『疾風』のスウェル・フーゴン(壱)
空き地――そう、空き地。ここは···『空き地』ッ!
「ここでならわたしの『レガリア』は使い放題なんだ。わたしは毎朝ここでラジオ体操をしている」
たしかにここでなら、ジェリー・ミサの『シャボン玉』の『爆発』だろうと、まったく被害はでないだろう。フーゴンの『レガリア』だって、ここくらい広い場所じゃないと見せられないほど、膨大なのだろうか?
「では、わたしの『レガリア』をお見せしよう···」
コォォォ、ビュゥ。
ゴォォォ。
いきなり風が激しくなった気がする。
「『疾風』ッ!」
次の瞬間、風が台風なみの強さで吹いた。
「な、なんだこの『風』はァ!さっきまでとまったく違うぞ!風力10はあるんじゃないかッ!?」
トルクの着ている服が、大きく靡いている。フーゴン自身、被っている帽子をおさえているのだ。
「わたしの『レガリア』は『疾風』!現段階では『自身から半径50メートル以内にある風』を自由自在に操れるッ!」
フゥッ、と風が止んだ。
「かっ、風がッ···うおっ!」
踏ん張っていた時、瞬間に風を止められるとどうなるか?力のあまり倒れてしまう。
「ふふ、わたしの『レガリア』はどうだったかな?」
フーゴンが意気揚々と尋ねてくる。答えに困ったが、ジェリー・ミサはただ「すごい」を連呼している。――異能力すぎて『さっぱり分からん』だけど。
「そ、こ、で、だ。ジェリー・ミサ、君の『レガリア』を詳しく知りたいのだ。良ければでいいんだ、あぁ、良ければで。わたしと『お手合わせ』願えないだろうか?」
「···いいわ。受けてたつ。私だってこの『紅』のこと知りたいから」
「了承を得れて嬉しいよ!わたしに『一発でも食らわせたら君の勝ち』でいい。容赦はしないからなァッ!」
ジェリー・ミサの言葉を聞いたトルクは、悠谷に手招きをした。
「···フーゴンさんは『風』を操る。ジェリー・ミサは『爆発』する攻撃をする。――この意味、分かるかね?」
「接触したら危険ってことですよね。俺もそれ思いました」
フーゴンは半径50メートル以内と言った。つまり、そのままの通りフーゴンから50メートル以上離れないと――『シャボン玉』の『爆発』に巻き込まれるッ!
「ふふん。話が分かるようで嬉しいよッ!では――『逃げるぞ』ッ!」
「はい!うんと遠くまで『逃げましょう』!」
悠谷とトルクは全速力で走った。が――
「待てい!2人よ!」
フーゴンに止められてしまった。
「わたしが部外者に怪我を負わせると思うかね?わたしは『紳士』だぞ!」
――本当の紳士が「自分は紳士だ」なんて言うわけないだろうゥッ!?この人、このフーゴンって人···『案外バカなんじゃないのか』ッ!?
「わたしを!『信じる』んだ!」
「そんなの『信じれる』わけないでしょうが!って何でトルクさん止まってんのさァ!」
フーゴンの言葉を見事信じたのは、トルクだった。彼は何かとフーゴンへの気遣いが良いとは思っていたが、ここまでだとは···。
「いいでしょうフーゴンさん!わたしは審判を引き受けますよ!」
――なんてこった。こんな人たちじゃ命が持たないかも知れない!
「安心しなさいゆうや。怪我をしたところでわたしの『レガリア』があれば簡単に治るからな」
「そ、そう···っすね」
――彼らはキ○ガイなのか?
こうして、悠谷が了承したわけでもないのに、ジェリー・ミサとフーゴンの戦いが始まった。
「『紅』ッ!」
ジェリー・ミサの口から『シャボン玉』がぷくりと出てきた。『シャボン玉』は軌道を変えることなく、フーゴンへと向かう。
「ふふん、ふんふん。ふーん。ジェリー・ミサの『レガリア』は···本当に『シャボン玉』みたいだなぁ。『風』に靡かれるのかなぁ。――『疾風』!」
数分前の風より、明らかに風力が低い。
「『風』で『シャボン玉』の軌道を変えようだなんて!なんだかこの戦い、フーゴンさんの方が『有利』じゃないか?」
「ふん。よくぞ気が付いたなゆうや。フーゴンさんは、フーゴンさんはぁ···『自分が有利な時だけ相手に戦いを挑む』んだッ!」
その言葉を聞いた悠谷は、いますぐフーゴンに言ってやりたかった。『こッッのド鬼畜がぁッ!』と言いたくなった。
「ちょっ、それって、ダメなんじゃないか!?ジェリーはまだ14歳だぞ、大人げない!」
「それがフーゴンさんの『道』ッ!フーゴンさんの『やりかた』ッ!フーゴンさんの『正しい』なのだッ!」
そうも言っている間に、ジェリー・ミサの『シャボン玉』は、フーゴンの操る『風』によって、どこか遠くへ流されてしまった。
「···あ、あの。ジェリーが不公平って、やっぱおかしいから···俺、ジェリーと組んでいいか?なぁ、ジェリー!俺、一緒に戦っていいか?」
「ハァ!?······別に、勝手にしたらいいじゃない」
「いいなぁ。ゆうやの『レガリア』も知りたい!」
――という、了承を得たので、ジェリー・ミサ&悠谷対フーゴンの戦いになった。
「敵が増えても勝つのはわたしだ。君たちに、『疾風』に抗う力はあるのか?『疾風』ッ!」
風力が11を越えるほど激しい風だ。前に進もうと脚をあげると、それだけで後ろへと押されてしまう。
