『岩』の使い手ミラ(弐)/少し話をしようか
ジェリー・ミサの胸を『揉んで』いたミラの手が、ジェリー・ミサの体を滑らせながら背中へ、腰へ、最終的に尻までいった。
「···放して···お願い···『やめて』」
ジェリー・ミサは、まるで道端でお金を落としてしまい、その落ちたお金がグレーチングされた溝の中へ転がり入った時の絶望を表している。それも10円玉や50円玉ではない。500円玉が3枚ほどのだ。
「オォン?ジェリー・ミサさんよぉ、まさかおっぱいと尻触られんの嫌なのぉ?」
「···『嫌よ』。胸や尻限定じゃない、『あんたに』触られるのが···私は『嫌』なのよッ!」
ジェリー・ミサはもう一度、踵でミラの脛を蹴る。
『クッ···ソがァ!『テメェはおとなしくおっぱい揉まれてりゃあいい』ンだよッ!顔面ボコボコに殴ってコンドームみてぇにッ!ペラペラにされてェのか!』
ジェリー・ミサは何度も、何度も、何度もッ!このゲス野郎の脛を蹴る。ミラの脚の骨が折れたらどれだけ良いだろう、そう思いながら。
「やめろよ!ジェリーがッ···ジェリー···?お前···『泣いている』のか?」
下を向いて、ただミラを蹴っているジェリー・ミサ。微かにこぼれ落ちたジェリー・ミサの『涙』を、悠谷だけは見逃さなかった。
「もうやめて···。『助けて』···『ユーヤ』ぁ···」
顔をあげたジェリー・ミサは確かに泣いていた。
「ッ!」
「オホッ、泣いちゃったぁ。俺ねェ、女の子が泣いてる姿が大好きなんよねぇー。だからさぁ、お前が泣いてンの見るとさぁ、ホラ、分かる?俺のこの『下半身の』···さ、この、『硬いの』···」
ミラはジェリー・ミサの手首を掴み、強引に――自分の股間にジェリー・ミサの手を当てた。
「どぉうヨォ?これえ···うひっ、あのな、これ『勃起』って···言うんだぜ?」
ミラがジェリー・ミサの手を小刻みに動かす。
「うっ···うぁ···ぶぉっ」
ビチュッ。
遂に堪えられなくなったジェリー・ミサは吐瀉物を吐き出した。ジェリー・ミサの前に小汚い水溜まり――『ゲロ溜まり』ができた。
「···吐ぁいちゃったぁ、吐いちゃったぁ♪――だがよぉ。『俺の服にかかった』のは、見過ごせねぇなぁ」
ミラはジェリー・ミサから手を離した。ジェリー・ミサは絶望のあまり、足がすくみ倒れてしまった。
「『いけない女』は···お仕置きだぜぇ?お尻ペンペンがいいかぁ?裸にして晒し者にしようかぁ?あぁ···またおっぱい揉みたくなってきたぁ」
「――···『死ねよ』···お前のドブネズミみてェな『面』見てるとよォ!吐き気がするんだ!お前の顔面に俺のゲロぶっかけるぞ!」
――後藤悠谷は大激怒したッ!
