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王と将


 埠頭に停泊する大型帆船。

 マストには貴族の御座船である事を示す旗章がはためく。 

 飛び出してきたのは小さな二つの影――


「ニコラス! 止まるな!」

「待ってよ! キース! うわ、火の玉!」 

「魔法使いがいるな! 当たるなよ。死ぬぞ」

「あ、キース! そっちに行ったよ」

「え? う、うわぁ!」






 ――金属と金属がぶつかり合う高い音。


「……あん? まだ生きていたのか、キース?」

「ん? ああ、ニコラスか。悪い、昔の夢を見ていた」


 血を流し過ぎて意識が朦朧としていたキースが無意識に持ち上げた左腕の盾。それが偶然にもニコラスが振り下ろした剣を叩き折っていた。

 ニコラスは柄だけになってしまった剣を興味なさげに一瞥すると、そのまま草むらへ投げ捨てた。


「昔か……もう忘れた。そろそろ終わりにしよう」


 武器を失ったニコラスは両腕を振り上げ、ガッツリと拳を組むとキースの頭に向けて振り下ろす。

 それを避けようともせず、キースは頭からニコラスの胸元へ突っ込んだ。

 

「てめぇが忘れてもアルマはなぁ!」

「ぐっ……くく、生真面目な将軍様がクソガキのような口調。宮廷の連中はどんな顔をするだろうな」

「ほざけ! いいからくたばれ、王よ!」


 殺し合う王と将。

 

 最後に立つは、焼け焦げた土が目立つ始まりのスラム。

 率いた兵は、今や物言わぬ屍。

 命を削り合う狂詩曲(ラプソディ)

 これが物語の終幕(フィナーレ)

  

 さぁ、今一度、時計の針を二十年程昔に巻き戻そう。






 追っ手を振り切った二人は住処であるスラムの一角にいた。

 キース9歳、ニコラスは7歳の夏。

 ともに両親を失いスラムに流れ着いた二人は、いつしか一緒に行動するようになっていた。

 

「で、何を盗った?」

「パンと干し肉」


 ニコラスが嬉しそうに差し出したのはカビの生えたパンと、すっかり水分が抜けきった何かの肉だ。


「しけてるな」 

「じゃぁ、キースは?」

「俺が持ってきたのはこれさ」


 キースは綺麗な大ぶりの水晶玉を掲げた。


「えー、食べられないよ」

「馬鹿、売るんだよ」

「どこに? 僕らがそんなものを持っていたら、すぐ官吏に突き出されるよ」

「じ、じっちゃんの所だよ」

「じゃぁ殴られるね」


 しばらく目を泳がせていたニコラスだったが、がっくりと肩を落とした。

 

「賭けはニコラスの勝ちだ」

「やったね」 

「じゃあ、お姫様と出会ったら僕がお嫁さんにするからね」

「好きにしろ」


 幼いとはいえ二人にはそれが絵空事だという事は解っていた。

 だが生きる糧を得るのに、そういった楽しみを見つけないとやっていけない現実がここにはある。

 

「やったー、キースより先にお嫁さんをゲット!」

「ばか、俺はいらねぇよ、お嫁さんなんて」

「そうなの?」


 キースの負け惜しみに背後から声がかかった。

「あ、アルマ!」


 キースの後ろに立っていたのは薄汚れた幼い女の子。

 その目には涙が浮かんでいた。

 

「キースはお嫁さんがいらないの?」 

「ば、馬鹿。泣くな」

「だ、だって」

「キースがアルマを泣かした!」

「ニコラス、てめぇ」

「ははは」


「楽しそうだな」


 そこへ新たな声が登場。

 だがその声には剣呑な響きが――

 

「やばい! ニコラス、アルマ!」


 キースが声を掛けるまでもなく孤児達はそれぞれの方向に逃げ出していた。

 同じように走り出したキースの襟首を、顔を包帯でグルグル巻きにしている巨漢の男がつかんだ。

 

「このクソガキが」

「離せ! 離せよ!」


 じたばたと暴れるキースを面倒臭そうに路地の塀に向かって放り投げる。

 叩きつけられたキースは子犬のような悲鳴を上げ地面に伏せった。

 

「ほら、さっさと返せ。お館様にバレないうちに持ち帰れるなら、命までは取らねぇよ」

「し、しらな……い」

「お前達が盗んだ水晶のことだ。あれはお館様にとって大切なものだ。それを盗まれたとあっちゃ、俺達まで危ない。何事もなかったように戻すしかねぇんだよ」


 男の言葉にキースは震えながら自分達がさっきまでいた場所の隅に転がる木箱を指差す。

 

「そうか」


 そういって視線を木箱に向けながら男は腰に下げている剣を掴んだ。

 

「じゃぁ死ね……あれ?」


 だが男が視線を戻した先にはすでにキースはいなかった。

 

「くそ! 逃げたか……って、おい! 空箱じゃねぇか! あのガキぁ!」




「危なかったね、キース」

「ナイスタイミング。助かったよ」


 キースは塀に向かって投げられた時、ちゃんと受け身を取り衝撃を逃がしていたのだ。

 男が視線を逸らした瞬間に塀の上から落とされたロープを使ってまんまと逃げる事に成功した。

 

