『鏡』の中のクルペッキン(弐)
-前回のあらすじ-
ゲネに着いた一同は、昼食を済ませ自由行動をとるようにした。悠谷とジェリー・ミサは『クラクセルの塔』へ行った。そこで、36歳独身のクルペッキンという男に出会い、悠谷とジェリー・ミサは襲われているのだ。
「僕の『レガリア』は『鏡』···『鏡の中に入る』んです···こういう風にッ!」
シュビュゥーン。
クルペッキンは消えた。ただ、今回は『見ていた』から分かった。クルペッキンはパッと消えたのではない、クルペッキンの体が『鏡に入っていった』のだ。
「いくら鏡の中に入るといえ···『どの鏡に入ったか』を見せたら意味ないんじゃないか?」
鏡を割ってもいいのか躊躇いながら、悠谷はクルペッキンの入った鏡を手に取り、地面に叩きつけた。
「どうだッ!?」
「ノンノンノン。君が破壊したその鏡の中に僕はいませんよ」
クルペッキンの声が聞こえてきたのは、悠谷の後ろにある『鏡』からだった。
「なっ···見間違いじゃない、こいつ···『移動』している!?」
「――ッ!ユーヤ!刀がきたッ!危ない!」
シュプァッ。
気が付くと悠谷の腕の皮膚が切れていた。血が噴き出しているのをみると、かなり傷は深い。
「ァがぁあア···クゥアッ···そ、こだァ!」
悠谷はついさっき割った鏡の破片を握り、後ろへと投げた。見事に悠谷の投げた鏡の破片は、後ろにある鏡に当たった。
「違うユーヤ!あいつは後ろにいるんじゃない!『ユーヤの下にいる』のよ!」
悠谷が下を見ると、割れた鏡の破片の1つから、刀が出ていた。悠谷の腕を切ったのは下からだったのだ。
「い、いつ···いつ『移動』した···『見えなかった』ぞ···なぜ···?」
止血する道具はない、手で押さえても血は止まらない。
「ジェ、リー···『離れろ』···」
「そんなっ!私が離れたらユーヤはどうするのさ!その傷だとユーヤ···死んじゃうよォ!」
ジェリー・ミサは悠谷から離れるどころか、更に近付いてくる。このままクルペッキンの矛先がジェリー・ミサに移ってしまったら、そう考えると寒気がする。
「ジェリー···――ッ!左ィ!ちがっ、えっ、右にいるぞ!危ないッ!」
こちらへ向かってくるジェリー・ミサのすぐ右にある鏡から、刀を握った男の手が出てきたのだ。ジェリー・ミサが攻撃に気づいたときには、遅かった。既にクルペッキンは刀を振り下ろしている。避けるのは無理だ。
「そこォだぁッ!」
悠谷は近くの鏡を手に取り、男のいる鏡に投げた。
ビャシャァーン。
2枚の鏡の破片をが飛び散った。
「ジェリー!破片、刺さらなかったか!?」
「大丈夫···肩に乗ったくらいだから···でもユーヤのおかげであいつの『弱点』が分かったよ」
悠谷は衝撃で倒れたジェリー・ミサの手を取り、立ち上がらせた。
「あぁ···俺もだ。やつの『弱点』···それは――」
――『入っている鏡を割られてはいけない』。
2人の声が被ってしまった。
「あっ」
「あっ···」
同じことを考えていたのか。それも同じタイミングで言った。なんだか不思議な気分だ。
「そう!そう!それですよ!意気投合っていうんですかねぇ、思っていることが同じ···しかも異性!エクセレントです!えぇ!メルヴェイユ!――死ね」
やはり鏡から鏡へ『移動』したのか。簡単に倒せるやつじゃないのはこれでもかというほど理解した。だが、勝てないことはない。
「『割られたらどうなるか』は分からない···でもやつにとって『避けなければいけないこと』というのは分かる」
3度だ。クルペッキンは3度『鏡を割られる前に』鏡から鏡へ『移動』していた。鏡に入っている状態で、その鏡を割られると何かまずいことでもあるのだ。
「あとは···『移動』を攻略できたらいいんだ···」
『無差別』に鏡から鏡へ『移動』できるのならば、悠谷たちに勝算はないかもしれない。だが鏡から鏡への『移動』に『穴』があれば、基準や法則があれば、悠谷たちに勝算はある。
「『鏡を割ればいい』···なんて考えはやめた方がいいですよ。ここにある『鏡』は全てこの市の物です。いまで鏡を4枚割っています···これは確実に犯罪に繋がってますよ」
「うるせぇ!そんなこと承知の上でやってんだよ!――俺にはまだ、戦い方がバンバンあるんだからなァッ!」
戦法――『逃げる』。
「ここから1階の階段まで行けばもうそこに鏡はない。お前は『鏡から出ないと』俺たちに攻撃できない!」
「『この考えはいい線いってるぞ』と思うのは間違いです···現在地から階段までおよそ···35メートル。ただしこれだけは忘れないでください。『34メートル先まで鏡は大量にある』。そうですね···80枚以上はありますね。つまり僕には攻撃するチャンスが最大で『80回』ある···80回の内1回でも脳か心臓を突けばいい···」
これは『口振り』だけだ。こう聞くと『勝算は少ない』と思ってしまう。が、そう思うのは戦い慣れしていない戦力外だけだ。――悠谷は違った。『80回』攻撃を仕掛けてくるなら、逆に『80回相手を返り討ちにすることができる』に繋げたのだ。
「それに、君たちは動かない方がいいですよ。周りには『鏡』があり、八方塞がりです。下手に動いて鏡に近付けば、僕は君たちを簡単に殺せるのですから」
