年が明けて…
あけましておめでとうございます!本年も宜しくお願いします!
早朝、日の出を拝みつつ新年のご挨拶を心の中で呟きました。厳密には元旦?とは違いますが…とにかく仕切り直しの年明けです。
「さむ~いけど、ガンドレアに比べればマシですね」
私の屋敷には常に三重魔物理防御が張っておりまして、寒さ暑さ対策も自由自在なのです。自分の魔力が恐ろしい!なんて…ニマニマしながらキッチンに入りました。
今日から家人の人数が増えますしね。実は昨日は夜遅くに帰ってきたので、オリアナお義母様にはまだお話していないのですよ。ルラッテさんは起きてこられたので、夜分ですが軽くは説明しましたが…
「おはようございます、姫様」
「おはようございます、ルラッテさん。お早いですね~」
ルラッテさんはニコニコしながらキッチンに入って来られました。
「昨日お会いした坊っちゃん達、皆さん良い子達ばかりでしたね~」
「そうですね~しばらく慣れるまで賑やかで疲れるかもですが、頑張りましょうね!」
私達は頷き合うとその日の段取りを決め、早速朝食の準備を始めました。うおおっ!ロールパンを捏ねるぞー!
気合いでパン生地をコネコネして…ササミサラダを作り…チキンスープを煮込んでいるとフリジリカさんがキッチンの戸口に現れました。
「おはようございます、フリジリカさん。まだお早い時間ですよ?」
フリジリカさんはオズオズとキッチンに入って来られました。どうされたのでしょう?
「おはようございます…あの私もお手伝いを致します…」
「あの、でも…まだフリジリカさんの魔力の廻りが本調子では…」
私がそう言うとフリジリカさんは少し微笑まれました。
「私、客人という立場ではなく…皆様のお役に立ちたいのです。息子達もおりますし、甘える訳にはいきません」
フリジリカさんは顔を上げてしっかりと宣言されました。
聞けば、フリジリカさんご一家は第二魔術師団長をされていたお父様、ジーケンス=リバントレ様が国王陛下のご不興を買われてから貴族社会でネチネチと嫌がらせを受けていたとか…そして都落ちする前はガンドレアの首都、ギーガロッタで侯爵家のご令嬢として使用人を抱え、何不自由なく暮らしていらしたとか。本当にあの厚塗り一族は碌でもないですね!
「分かりました!この女の戦場の貴重な戦力として、採用致しましょう!」
私を見て、フリジリカさんはキョトンとしました。
「戦場…ですか?」
「そうですよっ!このお台所は食事を作る家人にとっては正に戦場です!いかにおいしいお料理を提供出来るかっ!美味しいと褒められるかっ…まさに身を削る思いでここに立ち続けなければなりませんっ!」
「は…はあ…」
私が熱弁を揮っていると、お洗濯を終えたルラッテさんが戻ってきて…何やら小声でフリジリカさんに呟いています、何でしょう?
「姫様はお料理好きが高じて、お料理に関する話題はいつも熱が籠りますが、適当にあしらっておけば宜しいのですよ~」
ちょっ…ちょーーい!ルラッテさん!言うに事欠いてなんたる言い方ですかぁ!?私これでも元王女殿下ですよぉ?おまけに転生のプロですよ!まあこれは直接は関係ありませんが…
「おはよう、なんだか騒がしいけど?」
ヒョイ…とヴェル君がキッチンに顔を覗かせました。お正月早々朝の鍛錬でしょうか?精が出ますね。
「ヴェルぼっちゃま、おはようございます」
「おはようございます」
ルラッテさんとフリジリカさんに朝から眼福の微笑みを向けたヴェル君は、キッチンに入ってくるとビューリ果実水をレイゾウハコから取り出しました。
「ヴェル君おはよっ~今日は出勤ですか?」
果実水を飲みながらヴェル君はコクコクと頷いてから「…ああ、そういえば…」とおっしゃいました。
「カデちゃんは今日、どうするの?」
「私ですか?今日はガンドレアの方々の治療に行く予定です」
「ちょっと、待て。まさか…カデちゃんだけで行くつもりなのか?」
ヴェル君の言い方に眉が上がります。あら~私は子供扱いですか?
「私は一応、成人した大人ですが…」
「ガンドレアはまだまだ魔獣も多い…おまけにガンドレア軍に見つかったらどうするんだ」
「それはっ転移が使えますし、魔物理防御を張れますから!それに透過魔法で動きますし…」
そう言い募るとヴェル君はものすごく渋ーい表情をしました。な、何か文句ありましてっ?
