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斑-マダラ-  作者: 伶
1/2

1 美しく回る青春

すーっ、と聞こえる。

自分の吐息が脳裏に反響しているのか、身体に生気が染み渡る。

多分また、朝が来たんだろう。

—————————————

「えー、先日のコンテストの件ですが、本校から澤山さんの作品が大賞にノミネートされました。みなさん澤山さんに拍手。」

何かを飲み込んだ蛙のように膨れた顔。潰れた丸い瞳。まるで漫画のキャラクターのような見た目だ。

先生の口からゆっくりと出た言葉は部員の皆を動かす。

「やったじゃん!ゆいちょんおめでと!」

可愛らしい笑顔は私の心をくすぐる。なんて奴だ、小悪魔め。愛李はいつも私の側で、私と作品を作ってくれる大切な友達。本当は、水選とデ選だから同じところにはいられないはずなんだけど。(水選:水彩画選択 デ選:デッサン選択)

「また、詳しい話が来たらすぐに報告します。以上。」

「気をつけ、礼」

ミーティングをそそくさと終わらせようとするのは先生の悪い癖だ。多分、自分の時間が好きなんだろう。

「さ、かーえろー」

「ちょ、ちょっと!」

またいつものように襟を掴まれる。手で良いと思うけど、それが愛李らしいから私は何も言わない。いや、一回だけ言ったことはある。

「おそーい。」

ボソッと呟く声が耳に刺さる。この声は明音だ。私達は急いで靴に履き替えた。

「もー、ごめんって!」

「何してたのー」

「ミーティングが長引いちゃってさ!」

慌てる愛李。それを眺める私。また、変わらない時間が流れる。

「あ!そうだ!ゆいちょん賞取ったんだよ!」

「ほー、そうなの、おめでとうじゃん。」

「あ、ありがとう。」

普段の他愛もない会話は私の賞の話から始まった。

「んじゃ、またね!」

「ほーい、まったのー」

「またね。」

愛李は駅のホームの向かいへ渡ると大きく手を振って電車に乗った。過ぎていく電車を目で追う。電車は少しずつ向こうへ、向こうへと引き込まれていった。

明音は写真共有のSNSへついたコメントへ器用に返信する。明音の撮る写真はSNSで多くの支持を集めているからだ。すらっと伸びる脚に大きく開いた瞳。幼げの残る顔つき。どこをとっても普通以上であることは言うまでもない。私は車両に足をかけると、すっと車窓へ引き込まれていくのだった。

明音と別れ、家へ着く。イヤホンを耳へ、足は自室へと流れるように進んで、強い眠気が私を襲う。

「お疲れ地球、お疲れ私。」

そう呟くと、私は身体の力を抜いた。

その時、メッセージが送られてきた。

「ん、?」

ぼんやりとした光にゆっくり目を馴染ませる。

『1件のグループ通知』

『下田愛李:明日空いてる?』

あ、明日は土曜か。すぐに私は返信した。

ほぼ同時に明音からも返信されていた。

『設楽明音:空いてるー』

『下田愛李:ほんと!どっか出かけない??』

三人で外出か。学校帰りにどっちか二人と寄り道したりはするけど、三人揃っては久しぶりだ。

『設楽明音:んじゃ、いつもの駅集合でいっか。』

『下田愛李:らじゃー!』

約束を決めると、やっぱり、私は眠れなかった。

明日が

楽しみだ。


強く照りつける日差しが眼を痛めつける。

今日は大切な日だ。のんびり行こう。

普段、走っていた最寄りまで走る道を歩く。こんなところに花が咲いてる。こんなお店あったんだ。日々気付かなかった発見が心を踊らせる。身の回りに落ちている当たり前は、”新たな作品”のアイデアに繋がる。ただ無駄に眺めているように見えて吸収しているのだ。

朝十時、いつもの駅で、三人。

当たり前と当たり前が作り上げる少し珍しい時間。そういう、少しの甘さが私の人生を輝かせるのだ。

私が欲していたのはこの感覚だったのかもしれない。

「おまたせー!」

愛李がこちらへ走ってくる。小刻みに揺れる髪が可愛らしい。

「ううん、待ってないよ。」

「そーそー、さっき着いたもん。」

「じゃあ、行こっか!」

私たちは電車に乗り、揺られ揺られて幸せを感じに行った。

ずっと、ずっと続けばいいのにな。

そう、感じさせる1日だった。

無計画な一日だったけど、楽しかった。水族館へ行ったり、原宿へ行ったり。存分にJKした気分だ。

「じゃあ、また月曜!」

「ん!またの!」

「お疲れさま。」

私たちは別れ、各々家へ向かう。

「遅くなっちゃったなー。」

時刻は十時を指している。

「よし、もうそろそろ寝よう。ありがとう、おやすみ。」

私は、ゆっくりと瞼を落とす。

また、朝が来ることを信じて。

——————————————

奴が来た。朝だ。

おはよう、と心で唱える。

また、いつもの日が始まるんだ。

いつもの日が。


「おっはよーう!」

「朝から元気いいね…。」

「当たり前!」

愛李はいつもの元気な笑顔で私を貫く。

「おはよーう。」

「おはよう。」

明音はまるで対比させる為というほど大人しい。世の中にはこんなに正反対の人間がいるのかと疑う程だ。こんな、どうでもいいようなところに幸せを感じる。

クラスへ向かう道中、飛び交う会話のボールが私を打ち付けていく。

一人、ぽつんと歩く私は逃げるかのようにイヤホンを付けて小走りになった。

ただ、授業が始まれば私の空間を邪魔するものはなかった。会話に入ることもないし、勉強に集中出来ないわけでもない。ただ、私はこの時間が退屈である事は変わらなかった。


「…。それでは日直、号令。」

「起立、気を付け、礼。」

「さよーならーー」

また、今日も学校が終わる。私は自分を唯一作らなくて良い部活へと急いだ。

「やっほー!」

愛李だ。私は愛李と明音といる時だけに生き甲斐を感じていた。

「どう?この前の作品!」

「うーん、あんまり自信はないけど…。」

「水彩画って難しいよねー…。」

「そんなことはないよ!簡単簡単!」

「えー…?」

水彩画のコンクールに出品した作品の話で盛り上がる。去年は入選すらしなかったし、今年もあまり期待は出来ないだろうなと思っていた。私が描いたのは愛李と明音、そして私の後ろ姿だ。明音のカメラを使ってうまく撮ってもらったお気に入りの一枚。それを水彩画にしたのだ。夕焼けと私達のコントラストや、ずっしりと構えた防波堤を水彩で表現するのは難しかったが、我なりに気に入った作品に仕上がった。

「賞取れると良いね!」

「ありがとう。期待はしてないけど…。」

そう話すと、私達は次の作品制作に取り掛かった。


「ミーティングを始めます。気を付け、礼。」

「特に話すことはないんですが、今日は一つ、皆さんに大切なお知らせがあります。」

ざわつく部員たち。ずしっと心を構える私。

あの、言葉が出る。

「えー、先日のコンテストの件ですが、本校から澤山さんの作品が大賞にノミネートされました。みなさん澤山さんに拍手。」

盛大な拍手を受ける。私は感謝の意を込めて首を揺らした。

「やったじゃん!ゆいちょんおめでと!」


そう、こうして、私はまた自分の青春を回るのだった。

“新しい作品”になるのが怖くて

また、私は

『朝を望むのだった。』


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