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自堕落な神様と冬の風鈴

 ずぅっと昔、夏休みが永遠に続けばいいな、なんてことを考えていた。


 この大好きな現実を思い出にしたいなんて思わなかった。


 ただここにいる仲間たちと一緒に遊んでいたい。


 ずっとずっと遊んでいたい。


 神様にも頼んだ。この時間を続けて欲しいと。


 だけどその想いは届かなかった。楽しい時間ほど早く過ぎていく。そして私たちにはその思い出だけが心に残る。


 ……いや、思い出だけではない。


 お母さんからもらった夏休みを遊ぶためのお小遣い。


 ポケットにしまっていたそのお金は全て使い切ったはずなのに、空っぽのはずのポケットにはたった1つだけ、残されているものがあった。


 それは、なんの変哲も無い小さなもの。


 でもそれは、かけがえのない、大きなもの。







 また会おう。という、そんな「約束」だ。






 ×××





「……」


 窓の外を見ると、そこにはもう見飽きたほどの雪景色。

 見渡す限り真っ白。毎日毎日こんな頭がおかしくなりそうな景色見せられたら、もう手首でも切ってここら一面イチゴ味のかき氷にでもしてやろうかと思うほどだ。しないけど。

 ちょっと冷静になってまた雪かきしなきゃならんのか、と項垂れる。

 しかし、異常だ。信じられないほど雪が降っている。

 だがそれ以上に異常なのは……それを異常と思わない世界。


「……流石に、これはもう『バグ』でしょうね」


 雪かきは後回し。僕は真っ白な世界を否定するかのごとく、窓を閉めカラフルなカーテンで世界を隠す。

 そしてため息ひとつこぼす。これから雪かきより面倒なことが始まると思うと、とてもお布団が恋しくなった。







 この世界には神様がいる。

 でもその神様はみんなが思っているほど神々しいものではなくて、それはどこにでもいる女の子だったり。パチンコ屋でタバコを吸っているおっさんだったり。

 そう、身近にいるものなのだ。だからこそその存在に気がつかないし、神頼みを上に向けてしている時点でベクトルも間違ってる。

 会いたいと思っても会えないし、決して出会える存在でないのは確かだ。でも片鱗を見ることは叶う。

 だからこそ、みんな人とは誠実に接して行こうな。

 そんなことを言っている僕は、そんな神様の右腕。よく言えば執事、悪く言えば奴隷みたいな存在。

 でも元はなんてことはないただの人間で、小さい頃親に捨てられた僕をほっつき歩いていた神様に気まぐれで助けられてここにいる。その時に。


「私の奴隷になるか童貞のまましぬか選びなさい」


 僕はこう言われた。今思い出すと神様というには程遠い言葉で笑わざるを得ない。当時の僕は童貞の意味を知らなかったけど、死の一歩手前にいたから命は助かるとそう思ったのだろう。一緒に行きますと僕は言った。

 まぁ待っていたのは、ちょっとした地獄。

 そんな関係の僕たちは小さな一軒家でひっそりと暮らしている。神様が住んでいるとは思えないほど、普通で普通な一軒家。でもこの家は世界から認識できない。

 ずっと言っていたように神様なんてものはそこら辺にいる。でもだからと言って何もしてないわけじゃない。地球の監視、世界の監視。見て回るのが仕事だ。そして時折発生する『バグ』を修正する。

 それが神様の仕事だ、でもうちの神様は、引きこもりがちでそれをあんまりしない。

 僕は今からそんな神様を起こしに行く。

 いつもなら寝かせてあげるのだが、今はそうはいかない。

 なぜなら今、いや結構前から地球にとあるバグが発生してしまっているからだ。

 もともとあんまり几帳面じゃない神様が作った地球。小さいバグなら物好きなデバッカー集団がほとんど地球の神秘として受け入れてくれているおかげで今までやり過ごせる事例もあった。でも今回はそうはいかない。


「お嬢様、入りますよ!?」


 ドンドンドンドンとまるで借金の取り立て人のごとくノックをする。神様からはそれはやめろと言われてるがどうでもいい。今はただあの引きこもりの神を叩き起こすことだけに全てを注ぐ。反応なし。


 流石にイラッと来る。神様が今世界がどうなってるか気がついてないはずがないのに、こうも問題を放置しているのは何故なのだろう。

 我慢ならず声が出た。



「ずっと冬のままでいいんですか!?」



 全く気温が上がらず、桜は咲かず、蝉の声はいつまでも聞こえない。あるのは真っ白な世界、降り続ける雪景色。

 今、世界は終わりのない冬と化しているのだ。

 なのに、神様はそれを見て見ぬ振りをしている。この件だけだ、この件だけ引き延ばしている。神様は元から自堕落なお方だがやるときはやる。だけど、今回だけやる気を出さない。

