グランベル・ミサと『敗者』の男(弐)/『縮小』のショコレーチ(壱)
-前回のあらすじ-
この物語のラスボスであるグランベル・ミサと『敗者』の男。『悪』対『悪』の戦いもまた、面白いだろうと思っているが、どう考えても勝敗が見えている!
どうする!?『敗者』の男ッ!
男から垂れ続ける液体は、汗や血液などでは断じてない。これは『泥』そのものだ。
「···ここには濡れちゃいけないものがあるんだ。『はやく行け』」
「おいおい···それが最期の言葉でいいのかァ?『悪なら悪らしく』···「世界の半分をお前にやろう」とか、あんじゃァねぇの?」
『泥』は男の辺り一面に広がっている。――そして、その『泥は動き出した』。
「『モルモット』にくれてやる世界はない。はやく行――」
「てめェはそれしか言えんのかァーーーーッッッ!!!飛びかかれェ、『お前たち』ィッ!」
『泥』は不自然なまでに形を変え――『人の形』になった。『人』そのものだ。指も鼻も目も、全てが揃っている。
「『敗者』の『レガリア』···怨念の塊だな。憎らしいって感情がその『レガリア』から伝わるぞ」
「戯れ言を抜かす暇があんなら、自分自身の身を、守りなァーッ!」
ガシッ。
グランベル・ミサの脚を『泥人形』が掴まえた。
「――だから、『もう守っているではないか』」
「······えっ!?」
さっきまで男の前にいたグランベル・ミサは、そこにはいなかった。『男の後ろ』に立っている。
「な、何が···どうなっていやがる?グランベル・ミサはッ!···俺の後ろにいたっけかァー!?」
「お前の『敗者』···その固い意志からなる悪は確かに強い。『だが』、敗者は何をやっても、敗者から変わることはできない」
根本から、この戦い、グランベル・ミサが勝つことは確定していた。グランベル・ミサには世界を征する能力があるのだから。
「かぁ···は······み、ミサさんよォ。殺すなら殺せよ···あんたの『レガリア』···で」
辺り一面に広がっていた『泥』は、男に吸収されていく。
「···モルモットは『実験道具』だ。実験をする『前に殺すものか?』」
「その口振り···実験をした『後に死ぬ』って感じだな。説明しろよ、オイ」
グランベル・ミサは何も答えない。ただ男の横を通りすぎ、机の前の椅子に腰をかける。
「···これで分かったか?···スウェル・フーゴン一行を殺しに行け」
やはりそれか。男は呆れた。
「あァーッ!『行くよ』、行きゃアいいんだろ?――だが1つ、質問がある」
男はそう言い、カップを指差す。
「あんたはその『カップの中にお茶を注いだんだ』。だが、どうだ?いま、そのカップの中には···『何も入っちゃいない』じゃないか。一瞬にして飲んだか?」
「···その質問に答えることで、お前はスウェル・フーゴン一行を確実に殺せるのか?」
「うっせぇ!単に俺がいま気になってるから訊いてんだッ!」
男がそう叫ぶと、グランベル・ミサは何一つ動じず、カップに紅茶を注ぎ始めた。
「その、カップに仕掛けがあるのか?···いや、実は入れていなかったり···」
ゴチャゴチャと呟く男に、グランベル・ミサは紅茶入りのカップを投げて渡した。
「その『カップ』に仕掛けなんてない。1895年、日清戦争で戦死したビンギック・カーベケが残した遺品だ。取っ手部分に『1895』の数字と『B・K』の文字···ビンギックは自分の物には『B・K』のイニシャルを彫る。椅子にも、家にも···『妻にも』な」
「···触っていて分かるぜ。この『茶』も普通そのものだ。――これを、どうするんだ?」
男はグランベル・ミサを睨み付ける。
飲めって意味じゃねぇだろうなァ?そうだったら、ここの機械や資料にぶっかけてやるぜ。そう顔で訴えていると、グランベル・ミサは言った。――「『飲んでみろ』」
「ザァッッケンじゃアないぜ!グランベル・ミサァ!」
男は大振りでカップを投げた。カップから紅茶が流れ出た――瞬···間······ガッシャァーン。カップは地面に当たり割れた。
「あ···あぁ、なんて···こった···確実に入っていた『お茶が···ない』じゃないかァ···」
粉々に割れたカップからは、お茶も、液体自体、垂れていなかった。
「···どっ···どうしてなんだァッ!どうして!どうして!どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてェ!『お茶はどこに消えた』ァーーッ!?」
男は自暴自棄になり、割れたカップを踏みつけた。男の足裏に痛みが走り、破片が靴を貫通して刺さったのだと、男は後悔した。
「···これが、俺の『レガリア』だ。分かったなら行け」
男は口を開けたまま、建物の外へと歩いて行った。
「···このカップは、世界に1つしかないものだ。それが割れるということは、1つの歴史の終わりを意味する。だが、いまここに『新たな歴史』······『割れた』ということが誕生した」
「ゆうや!起きなさい!」
誰かがそう言いながら悠谷の体を揺らす。
「見えてきたぞ。スキンシンが、もうすぐそこだ」
寝ぼけ面をした悠谷は、車窓から外を見る。ゲネとは一層違い、日本の『明治時代』を思わせるような風景があった。これが、これこそが、ここスキンシンでは当たり前なのだ。
