ガンドレア帝国の現実
シュテイントハラル側の砦の兵士達に見送られて、私達は静かにガンドレア帝国に入国しました。
今回は私が三重魔物理防御、消音消臭、透過魔法を全員分かけております。戦闘が始まった時に備えて、皆様の魔力を温存する作戦だそうです。
「綺麗な魔術障壁ですね。流石、得意とおっしゃるだけはありますね」
ナッシュルアン皇子殿下に褒められました!なんだか嬉しいですね、うへへ。
しかし前は街道と砦の前ぐらいしか見ていませんが今、小さな集落を通っていますが、人が住んでいるのでしょうか?いえ、いらっしゃるんですよ。微かですが人の気配はします。ご無事なんでしょうか。ああ、治療術士を自負している私としては、病等が心配で堪らない。
「ごめんね、姫ちゃん。取り敢えず首都の冒険者ギルドに行ってからね」
私の心配そうな表情を見てか、ギリデ様がそう声をかけてくれました。
そうですよね、見る人全てに施しをなんておこがましいことは出来ないし、無理だと分かっています。
ええ、長い転生人生でも自分の手の届かない所までは助けられない。それこそ身を削って尽くして、自身が動けなくなることもある。
実は経験があります。
自分が助ければ皆が助かると勘違いをして、施しをそれこそ見境なく行った時がありました。するとタカられ毟り取られ、家は没落し家族が散り散りになったことがありました。
あの時の家族、両親と弟には謝っても謝っても許してもらえることは無いと思います。
人とは身の丈に合った生き方しか出来ない生き物だ。私の人生の教訓でございます。
今の私は彼らに苦痛を与えてしまったことへの謝罪と、贖罪の日々であると共に、どこかで彼らも転生して生きていたら、今度は間違った施しをせずに元家族と弟を助けたいと思うようになりました。
そう考えるようになってから、私の周りの方を見る目が変わりました。
どこかに過去の自分と関わった人が居るかも、今の兄も前の自分の兄弟だった人かな?そう思うと周りに居るすべての人が過去の贖罪したい方々に見えてくるのです。
よく優しいね、と言われますが決してそうじゃないと思うのです。
過去を悔いているからこそ今、目の前に居る方に優しく出来なかった人の面影を投影して、優しくしているのです。それで自分を慰めているのです。ああ、また暗い思考に落ちてしまいました。
「カデちゃん、何か魔力おかしい?疲れてる?」
背負ってくれているヴェル君の声に、意識が戻ってきました。あれ……ちょっと眠ってた?
「大丈夫です、ごめんねヴェル君。ずっと背負って貰ってて」
ヴェル君は微かに笑っています。
「いや、背中温いし逆に有難い」
天然の湯たんぽですね、了解です!これくらいしか役に立ちませんしね!
先頭を行くギリデ様が一同を振り返りました。
「そろそろ首都のギーダロッタに近づくよ~皆、気合い入れてね」
そう言えばと、キョロキョロと周りを見ました。
雪深いから外に人の気配はほとんどありませんが、民家の数も増えてきていますし、表通りに兵士さんの姿も見えますね。
外に兵士か……ちょっと尋常じゃないお国柄のような気がします。
元異世界、日本国出身としては表通りに軍人さんがウロウロしていることが、非常事態な気がして今のガンドレア帝国の現状を表しているような気がします。
「雪深い……とはいえ、人の数が少ないな」
「家の中の気配はどうですか?ナッシュ様」
前を走るナッシュルアン様とギル様の会話をなんとなく聞いていましたら、あれ?なんか上空が暗いですね。
「ヴェル君ヴェル君、お天気が怪しくないですか?」
ヴェル君とギリデさんが上空を見ます。いえ、あれ……雲でしょうか?え、まさか?
「う……そだろう?あれ、コンコレドの成獣じゃないか!って何匹いるのぉ!?」
ギリデさんの声に皆様、一斉に立ち止まりました。
私はヴェル君に降ろして貰って、ポッケの中から『危険!超魔物大図鑑』の飛行する獣の項目を開きました。
「コ……コンコレド……あ、ありました。え~と、体長は幼獣で一~三シーマル。成獣は四~六シーマルになる飛行型の翼獣。主な主食は果物など、なんだ!草食獣なのですね、じゃあ人を襲ったりは……」
キシャアアァ!と、怪鳥っぽい鳴き声を上げながらコンコレドは飛来してきました。
えええ!ものすごくおおきぃ!そして、兵士さんを攫って行こうとします!ぎゃあっ人を襲うのぉ!?
