『岩』の使い手ミラ(壱)
グランベル・ミサの居場所は、イーズランドの外にある『ベルトス』の『ワンギル』という街だということが判明した。ここイーズランドの『メルタケス』からワンギルまでの道のりは、約2000キロ。
「おーい、馬車が着たぞぉ!」
フーゴンの声に反応したのか、馬が鳴いた。
「ねぇユーヤ、この前のフーゴンとの戦いで服が破れたのだけど···どうしましょ」
確かに服が少し破れていた。布が破れ、縫い目がピンピンと飛び出している。トルクが治せるのは、あくまで『生き物だけ』らしい。
「服くらいまた買ってやるよ。まぁ、いまの俺は職を無くしてるから金がないけどな」
「···そう。それは嬉しいわ」
ジェリー・ミサは悠谷の顔を見ず、近くに寄ってきた子供を眺めながらそう言った。本当に嬉しいのか?怪しくなる。
一同が馬車に乗り込むと、直ぐ様出発した。
馬車に乗り、約1キロ進んだ頃。
「馬車ってっ、うぇっ、結構揺れるのねっ」
「馬『車』とはいえっ、引いているのは馬っ、馬だからなっ、そりゃあ揺れるっ、揺れたりだってするだろう」
ガコンと何度も揺れるせいで、マトモに言葉が喋れない。
「いいや、馬が動いているから揺れてるんじゃない。地面に凹凸があるんだよ。ここらは道路建設をしないからな。いまわたしたちは『道なき通路』を進んでいるんだ。でも『ゲネ』へ行けば道は全てコンクリートだから安心せい」
外を覗くと、たしかに地面はぼこぼこだった。砂の色をしているが、これは長期に渡り変色した『岩』だ。ここは、『岩山』。
「ひえぇぇ、こんな道を毎日歩いてるヤツの足を見てみたいくらいだぞ」
「ゲネまでそう遠くない。どうだ、トランプを持ってきているのだが――」
その時、フーゴンはあることに気が付いた。
――『馬車が揺れていない』。ここはまだ道路工事の成されていない場所のハズだ、ゲネに着いたなら馭者に知らせてくれと言っている···なぜ?
「おい!馭者よ、馬車を止めろ!」
返事がない。
「ん···フーゴンさん、これはいったい···『馬車が動いていません』よッ!」
トルクが馬車のドアを開いた見せる。一目で分かった、この馬車は進んでいない。
「ッ!何があったんだ!」
フーゴンが馬車から降りる。次にトルク、そして悠谷とジェリー・ミサが飛び降りた。
「こッ、これ、は···ッ!『馬が潰れている』じゃないか!」
――馬が、何か重いものを上から置かれたかのように潰れている。圧迫により目玉や内臓が飛び出している。車輪に引っ掛かっているこれは馬の心臓か?
「――ふぅぅ。馬2匹殺すなど、俺の『レガリア』にかかればラクラクちんちんよのォ」
馭者台の上で脚を組んでいたのは、出発地点で見た馭者の男だ。
「お前は···馭者ッ!いや、違う···初めから馭者に偽装していたのかッ!」
「それよりお前!『レガリア』と言ったな···お前の目的は何だ!?なぜ馬を殺した!?洗いざらい話すんだッ!」
フーゴンとトルクがその男に近付く。
「モクテキ?あー、うんうん。うんこ。なんつって、ははは。目的はお前たち一同を殺すこと。馬を殺したのは、お前たちを『グランベル様』の元へ行かせない為···だ」
「なにッ!?グランベルだと!お前、何者なんだッ!?」
男は馭者台で立ち上がり、両腕を後ろにし両手の指を絡ませた。右足を前に出す。
「俺の名は『ミラ』ッ!『グランベル様』に忠誠を誓い、グランベル様のご使命で、俺はここにきたッ!グランベル様から告げられたことはただひとぉつ。『お前たちを殺せ』だとさ」
