『勇気』ッ!/『切断』の九頭荒(壱)
一同は昼食を終える。そして、すぐにスキンシンを出る準備をした。
「ここまでおくってくれてありがとう。ここからは歩いて···『ゲンバル』に向かう」
ゲンバル···そろそろ悠谷の知らない地域まで行くのか。これといって周りのことは知らないが、ゲンバルなんて見たことも聞いたこともない。
「ヤツに飛び付いたとき、怪我をしなかったか?」
「怪我···大丈夫です。なんにも危害は加えられていません」
使用人が言うと、フーゴンは『良かった』と顔で云う。
「···ねぇ、少しいい?あなた···名前分かんないけど···『どうして飛び付いたの?』···『どうして···立ち向かおうと思った?』」
「···ん?どういう···こと···?」
使用人が尋ね返すと、ジェリー・ミサは溜め息をついた。意味不明な発言をしたのはそっちじゃないか、悠谷は本音を隠す。
「『使用人である』あなたは、私たちの後ろに隠れておけばよかった。レガリアを持たないあなたを、私たちは『必ず守る』のだから···でも、どうして『ヤツに向かって走ったの?』」
そういうことだったのか、そう使用人は納得したらしく、首を前に倒す。
「僕はね、誰かに守られるのは好きじゃないんだ。『守られる』ってのは、自分が『弱者ってこと』だからね」
なぜだか、一瞬にして周りの『音』が無くなった気がする。まるで『音が』使用人の味方をしていて、パワーを与えているようだ。――『勇気』···に反応しているのかも知れない。
「――僕は『共に戦う』が好きなんだ。弱いからどうした?その弱さは、強者で補えるじゃないか。弱者だからって『最弱』じゃない。『最弱なのは強者だよ』。変な話だね――」
いつか、どこかで、感じたような、この『雰囲気』――この使用人は『勇気に選ばれた』···みたいな···?
「『強いものは弱者に頼れ、弱いものは強者に甘えろ』···明治時代の北清水幇助良の言葉さ」
――。
質問の答えになっているのか?ジェリー・ミサは不満そうに頭を掻いている。
「···そう···『勇気』···が、あるのね?私があなたの立場だったら、私は間違いなく逃げていたわ」
「ジェリーに限って『逃げる』はないだろ···『逆に』逃げろと言っても否定して、変な言いがかりで戦いに混ざるんじゃないか?」
むすっとした表情でジェリー・ミサは悠谷を見つめる。
「私は『普通の女の子』なのよ?好き嫌いはあるし、恋をしたり、喧嘩したり、感情はたくさん持っているわ」
――言い合いで負けたのは悠谷だった。『普通の女の子』···だと、ジェリー・ミサは言ったのだ。いくら『レガリア』を持っていても、ジェリー・ミサは『普通』なのだ。
「···ん、そろそろ出発の時間か···もう一度、ここまでおくってくれてありがとう。帰りは『シューカア』を通って行くといい」
使用人は頷くと、バタンッと大きな音を立てながら自動車に乗り込む。ブルゥルゥルゥというエンジン音が鳴り、自動車は走り去って行く。
(······あっ。そういや彼の言っていた···『メルタケスのレガリア使い』···)
トルクはここで、口を開かなかった。言うまでもないと理解したのだ。
――『彼ならやれる』。恐れない精神を持っている『彼』なら、『できるんだ』。
「さぁて······」
グフォン。
フーゴンは咳き込む。
·········。
······。
···。
「『行こう』ッ!『グランベル・ミサの元へ』ッ!」
日が落ちて辺りが暗くなるまで歩いた。疲労はあるが、急がなければならないと分かっていると、どうもヘコタレていてはいけないようだ。
「···今日はここで『野宿』しよう···」
フーゴンはそう言うが、足を止めようとはしない。
言ってから百メートルは歩いたところで、フーゴンは荷物を下ろした。フーゴンはバッグからテントを取り出すと、一言――「···早く『テント』を立『てんと』な」と言った。
「······」
「黙り込むほどつまらんとッ!?」
「バカやってんじゃないのよ。――それに、歩くのが速い。興奮してるのは分かるけど、少しも待『てんと』いうの?」
スィィィン。
懐中電灯の灯りが目立つその空間には、沈黙だけがあった。
「···爆発させるわよ?」
ジェリー・ミサは悠谷を睨む。どうして俺だと問いたかったが、ジェリー・ミサの眼光に押し負けてしまった。
「いやぁーっ!良かったァ!渾ッ身ッ!の親父ギャグ!」
悠谷が震えた大声を上げる。
「ユーヤ···右腕か左腕···どっちがいい?どっちなら···『失っても』いい?」
「···え?えぇーっと···右手の小指なら···」
「『腕』で訊いているのよ?選択肢が与えられてるのに、それ以外を言うってことは、言葉が理解できないってことで···そいつはバカってことだから」
ジェリー・ミサは気が変わったのか、『端からそんな気はなかったのか』、振り返って遠くへ歩いていく。
「···フーゴン···ここ、向こうに『ランプ』があるだけで、真っ暗なのね」
ジェリー・ミサの指を辿ると、150メートルほど離れたところに微かな光があった。周りを見渡しても、それ以外の灯りは見つからない。
「その内、もう少し狭い間隔で作られると思うが···そうだな···『敵に襲われる心配』もあるし、こうしよう。今晩は2時間ごとに『見張り』を『代わり番こ』にする」
「『見張り』···?」
なぜだか一同は何も喋らなくなった。――ホント、なんで?