「···そんなこと行っといて、ただ単に俺たちに逃げられたくないんだろ?鏡に近付かれるのが嫌なんだろ?」
そう言いながら、悠谷はクルペッキンの声が聞こえる辺りの鏡の前に立った。
「···攻撃を仕掛けてこないのか」
悠谷は前を見て、ジェリー・ミサは悠谷の背中を見ている。クルペッキンの攻撃が見える――のだが、クルペッキンは何もしてこない。
「そもそも、僕の標的が1つだとは限らないでしょう?」
――次の瞬間、ジェリー・ミサの右手の人差し指、中指、薬指、小指の計4本が地面に落ちた。
「はがァっ!?」
ジェリー・ミサの声で振り向いた悠谷は、既に後悔する寸前だった。最初は地面に落ちているものが何か分からなかった、近付いて見れば、それはジェリー・ミサの押さえている手のものだと理解できたのだ。
「ジェ···リー···それ···」
「痛い······はぁ···ユーヤ···これ、どうしよ···血がっ、血が止まらないの···」
見ていられなかった。指がなく、血が溢れ出てくる様が、ここは地獄なのかと思えた。
「···見てなかったからだ···『俺が』ッ!ジェリーをちゃんと見てなかったから!」
悠谷が自分の脚を叩いた。手の平が赤くなっても、ジェリー・ミサから目を離した『自分』が許せなかった。
「早く仲間を呼んだ方がいいですよ。君たちの···あの···『トルク』という人の『レガリア』で···」
悠谷すぐに自分が着ている服を破った。ドラマで見た『服の布を巻いて止血する』というやり方だ。アレが本当にできるのかは問題じゃない、ジェリー・ミサを助けることだけが問題なのだ。
「強く結べば血は出にくくなる···でも時間は限られている。30分持てばすごい方かもしれない」
ギュッ。グッ。ブヂッ。
確かに血の出る速度は遅くなった。だが完全に止まったわけじゃない。
「···悠谷、『違う』わ···これだと布が邪魔であいつと戦えないわ···『止血』···こうするのよッ!」
ジュァア。
目の前で起こっている光景が理解できなかった。ジェリー・ミサが地面に転がっている『熱されたガラスの破片』を、負傷した部分に当てたのだ。
『熱されたガラスの破片』は、始めに、クルペッキンのいる場所を探すために放った『シャボン玉』が接触し、『爆発』したガラスの破片だ。『爆発』により加熱された『ガラスの破片』が、地面に落ちていたのだ。
「ジェリー···『お前』ッ!何してんだッ!」
「見てわからないの···?『止血』···よ···。『焼いている』のよ···これしか確実に···出血···を止める方法はなかったわ···ッ」
ジェリー・ミサは巻かれた布をほどいた。そして、「ありがとう」と言いながら悠谷に返したのだ。
「···驚きました。そこの『ジェリー』さん···あなたの『根性』···実にエクセレントです···メルヴェイユ···」
――次の瞬間、ジェリー・ミサの前で、ジュァア。という音と同時に煙が立った。
悠谷が『熱されたガラスの破片』を右手で拾い上げ、自分の負傷した腕に当てたのだ。
「――ッ!『悠谷も』···やるだなんてッ!しかも『素手で』ッ!」
「ジェリーが最初に···やったんだぜ?この『痛み』···切れた時の倍くらい痛いのによぉ···それでもジェリーは···『戦うこと』を諦めなかったんだ···だったらッ!俺もやらねぇわけにはいかねぇよなァッ!」
悠谷は覚悟した。この先、クルペッキンにどれほど重症を負わされるのか分からないが、自分は決して『戦うこと』を諦めない。クルペッキンを倒す。ジェリー・ミサを守る。必ずッ!
「止血されたのは予想外でした···ただし、君たちは理解したでしょう···『ここから動くことは危険』だということがッ!」
油断していなくても、数メートル動けばクルペッキンは攻撃を仕掛けることができる。避けることは難しいだろう。もう『逃げれない』。
「まだ···『作戦はある』ぜッ!」
戦法――『観察』。
「落ち着いて···お前の、その『移動』さえ攻略できればいいんだ···それさえ分かれば楽なんだ···」
だがここに問題点が生じる。鏡から鏡へ移動するのならば、『鏡』に手をかけなければいけない。『鏡は危険』だ。
(···やつは、来るかもしれないと思った時には『来ない』···他人の心理が分かるんだ。俺が緊張すると上唇を舐めることも···既に観察済みかもしれない···これは···『心理の心理』だッ!)
悠谷はまず、近くの鏡を手に取った。――攻撃はこない。クルペッキンは攻撃を仕掛けなかったのだ。やはり悠谷の心が分かっている。
「鏡に異常はないな。正常だ···」
悠谷はその鏡を『寝かせて』置いた。悪趣味な額縁の裏は更に悪趣味だった。
「···俺には分かる。俺は今から『6回』調べるが···その内にお前は攻撃してくる···そうだろ?」
返事はない。
悠谷は次に、ついさっき観た鏡の隣の鏡を手に取った。――これもただ額縁が違うだけで特に異常はない。悠谷はその鏡を『寝かせて』置いた。
(···俺の予想では『4回目』に攻撃してくる···その『4回目』を『どこに』するかだ···)
――悠谷には堂々と鏡を触る『覚悟』がある。クルペッキンを倒すには、攻撃を食らわなければならない。かもしれない。なら攻撃の標準をジェリー・ミサではなく、自分にしなくてはならない。
悠谷の『覚悟』はジェリー・ミサを守る『覚悟』だ。