道を歩いていた兵士さん達は悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らしたようにいなくなりました。
「あれは……魔獣化したコンコレドだ。人も食するのだろうか。しかし大きいな」
ヴェル君の淡々とした説明が余計に怖いです。唖然としている間にコンコレドの大軍(二十匹ぐらい?)は悠然と、鋭利な作りの屋根がある大きな建物に止まって、奇声をあげて鳴いています。
こ、怖いぃぃぃ!
こんなリアル○ュラシックパークみたいになっているなんて、想像していませんでした。
「これが野放しになっているの?そうだわ、魔獣討伐の国の機関は何をしているの?」
リア姉様の言葉に私とヴェル君は目線を合わせました。
やっぱり、ヴェル君が所属していた部隊は今はもう……
「私が魔獣討伐隊の指揮をしていました。先程彼女、カデリーナからお話があったように将軍職を罷免されて私が国を離れている間に恐らく三十人くらい居た討伐隊の隊員はすでに……なんとか無事に過ごしてくれていればいいが」
その時、素早く動く一団が私の視界を横切りました。
人数は五人くらいでしょうか、目にも止まらぬ速さでコンコレドの止まる建物まで走り上がると一閃、一匹を飛び上がる前に首を落としました!
「あ、あれはっ!」
ヴェル君は一瞬で走り出してしまいました。
同じように弾丸の早さで、ナッシュルアン皇子殿下も走り出ます。先にコンコレドに切りかかっていた五人の内二人は、コンコレドに食いつかれていました。
うわわっ!?ヴェル君っ早く早くっ!
「手をっ、千切られたわっ!」
リア姉様も走り出しました。皆様も走り出してしまいます。あわわっこれは私もっ皆様に続けーー!
ドスドス…ゴテン……
雪の上でスッ転びました。
何とか防御魔法のお蔭で、雪まみれにはなりませんでしたが、転んでいることに違いはありません。
もう転びながら移動した方が早いかなぁと自虐しながら、ローリングを繰り返して、やっと大きな建物に近づくと、教会?のような感じの入口付近に皆様が固まっておられました。
周りにはコンコレドの死骸が……大丈夫かな?もう死んでいる?ふええ……怖い!
「あ、カデリーナ!ごめんっ置いて行っちゃってたわっ~ホラ、あなたも早く治療手伝って!」
今、気づいたのですかぁ!取り敢えず治療と言われたので、迎えに来てくれたナッシュルアン皇子殿下のエスコートで、何とか皆様の一団に近づけました。
ひどい……その一言に尽きます。
腕を喰い千切られた方は、姉様が止血を試みております。そうだっ千切られたこの方の腕は……
「こ、この方の腕はどちらに?」
皆様が、キョロキョロとお互いを見回しています。
早くしろっ!
「私なら腕を付けれます!元に戻せます、早くっ!」
ヴェル君がコンコレドの死骸が倒れている辺りから、彼の腕を拾って来てくれました。
「カデちゃんっコレ!でも損傷が激しい。これじゃあ」
私は姉様に代わって、腕の千切れた方の横に座りました。
ヴェル君が腕を見せてくれます。
「私を誰だと思っているのです?こんな時の為の神の加護ですよ?自分で言うのもなんですが、世界最高の腕だと自負しておりますよ」
私は忍者コートを脱いで腕まくりしました。寒いなんて言っていられるか!よーし始めますよっ!
私は千切れた腕に防御魔法を掛けつつ、防腐魔法を使っていきます。の魔力を流し込みながら、倒れた方の肩と腕の千切れた接合部分に魔力を入れ、手が繋がっていくイメージを作ります。
ゆっくり、そーっと繋がれ~綺麗に繋がって元の様に刀を握れるように、そして体中を包む膜を形成すると、体全体に癒しを与えていきます、よしっ。
「はい、もう大丈夫です。目が覚める頃には普通に動かせると思います」
「ええ?もうっ?」
私の横に居た、片目眼帯で片腕を無くしている男の子が叫びました。
この方?ヴェル君が私の視線を受けて頷きました。
「どうやら俺の鍛えた部隊のこいつらは、しぶとく生き延びてくれていたらしい。三名殉職したが残り二十七名は、五体満足とはいかないがとりあえず無事だそうだ」
「ヴェルヘイム閣下こそ、ご無事でよかったです」
私の横の眼帯の男性は涙ぐんでおられます。
良かった、とは言えない現状ですが。よし、もう緊急事態ですものね。私も自分可愛さに隠れ忍ぶ時ではないということですねっ。今ここで立ち上がらないで後悔するのは…もうたくさんですものっ!