「ユーヤ!この『風』、どうにかできない?私バカだから考えられないんだけど!」
「『風』···何を元に考えればいい···『風向き』か?いや、『風力』?『気流』とかなのか?···『分からん』ッ!」
「ハァッ!?もっと考えてよ!」
考えているうちに、ジェリー・ミサが、悠谷の体を掴んできた。
「な、いまは戦闘中だぞ。欲情は抑えて――」
「バカ!変なこと言わないで!もう『限界』なのよ···『脚が切れた』から···」
――『脚が切れた』だって?なぜ?ジェリー・ミサより前に立っている悠谷の脚は傷ひとつ付いていないというのに。
「君たちは『かまいたち現象』を知っているかね?かまいたちの存在を否定する科学者たちが、かまいたちの正体として世間につきだしたものだ。『真空や非常な低圧』になると、皮膚が切れるという、ね」
いま悠谷とジェリー・ミサの立つここは、『非常な低圧』状態なのか。このままではいつ悠谷の脚が傷付いてもおかしくない。
「ユーヤ···ごめん、無理···」
ジェリー・ミサの悠谷を掴む手の力が弱くなった。そして、風に流されるように、ジェリー・ミサが飛んだ。
「ジェ、ジェリーッ!」
悠谷が伸ばした手を、ジェリー・ミサは掴むことができなかった。――ジェリー・ミサがどこまで飛んだのかは、砂煙が邪魔をして分からない。
「ジェリー・ミサが吹き飛んだか。まぁいい、いまはゆうや君と戦おうではないか」
――ジェリー・ミサがいなくなったにも関わらず、風の強さが止まない。
「お、俺も···無理かもしれない」
「誰かが無理だったから釣られて『自分も止める』か?それはゆうや君の『勇気』か?勇ましい者こそ世の中の強者、北風に抗った者こそ真の『勇者』なのだ!」
ピシッ。
悠谷の脚の皮膚がスッパリと切れた。
「う、うわぁアッ!?」
これ、予想以上に···痛いッ!
だが、この痛みをジェリー・ミサも味わったとなると、叫んでいられない。
「···ほう、耐えるね。だが、『かまいたち現象』で切れるのは皮膚だけではないッ!人間の肉くらいなら容易く切れるのだッ!」
ピュシッ。
悠谷の左脚の筋肉が切れた。
「あと5秒···いや、3秒で君は立てなくなると予告しよう」
3――2――1――。
――0ッ!
フーゴンの予告通り、悠谷の右脚の筋肉に深い切り傷ができた。切り傷の間から見えるのは、紛れもなく骨だ。
「これ、やばッ。死ぬ···」
悠谷はそのまま、その場に座り込む。脚を使ってフーゴンに近付くのは無理だ。なら――あの『手』があるッ!
「···!おぉっ!歩けなくなっても!『両手』を使ってわたしの元を目指すかッ!それは正しく『勇気』だッ!」
地面を這いつくばることで、風を遮ることができる。脚が使えないのは不便だが、フーゴンに一発食らわせればいい。
「ゆうや君の『勇気』は素晴らしい。強盗へのあの態度から、わたしは君に惹かれていたよ。でもね、『レガリア』を正確に操れるわたしに、ゆうや君はどう『抗う』というのか···『疾風』ッ!」
――少しずつ前に進んでいた悠谷の体は、重くなった。
「ッ!重力···じゃない!これは『風』か!『風』を『上から下に吹かせている』んだッ!」
全身を引っ張られる感覚がある。『風』が地面に当たり、横へ吹き流れている証拠だ。髪だってへこんできている。
「『風に不可能はない』。これはわたしが生み出した···名言だ。その通りだと思わないか?『風力』や『風向き』によって何だって動かすことができる。『かまいたち現象』で相手を傷付けることだってできるからな!」
これが『風』で良かった気がする。『風』ならそう簡単に体を潰すことは不可能だ。地面が尖っていない限り、怪我はしないだろう。だが、フーゴンの元へ行けないッ!
「フーゴンさん···なんて『卑怯』な人なんだッ!『風』を遮る物のない平野を選ぶだなんて···」
――1つだけ、フーゴンの『弱点』に気が付いた。フーゴンは『風』を『一方向にしか操ることができない』のではないか?いま上から下に吹かせているだけで、フーゴンは攻撃を仕掛けてこない。『かまいたち現象』や『突風』を食らわせてこない。
「グッ···ギギ···ふへっ、へへ、フーゴンさん···いくらあなたが何を加えようと···これはただの『風』だ。空気を流しているだけ···物凄い勢いでね。空気ごときで屈してちゃあ、今後も生きていけない···だから!俺はッ!自分にある『勇気』でヘッポコピーな『風』に『抗って』みせるッ!」
悠谷は、体を横に傾けた。
「う、ウリョォォオアアッ!」
――悠谷は気合いで、横に転がった。転がるスピードは、常人ではないほど高速で、常識的ではないほど真っ直ぐに転がっていた。
「なッ!まさか、地面に接触した風は横に吹き流される···その『穴』を突いたのかッ!?」
――だが、今までのフーゴンの攻撃は、『予兆』に過ぎなかった。
ポツリ。悠谷の頬に冷たい液体が当たった。
「これは!『雨』ッ!?」
「ここからがわたしの『本気』だよ。わたしはこの時を待っていたのだ···」
雨は一瞬にして大降りになった。
ここからが、フーゴンの『強さ』が現れる、山場――。