ジェリー・ミサの表情を見ていると、ますますこのミラという野郎を殴りたくなる。ジェリー・ミサは『悠谷に助けを求めた』のだ。求められたいじょう、悠谷がやらないわけにはいかない。
「ほぉ。『レガリア』を操れないゴミクズが、俺にそんなことを言えるのか?」
「···『言った』だろ。『レガリアがなくてもお前に勝てる』って···」
悠谷は『クラウチングスタート』の構えをした。
「ん?ゆ、ゆうや君!何を···」
今にも走り出しますよ。と顔で表している。
「···『お前を殴ればいい』んだよな···どこがいい?顔か?腹か?それとも···キンタマか?――『選択肢』はいらないか···『全身』を殴るッ!」
悠谷は走り出した。頭の位置を下げることによって、より速く前に進める。
「バッカじゃねぇのか?死ねよだと?テメェが『死ね』ーッ!『岩』ゥッ!」
ミラの後ろにある半径7センチほどの『岩』が、宙に浮いた。
「まずは腹に目掛けてぶっかましてやらぁッ!」
ミラの操る『岩』は、人間が半径7センチの岩を投げるスピードよりはるかに速い。
――一心不乱に前進する悠谷は避けることができなかった。
ボギィッ。
「ハッハ!あばら骨が折れて内臓に刺さったんじゃねェのぉ?」
悠谷は倒れた。立ち上がろうとしても、なぜだか腕に力が入らない。
「···『違う』···俺はまだ死んじゃあいない!この身を犠牲にしてでも、俺は『ジェリーを守ること』を誓うッ!ジェリーは俺に助けてと言った。だから、ジェリーに不快な思いをさせた『お前を』俺は『殺す』ッ!」
「なッ!?あ、あり得ねぇ!骨が折れて内臓も傷付いたってのに!『まだ向かってくる』のかッ!?」
ミラはもう一回り大きい『岩』を、悠谷の『顔』に向かって飛ばした。
ブッゴギュッ。
「目が潰れたろ!前歯が折れたろ!鼻だってひん曲がったんじゃねぇかァ?――もっと言えばァ!お前の顔が『醜くなった』ってぇことだッ!――ッ!?」
ミラが好調でいたときだった。潰れた岩の隙間から、悠谷の『拳』が突き出てきたのだ。悠谷の拳は正確に、ミラの『顔』へと伸びた。
――その拳は、見事ミラの顔へと的中した。
「ブギャッ!?」
「···『醜い』だとォ?だったらその『何倍も』テメェの顔を『潰してやる』ぞッ!」
ジェリー・ミサが見た悠谷の表情は『怒り』に満ちていた。
その『怒りの表情』を見て、ジェリー・ミサは思ったのだ。『私に対する侮辱に怒ってくれているんだ』と。
「フーゴンさん···俺は『こいつに怒っている』···だから···『殺す許可』をくれ」
「······『許可する』。いや、わたしだって抑えているんだ。『わたしの分』までそいつを殴ってくれ」
名前-ミラ・ベリング
レガリア-岩
全身を殴られ、蹴られ、打ち付けられ、悠谷より醜くなり死亡。
――フーゴンが新たに馬車を手配し、ゲネへの移動を続けた。
「···悠谷、いくらわたしの『レガリア』があるといっても無茶はダメだ。『治癒・THE・手』は怪我を治せても『死人は蘇生できない』。覚えておくんだ」
あの時、怒っていたから痛みを我慢できた。少しでも怒りが足りなければ、死んでいたのかもしれない。
「···別にいい。俺が死んだって、――ジェリーを守れるなら···ジェリーの為なら···」
ジェリー・ミサは悠谷の膝に頭を乗せて、顔を隠している。泣いているのは分かる。だから、悠谷はジェリー・ミサの頭を撫でているのだ。
「そうじゃないッ!わたしは『お前が死んだらジェリー・ミサを守れないんだぞ』という意味で言っている!ジェリー・ミサの為に無茶をするなアッ!」
トルクは大声で言った。声が大きすぎたのか、馬が奇声をあげた。
「ジェリーは俺に助けを求めたんだ···分かるか?俺は『あいつを殺した』んだ。だが···『罪悪感』なんて一切ない!俺はジェリーを侮辱するヤツを···『殺したい』んだ···ッ」
気が付くと、ジェリー・ミサが悠谷の手を握っていた。