――どうしてだ?一同は『殺せ』という『命令』が理解できない。グランベル・ミサはフーゴンを『呼んだ』のだ。
「ッ!あのメッセージは···挑戦。俺たちを『試している』とでもいうのか?」
「さァな。俺は『殺してこい』と言われただけで、どうしてか分からんのさ。でもなッ!俺は『辛い』ぜ?あのグランベル様が、こんなチンカス野郎共を殺せと命令しちゃうんだからァーッ!」
ミラは、前に出している右足で馭者台を力いっぱい踏んだ。
「!?」
「見ろよ、この馬の死骸およォ。グチャグチャだろ?クッセェだろ?これ、俺がやったんよ?エゲツネェーよなぁ、俺って」
「何が言いたいの?···確かにグチャグチャで臭いわね。『あなたの顔面みたい』だわ。えげつない、認めるわ。あなたの『親』は、あなたをこれほど『醜く』育てたのだから」
ジェリー・ミサが挑発する。フンと鼻をならしたミラは、気にもとめていない様子だ。
「お前たちはここで死ぬ。これは『運命』だ。『岩』ッ!」
ガガゴッガッ。どこかで凄まじい音がする。
バギィッ。『地面』だ、地面が――割れた。
「こ、これはァッ!?」
「ふんふん、糞。糞糞。俺の『レガリア』は『岩』。『岩を動かす』んだぜ。ホォら、ここに潰れてる馬の体内···粉々になった石があるだろォ?これは俺が『馬の上から岩を落とした』証拠だぜ」
そうも言っている間に、割れた地面が離れていく。
「お前たちに『選択肢』をやろう。俺がいる側の地面はこの上ネェーほど安心だ。だが、俺の前にある、もう片方の地面はヤバい。乗ったまま崩れりゃ死ぬ。――そこで、お前たち···『俺に殺されたければこちら側の地面へこい』。『俺に殺されるのが嫌なら向こう側の地面で自ら命を絶て』。チンタラ選んでる暇はねェぞ!」
ミラは馭者台に座りカウントダウンを始めた。
「···『テラ』とか言ったっけか?あんた、チョイと冗談が過ぎてるんじゃねーかって、思わねぇか?」
最初に『死の境界線』をくぐったのは、悠谷だった。彼の表情から、多少なりとも怒っていると推測できる。
「んッ?いま、俺の名前を···何と言った?」
「『メラ』ッ!···と言ったんだよ。この難聴め」
悠谷はそう大声言いながら、ミラへと中指を立てた。
「て、テメェ···ッ俺の『名前をバカにしたな』···ッ」
「『戦って死ぬ』か『戦わず死ぬ』か···だって?それは違うだろ?俺たちに『戦って勝つ』という選択肢を寄越せよ、なぁ」
その言葉で、ジェリー、フーゴン、トルクは前進した。そのまま歩いて『ミラのいる側』へと足を運んだ。
「どうして襲われるハメになったのかは後で訊く···お前はわたしたちを少しでもあしらったのだからな、それ相当の『拷問』はしてやる見込みだ。わたしの『疾風』でなッ!」
ガシャァン。ゴゴォ。サァー。パチパチ。
悠谷たちのいる地面のもう片方の地面が、荒波に流されるようにして崩れた。馬車が落ち、馬車の重みで、血まみれの馬も引きずられ落ちていく。地面に2つの太く赤い線ができた。
「···言ったな。言っちまった···なぁ」
「言ったさッ!言っちまったさッ!――お前、分かってるよな。『誰かを殺そうとする』ってことはよぉ『逆に殺される』っていう『覚悟』が···あるってことだよな?」
悠谷はそう言いながら、少しずつ、ミラに近付いていく。
「て、テメェ···俺は知ってんだぜ?お前が、『自分の意思でレガリアを出せないこと』を!グランベル様から聴いてるんだぜッ!」
ミラの後ろにある『岩』が、音を立てている。また動かす気なのだろう。
「『レガリア』がなくても、お前にくらい勝てるぞ?」
