。どうやら、彼女自身もいじめられているところを見られたくなかったのだろう。


「優香。意地を張らなくて、僕に言ってくれればどうにかできたかもしれないのに……」


 それから、僕の人生はどん底へと落ちていった。

 いじめが起きたクラスの担任だったのだ。その結果一人の生徒が自殺した。

 知らないでは済まされない。クラスにいじめがあることを把握していなかった僕が悪かったのだ。


 僕の顔はマスメディアによって全日本に広まり、街を歩けば陰口を言われるようになり、家族には家を追い出され、誰も僕を雇ってはくれず……


 首を吊って死んだのが先日だ。


 *



「そうか、ここは死後の世界か……。なら君は僕をどこか遠い異世界にでも転生させてくれる転生神なのかい」


 僕は、一生懸命生きていたはずだ。一生懸命、頑張ったはずだ。

 その果てに、この仕打ちだ。僕は誰も幸せにできず、僕自身も幸せになることは出来なかった。

 それなら、僕には救済される権利があるはずだ。


「そうね、私は転生神。君に望む世界で、望む形で第二の人生を歩ませてあげることができる。だけど、今すぐそれはできない。死者の学校に一定の通い、その過程で前世の不幸を清算しないといけない。そして最後に試練を受けて卒業、それで晴れて異世界転生だね」


 なんというか、回りくどいように感じる。

 パパっと、過去の記憶を全て消して全く違う人間として、生を受けたいとも思っていたけど。


「いいたいことは、分るよ。私に前世の記憶を消してほしいんだろう。だけど、それはできないんだ。別の世界から転生した人間が溶け込むようにその世界に新しものを生み出す。そうやって、君が生きていた世界も、これから君が行くことになるだろう世界も成長してきたんだから」


 俺たち人間が、海外との貿易を通して、新しい文化や技術が生み出されるように、それが国同士ではなく世界同士で行われている見たなものなんのだろうか。

 僕らが生きていた世界にもきづかなかっただけで、外世界の人間がいて、彼らによって少なからずなにか影響を受けていた、そんな感じか。


「まぁ、いいさ。とにかく、次は幸せな人生を送れるように融通してくれ」

「それは、無理な問題だね。君が過去の不幸を清算したうえで、どんな世界で、どんな人生を歩むのか、それは進路選択と同じで、君自身が選ばなくちゃいけない」

「また面倒だね」


 神様というのも人間に都合よくは出来ていないらしい。こればかりは致し方ないのか。


「まぁ、君が試練を乗り越えて、自分自身で新しい人生をどう送るか決めることを期待しておくよ。じゃあ、行ってらっしゃい」


 しばらくして、目を開けると、僕がいたのは先ほどまでいたところとは全く違った。

 少し古びた床に、鉄の足で木の天板の机がいっぱい並んでいる。

 席にはそれぞれ少しずつ離れたところに3人女の子が座っていて、思い思いに何か作業をしたり、寝たりしていた。

 そして僕は彼女たちを見下ろすように立っている。


 少し前までは見慣れた光景だった。


「ここは……学校か」


 教卓の上に置かれた真っ黒な学級日誌の表面には、金色の文字でこう書かれている。


『転生前教育機関 紺碧学園』


 そして、1ページ開くとこのように書かれていた。


『あなたの、転生前試練はこのクラスの先生となり、3人の生徒を救い、この学校を卒業させることだ。それが山田幸一、あなたが過去を清算するための唯一の手段であり、卒業要件である』























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