 きっと彼女には戻す気がまるで無いのだ。それが僕には嫌だった。

 そしてこれだけ言っても、神様は何1つ返事をしてくれない。無駄に強いノックは静寂しか生み出さなかった。

 神様にとって、冬が続くことが、そんなことどうでもいいということなのだろうか。

 でも僕はそうはいかない。僕には、夏が来てもらわないと、嫌なんだ。

 自堕落な神様が眠る扉に背を向けて、僕はまた外の景色に目を向ける。

 ……もう、自分がどうにかしなくては。

 この世界から夏を取り返して、あの眩しい彼女に出会うために。




 ×××





 さくさくと降り積もった雪の上を歩く。

 どうしてこうなったか原因は不明。ただ分かることは、こう言ったバグは『人の願い』によるものであるということ。

 人とは本当に特別な生き物で、その人間が心から願う想いには魂が宿る。

 そしてその想いは大きな力を生んで、世界を大きく揺るがすことが出来るのだ。

 それがバグ。つまりこの終わらない冬にも、それを願う輩が存在するということ。そして神様の役目はその存在を抹消することだ。

 だけど神様は……部屋から引きこもって何もしない。

 それなら僕が殺してみせる。そこまでする理由があるから。

「しかし、寒い」

 言葉は悪いが気がしれん。今回のバグを発生させた人間はどうして冬を続けたいと思ったのだろう。いいことなんてあるのかな冬なんて。

 クリスマスが好きなのかな。でもそれならその日だけループするはず。それもクリスマスに至るまでの過程を楽しむなら話は別だが……いやそれでもおかしい。それならクリスマスが終わった瞬間にループは始まる。

 今回の冬のループは、何も起こっていないのだ。なんのイベントもない。ただ冬の日がグルグルと回り続けているだけ。

 つまり、冬のイベントを楽しみにしているわけではない。当事者は『冬自体』が続くことを望んでいる。

 わからんな、人が死ぬ、寒い、外に出にくい、寒い、寒い。そんな冬に何を望んでいるのだろうか。

 まぁ、そんなことは関係ないな。

 見つける方法は簡単だ。バグの世界というのは正常に動いている存在の方が珍しい。

 例えば今僕は歩道を一時間ほど歩いているが、通行人とも隣の車道を走る車とも出会ってない。

 簡単に言うとすると、これはバグを望んだ人間の見ている『夢』なのだ。

 だからその夢に必要ない存在は、存在しない。

 この冬という世界に、冬らしからぬものは存在していない。

 僕がこの夢に居られる理由は神の加護があるからだ。加えて僕には、バグを解決する不思議な力がある。

 それは『物体の思いを聞き取ることが出来る』と言う能力。

 例えば誰かがピアノを弾いた時、その演奏にはどのような思いが込められているか、と言う心の中が分かる力。

 国語のテストとかで重宝する能力だなと神様に言われたけれど、流石に文字の思いは分からない。

 この力を使えば、この冬が長続きしてほしいと言う思いを持った人間を探すことが出来る。

 まぁそもそも、この世界にいる存在が間違いなくバグを起こした人間なのだが……。

 さくさくさくと、耳をすませながら街並みを歩く。目を瞑れば、深夜に一人、ポケットに手を突っ込みながら散歩しているような感覚になれた。うるさい音は感じられず、ただ自分の出すさくさくという音が心地よい。

 冬も悪くない……と思ったが、僕にはそれ以上に夏が好きだ。夏が好きな理由がある。

 夏になると……。








 チリン










「……チリン?」


 それは、冬にはとても似合わない涼しげな一音。

 僕の足音しかないはずの世界に入門してきた。儚くて今にも消えそうな音だったが、僕には聞き取れた。

 ただ、感情はわからない。遠すぎる。

 この音はなんだ?

 どこかで聞いたことがある音だ。神様と一緒に暮らしている時にどこかで聞いたことがある音。

 いや、違う。僕も耳には自信がある。この世に同じ音を出せるものなんて早々ない。それは思いによって音が変わるからだ、さっき言ったピアノの話と同じ、感情一つで音も世界観も大きく変わる。

 でもこの鈴のような音が聞こえたのは確かだ、耳には自信があるため。


 そしてそうなると、変な点が浮かび始める。



 人がいない



 車もない




 音もなかったこの夢に。



 なぜ、冬の世界に似合いもしない音色が響くのか?


「……なにかある」


 疑問は、次の世界を開く扉。今そこに直面した。

 きっとこの先に何かがある。そう思った僕はまた鈴の音色に耳を傾ける。

 目を閉じる、世界は白から暗闇に。

 足を止めた、世界に音が消え去った。

 そして聞こえる清涼感漂う鈴の音。



 チリン



 微かな音を頼りに向かう。何があるかわからないけど手がかりはこの謎の音だけだ。

 僕はこの音を追う。

 まるで、誰かを呼んで、待ち続けているようなその音色に。

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