悠谷は余裕の表情で、ミラにそう言ってみせた。この言葉の意味は何なのか?そのままの意味だ。いくら相手が『岩』という『レガリア』持っていたところで、悠谷に勝てるハズがない。
「へーン。ホォーン。――じゃあよぉ、こっちが『人質をとったらどうする』のかぁなぁ?イヒヒヒ」
ゴン。
「ブグゥッ」
悠谷の後ろで鈍い音がした。次の瞬間、悠谷の後ろからジェリー・ミサが『押されるように』前へ行った。
「ッ!ジェリーッ!」
横から微かに見えたジェリー・ミサの口から血が垂れている。
前に進むジェリー・ミサは、ミラの胸へと倒れていった。
「俺の『レガリア』は『岩を操る』ンだってばぁ、こいつの背中を『岩で殴った』ンだぜ?内臓の1個や2個潰れたんじゃネェかなぁ?ゲフィフィッ!こいつは『人質』だァ!」
「人質···だと?なんて卑怯なッ」
「『ヒキョウ』?秘境?ンゥー?『違う』だろぉがァ。分かっていたぜェ、お前の考えがよぉ。お前の顔を見ればわかるんだ。『4対1なら勝てるだろう』って、サァ。『卑怯』なのは最初からお前たちなんだよなぁ」
「···『バレてたか』」
人質があるいじょう、手出しが難しくなる。それに人質はまだ子供のジェリー・ミサだ。いくら『爆発』する『レガリア』があるとしても、ジェリー・ミサにはある『弱点』がある。
『自分に爆発が及ぶ場所で爆発をしてはいけない』。実際、ジェリー・ミサが自分の『爆発』を食らったのは見ていないが、ジェリー・ミサだってあの『爆発』を食らうと大怪我を負うだろう。
ミラの近くにいるいじょう、『シャボン玉で攻撃をするのは自傷行為』だ。
「···わたしは『紳士』だ。『卑怯な戦い』は好まない。今すぐジェリー・ミサを放せ」
そのフーゴンの言葉で、悠谷は自分の耳を疑った。昨日『卑怯な戦い』を仕掛けた紳士はどいつだったのか、あんたじゃないか。
「ッ!『ジェリー・···ミサ』···だと?まさかこいつ!グランベル様の···親族か!?」
ミラは、一瞬だがジェリー・ミサを放そうとした。忠誠を誓ったグランベル・ミサの親族だと、案外躊躇うのかもしれない。
「う、うけっ、ウヒヒヒョ、ウヘェヘェ。『笑っちまうぜ』···こいつがグランベル様の親族だろぉーと、グランベル様はこいつも『殺せ』と言ってンだゼェーッ?」
ジェリー・ミサは踵でミラを蹴飛ばそうと考えているのか、足を振り子のようにブラブラと揺らしている。
「つまりこいつはァ、『親族に見棄てられた』ッてェことかァ?うへへっ!」
ボグゥ。
ジェリー・ミサがミラの脛に一発、蹴りをいれた。
「アギッ···いってぇなぁ。アホン子がぁ」
「···あんたみたいな『クズ野郎』に、私や私の『親族』のことを言わないで!その下品な口を慎みないさい!」
――『親族のことを貶されるのが嫌』なのか?ジェリー・ミサが激情した原因は、ジェリー・ミサの口振りから『親族のことを言ったから』だ。
「てぇゆーかよぉー、お前···あー、ジェリー・ミサ···だっけ?ジェリー・ミサ···けっこうおっぱい大きいのなぁー、ウヒャヒャヒャッ」
次の瞬間、ミラはジェリー・ミサ胸へと手を伸ばした。
「でもよぉ、おっぱいは『大きさ』だけじゃねェよなぁ。『質』が大事なんだぜェッ!」
ミラはそのまま躊躇いもせず、ジェリー・ミサの胸を掴かむ。
「ッ!?」
「···ほぉん。柔けぇなぁ。んんー」
ミラは何度も、ジェリー・ミサの胸を掴んでは離すを繰り返す。
その時のジェリー・ミサの表情は、嫌悪より更にどす黒く、『絶望の表情』ともいえた。