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『紅』のジェリー・ミサ

 少女が目覚めたのは、人1人では余るほど大きなベッドの上だった。

「···ここ、どこ?」

 少女に数時間前の記憶はなかった。あるのは、ユーヤという人物と入った喫茶店で、強盗を『爆発』しようとしていた頃までだ。

「――お目覚めかな?」

 反射的に声の聞こえる方を向いた。そこにいたのは、名前も、年齢も、趣味さえも知らない、スーツを着た男性だった。もしかしたら自分はこの男性に強姦されたのでは?そう思いもした。

「あなた!いますぐ私を解放しなさい!」

「まぁまぁ、そう騒ぐんじゃない。君をこの家から出すのは容易いが、君がここから自分の家に帰るのは不可能だろう」

 男性の言葉の意味は、自分の脚を見れば一目瞭然だ。脚にギブスが巻かれている。

「···私、強盗にやられたのね」

 少し悔しい。生きていたのは嬉しいが、強盗1人に脚を負傷させられるなんて、惨めだ。

「それは面白い負け様だったなぁ。『彼氏』とお喋りしているうちに後ろから殴られるなんてな」

「え···『彼氏』って誰のこと?」

 ジェリー・ミサが尋ねると、男性はジェリー・ミサの隣を指差した。ジェリー・ミサが横を向くと、そこには全身が包帯でガチガチに巻かれ、醜い姿となった悠谷がいた。

「ユーヤッ!?って、私はユーヤの彼女じゃない!」

「そうなのか?今朝の朝刊に『カップルの命を守った中年男性』として載ったのだが···」

 ――酷い迷惑だ。なんだこの男、色々と意味不明じゃないか!

「あーそうだ。自己紹介だ。わたしの名前は『スウェル・フーゴン』、『フーゴン』と呼んでくれ」

 フーゴンが頭を下げる。それに釣られてジェリー・ミサも頭を下げてしまった。

「···私は···『ジェリー・ミサ』。で、こっちが『ユーヤ』。苗字は忘れた」

 ジェリー・ミサが名乗ると、フーゴンはにこりと笑う。

「あーもう10時だ。わたしは用事があって外出するが···留守番を頼めないかね?別に、勝手に帰ってくれて構わないが···負傷した脚では20メートルも歩けまい」

 だからスーツを着ていたのか。ジェリー・ミサは頷かず、ただ部屋のドアを見つめるだけだ。

「···いいわ。それくらい。一晩ここに寝かせてくれた恩があるもの」

「君は『恩』に拘るのかい?」

「···生き物の行動には全て『感情』がある。あなたの『感情』に免じて、私は留守番を任される。それだけ」

 何が面白かったのか、フーゴンは笑った。それから1分もしない内に、フーゴンはジェリー・ミサに家を任して外出した。

「···『暇』だ。動けない。テレビはあるけどリモコンの場所が分からない。――ユーヤが起きない。包帯がありすぎてどこを触ってユーヤを揺らせばいいのか分からない」

 ――完全に暇だ。

「ユーヤぁ···起きてぇ」

 起きてくれない。起きるわけがない。ジェリー・ミサは退屈になり、もう1度眠りについた。


「ほぉ···この2人が『レガリア』を持っているのですね···」

「こっちの少女は『ジェリー・ミサ』だ。『レガリア』の『力』はまだ分からないが『シャボン玉』を出したのは見た。で、こっちの重傷を負った男は···『ゆうや』。『レガリア』を出していない」

 2人の男が、悠谷とジェリー・ミサを上から覗き見る。1人はフーゴンだが、その隣には気品に満ちた男がいる。

「んぅ······ハッ!寝てたわ!···ヒッ!?」

 目を覚ますと目の前に男が2人いた。この状況で驚かない女性はいるだろうか?――いない。いくら人を容易く『爆発』する力を持ったジェリー・ミサでさえ、これは恐怖だ。

「フーゴンさん!ジェリー・ミサが目を覚ましましたよ!」

「···うむ。この子はただ寝ていただけだ。――問題はゆうや君なんだ、ゆうや君が怪我のあまり目を覚まさないんだ」

 気品に満ちた男は、勘違いをしたと恥ずかしがった。そして、悠谷の顔を軽く叩く。

「あ、あの···あなたは?」

 ジェリー・ミサが尋ねると気品に満ちた男は、よくぞ訊いてくれたと言わんばかりの顔をジェリー・ミサに向ける。

「わたしの名は『キュヴァン・シー・トルク』ッ!『正しさを貫くこと』に富と名誉を賭ける男だッ!『キュヴァン』でも『トルク』でも、はっちゃけて『トル君』と呼んでくれたって構わない!『シー』は嫌だぞ!『気品がない』からなぁッ!」

 ――ウッッッるさいのキタァアアアッ!『爆発』させるべきかッ!

「今日トルコを家へ招待したのは、ゆうや君を『レガリア』で治癒してほしいからだ。ジェリー・ミサの怪我も治してほしい」

 フーゴンがそう言うと、トルクは笑いながら頷く。

 そして、悠谷のそばに寄り――

「『治癒(ゲリール)THE()(マン)』ッ!」

 トルクは、悠谷の顔に左手を当てた。――何も···起きないじゃないかァッ!

