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フルーツ電池 起動せよ! 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 む、このやけにスローモーなオルゴールの演奏は……お、レモン電池じゃないか。

 いや〜、懐かしいね。先生も10数年くらい前の学生時代に、理科の実験で作ったことがあるよ、レモン電池。電卓のボタン電池を外してつないでみると、出力の違いがよくわかるよ。

 1個だと、数字がほとんど見えない。2個にすると、ちょうどいいあんばいになる。その機器の命の濃さって奴が目に見えて、なかなか興味深かったねえ。

 普通は見えないけれども、確かにそこに存在するもの。いつの世も、心を惹かれる要素のひとつだ。かくいう先生も体験したことがある。

 ちょっと思い出話を聞いてもらえるだろうか?


 レモン電池との出会いは、小学生の理科の実験だった。

 理科室で班ごとに、テスター、銅板、亜鉛版、リード線、そして半分に切ったレモンが配られて、電位差を測定するというものだった。めいめい準備を始めたんだが、廊下側の最後尾の班で「静電気だ!」と騒ぐ子が出たっけね。

 先生はレモンに銅板と亜鉛版を取り付ける係だったんだが、他の班はだいたい1Vほどの電位差が計測されるのに、先生の班はこそりともテスターの針が動かなかった。

 壊れているんじゃないか、と当時の理科教師に声を掛けたら、少し銅板と亜鉛版の間を離して、改めて計測するように指示してくれる。

 言う通りにすると、果たして他の班と同じような結果がもたらされた。


「ありがとう、これはよくある事例なんだ。実践してもらえて助かったよ。みんなも気をつけようね」


 理科教師は、先生のミスをフォローしてくれたけれど、先生は恥ずかしさでいっぱい。

 ミスをしたことで、さらしものにされた。悔しくて、耐えがたい。

 だから「この場にいる誰もが、及びもつかない成果をあげてやる」と誓ったんだ。

 意地を張る先生は、学校の帰り道。近くの大型百貨店で、レモン電池用の実験キットを買う。

 銅板と亜鉛板のセットに、お金がかかっているんだろうね。当時の小遣いをつぎ込んでも、10個程度のセットを買うのがやっとだった。

 余ったお金でレモンを用意したかったが、売っておらず。代用として、みかんを5個手に入れる。

 ――これをつなぎまくった、特大のみかん電池で、うさを晴らしてやるんだ。

 

 翌日の放課後。先生はカバンを持ったまま、理科室に直行する。

 いざという時に、少しでも言い訳がききそうな場所で、実験をしたかったんだ。

 部屋の鍵が開いている。今日ばかりは、雑な戸締りに感謝した。

 先生は廊下側の最後尾の机を確保。カバンの中から新聞紙と小さめのまな板。実験用具一式とみかん5個と、軍手を取り出す。

 計画はシンプルだ。この場で切りたてほやほやの、みかん二分の一カットを10個作成する。それぞれのカットミカンに、電極代わりの銅板と亜鉛版を差し込み、リード線を直列につないで、ひとつなぎの電池にするんだ。

 

 そして一通りの準備を整えた先生。個人的には大出力のフルーツ電池を作ったつもり。

 獲物が要る。この出力にふさわしい獲物が。

 先生が目当てにしていたのは、ソーラーカーを作った時に使った、太陽電池用のモーター。授業の時に、素の状態のレモンでは、とうてい回すことはできない、と解説をもらった代物。

 こいつを回すことで、俺のすごさを証明してやる。思い込んだら、イノシシのごとき思考と行動の先生。

 自前のものではだめ。あくまでこの理科室の奴を回してこそ、意義がある。そう信じて止まない先生だったが、ここで問題発生。

 もろもろのセットが眠っているであろう、隣の理科準備室。しっかり鍵がかかっていて、中に入ることができなかったんだ。

「こっちの部屋も、戸締りをさぼっとけよ〜」と、めちゃくちゃな愚痴をもらしつつ、先生は黒板前の教卓を漁る。入れ忘れた電池があることを願って。

 ガチャガチャと音を立てて、ビーカーやフラスコがしまってある引き出しを探る先生。その耳に、「バチリ」と花火が炸裂したような音が届いた。

 音源は例のフルーツ電池の方から。引き出しをしまい、立ち上がってそちらを見やる先生。


 例のキットの近くに、髪をスポーツ刈りにした男の子が立っている。先ほどまでは、先生一人しかいなかった、この理科室内。人が入ってきた気配はなかった。

 その子は半袖の体操着に紺のハーフパンツといった、体育をする時のいでたち。胸の名前を書くスペースには、何も書いておらず、両手は先生が作ったフルーツ電池のリード線の端を握っている。

