いよいよ母国へ
とうとう…この日がやって来ました。
皆様こんにちは、緊張で喉がカラカラなシュテイントハラルの元王女殿下のカデリーナ=ロクナ=シュテイントハラルと申します。御年19才にもうすぐなります。
私の隣に立って真っ青になっている…後1刻もすると旦那様になる予定の、ヴェルヘイム=デッケルハイン様を見上げます。
「ヴェル君…気分悪い?大丈夫?」
「…平気」
…んなぁ訳あるかい!とツッコミたくなるほどヴェル君の顔色は変色しています。
「ヴェル君、軟弱だねぇ~」
おおっと…そうです。今日はあのポカリ様とオリアナ様ご夫妻と言ってもいいのか?も、参列されます。
今日はいよいよ…シュテイントハラルで私達の婚姻式の当日です。
ていうか…ポカリ様は、20代半ばの若者顔の超絶イケメンだったはずですが…今は中年のイケオジ顔になっているのはどうしたことでしょう?魔術とかそういうのではないようです。顔の周りに幻視魔術の痕跡はありませんし…うぬぬ…
「これは魔術じゃないよ?僕の能力の一つだから~」
左様で御座いますか…魔神にツッコんだら負けですね。存在そのものが冗談みたいな存在ですしね…
「ちょっと!冗談って…今日の僕、カッコいいお父様でしょう?そうだと思わない?ねぇオリアナちゃん?」
「うふふ~いつも素敵だけど今日も素敵よ、アポカリウス」
オリアナお義母様…ポカリ様を甘やかしちゃダメですよ!つけ上がりますよ!ああ…上がらなくても、もう高みの存在でしたね…失礼しました。
ポカリ様とぎゃいぎゃい言い合いをしていると、良い具合に緊張も解れて参りました。さすが魔神…役に立つ。どこかのキラキラ元王子現騎士団隊長よりは役に立つ。
「一緒にされたぁ~僕、あのぐうたらな隊長とは違うよ~ちゃんとヴェル君に似合う正装も選んだよっ!お腹の子の名前も考えてきたよ!」
「まあ!アポカリウスっ素晴らしいわ!」
オリアナお義母様…分かりましたよ。子供は褒めて伸ばす接し方の方なのですね。ヴェル君には良かったけど、ポカリ様には逆効果のような気がします、子供じゃなくて魔神ですが…
因みに今、ポカリ様の周りには私の神力のみを注いで作った、結界もどきを張り巡らせてあります。今はここに居ないフェルトさんの神力の補助もあります。そうしなければ『世界の反発』とやらですぐにペチャンコにされる(ポカリ様談)らしいのです。そういえばポカリ様の従者(仮)の小さい生き物フェルトさんはどこに行かれたのでしょう?
「そろそろお時間ですよ~」
女官長のマルマリーテが私達を呼びに来てくれました。さて…人生の大仕事…行きますか!
ヴェル君はギクシャクした動きで後をついて来ます。しっかり、ヴェル君。
そもそも、こちらの世界の結婚式…婚姻式は異世界日本とは形式が少し違います。私達が婚姻証明書にサインするのを皆で見届けた後に、立食パーティーだけをするのが普通のようです。王族でコレですから一般庶民はもっと簡素らしいです。
良かった…お色直しとか、文金高島田みたいなのとか着せられていたら…考えただけでも眩暈がします。
シュテイントハラルに出発するギリギリまで、ガンドレアのお店に出す商品を作ったりしていたので正直、寝不足でして…花嫁に有るまじきコンディション最悪な状態での婚姻式です。
オリアナお義母様が私のドレスの裾を持って捌いてくれます。
「カデちゃんのドレス、一の季のお花みたいな色で素敵ね~妹姫様が選んで下さったのよね?」
「はい、妹のマディアリーナが選んでくれました。あの子は私と洋服の好みが似ているので助かりました」
そう…始めはモデル体型のフォリアリーナ、リア姉様が選んでくれようとしたのですが…何せモデル体型と、ちみっこい私とじゃ選ぶデザイン然り、見える布面積も合いません。選んでくれるドレスが七五三状態だったのを見かねた母、ルフゥランテ妃殿下が、末姫の妹のマディアリーナをドレスのコーディネーターに指名してくれた、と言う訳です。
マディアリーナは体型は私に似て、こじんまり一族なのですが…意外と運動神経が良く、おまけに治療魔術は勿論のこと、稀にみる攻撃魔法も使える素晴らしい魔術師なのです…がっ、性格が大人しい。本当に大人しい。
大事な事なので二度言いました。おまけに声も小さい。姉の私が言うのも変ですが、おやゆび姫みたいな可愛さでヴィジュアル的にはTHEお姫様なのに…押しが弱い。一生独り者じゃないかと今からとても心配です。
そうだ…ポルンスタお爺様にマディアリーナの未来を見てもらったら…ああ、でももしかして永遠のお一人様だという未来だったら、それこそ余計な事をして!と、周りから怒られそうです。マディアリーナは怒りませんよ、そういう優しい子なのです。
「さあ、姫様…ご準備宜しいですわね?」
女官長に聞かれて意識が戻ってきました。いけない…婚姻式の最中でした。隣に立つヴェル君を見上げます。はぁ…かっこいいなぁ~。この人が私の旦那様になるのか…ヴェル君はまだ若干顔色は悪いですが優しい眼差しで私を見下しています。
