秋祭り初代王子
秋祭り、最終日…時刻は朝10刻少し前、冒険者ギルド前に私は緊張感に包まれてヴェル君とやって来ました。そこにはすでにキラキラした集団がいます。ん?んん?
「ちょ…ちょっと!ずるいですよっ!反則ですよっダヴルッティ様っ!」
「よぉ~おはよっ~ヴェルっ、カデリーナ姫」
「おはようございます、ダヴルッティ様…ではなくてっ何ですかっそのコスプレッ!」
「こ…こすぷ…何だって?」
そう…冒険者ギルド前に本日の参加者…お声かけした近衛騎士団の選りすぐりのイケメン達が集合しております。もうすでに町の娘さん達の視線を釘づけです。ええ、別の意味で釘づけの方もいますが…
「なんですかっ!お一人だけ王子様みたいなコス…衣装をお召でっ…反則ですよっ!」
私はそれでなくともキラキラしている、ダヴルッティ様のご尊顔を睨みつけました。
「だって~私の持っている正装ってコレだもんな~これでも元王子だもんな~仕方ないだろう~」
絶対わざとだ…仕方ないとか思っている訳ないはずだ。これでは第一印象で王子スタイルのダヴルッティ様の圧勝じゃないですか。すごく練習したのに水の泡じゃないですかっ。
時を遡ること二日前…
「ええっ!?これなんですか?」
私は秋祭り美男王子決定戦の参加者に配布されている概要を見て唖然としました。
「特技の披露…女性を口説く決め台詞の披露…ですって?無理よ無理無理っ~ヴェル君には無理よぉぉ!」
オリアナ様とルラッテさんお2人にも概要をお見せしました。オリアナ様もルラッテさんも、深い溜め息をつかれました。
「わぁ…これはヴェルには難しそうね。しかも舞台の上でしょう?」
「坊ちゃま…挙動不審のまま終わりでしょうか」
うむ、お2人の意見に完全同意ですよ。これは…外見だけでは、やり過ごせない由々しき事態ですよ。
私は概要を持って帰って来て、のほほんとドーナツを食べているヴェル君をビシッと指差した。
「コラッヴェル君!甘いのは禁止と言ったじゃありませんかっ!お顔に吹き出物が出来たらどうするのですっ!」
ヴェル君は魔人も真っ青な鋭い目で私を睨みましたが、私も負けてませんよっ。
「今すぐお皿に戻して下さいっ!早くっ素早くっ一早くっ」
ヴェル君は渋々、食べかけのドーナツをお皿に戻しました。私はパッとお皿を取り上げると『レイゾウハコ』の中に仕舞いまして、厳重に5重防御魔法をかけました。これならそう簡単にはヴェル君とて解けまい?
「兎に角…まずは、そうですね。特技の披露…ですか、ヴェル君は特技は何かありますか?」
ヴェル君はコテンと小首を傾げました。オリアナ様も同じポーズをされています、親子同じポーズです。
「剣の扱い…」
「もうっヴェル!それは近衛に入られてる方は全員そうじゃないのっ。ああ、子供の時にもっと習い事をさせてあげてれば良かったわっ」
オリアナ様に畳掛けられて、ヴェル君はションボリしています。うう…これはまずい、うちのヴェル君がダヴルッティ様の添え物扱いなんて絶対に認めませんよっ!
「仕方ありませんね…特技は取り敢えず置いておいて、女性を口説く決め台詞…これですね」
「姫様…決め台詞の方が難易度が高そうじゃありませんか?」
「ご心配無用ですよ、ルラッテさん!これは照れずに噛まずにサラッと言えれば勝ちですからっ。幸いにもヴェル君はモゴモゴ喋らなければ、声質だけは美声ですからね!」
「そうそう、ヴェルは声はアポカリウスに似ている、良いお声なのよね~」
「台詞が問題ですね…姫様何か案はありますか?」
無意識に、ヴェル君を下げる発言をしてしまいましたが、熱が入ってしまっておりますのでご勘弁を…さて、私は紙にサラサラ…と先日の夜、ヴェル君が私に言ってくれた言葉を書きました。
「やだっ!その台詞いいわねっまさに秋祭り美男用に素敵だわ!」
「ふふふ、オリアナ様…なにを隠そうこの台詞はヴェル君が先日、私に言ってくれたものなのですよ」
「ええっ!?やだっヴェルあなたっやれば出来るじゃないっ!」
と、私とオリアナ様とルラッテさんの視線を受けて、ドーナツを取り上げられてブスッとしていたヴェル君は、興味なさげに「…別に」と呟きました。こらーっやる気のないのは減点対象ですよっ!
