不思議なルッテ・クレンゼン(弐)
-前回のあらすじ-
フーゴンは凄いッ!メルタケスがヤバいらしいッ!
そんな中、悠谷とジェリー・ミサは不可解なレガリア使いの男に攻撃される。それは『夢』で見たことが本当になるという、よく分からない能力だ。
男の名は――ルッテ・なんとかッッ!
「そう···ボクの名まエは『ルッテ・クレンゼン』···セ界でゴバんメくライに『毒』ヲ愛しテいるモノサ」
毒の影響か、長時間水の中にいたからだろうか、脚に痺れがある。立つことはできるが、走れないかもしれない。
「ユーヤ···大丈夫?シャキッと立てる?視界は?モヤはある?呼吸は安定してる?両手をグー、パー、グー、パーできる?腹痛とか、体のどこかが痛むとかは?」
「大丈夫、平気だ···。ははっ、ジェリーが過保護すぎて『喉がいてぇよ』······ッ!?グブッ、ガハッ。カッハッ」
ビィチュア。
悠谷の右手とジェリー・ミサの着ている服を赤く染めたのは、悠谷の口から吐き出された『血液』だった。
「とッ!『吐血』ッ!?」
「『ヤバい』···ミタいダね。あとすウ分もタてバ、悠谷ハ『死ンだほウがマシ』ッておモウようのニナるヨ」
――完ッ全にバカにしてやがる···『あと数分』だぁ?もう···『それ』なんだよッ!
「···ぁ···ユーヤ···どうだろ、『危険を冒していいかな?』」
瀕死状態の悠谷から見えるジェリー・ミサは『いますぐここから逃げたい』と訴える目をしている。だが、悠谷は『可能性』を見いだした。
――ジェリー・ミサには『やらなくてはいけない』と『やりたくない』の2つの感情がある。悩むということは『示せば』いいのではないか?
「ッ、ジェリーッ!触れていたから分かる···そいつの着ている服の『胸ポケットの中に』···あるかもしれないィ···ぁ」
「ッ!?···『胸ポケットの中』······でも待って!『解毒剤があいつに触れている』なら···『爆発は使えない』わ!解毒剤ごとボンよ!」
考えていなかったわけではない。ルッテは『戦いを観てきた』と言っていたのだ。ジェリー・ミサの『シャボン玉』への対処法はバッチリだろう。
「そモソも···こコにあるノガ『解ドく剤』か···タシかじャないヨね」
ルッテがそう言うということは、その『胸ポケットの中』には何かがあるということか。それがもし『解毒剤』ではないとしても、悠谷たちは数少ない『可能性に命を賭ける』。
「ジェリー、取り方を···説明するぞ」
*
「ふぅ···近くでの大声は精神的にもキツいなぁ」
「ゆうやとジェリー・ミサもどこかへ行ってしまいましたからね」
まだ辺りが騒がしい。難を逃れるため車の中に入ったが、2人がいない限り車を出せない。
「···探しましょうか?」
「んー。いやぁ、ゆうや君はまだしも、ジェリー・ミサは『音』に反応して『シャボン玉』を出すのだろう?無関係の人間が怪我を負うハメになるのは避けなければいけない」
「そ、そうですね···」
外の様子だと、あと20分はこのままだろう。···退屈だ。
「···あぁーそうだ、聞いてくれ!今日見た『夢』でな、『ゆうや君が煉瓦で躓いて川に落ちた』んだ!」
フーゴンは言い終わると、大きな声で笑った。
「は、はぁ···『夢』···ですか。そういや僕も見ましたね。『変な夢』を···。『フーゴンさんが車を用意していた』という『夢』です」
――3人は顔を見合わせた。用意していた車とは、紛れもなく『この車』だろう。
「···くふっ···わァハッハッハ!トルク君、面白い『夢』を見たんだなぁ!」
フーゴンの爆笑に、トルクと使用人は苦笑する。この『偶然』がまた面白いのだ。
「最初にこの車を見たとき、変だと思っていたんですよ!まさかこの歳にまでなって『正夢』だなんて!これは面白い体験をしましたよォ!」
フーゴンとトルクが大笑いする。だが、使用人だけは、何か悩んでいた。
*
「――···だ。この『作戦』は···グッ···どう足掻いても『2回』が限界だ。いい···な?俺は、『ジェリーを信頼しているからな』···」
頭痛、目眩、痺れ。常人ならこのまま暴れた末、死に陥るだろう。だが悠谷は違う。悠谷にはジェリー・ミサがいる!悠谷には『生きる価値』があるッ!
「ねェ、本トウに···『こコに』あルとおモウ?」
ルッテは胸ポケットを叩く。あまり音がしないことから、やはり何かを入れていると分かる。
「は?···そんなの、『見ないと』分からないじゃない」
「ふゥーン······じャあさ、こコニあルモノを『見セてあゲル』よ」
――は?