「よしっ!はい、え~とあなたの体はすべて元通りになりますから心配ご無用ですよ!」
眼帯の男の子はポカンとしています。すると腕の千切れた方の治療ドーム(と私は呼んでいる)が、パチンと弾けて消えました。
さあ、お体はどうですか?倒れていた彼はゆっくり起き上がりました。
両手を動かし体中を触っておられます。どうかな?動く?違和感ないかしら?
「お体、どうですか?動かした時に障りは無いでしょうか?」
私がそう聞くと彼は周りを見てヴェル君に気が付くと、何かを叫びながら泣き出してしまいました。
ヴェル君が泣き出した彼の背中を摩りながら、よく頑張ったよくやったと、彼を抱き締めています。
ナッシュルアン皇子殿下はちょっと涙を流されていますね。
もしかして泣き虫君なのでしょうか。リア姉様は倒れているもう一人の方の治療に入っています。私もすぐにその方の怪我の具合を見ました。
「内臓を食べられている。どう?カデリーナ行ける?」
「はい、大丈夫です」
私はすぐに治療ドームを展開しました。
リア姉様がふぅ……と深く息を吐かれました。
「カデリーナ言いたくないならこれ以上聞かないけど、神の加護って本当?」
「はい」
「それでかぁ……あなたのその力、本来こういう所で奮いたかったのね?お綺麗な寝台で治療を受けられる、恵まれた人じゃない所で使いたい、だからシュテイントハラルの治療術医院じゃダメなのねぇ~なるほどね」
姉様には全てを話してもいいような気がしていますが、でもやっぱり受け入れて貰えるかが心配なのです。
今はここまでで勘弁して下さいませ、リア姉様。
私達は大量の魔獣の死骸を土に埋め、解体出来る部位は食料にする為に切断しました。
全ての後片付けをしてから、今度はヴェル君の元部下の方もスペシャル防御障壁の中へ入れてあげました。
流石に大人数になって来たので、ナッシュルアン皇子殿下が魔力の補助をしてくれています。
恐縮しましたが、余剰魔力が溢れると体がきついのだ、との言葉に納得して、お力をお借りすることにしました。
確かにナッシュルアン皇子殿下の魔力量は半端ないです。いつも余剰魔力を制御出来ずに垂れ流してばかりで困ると、冗談っぽく説明されていましたが、確かにいつもビシビシ魔力の気配を感じますね。
これでも常に魔物理防御三重かけをしている状態らしいので、障壁がなかったら周りを巻き込む魔力酔い攻撃を起こしてしまいそうですね。魔力が無いのも辛いけど、あるのも辛いだろうなぁ。
「一度、私達とお越し下さい。皆に閣下の無事をお伝えしたいのです」
眼帯の彼、名前はデリト君が誘ってくれました。
因みに腕を負傷している方はジョーナさん、他はリッタさん、ガッテルリさん、ダッバェテさん、覚えられん……ぐぬぬ。
そして案内の途中で、色々とガンドレア帝国の現状が知れてきました。
「じゃあ、第三部隊は即日解散、皆は解雇されたのか……なんと酷い」
「勿論、現状魔獣被害を押えられるのは我々だけです、と陛下には訴えましたが、無駄な労金を払う訳にはいかんとかで、取り敢えず皆でどうしようかと頭を悩ませていた時に、冒険者ギルドの支部長さんからお声掛け頂いたのです。幸いにもヴェルヘイム閣下に鍛えて頂いていたお蔭で、すぐにAやSの階級に上がれましたし、食い扶持には困りませんでした」
おお、流石ヴェル君の部下さん達、皆様強い。
先ほどの動きもすごかったですものね。只、魔獣の数が多すぎですよね。正に魔獣の無法地帯化してますよね。
「こんな都市部まで魔獣が出るのかい?」
ギリデさんの言葉にデリト君は緊張した面持ちをで頷かれました。先程軽く皆様に自己紹介をしましたら、ギリデさん以下の面子が凄すぎるらしく、ヴェル君の部下さん達は平伏する勢いだったのを思い出しました。
「私達、有志だけで魔の眷属を祓って来ましたが、圧倒的に手数がこちらには足りません。ギルドを通してお願いはしてはいるのですが、国境を越えて他国からの入国がまず認められていないので、援助も望めないのです。もちろん国からの補助などは一切ありません」
ナッシュルアン皇子殿下はお美しい尊顔に、ものすごく怒気を滲ませておられます。美形が怒るって怖いですね。
「国として一番助けてやらねばならんのは自国民ではないかっ!すべての屋台骨を支えるのは民だということは、上に立つ人間が骨の髄まで覚えておくべきことであり、死ぬまで民の為に働くのが王族の義務ではないかっ!この国の王族は馬鹿なのかっ!」
カ、カッコいいーー!まだお若いのにかっこよすぎるー!