「午後から有給申請してみるから…カデちゃんは俺が帰るまで家で待機…」
「ええっ!?そんなぁ…」
ヴェル君は怖い顔で私を見てきます。普段、オタオタして押しに弱いくせにこんな時には絶対に折れてくれないのですよね。しばらくヴェル君と睨み合いましたが、諦めて渋々頷きました。ヴェル君は満足気に頷かれました。
そして、料理が出来上がりましたので、フリジリカさんはお子様達を起こしに、ルラッテさんはオリアナお義母様を起こしにキッチンを出て行きました。
オリアナお義母様…メルリンちゃんやフリジリカさんご家族をご覧になってどういう反応をされるでしょう?お義母様はとても明るくておおらかな方なので、大丈夫だとは思いますが少し、心配です。
すると、ダイニングに子供達とオリアナお義母様の笑い声が聞こえて来ました。ああ、良かった!
皆様は笑顔で食堂に入って来ました。そしてオリアナお義母様は少し足早に私の前に来ました。そして私の手を取りました。
「おはよう~カデちゃん、お疲れ様でしたね。そして本当にありがとう。たくさんの方がカデちゃん達のお蔭で助かったと思うわ。こんな小さい子達まで…よく連れて来てくれたわ。本当にありがとう…」
オリアナお義母様は涙ぐまれています。ああ、そうですよね、お義母様だってガンドレア市民ですもの…きっと魔獣の被害も直接ご覧になられたこともあったと思います。
「メルリンちゃんの事、私もお手伝いするから…お願いします」
ああっやっぱりオリアナお義母様はお優しいっ!おまけに美しいっ!
思わずオリアナお義母様に抱き付いてしまいます。抱き付いた時にお腹の赤ちゃんからフワリと魔力が放たれ、優しい魔力が私の体を覆います。おお!お腹の赤ちゃんも優しい子ですね。とても綺麗な魔力波形が分かります。
「じゃあ、カデちゃん特製の朝食を皆さんで召し上がりましょうか~」
オリアナお義母様の掛け声で、子供達はきゃいきゃい言いながら移動します。ちょっとした保育園状態ですね。
さてさて…
デザートのビューリタルトをしっかり召し上がってからヴェル君はお仕事に出られました。
私はフリジリカさんの魔力廻りを診てから、オリアナお義母様のお腹の赤ちゃんの診察をしました。メルリンちゃんがその間ずっと私の側で診察の様子を見ています。そう言えば、メルリンちゃんの実の父親…今は皆様に害悪を振りまいております…ロブロバリント様は確か、治療術士でしたよね?
「メルリンちゃんは治療魔法に興味がありますか?」
メルリンちゃんはコクンと頷きました。
「おかーさんがメルリンは見える目があるから、そういうお仕事につけるといいね…て言ってた…」
そっか…じゃあ少し質問をしてみましょうかね~
「ではメルリンちゃん!オリアナ様を診て頂けますか?」
オリアナお義母様は私の言葉に嬉しそうに微笑んで、メルリンちゃんの頭を撫でながら
「診察してくれる?」
とおっしゃいました。メルリンちゃんはニッコリ微笑むと、ジッと目を凝らして診始めました。
「お腹の周りに…魔力が集まって…アレ?えっと…二つある?」
メルリンちゃんはオリアナお義母様と私を交互に見ました。うふふ…
「メルリンちゃん…実はオリアナ様はご懐妊、お腹に赤ちゃんがいるのですよ。つまり今、メルリンちゃんはオリアナ様の体から出ている魔力と赤ちゃんの魔力を両方診ていると言う訳ですね」
メルリンちゃんがパァッと笑顔になりました。
「赤ちゃんが生まれるの?」
オリアナお義母様はニコニコしながら
「そうなの~まだ少し先だけど、それまで診察宜しくね、小さな術士様!」
と、おっしゃいました。メルリンちゃんは益々嬉しそうに笑っています。オリアナお義母様は小さな子の扱いがお上手ですね~もしかして子供のヴェル君にもこんな風に接していたのでしょうか?微笑ましいやり取りに、思わず笑顔になりますね。
私はお昼の準備に…とキッチンに入りました。コンコルドのお肉でチキンカツサンドもどきを作りましょうか。そしてチキンカツを揚げていると…
まだお昼前ですが、ヴェル君の気配を玄関先に感じました。あれ?もう戻って来たのでしょうか?ヴェル君は帰宅の挨拶もそこそこにキッチンに居る私の所へやって来ました。
「カデちゃん、午後からガンドレアに行く許可が出た…ただ…」
「ただ?」
なんでしょう?妙に溜めますね…思わずヴェル君の魔力波形を確認してしまいます。ちょっと緊張しているのでしょうか?嫌な予感がして参りました。
「フィリペ殿下が一緒に行きたいとおっしゃられた…」
「な…なんで!?」
「ガンドレアの現状が知りたいとか…色々おっしゃっていたが…多分暴れたいのだろう…」
なんですって?今、あまり耳馴染の無い単語が聞こえましたが?