「うむ···火はこの『チャッカマン』と『蝋燭』で起こすことができる。『9時』から初めて2時間ごと、『9時』、『11時』、『1時』、『3時』、『5時』、そして7時にここを出発する」
つまりは『5回』見張りをするということだ。だが、ここにいるのは4人、誰かが二度やることになる。
「そして順番は···何となくで持ってきた『くじ引き』で決めよう!」
そう言って、フーゴンはバッグの中からくじを取り出した。
「······馬車の時のトランプといい、どうしてそんな関係のないものを持ってきてるのよ···?」
ジェリー・ミサは呆れて言ったが、フーゴンはそれを無視した。···何だか、フーゴンさん···遊び半分だな···。
「くじは4つあるから、『4』を引いたヤツが2回だ!」
――。
――。
「な···なんだ···これは?」
「···やっちまい、ましたね···もう逃れることはできません···」
「そう···ね。やっちゃったわ···」
――『言い出しっぺが負けるなんて』···。
「どォーしてだァ!?どうしてわたしが『4』なんだ!?」
フーゴンはくじを投げ捨てると、ドカドカと音を立てながらくじを踏みつける。
「···煩い。『シャボン玉』が出ちゃうわよ?」
ジェリー・ミサはフーゴンに耳を向ける。『どこから出すか』は自分で選べるらしい。
「······ぐぬぬ···ジェリー・ミサのその能力ぅ···言いたいことを言えない、なんとも酷い作りだ!」
「別にいいじゃない。悪用はしてないのだから」
「有名店の限定シュークリームを行列に並んだが自分の目の前で完売し、言い訳が言えず、不満が込み上げるだけの気分だ!クソゥ!」
フーゴンは愚痴を滴ながらテントを組み立てていき、ついにテントが完成した。
「黒というより『濁った青』ッ!夜の色に混ざり、遠くから見てもこのテントを見つけることは不可能よぉッ!人間は誰だって『安眠』を求めているだろう!?」
そして、次に取り出したのは――『寝袋』だ。
「『防弾チョッキ』と『防刃ベスト』の素材を5対5で合わせッ!身動きができるよう脚入れと腕入れがあるゥゥ!寝やすさは見かけによらんほどだ···!」
そして最後の合図ッ!フーゴンは盛大に空を指差したッ!!!
「···そう···ゲンバルでお医者様に診てもらいましょ···『頭を』···」
夜は静かだと思ったが、想像以上に烏が煩い。寝るタイミングを逃したのは――『トルク』だった。
「トルクさぁーん、2時間経った――うわ、起きてるよ、この人」
「ん···あ···もう『1時』か···?それじゃあ行かねばな···」
トルクは悠谷に渡された懐中電灯と『チャッカマン』を握る。テントから出ると、外は少し冷えている。
「···といっても暇だな」
1人、ポツン地面に座るトルクは退屈している。
「いや、冗談抜きでやることない···トランプでもやるか···」
そう言い、トルクはフーゴンに渡されていたトランプを取り出す。1人でできるトランプゲームは知らないので、ただシャッフルするだけだ。
「····あ、でも···なんか···たのしい···?」
慣れれば速く『きる』ことができる。
シュパッパッシュッシュッ、パッ、シュシュッ、シャバ、パパッ、『スゥパァッ』、『ベチャァ』、パッシュッ――ッッ!?
「な、なんだ···?『切れた』ぞ···?わたしの···『指』が···ァ···」
「――『切れた』な···『トランプも···指も』···」
フーゴンが反射的に顔を上げると、そこには1人の男が立っていた。顔立ちが『日本人』そのものだ。
「···お前···は?これは···レガリアだな···?」
傷口はそう深くないらしく、少し押さえていれば数日で治るだろう。いや、『治癒・THE・手』で直せばいい。
――訊かれたなら応えようか。
「俺の名前は『九頭荒信楽』···レガ···リア···は『切断』···お前たちを殺しにきたッ!」
――殺しに···?
「ふんっ···どうやら次は『わたしの番』のようだ。わたしがやれと、神はそう告げている」
――ん?おかしいなァ?
「···違う。神はこう言っている。『お前がやられろ』と」
――言ってくれるじゃないか?
「断言するのは早いんじゃないか?戦ってもいないのに、どうしてそう言える?」
――お前が『無力』だからだ。
「『治す』ってのは『守る』ってことだ。お前1人で何ができる?何もできないよな?」
――甘く見ちゃあいけないなぁ?
「図に乗ってるんじゃないか?お前の能力は、言い換えれば『切るだけ』なんだぞ?」
――お前は『治すだけ』だぞ?
――どうやら、お前とは気が合わんようだッ!
――元々気を合わせるつもりなんかねぇよッ!俺らは敵だッ!『敵同士』だッッ!
蝋燭の火が一瞬にして消えた。···いや『消えたんじゃなくて』『切れた』んだ···。九頭荒が、トルクの目に止まらぬスピードで『火を』切ったのだ。