言った後に涙ぐんでいるのも可愛い!って言ったら怒られそうで言わないですが。
ギリデ様にヨシヨシされてるのも可愛いーーって、可愛い連発、ごめんなさい。
「取り敢えずヴェルちゃんと姫ちゃん二人は、部下さん達と行って来てよ。僕らは元々目的の冒険者ギルドの無事を確かめたいし」
そう、ギリデ様の仰るとおりです。冒険者ギルドは今は機能していないらしいのです。
何でも数人のSクラス方々と支部長がグローデンデの森近くの町、マジーに魔獣狩りに行ってから音信不通になってしまったそうです。これはいけませんね。
私達は二手に別れることにしました。さて私達が部下さんに連れられて来た所は、なんとヴェル君のご実家でした。
「伯父上!伯母上!」
ヴェル君は走り出して玄関先に現れた、初老の男女のお二人に抱き付きました。
「ヴェルヘイム!?良かったわ!オリアナも無事なの?そうそう、まあ!二人目がそう」
女性の方、伯母上様が泣きながらヴェル君の大きな背中を摩っています。その背中を伯父様が優しく何度も摩っています。
うんうん、伯父様はオリアナお義母様のお兄様で、え~と、オランジェル伯父様ですね。
私は急いでヴェル君の側まで行きました。
「ヴェル君」
私がそうお声掛けすると、ヴェル君はハッとしたように私を顧みてから慌てて、オランジェル伯父様に向き合いました。
「伯父上、彼女とは婚姻はまだですが、私の妻のカデリーナ=ロワストと申します」
伯父様御夫妻は驚き、そして私を探るような目をされました。私は直ぐに淑女の礼をとるとご挨拶しました。
「お初にお目にかかります、カデリーナ=ロワストと申します。シュテイントハラルの出身でございます。今はユタカンテ商会の代表を勤めております」
伯父様御夫妻が、まあぁ!と声をあげられました。
良かった、良い印象だったみたいです。ユタカンテ商会の知名度に助けられました。
「あの、オランジェル様!それで、こちらのカデリーナ様は治療術士でいらっしゃいまして」
デリト君が急かすように話に割って入りました、ああ、そうでした!
「お怪我をされている方、いらっしゃいますか?」
ヴェル君のご実家に来る前に、デリト君に少し話しを伺っておりました。
今、潜伏先として使わせて頂いているヴェル君の実家のお屋敷に、沢山の怪我人がいらっしゃると言うことでした。
すでに医院や治療術院は既に機能はしておらず、今あるのは闇医者の様なものだけで料金は高額、お金が無いと治療は受けられないとか、本当にヒドい。
「治療術士様でいらっしゃいますか!た、助かります。シュテイントハラルの術士様は優秀でいらっしゃると聞き及んでおります。是非お願いします!皆様もう、死を待つばかりでして」
ヴェル君の伯母様は泣き崩れてしまいました。
伯父様御夫妻はヴェル君にお任せして、私はデリト君の案内で屋敷内の広間に案内されました。
野戦病院ってこんな状態なのでしょうか。
誰も手当を受けることも無く寝かされているだけ、立って動いているのは片腕の無い男性や足を引きずっている女性のみ。怪我人が怪我人を見ているようです。
「酷いでしょう、姫様……皆を助けて下さい」
泣き出してしまったデリト君を抱き寄せて、治療魔術を施します。びっくりしたデリト君は棒立ちになっています。
「デリト君、あなたの体を元通りにすると先程、言いましたよね?元気な体になった後には、私の助手としてバリバリ働いて貰いますからね!」
デリト君の体を治療ドームの膜が覆いました。
広間に居た全員が、私の方を見ています。
デリト君の周りに魔術膜が出現して、驚いているようです。さーてやりますか!
私はお腹いっぱい息を吸い込むと、拡散魔法を使って広間中の方に聞こえるように声を出しました。
「私は治療術士です。今から皆様の治療にあたります。重篤な症状の方から優先して診ていきます。身体に欠損が有られる方は後ほど治療致します。ですが、どうかご安心下さいませ!必ず五体満足に戻して差し上げます。先天性疾患でも問題ありません!私、世界一の治療術士でございますから!では治療を始めます!」
そう私が言い終わるや否や、広間に歓喜の悲鳴と嗚咽と泣き声が溢れました。