「いこっか…カデちゃん」
「はいっ!」
私達は手を繋いで、開けられた扉に向かって二人で一緒に歩き出しました。
婚姻式会場の中には懐かしい顔ぶれがいます。お母様、二人の兄…それに下の弟とマディアリーナの姿もあります。弟とマディは年は4才離れているけど二人の身長はもう同じです。マディあなた、こじんまりし過ぎよっ!人のことは言えませんが…
ヴェル君と二人、祭壇のような所で国王陛下…お父様の前に立ちます。
通常、婚姻は立会人がいれば成り立ちます。異世界で言う所の神前式とか…そういうのはございません。今回は元王族、ということで式…という形を取ってはいますが、普通は立会人と数名の知人が見守る中、署名して終わり…だそうです。
「カデリーナ、ヴェルヘイム、ここに署名を」
お父様はすでに涙ぐまれています。小さい頃から人と違う変わり者で、ご心配をおかけしましたね。でもね私、幸せですよ?お父様。
ヴェル君と交互に婚姻書に署名をしていきます。ヴェル君も手が震えてますが、私も緊張して手が震えます。プルプル震える手で名前を書き上げるとドッと疲れてしまいました。
「おめでとう、今日から君達は夫婦だ。そしてヴェルヘイムはシュテイントハラルの王族の連なるものになった…その名に恥じぬよう精進してまいれ」
「御意」
ヴェル君は静かに膝をつきました。私もその横に倣います。
「カデリーナ、随分と苦労を掛けたが…今日からお前はヴェルヘイムの妻になった。一番に考えることはもう私達や国の事ではない。ヴェルヘイムの幸せを一番に考えてあげなさい。二人で末永く幸せに…早く孫も連れて遊びに帰ってくるように」
ブワッと涙が浮かんできます。過去の色々な事やこの世界であった事が思い出されて大号泣です。ヴェル君に支えられるようにして立ち上がると、婚姻書をお父様から受け取ったヴェル君が私に渡してくれます。
「これは記念にするんだろう?カステカートでもう一枚書くんだったね、はい」
うぅ…不細工な泣き顔ですみません。流石、ヴェル君~よくおぼえていらっしゃる!
そして、祭壇から離れると参列者の皆様に囲まれました。まずはお兄様達に抱き締められました。マディも大号泣しています。
「お…おねぇさま…ぉきれぃです…」
うわっ…声ちっさ~泣いてても小声ってある意味すごいね。
ヴェル君は妙齢のマダム達(伯母&叔母など)に囲まれて質問責めにあっています。馴れ初めが~とかお仕事は~とかご出身は~とかご家族構成は~とか…世界が変わってもこういう質問事項って変わらないのですね…新たな発見です。
「さあ、皆!立ち話もそれぐらいで、祝いの席に移動しようではないか」
国王陛下の絶妙な声掛けに上手く助けられたようなヴェル君は、ヨロヨロしながら私の所に来ました。
「魔獣の相手の方が楽だ…」
「まぁまぁ~ヴェル君の好きなお菓子沢山ありますから、心行くまで召し上がって下さいね」
…と私が言っちゃったもんだから、本当に、本当にぃヴェル君は遠慮することなくパーティーのお菓子をほぼ一人で食べ尽していました。
「まああ…それでそれで~」
「いいですわぁ!」
…立食パーティーの一角、本日の主役の私達より盛り上がる女子の一団がおります。奇しくも先程気絶してしまった…いやさせられてしまったはずなのに、まだ懲りてません、へこたれてません。因みに女子の中心にはナッシュルアン皇子殿下、ヴェル君、ダヴルッティ様がおります。
「カデリーナ、ドレス可愛いわね~私じゃ思いつかない色だわ、似合っている!流石ね!マディアリーナ」
女子集団を冷めた目で見詰める私の所にリア姉様と妹がやって来ました。
本日はリア姉様は濃い緑色の大人っぽいドレスでございます。隣のおやゆび姫、我が妹マディアリーナを従える女王様のようです。
「姉様は明後日のお式はどのようなドレスなの?」
「赤、ルーブが選んでくれたの」
さ、左様ですか…見た目は女王様ですが中身はおっさんなので、ドレスを着ているのを見るのも久しぶりなのですが、私のドレス選びは熱心でしたが、自分の事はどうでもいいや…という性格なのです。
「なんだかね、ガンドレアで着るドレス随分真剣に選んで注文していたわよ?着れたら何でもいいのにね~」
いやいや姉様…一応ご招待頂いてますし、あなた公爵家のご令嬢ですし、おまけに旦那様キラキラだし、ちゃんとしておかなくちゃですよ?きっとダヴルッティ様なら今日のドレスの様に(恐らくこれもダヴルッティ様)カッコいいドレスを選んで下さってますよ~
「ラブランカ王女殿下を怯ませるドレスを選んだ!とか言っていたけど…爆発でもするドレスなのかしら?」
……いやぁ…それはないと思いますけど…多分?若干自信がありません。皆、あのお姫様を害獣扱いだから…もしかするのかも。ドレスの中に攻撃魔法くらいは仕込んでいるのかな…
想像して少し怖くなりました。それにしてもああ、疲れた…畳の上で寝転びたい。
この世界に畳、無いんだった。