「でも大丈夫なの?」


 アルマが心配そうに見つめる。

 

「何が?」

「だって、何か大切なものを盗んじゃったんでしょ」

「知らねぇよ。盗まれる方が悪い」

「そうじゃな。盗まれる方も悪いが……盗む方も悪い」


 キースが答えると同時にその頭上にゲンコツが落とされる。

 

「じっちゃん!」


 ニコラスとアルマが嬉しそうに声をかけた。

 

「また悪さをしたな! あれほど盗みはいかんと言っておろうに」

 そう言ってもう一度キースにゲンコツを落としたのは、長い顎髭まで真っ白な老人。

「どうして盗んだ事を知っているの?」

 アルマが首を傾げた。

「ふん、烏どもが騒いでおったわ」

「烏は喋らねえよ」

「烏も鳥も犬も虫も喋るぞ」

「出た。じっちゃんのホラ話」


 ニコラスとアルマがこそこそと話をしているが、怒られている当事者のキースは何も言えない。


「悪さをしていると、それはいつか自分に跳ね返ってくるぞ。とりあえず3日くらい儂の家に隠れていろ。あとは何とかする」


「クソじじい!」


 キースは叫んだ。老人がこの場を去ってからたっぷり3分ほど経過した後に。 


「キース、それじゃ聞こえないよ」

 アルマとニコラスの残念そうな視線がキースに突き刺さる。


 そんなスラムの日常の光景――



 そのはずだった。



「き、キース、ニコラス、大変! あの大きな人が!」

「誰?」

 アルマの言葉にキースとニコラスが首を傾げる。

「ほら、一ヶ月くらい前に包帯グルグルの」

「あ、ああ。あのでっかい魔法使いか。まだ俺達を探していたのか?」

「うん……今、じっちゃんが」

 そういってアルマがキースとニコラスの腕を引き、老人の住処近くの物陰から様子を窺う。



「だから知らん」

「クソガキどもをお前が面倒を見ている事は、もう調べは付いているんだ!」



 包帯を顔に巻いた複数の巨漢が老人の周囲を取り囲んでいた。

(一人じゃないのか!)

 慌ててキースが飛び出そうとするのをニコラスとアルマが必死に止める。

「駄目、殺されちゃうよ」

「でも、このままじゃ、じっちゃんが」

「じっちゃんが絶対出てきちゃ駄目って言っていた」

 アルマは目に涙を浮かべながらもキースの腕をぎゅっと掴む。



「で、竜族の皆様がなんであの子達を探しているのか?」

「……子供達はどこか」

「知らんなぁ、ここ数日見かけていないのじゃ。ああ、そういえば3日前に都見物に行くと言っていたような」

「帝都か……くそ」


 老人の答えに巨漢達は踵を返し大通りの方へ向かい始めたが、

「邪魔をしたな。礼だ」

 老人と会話をしていた巨漢だけはそう言うと腰に下げていた剣を抜き放ち、おもむろに肩口から斬り落とした。


(じっちゃん!)

 叫びそうになるキースの口はニコラスに塞がれていた。

 腰にはアルマがぶら下がり飛び出すのを押さえている。

 二人は唇を噛みしめ涙を流しながらキースを止めたのだ。

 大恩がある老人が目の前で殺されたとしても、ここを出れば同じように殺される。幼いながらも本能で理解していた。

 その姿を見てキースは身体の力を抜いた。



 スラムから巨漢達の気配が完全に消える。

三人は物陰から飛び出した。

「じっちゃん!」

 その声に反応して老人が薄く目を開ける。


「だから……ぬす……みはいかんと言っただろう」

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」

 キースとニコラスは老人にひたすら謝罪を繰り返した。

「アルマを……連れて東のミス……ラ王国を目指しなさい。そこで……アビントン……子爵を……ローマン爺の頼みと言えば……たの……」


 それが限界だった。

 最後に一度だけ大きく息を吐くと老人は動かなくなった。

「じっちゃん、うあああああ!」

 キース達の悔恨の慟哭が響く。

 その頭上から大きな火球が降り注ぎ、この日、スラムは壊滅した。



 それでも――

 スラムを駆け抜けキースとニコラス、それにアルマは生き延びていた。


「じっちゃんの仇を取る?」


「ああ……俺のせいだ。だから俺が仇を取らないと」

「で、でも、アルマをミスラ王国に連れて行く約束は?」

「わかっている。それに今はまだ仇は取れない。弱いからな」

「弱い?」


 ショックのあまり表情が乏しくなってしまったアルマが首を傾げる。


「ああ、今の俺じゃ勝てない。だから俺は強くなる」

「そうか……それじゃ僕も手伝うよ」

「わ、私も」

「そうだな。3人で仇を取ろう! まずはミスラ王国の何とかっていう貴族様に会いに行かないと」

「アビントン子爵だよ」

「そう、そのア……なんとか子爵」

「……とりあえず東へ」

「ああ……東だな」

「うん。東ね」


 幼い三人はお互いの手を取り合い、強い決意を持って太陽の方向へ歩みだした。

 太陽が沈む方向。


 そう、西へ――

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