「分かりましたヴェル君。そんなヴェル君にご褒美を差し上げましょう。めでたく優勝出来た暁には、甘いモノだけを食べて一週間過ごしても構わない権利をあげましょう。優勝は出来なくとも、ヴェルヘイムここにありの爪痕を残せた場合は、一日お菓子三昧で過ごす権利を差し上げましょう」
途端にヴェル君のお顔が輝きました。よーし!上手く乗ってきてくれましたね!
「さあ、ヴェル君この台詞を甘く優しいお声で、うっとりと囁く練習をしますよ!」
そう言う訳で、事前に台詞の練習をミッチリしていた訳ですよ。
なのになのにぃぃ~
「コスプレなんてずるいっ!しかも本物じゃないですかぁ…」
とか、私達が騒いでいると下卑た笑い声を挙げながら、例の優男とお友達がギルド前にやって来ましたよ。ミッチー(仮)だったか?はギルドの前がキラキラ男子で埋め尽くされているのを見て、明らかギョッとしています。
すかさず、支部長さんがにこやかにミッチー(仮)グループの前に立ちました。
「ミッテー君にはご心配をかけたけど、ご覧の通り参加者が集まってくれてね。予定通り開催出来ることになったよ」
ミッテー(確定)君というのか…するとミッテー君の前に、王子のコスプレをした元王子ダヴルッティ様が、優雅にお立ちになられました。きゃああ…という女性の悲鳴が聞こえます。
「やあ、君が暫定一位の王子様かな?ああ、紹介しておくよ、私の部下のヴェルヘイム=デッケルハインだ」
と、ダヴルッティ様が示された所に…この日の為に購入したネイビー色のツイードのロングジャケットを着たパリコレモデルのヴェル君が、若干座った目でミッテー君の前に来ました。
ヴェル君、迫力あり過ぎ…こ、怖い。きゃあああ!と女子と何故か男子?の黄色い声も聞こえます。
「ヴェルヘイム=デッケルハインだ…宜しく」
ヒットマン、ヴェル君と王子圧のダヴルッティ様の2人に睨まれてミッテー君は、生まれたての小鹿のようにブルブル震えていました。
ふふん、ざまあみろっ!あらいけない…元王女殿下なのに…おほほ…
「では参加者の方はこちらにお集まりください!」
との、お姉様の声に皆様は移動されて行きます。あら?あんなに脅されていたのに、ミッテー君も出場するようですね。私はヴェル君に手を振ってから、観覧スペースへ移動しました。へへ…ギルドの関係者席を確保して頂けたのですよ~
「カデちゃんこっちよ~」
オリアナ様が最前列!に座って手を振っていらっしゃいます。最前列センターですね…おや、オリアナ様のお腹の御子もすごく魔力をピョンピョン動かしています。
「オリアナ様のお腹の赤ちゃんも、なんだか楽しそうですよ~?」
「そうなの?うふふ、今からおにいちゃまが頑張りますからね~一緒に応援しましょうね~」
おおっ、答えているかのように魔力が呼応していますね!
