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字遊

作者: 澪標零

 それはあまりにも自然で、抵抗できない事象だった。本来ならばあり得ない現象だし、誰もが想定しないような大事件だ。しかし、私を襲ったこのポルターガイストは、否定しようのない事実であるのだから、致し方なかった。

 時は数分前に遡る。かかってきた電話を受けて、聞いた内容をメモしようと思った瞬間だった。字が書けないのだ。鉛筆の芯は折れていないし、手が動かないのでもない。だが、字は書けない。電話が切れた後も、何度も挑戦しているが、どういう訳か、字だけが書けないのだ。

 直線や曲線は描けるのに、文字が書けない。私を突然襲ったこの悲劇は、いつまでも付きまとった。書けない、書けない、書けない。“一”という漢字も、“あ”という平仮名も、“ン”という片仮名も。何も書けない。手は動くのに、何故か文字だけが。

「どうだ、小娘。字が書けないのは不便だろう」

唐突に自室に響いたのは、低くおぞましい男の声だった。辺りを見回しても、声の正体らしき人物は見つからない。誰、と私が問いかけると、

「人間が神様とか精霊様とか言って崇め奉っているアレだよ」

という言葉と共に、美しい黒髪の、美形な男が目前に現れた。白い肌と黒の服が絶妙なコントラストになっていて、完璧な造形を生み出しているように思われる。

「貴様、文字何て書けなくても生活できる、とか抜かしてやがったな」

冷たい男の声は、数日前の私の発言を指摘するのだった。確かに私は、テレビ番組のクイズショーを見ながら、字は書けなくても生きていける、とは言ったが。

「どうだ、書けなくてもいいのか?このまま一生、字の書けない体にしてやってもいいぞ、小娘」

それは困る。字を書けないこの状況だけは、絶対に打破しなければならない。

「そんなの嫌よ、あなたが字を書けなくしたなら、早く元に戻して」

男はくつくつと音を立てて笑うのだった。そして私の耳元で、もう二度とあんな暴言を吐くなよ、と言い残し、霧のように消えて行った。もう一度鉛筆を取って、文字を書いてみると、いつも通り、私の不格好な癖の強い字が紙の上に並んだ。

 以後、文字が書けない、などと言う奇異現象は起こらない。きっとあれは、神様だか精霊様だかの悪戯心だったのだろう。文字を書くたびに、私があの冷たい男の声を思い出してしまうことを、神様だか精霊様だかは、お見通しなのだろうか。私は手帳の上に、ペンを滑らせた。

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