もう一度聞き返そうとした私の言葉を遮るように、ヴェル君は小さく溜め息をつきました。
「あ…うん、まあ…本人に直接話を聞いてくれ…」
何だか奥歯に物が挟まったような言い方ですが…まあいいでしょう。
取り敢えず、コンコルドカツサンドを昼食に皆様にお出しして…午後のおやつ用にパンケーキを焼いてから、いつものヨジゲンポッケを肩にたすき掛けにして家を出ました。フィリペ殿下と冒険者ギルドの前で待ち合わせだそうです。
それにしても昨日に引き続き、皇子殿下や元王子、兄達も一応殿下かな…を引き連れて、今日はうちの現役?王子殿下まで連れて行くなんて…なんとも派手な隠密活動ですね。魔力波形的には全然忍んでませんけどね。特にナッシュルアン皇子殿下とかうちのヴェル君とか…顔も派手だけど魔力も派手ですね、いよっ!イケメン!
心の中でイケメン達に賛辞を送りつつ…
ヴェル君と今日のメルリンちゃんとの微笑ましいやり取り等の話しをしながら、冒険者ギルド前に来たのですが建物の前が何だか眩しいです、何でしょうアレ?
「まぶしぃ…」
思わず呟いてしまいます。よく見ると眩しさの元凶は3人いるようです。目を凝らした先には…
「サバテューニ様!ラヴァ様!」
そうです、フィリペラント第二王子殿下とご一緒に、秋祭り美男子コンテスト第三位のサバテューニ様と同じく第四位のラヴァ様がいらっしゃるではないですか~道理で眩しいと思った…
「いや~姫、ごめんなさい!急について行きたいと思ってね」
キラキラ白い歯、眩しい後光を放ちながら笑顔でフィリペラント殿下にこう言われたら、断れる女子はいませんねっ。ええ、断言してもいいですよ…断れませんねっ!
「はいっ、勿論ご一緒出来て光栄ですわっ!」
私が1オクターブ高い声で了承すると、ヴェル君がジトッとした目で見てきました。イケメンは正義です!アイドルは皆の宝です!
「あ、でも…お聞き及びの事とは存じますが、ガンドレアは危険な場所でございますよ?」
そう…このアイドル殿下は魔術師団長とは言え、この細身で上品な感じからきっと恐らく、私と同じカテゴリーの人間…つまりっズバッとはっきり言うと、運動音痴な同民族…鈍い属系、鈍足生物と見ましたよ!
フィリペ殿下は綺麗なご尊顔を曇らせて、深く溜め息をつかれました。
「本当に…ガンドレア市民にはお気の毒で怖い思いをされていると、心が痛みますね。今後は定期巡回で魔獣討伐を行いますので、皆様の愁いを取り除けるかと思われます」
「まあ、そうですか…ですが、今日はまだ魔獣が多数出没しておりますのよ?殿下に至っては危のうござ…」
「さあ、今日は取り敢えずさっくりと…殲滅してきましょうかね!」
え?今、私の言葉を遮るようにアイドルのご尊顔に似つかわしくない、怖い単語が聞こえましたが、空耳でしょうか?
私の戸惑いをよそに、一同はヴェル君の転移で一気にガンドレアの伯爵家の裏庭に移動しました。相変わらずすごい魔力ですね、ヴェル君。
「う、噂には聞いてましたが一度で他国まで転移出来るのですね…凄い…」
フィリペ殿下はキラキラした笑顔でヴェル君を見上げています。ヴェル君も眩しそうにしてますね、分かります。
私達はまた恐縮しまくりの伯父様と伯母様(お名前はバーブラ様とおっしゃいます)に迎えられて、屋敷内に入りました。昨日に引き続き眩しい生き物の襲来に、屋敷内の女性達が一斉にざわつきます。
「カデリーナ、昨日はお疲れ~」
ユタカンテ製の『パーテ』パーテーションで間仕切られた一角から、従兄弟のクリシアネがこちらを覗き込んで手を振っています。
「クリシアネもお疲れ様です、昨日から泊まり込みされたのですか?」
「一応、ガンドレアに臨時の診療所を設置したいと申し出た身としては…最後まで面倒見たいしね~」
クリシアネは私より三歳上ですが非常にしっかりとした、次期治療術医院長です。おまけに優しいのです。仕事が忙しすぎて彼女が出来ないのが目下の悩みだとか…お気の毒…
「そうそう、昨日相談したいって言ってただろ?カデリーナ帰っちゃうんだもんな~言いそびれた」
あれ?ガンドレアに治療術医院を開院したいという話だけじゃないのですか?また別口ですか?