「···ジェリーは14歳なんだ。中2か中3だ。だったら胸や尻を触られて泣かないわけないだろ?――···『土の中から出てきて』『変な力を持っているとして』もジェリーは『普通の女の子』なんだから」
「『土の中』···だって?ゆ···ゆうや!『土の中から出てきた』とはどういうことなんだ!?」
いきなりフーゴンが立ち上がった。馬車が揺れる。馭者が「少しおとなしくしてください」と、小声で言った。
「···俺に言われても分からんぞ···ジェリーは何か分かっているのか?」
泣いている女性に尋ねるのはやはり罪悪感がある。でも、この話題を終わらせるにはジェリー・ミサの証言が必要不可欠だ。
「···『分からない』。どうして自分は埋まっていたのか?どうしてあんなところで裸だったのか?――『自分が分からない』のよ···」
「···だ、そうです。ジェリーはもう休ませておくべきです」
いつの間にか、悠谷もジェリーの手を握っていた。
「···そう···だな。ゲネへはまだ少しある。ゆうや君とジェリー・ミサは休んでおいてくれ」
ジェリー・ミサは思った。『気を使わせてしまった』と。それでも、仕方ないことなのだ。実際に『覚えていない』のだから。飲酒できる年齢ではない、そもそも飲んだ記憶がない。――ある『記憶』は···『グランベル・ミサのこと』なのだ。あと自分が平凡に暮らしてきたこと。
ジェリー・ミサが気が付くと、悠谷の手の動きが止まっていた。ジェリー・ミサが顔をあげると、悠谷は目を瞑っていた。寝たのだろう。
それつられて、ジェリー・ミサも眠りにつく。
――。
「ゲネで一泊するか···その隣にある『ケンテル』で一泊するか。ゲネの方が施設は充実している、だがケンテルへ行った方がよりグランベル・ミサの元まで近くなる。――グランベル・ミサが『いつ』研究を成功させるか分からないいじょう、急いだ方がいいのかもしれん」
「···フーゴンさんが見せてくれたあの『研究書』···あれが正しいのか間違っているのかはわたしには分からない。ただ、あそこまで調べることのできる『科学』はある···いつ突拍子もなく『成功』するかは分かりません···」
フーゴンとトルクが、大きな紙を持ちながら話している。この『旅』の話だ。
「そういえばフーゴンさん···『レガリアについて知っていること』があるようですが、伺ってもよろしいですか?」
「んー···まぁ、いいか」
なぜ悩んだのか、ジェリー・ミサは疑問に思った。
「『レガリアは神に与えられる生命エネルギー』なんだ。そう···『生命エネルギー』···それも膨大なもの。それを無理やり人間に与えるとどうなるか?『人間の許容範囲』を越した場合、その人間は耐えられなくなり破裂する」
「な、なんと···」
「『研究』を進めるいじょう、グランベル・ミサは『人体にレガリアを与える実験』をやりかねない···そうすると、何人もの人が死ぬことになる···それだけは阻止しなければいけない!」
――ジェリー・ミサは驚いた。自分の弟が、そんなことをしかねないだなんて。グランベル・ミサの悪事はグランベル・ミサの親族だって咎められるのではないか。寒気がした。
「もうひとつ。『レガリア』はその者の『生命力』や『精神力』によって変化する。『生命力や精神力が強い者』ほど、より『強力なレガリア』を持つ。『神に与えられる生命エネルギー』なら、許容範囲ギリギリで留まることができる。だから、いまわたしたちは『レガリアを持っている』んだ」
自分の『レガリア』がどれほど強力なのか?それは分からないが、ジェリー・ミサには思うことがある。『爆発』は悪用の道にしか使えない能力だ。
「···おっ、見えてきたぞ。ゲネの中心部に見える、あの大きな『塔』がゲネの誇るべき名所『クラクセルの塔』だ!」
メルタケスから約2キロ。悠谷たち一同はイーズランドのゲネに到着した。
ここゲネにも、グランベル・ミサの送り込んだ『刺客』がいることを悠谷たち一同は知らない。
グランベル・ミサの元――ベルトスのワンギルまで、あと1998キロ。