「煉瓦造りの家···馬車がパッカパッカ走り···あれは、鉄道か?」
「イーズランドは非常に日本と縁のある国だ。スキンシンは中でも『日本の昔』を取り入れるため、2年前までは『ちょんまげ』が流行っていたのだ」
文明開化遅くないか?そう言いたかったが、悠谷は、これも広い世界の1つなのだと考え直し···何も言わなかった。
キュィィイイ。
突然のブレーキに、一同の体は崩れた。
「ど、どうした···」
「い、いえ···夢でも、見ているんでしょうか?何でしょうゥ?···この、こ、こ···の······『スイカは』ァーッ!」
車の前にあったのは、通常とは思えないほど大きな『スイカ』だった。
「オッ、大きいッ!」
「···いや、違うッ!――気付かなかった···『スイカが大きいんじゃない』、『わたしたちが小さいんだ』ァ!」
見よッ!周りの木々が、石ころでさえ、悠谷たちより何メートルも高いではないか!こんな現象が起きたいま、一同は必ずしも思う。『またレガリアだッ!』
「こ、これは危険だッ!近くにレガリア使いがいるのは確かだ···そして、そいつからして、我々は『蟻と同じ』大きさだッ!『踏み潰されてしまう』ッ!」
車はスイカを避けるように走り、猛スピードで加速した。
「電柱と電柱の距離はおよそ30メートル!だが、いま通った電柱から向こうの電柱まで···5000メートルは余裕であるぞ!」
悠谷の歩幅は45センチメートル。5000÷0.45=11111.111···。遠すぎる。
「···『詰んだ』かも、知れない···ッ。小さくなる前なら、まだ防げたかもしれないのにッ!」
「違うんですッ!フーゴンさん!運転していたから分かるんです!運転手は『よそ見をしません』から!――我々は『だんだんと縮んだ』のではありません、『一瞬』ッ!そう、『シュッって感じに縮んだ』んですッ!」
防ぎようがなかった、ということか。車窓から見える景色では、どの『脚が』レガリア使いの脚か断定できない。
「こちらから行動を起こすのは無理だ――」
悠谷は一同全員が聞いていることを確認し、話を続ける。
「こいつの『レガリア』は『サイズを変える』のが能力なのは分かる。そしてグランベル・ミサの命令は『俺たちを殺す』こと。つまり、こいつ直々に俺たちを殺しにくるんだ。攻めてきたとき···『その時』こそ絶好の『反撃時』だ」
待っていれば···いい!全ては待つことから学ぶのだ。悠谷はいまさっき、そんな言葉を考えたが、戦いの舞台で変なことを言うのは止すことにした。
「···『反撃』ほど、いま信じられものはない···」
悠谷が聞いたのは、ジェリー・ミサの唾を呑む音だ。ジェリー・ミサの顔は、焦燥感が漂った野球選手の顔であった。
「······」
「······」
「···ッ!何かが降ってきますッ!」
ブヂュッ。
「この赤い色、黄色のスジ···これは···『リンゴ』なのか?」
ヂュッ。クチュ。
「緑色と白色の線···こっちは『メロン』か!」
ボヂュ。
「うわぁッ!?『パイナップル』だわ!こいつ、狙って落としてるッ!」
この『3つの果物』で何かできないものか?悠谷は考える。だが、フルーツに関しての知識はあまりないため、悠谷ではお手上げだ。
「···『遠くから』だ」
トルクがそう呟いた。
「え?」
「このフルーツの潰れ方は、『遠くから投げた』からなんだ!計算は時間がかかるからやらないが、あそこの『植木鉢』の隣の『脚が』ッ!レガリア使いだと予想するッ!」
···。
「おっ、きたきた。やっぱり···分かっちゃうのねぇ」
女はニタリと笑う。紙袋を漁り、中から『バナナ』を取り出すと――車に目掛けて投げる。
「『運転してる人』、ドラテクヤバすぎない?はは···」
女の名前は『ショコレーチ』。レガリアの名前は『縮小』。『ものを小さくする』能力だ。
バナナを避けた車は、植木鉢えの長い道のりを突っ走る。
「···あれ?ふと思ったが、『わたしたちは小さくなっている』んだよな?」
「ん?トルク君、それがどうかしたのかね?」
「『どうしてわたしたちの位置が分かるんだ?』···フルーツは明らかに狙って投げている!」
そうも言っていると、次は『ブドウ』がおちてきた。
「どうにかして早くあいつのところまで行けないか!?フーゴンさんの『風』はどうだ!」
「『無理』なんだッ!どうやら『体が小さくなるに伴ってレガリアの力が減った』ようだァ!」
レガリアは『生命力の象徴』。小さくなるということは、『生命力の減少』と同じ!フーゴンだけではなく、ジェリー・ミサもトルクも、まったく同じだ。
「······方法ならあるかもしれない」
そう言ったのは、トルクだった。
「『植物』は生命力の強い生物だ。そこに微量でも『生命エネルギー』を与えれば···――ただ、これは危険を冒すことになる。死ぬのもおかしくない···」
最後の一言で、一同は困惑する。悠谷とフーゴンは渋々頷く。使用人は、フーゴンが頷くなら、という感じに賛成する。
だが、ジェリー・ミサの手は微かに震えている。ジェリー・ミサの顔を伺うと、怯えてただ一点を見つめているように見える。