 10秒経過。30秒経過。――2分経過ッ!悠谷は目を覚まさない。

「···あの、いったい何を···?」

 ジェリー・ミサが尋ねると、トルクはいきなり悠谷に巻かれた包帯を引っ剥がした。

「ちょっ、ちョッ!何をするのよ!」

「こいつの怪我は『完治』した。なぜ目を覚まさないのか?それはズバリィ!――『寝ているだけだから』だァアッ!」

 包帯がベリベリと音を立てながら剥がれる。包帯の下には――『傷1つなかった』。

「どうして···怪我がないじゃない!」

「わたしの『レガリア』、『治癒(ゲリール)THE()(マン)』は!生き物のどんな怪我だろうと治すことができる。この『左手』でなッ!」

 トルクが大声を出すと、悠谷が寝返りを打った。それを見た一同は黙り込む。起こさないように、安静にしておこう。

「···次はジェリー・ミサだ。怪我をしている部分を見せな」

 ――ジェリー・ミサは言われるままに、頭と腰と脚を指差す。

「『治癒(ゲリール)THE()(マン)』ッ!私に治せない怪我はァァァないぃッ!」

 動かしづらかった腰や脚が、動くようになってくるのが分かる。何なんだ――この男の『力』はッ!

「――『完治』した。もう痛むところはないと断言しよう」

 トルクの『完治した』というのは正しかった。ベッドから降りて数歩歩いてみたが、まったく痛みがない。殴られた時は、完全に脊椎が折れたと思ったのにだ。

「···す、すごい!」

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、トルクは鼻歌を歌っている。

「グゥ···騒がしいぞぉ···」

 眠っていた悠谷がなに食わぬ顔で目を覚ました。

「いつまで寝てるんだぁ?もう昼食の時間だぞォオ?」

「え···――ッ!?うっわぁ不審者ぁっ!?」


 ――場の説明、自己紹介、傷の治癒の話 etc...


「な、なるほどぉ···」

「分かってくれればいいんだ。うんうん。フーゴンさん、この通りゆうやとジェリー・ミサの怪我を治しましたよ」

 悠谷の腕や脚を上げ、ジェリー・ミサの首を横にひねり、トルクが自分の『力』をフーゴンに見せびらかす。

「ふむ。やはりトルクの『レガリア』は素晴らしい。『精神力』が上がれば、更に強力になる見込みしかない」

 フーゴンとトルクの会話の中に1つ···や2つ、3つ、悠谷とジェリー・ミサの知らない単語が飛び交っている。

「あの···フーゴンさん、トルクさん。その『レガリア』って何ですか?」

 悠谷が尋ねると、隣でジェリー・ミサも頷く。悠谷を見て、フーゴンとトルクは互いの顔を見つめ合った。

「え···ゆうや君は『レガリア』の使い手じゃないか。なのに知らないのかい?」

「『レガリアの使い手』というのも···『さっぱり分からん』ですが···」

 ――この場で浮いているのは悠谷とジェリー・ミサなのか?『レガリア』という言葉さえもまったく知らない。

「···『レガリア』というのはだな。君が心当たりあるのは···そうッ!ジェリー・ミサの『シャボン玉』だ!ジェリー・ミサの出す『シャボン玉』も『レガリア』の1つだ」

 ――ジェリー・ミサの『シャボン玉』なら心当たりしかない。ケルベリタ跡地で見たあの『力』、目の前で人が『爆発』する、アレ。『音』に反応する『シャボン玉』。

「『レガリア』ってあの『シャボン玉』のことだったんですね···」

「それだけじゃないぞ?ゆうや君とジェリー・ミサの怪我を治した『治癒(ゲリール)THE()(マン)』だってわたしの『レガリア』だ」

 『レガリア』とは、簡潔にいうと『王である証』だ。童話などで出てくる『冠』は『レガリア』なのだ。そして、王ではない人々が持つ『レガリア』は、『強さの証』といえる。

「···『(ルージュ)』」

 ――え?

 いま、ジェリー・ミサが何かを呟いた。

「『(ルージュ)』···私の『レガリア』の名前···」

「···ッ!お、オォッ!」

 悠谷にはジェリー・ミサの言葉が理解できないが、フーゴンとトルクは盛大に喜んでいる。

「『(ルージュ)』···か、いいじゃないかッ!」

 ジェリー・ミサの『レガリア』の名は『(ルージュ)』ッ!『音』に反応する『シャボン玉』を体の穴という『穴』から飛ばす。そして、『シャボン玉』は物質に接触すると――『爆発』するッ!

「あ、あの···『(ルージュ)』とかよく分からないものは置いといて···フーゴンさんの『レガリア』はどんなものなんですか?」

 悠谷か尋ねると、フーゴンは自分の髭を弄った。

「わたしの『レガリア』を知りたいのかね?――教える分に問題はないのだが、ここでは見せられないなぁ。百聞は一見にしかずだから···よし!街の外れに広い空き地がある。そこで見せよう」

 一同は、フーゴンのいう街の外れの広い空き地へと行くことになった。醜いほどに包帯が巻かれていた悠谷は、何事もなかったようにすらすら歩いている。

「そういえばフーゴンさん、ゆうやの『レガリア』はまだ不明なのですよね?ゆうやは···『自分のレガリアを見ていない』そうですが···」

「――まぁそう焦る必要はないだろう。『レガリア』は『勇気』の産物、強盗へ立ち向かう···立ち向かっていたかは分からないが、あの時のゆうや君には『勇気』を感じたよ。それに···『ゆうや君はレガリアが見えている』のだ、『レガリア』を持っていないハズがない」

 ――フーゴンとトルクが小声で話しているようだが、悠谷とジェリー・ミサは気にかけずにいた。フーゴンとトルクには2人の世界があるのだと。

 フーゴンが住んでいるのは、街のどの家より一回りは大きな家だった。金持ちなのだろうか。

 街を歩いていると、人が多く賑わっている。こんなに賑やかなのに犯罪があまり起きないのがイーズランドの良いところだ。

 ――ただし、ここイーズランドは、何かを隠しているらしい。その『何か』を知りたいという好奇心と、親から逃げるため、悠谷は日本を出てイーズランドに着た。

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