「お待たせいたしましたー!只今よりアンカレド一の美男美女を決める秋祭り特別企画!初代アンカレド王子決定戦を開催しまーーす!」
じゃじゃーーんと楽団の音楽が流れて、おお!花火が打ちあがります!盛り上がる~
因みに噴水広場でミスターコンが開催され、花の広場という王宮に近い大きな公園でミスコンが開催されています。観客の客層がこちらはほぼ女性。ミスコン会場はほぼ男性…という情報もあります、そりゃそうか…
参加者の方が1人ずつ名前を呼ばれて舞台袖から出て来ます。ヴェル君、怖い…魔人討伐に向かう凄腕ハンター化していますよ。観客席にいる若い近衛の男の子達からは熱い声援を受けていますが…
流石ダヴルッティ様は堂々と、そして客席のお嬢様達の方へ手を振りながら優雅に微笑んで、舞台袖から出て来ます。
コラアカンヨ…
どう見ても、ヴェル君は素人、ダヴルッティ様は芸能人…くらいのポテンシャルの違いを感じますよ。
「ヴェル…怖い顔になっているわね。緊張しているのかしら…」
「もしかしすると、お菓子の権利が色々かかっているから、逆に気負ってしまったかもですね」
やり過ぎたかな…と私が反省している中、コンテストは順調に進行されていきます。予想通りサバテューニ様とダヴルッティ様のキラキラ王子対決になっています。
案の定…そしてヴェル君は甘い台詞で緊張したのかカミカミでした。あんなに練習したのに、ただ台詞を言い掛けて…噛んで、オドオドして真っ赤になったのことで女性達から、可愛いーーー!と絶賛を浴びていたのは正に怪我の功名…というのでしょうか。グッジョブ!ヴェル君!
ヴェル君はお蔭様で第二位になりました。爪痕残せたよね!うん…しかし今回は相手が悪かったね、元王子だもんね。最下位にならないだけマシですかね〜因みに最下位はミッテー君、次いでロージ様、という順位でした、だろうね…
まあ
結果は見るまでもなく、ダヴルッティ様の圧勝でした。そりゃそうだ…投票権のある住民のほとんどが元王子様だって知っているし、世知辛い大人の忖度が働いたに違いない…そう思いたい。
「王子様みたいな衣装、着る必要まったくなかったじゃないですかっ!」
と、後で文句をつけてやると、シレッとした顔でダヴルッティ様はこう言いました。
「だって目立ちたかったんだもん~」
腹立つなぁ~!腹黒めっ!
ヴェル君には残念賞として、一日お菓子食べ放題の権利をあげまして、更に大きなミカンゼリーを作ってあげました。舞台に立っている時より笑顔が輝いていますね。その笑顔を舞台上でも見たかったですよ。
秋祭りの後はプラリューニの化粧品の受注依頼が殺到したのは、嬉しい誤算でした。
「あのお試し化粧品が効果あったみたいね~あのお試し品、常備商品にしましょうか?」
と私がバルミング主任に言うと、主任は大喜びでした。
そろそろ『テンソウハコ』の試作品も出来そうだし、来年からは更に忙しくなりそうですね。その前に…冬かぁ。椅子の背もたれに体を預けぐーーっと伸びをします。
秋祭りが終わるともう冬ですよね…ああ、お鍋が美味しい季節になりました。お鍋無いけど、ああ~お出汁の効いた湯豆腐食べたいよ~豚汁も食べたいよ~
食べ物ばかり思い出してしまいます。かす汁も食べたい…くすん。
炬燵が恋しいよぉ。今年はミカンによく似た…ビューリもあるしそれを楽しむかなぁ…
☆おまけ☆
秋祭り王子美男決定戦二日前…
「おい…なんだか肌が綺麗だな」
ダヴルッティ隊長に言われてヴェルヘイムは振り向いた。肌…ああ…そう言えば…
「あ…カデちゃんが…パックとかいう化粧品…を俺の…肌に塗りまくっていたから…」
「しまったぁ!ヴェルには美容の専門家がついていたんだったぁ!」
ダヴルッティ隊長は頭を抱えている。ヴェルヘイムは自身の顎を摩りながら不思議に思っていた。
最初の目的は、姑息な手を使っている男を懲らしめるだけだったはずなのに何故、いつの間にか近衛の仲間内で勝敗を決する戦いになっているのだろう…と。
「おいっこうしちゃいられねぇぜ!俺らも化粧品買いに行くか?」
「おうよ!」
ジーニアスとレンブロまでおかしなことになっている。カデちゃんもおかしいし…
「あ…もしかして…賞金…とか出てたっけ?」
ヴェルヘイムは秋祭り美男決定戦の概要が載った冊子を貰いに冒険者ギルドまで出かけて行ったのだった。