「そンな顔シなイデヨ。ボクはイまから···君たチを······『ぜツ望のドンゾこにたタキ落トす』んダカらさぁ」
ギッ、ズビィ。
ルッテは胸ポケットに手を当て、胸ポケットを引きちぎった。そして転げ落ちたのは――「みズサ」
液体の入った小瓶だ。
「···『水』?」
ルッテは引きちぎった胸ポケットを、ズボンの右ポケットに閉まった。
「ボクが使ッタ毒ハ『ミずと化ガク反のウを起こシ有毒にナる』。そノ為の『水』ナノさ」
水――みず――すい――ウォーター――『解毒剤じゃない』···。
「それが···『液体の解毒剤』って可能性は?」
「『なイ』よ。解ドくザイはね、胃でしョうカサレるノを待ツヨり、チョく接···『ちゅウ射キ』で注入すル方がイいンダ···だから、こレは解毒ザいじゃナい。水だヨ」
ギャシャァン。
ルッテは水の入った小瓶を石造りの地面に叩き付けた。破片が悠谷の顔へと飛び向かう。それを、ジェリー・ミサは足で弾いた。
「···『絶望のドン底に叩き落とす』だって?······『湧いた』わ。『勇気が』ッ!」
「ジェリー、『最後の作戦』だ!」
作戦は『2回まで』だ。胸ポケットは違った。残る『1回』は、悠谷の予想が外れたとき用の作戦であり――『最後』だ。
「···あなたの言ってることから、あなたは『解毒剤の他に』『注射器』も持っているのよね?いや、疑問文にするまでもないわ···――持っているのよ!」
「···ん···グ···カッ······そ、ソんなワケ···――」
図星か。それしかないのだが。
「じゃあ、『どこに』あるんだろ?ユーヤは『胸ポケット』と言っていたわね、うん···そうかも。だって···『実際に胸ポケットの中』にあるんだもん」
「んッ!?···デも、ボクは『引きチぎっテマでミせタ』ヨネ?『かくジつにナカニはナいってショうめいシた』よネ?――だカラ、イマ、ボクノふクハダサくなッてるんダヨね!?」
ルッテの目線がジェリー・ミサから離れる。それが合図だ。
「今だッ!ジェリーッ!」
タッタタッ。ジェリー・ミサは体を丸め、左右にステップしながらルッテへと近付く。
スプァッ。ジェリー・ミサの伸ばした手は、確かにッ!ルッテの着ている『ズボンの右ポケット』を掴んだ。
「ッ!ジェリー・ミサもこコで終わリダァ!よッ!」
ギュシュッ。
ルッテは隠し持っていたのか、悠谷を刺したナイフをジェリー・ミサの腕に刺す。
「がァ···ッ――まッ、だァまだ···ふンッ!」
――だが、ジェリー・ミサは『逆に』ッ!『抜かずにもっと深く刺した』のだッ!
「ッ!?ナイフが···ッ」
深く刺すことにより、ナイフが抜けにくくなる。ジェリー・ミサはそれを図ったのだ。
ビュシュア。
ジェリー・ミサによって破かれたズボンの右ポケットの中から、ルッテの引きちぎった胸ポケットが落ちた。
「ッ!取ルなッ!――ビギッ!?」
問答無用ッ!ジェリー・ミサは肘でルッテの顎を強打した後、地面に落ちた『胸ポケット』を拾う。後ろへ下がるジェリー・ミサを、ルッテは捕まえることができなかった。
「な、ナな、なァ···『キょ可もエてイナいのにひトノものヲ取ルヤツがあルか』ァーーーッッ!」
「『許可』?ないわ。そんなもの···『悪には』必要ないもの」
ジェリー・ミサは、手に入れた『胸ポケット』を割いた。すると、中から『注射器』が出てきたのだ。
「やっぱり···『注射器』は『胸ポケットの布と布の間』にあったのね」
なぜルッテは胸ポケットを引きちぎったのか?それは2人に怪しまれなくするため。だが、悠谷の目を欺くことはできなかった。
「ユーヤ、注射器ってどう使うの?」
ジェリー・ミサは投げるように、注射器を悠谷に渡した。
「えっ?あっ···そこまで考えてなかった······まッ!まぁ、『静脈』に射てばいいんじゃねぇか?」
悠谷は医療に詳しくない。だが、病院で注射器をする時、右腕に射っているのを見ると、大体静脈にやるものかと思う。
プスッ。
「た、躊躇わずに刺すのッ!?」
「いや、躊躇ってる時間がなかったんだ。――これで何とかできなかったら···終わりかな?」
「ふんぁッ!つか、カかカッカカかかカ···使ワレたァーッ!」
ルッテは無我夢中に、ジェリー・ミサに向かって走り出したッ!
*
「そういや···君はどんな『夢』を見たんだ?」
「えっ、僕ですか?」
フーゴンの問いかけに、使用人の肩は跳ねた。
「えっと···――」
――「『見ず知らずの男が煉瓦で躓いて川に落ちる夢』を見ました」
*
「···あなたの負けよ。ナイフに付いている『毒』も···水に浸かった時、落ちているだろうしね」
一心不乱、猪突猛進――。
「よォクゥぅッ、モォォぉ――ウギャッ!?」
ルッテが足を引っ掻けたもの、それは『煉瓦』だ。ルッテは体勢を崩し、そのまま近くの川へとダイブした。
「ガァッ!ボクはッ、泳ゲナいんだァ!モうきミタチとッ、君たチの仲マニッ、こウ撃はシナい!誓うヨ!だカら、助ケテくれぇッ!」
もがくルッテを上から眺めながら、ジェリー・ミサは唖然とした。
「ジェリー···『助けてるんだ』。グランベル・ミサのことを聞き出す為に。だから···そいつが溺れる前に――」
「あーあー、分かったわよ。『助けりゃ』いいんでしょ」
ジャボン。
水しぶきから数秒後、ジェリー・ミサはルッテの『右手の人差し指だけ』を掴んだまま川から上がってきた。
「クッ、ゥ、タスケてくレたこトハ···『感謝』スるヨ」
名前-ルッテ・クレンゼン
レガリア-『夢』
生存しているので、特に語ることなし。