 しばらくうつむいて、フルーツ電池を見つめていた彼だが、やがて「すうっ」と、音が出そうな滑らかな動きで顔をあげ、先生へと向いた。


「勝手に触んなよ」


 とっさに出た言葉がそれだ。気味の悪さよりも、力作を汚された怒りの方が勝った。

 ずんずんと、彼との距離を縮めていく先生。それに対し、体操着の彼は首を傾げる。


「――見える? 聞こえる?」

「見えるし、聞こえるから。とっとと手を離してくんない?」


 先生は乱暴にリード線をひったくったが、思わず目が点になる。

 確かに見えていたはずの、彼の姿が消えた。煙どころじゃない、瞬きする間で、ウソのように消えた。

 あたりを見回す先生に、彼の声だけが響く。


「聞こえる? 聞こえる? 握らせて、握らせて」


 先生が彼を視認していないことがバレたらしい。仕方なく電極を先ほどまで彼がいた場所に差し出してやると、消えた時と同じように、ぱっと姿が浮かび上がる。

「ふう」とため息を漏らす彼は、あっけに取られている先生を見つめながら、言う。


「――ん。やっぱり握っていると見えるようだね」


「お前、誰? もしかしてお化け?」


 そうだとしたら、常日頃、不思議なことに出会いたいと思った先生にとって、渡りに舟な出来事だ。

 幽霊を見えるようにした男。言いふらしても信じてもらえないだろうが、自分だけが知る勲章としては、先の恥さらしを帳消しにしても、お釣りがくるくらい。

 だが、それに答える彼は、残念ながら幽霊じゃなかった。


 彼は自分のことを「旅行者」と語った。

 詳しいことは話せない。話すと彼はおろか、先生にも迷惑がかかるから、とのこと。いでたちに関しては、旅行の際の最低限の服装だと話してくれた。

 旅行中にトラブルがあり、転げ込んだのがこの理科室だったという彼。先生たちに分かる概念でいえばエネルギー切れであり、部屋の様子や、やって来る人の姿や会話は拾えるものの、こちらからはほとんど動けず、触れず、姿も見せられず、声を届けることもできず、という八方ふさがりだったらしい。

 そして今日。たまたま一人でやってきた先生に目をつけて、コミュニケーションを取ろうとしたところ、なかなか気づいてもらえず、破れかぶれでこの電極の先を触って今に至ると。


「君たちの実験も見た。その時にもこっそり触らせてもらったが、ここまでの成果は出なかった。いやはや、助かったよ」


「正直、フルーツ電池よりも、出力があるものはたくさんありそうだけど?」


「う〜ん、どうも君たちのいう、単純な『電力』とやらじゃだめらしい。このみかん……だっけ? これに含まれている成分と合わさって、必要なエネルギーに……」


「頭がぐるぐるするから、複雑な話、やめてくんない? 要は同じように、みかん電池を作って用意すればいいんだろ? この旅行先から帰るためのエネルギー補充とやらで」


「お願いしたい。今ので君に声を届ける分と、おぶさる形での移動だったら、可能なだけのエネルギーは溜まった。エネルギーをおさえれば見えないようだから、君におぶさってもいいだろうか。重さは大丈夫。反重力機能も少し……」


「『見えない、重くないから安心しろ』ってわけだろ? もっと簡単に話してくれていいんだぜ、旅行者。俺は君らの技術に興味ないんだから」


「残念だなあ……」とつぶやく彼の手が電極から離れると、また姿が消える。

 片づけを始めた先生だったが、先ほどまでみずみずしかったみかんの果肉は、すっかり黒く縮んでしまっていた。


 それから彼は、先生の家にしばらく居候した。姿を見せないから、誰も怪しまない。

 礼代わりか、こっそりテストの答えを耳元でささやいてくれたりする。どれもこれも正解で、急激に点数が伸びた先生は、うらやましがられながらも、ちょっと怪しまれちゃったねえ。

 そしてほぼ毎日、自分の部屋でみかん電池をつないでは、彼に握らせた。

 回数を追うごとに、彼の姿は鮮明になっていく。代わりにみかんは腐敗してしまうが、彼としてはこのエネルギー効率の良さに驚いているらしい。

 自分のいたところでも、これほどのものはない、と嬉々とした表情で語る彼。

 対する先生は相づちを打ちながらも、「ずいぶんと安上がりな世界があったものだ」と、別の意味で笑っちゃったよ。

 

 だが、しばらく経つと先生の周りで、異変が目立ち出す。

 静電気だ。どうも先生の近くにいる彼の影響か、ドアノブを始め、いろいろなものに触る時に、「バチッ」とくるあの鋭い痛みが、走りやすくなった感があった。

 それだけならまだ良かったんだけど、決定的なのがテレビゲームをしている時に、ちょっとトイレに席を立って、戻ってきた時にコントローラーを握って「バチッ」。画面が真っ暗になった。

 本体にも影響があったのか、電源を入れなおしても、動かない。この時、彼はやろうと思えば、電極なしでも姿を見せることができるようになっていた。

 先生はこのゲームが自分にとって、どれだけ大事だったか力説。彼自身も、これまでの静電気で僕が痛がる姿を申し訳なく思っていたらしい。

 この静電気は、自分が生きていく上で、どうしても防げないものとのこと。十分な補充ができたこともあり、その夜に袂を分かつ運びになった。

 彼は先生の部屋の窓から、ふわっと浮き上がり、夜空へ溶けるように見えなくなってしまったんだ。

 

 それから彼の姿は見ていないが、先生自身や、他の人が静電気を感じた時、もしかしたら「旅行者」が近くにいるかもな、と思うようになっている。



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