「ここの治療術医院の話…ではないのですか?」
「違う…けど関係あることかな?カデリーナの独自魔術式の『再生』別に秘匿の魔術でもないんでしょ?目視じゃ複雑過ぎて、僕達じゃ解読不可能だけど…カデリーナが術式を描き写してみてよ、今は出来なくても、いつかは解読出来て汎用出来るようになるだろうし」
「お教えしたいのはやまやまなのですが…無理です」
クリシアネは怪訝な顔をしました。ええ、魔法を扱う術士が自分の術式を描き起こせないなんて前代未聞ですが…
「上手く説明できませんが、その…こうなったらいいな~とか、こうしたら出来そうだ…とか、感覚で術式を編み出しているので、自分じゃ描けません…」
これも異世界からの転生の弊害というものでしょうか。魔法という存在そのものを形とか色とかで認識出来ないので、感覚で動かしてしまうので、自分じゃ理論や術式がよく分かっていません。勿論、簡単な魔法陣なら本を見ながらなら描けるのですが…
「驚いた…カデリーナって本当に天才だったんだ…凄いね」
クリシアネは羨望の眼差しを向けてくれます。
「でも、編み出せても自分しか使えないなら意味がありません。治療術士としては広く皆様に使って頂きたいので…」
私がしょんぼりしながらそう言うと、クリシアネは優しく私の頭を撫でながら、う~んと首を捻りました。
「しかし、勿体ないよね~あの『再生』の術式が読み解ければ医術の革新的な進歩になるのだけど…」
「読めるぞ…」
私とクリシアネは顔を見合わせた後ゆっくりと声の主、隣にいたヴェル君に二人で目を向けました。
「見て、描き写すだけならいつでも出来る…」
思わず、クリシアネと二人でヴェル君に飛び付きました。
「ヴェ…ヴェル君!?いつの間に描けるようになったのですかっ!?」
「本当ですか!?あのあの…『再生』でも内臓損傷系と外傷系の術式は少し違うとは思うのですが、その違いも分かりますかっ!?」
ヴェル君は若干のけ反りながら
「もう一度見せてくれるなら多分、細かな所も分かると思う」
と、びっくりな発言をされました。ど、どうして分かるのですか!
「だって…昨日ガンドレアに来た時に…うちの部下の内臓再生治療してたじゃないか。それにデリトの欠損部分の再生もしていただろ?見てたし…」
いやっ見てたし…じゃありませんよ!普通の術士は見ただけじゃ難解過ぎて解けないって皆…それこそ子供の時から術式を見てくれていたシュテイントハラルの術士先生達にも、難解過ぎて無理です…と匙を投げられてきたのにぃ~
「だって、俺…術式作るの得意だし、カデちゃんの障壁解けるしな…」
「ええっ!?カデリーナの障壁が解読出来るのですかっ!?そんな術士…レミィ王太子殿下以外この世に存在しないと思ってました!やったーーやりましたよっ!これでカデリーナの難攻不落の超難解術式が手に入りますよー!」
クリシアネは嬉しすぎたのか、ヴェル君に抱き付いています。アラ?この場面、前にも見ましたね。前は絵的にカークテリア君では、やや物足りませんでしたが…今回は美形のクリシアネですよ。パーテの向こうからチラチラこちらを見ていた女性陣から、黄色い悲鳴が上がります。美しいですね…心のスクショを連写してしまうのはお許しください。
さてさて、魔術式は後日描けたらクリシアネに渡すことにして、治療に専念しましょうかね。あれ?そう言えばうちのアイドル達はどこに行ったのでしょう?
ヴェル君に聞くと遠い目をしてこう言いました。
「カデちゃんは…フィリペ殿下を恭しく扱っているから言いにくいのだが…フィリペ殿下の専門は攻撃魔術だ」
え?あんなアイドル顔で攻撃系ですか…てっきり治療魔術師様だと思っていました。
「おまけにえげつない攻撃…腐食と時間魔法を組み合わせた即死系壊死魔法も大得意だ」
何それ…怖い。それ発禁魔法じゃないのですか?王子様が使っていいのですかそれ?
「実は魔法より剣技の方が凄まじいらしいのだが…剣は国王陛下から使用を禁止されている」
聞くのが怖くなって来きました…しかしここまできて聞かない訳には…
「剣を持たせると敵を殲滅するまで暴れるので…取り上げられた…らしい」
心底…ぞーっとしました。嘘でしょ?あんなにアイドルな王子様なのに…
「ぶっちゃけ…レンブロ達はフィリペ殿下の護衛じゃないよ…お目付け役だよ。万が一タガが外れて暴れまくった時に止める役。まあ見てて…一日魔獣を狩りまくってご機嫌で帰って来るから…」
アイドルの、正体見たり…狂戦士。
憧れは憧れのままでいて欲しかった。ショックすぎました…




