不思議なルッテ・クレンゼン(壱)
悠谷とジェリー・ミサ唖然とした。
「あの···えっ、フーゴンさん?これって···」
「どこからどう見たって、これは『自動車』だが?ゆうや君にはこれがフラミンゴやパスタに見えるかね?」
どかん。と道路沿いに停められているのは自動車だ。それも周りを走る自動車より、少し大きい。
「···いや、あの。どうして自動車が?」
「昨日の夜のうちに、わたしに仕える『使用人』に用意してくれと頼んでおいたんだ」
ということは、この自動車の中で鞄から書類を取り出してはサインをしている人は、その『使用人』なのか?
ふと、悠谷がトルクを見ると、こちらへ手招きをしていた。悠谷はトルクの元へ近付く。
「···フーゴンさんはただ自分を上げているのではない。権限と実績を持っているからこそ、フーゴンさんは浮かれているんだ」
トルクはそう言うと、悠谷から離れて行き、自動車のドアを開けた。
「予定通りこのまま『スキンシン』に向かうこと。道中に『敵』が襲いかかってきた場合、私たち『レガリア使い』はあなたの無事を優先する」
トルクの言葉に、使用人は当たり前だと言わんばかりに頷いた。『レガリア使いは』ということは、この使用人は『レガリア使いではない』と分かる。
「···あっ、そうだトルクさん···またです···またメルタケスに『レガリアを悪用する者』が現れました。やはりあなたたちがいなくなるとどうも···ダメみたいです」
使用人はそう言うと、鞄からとある『資料』を取り出した。
「2人組です。能力はいま調査中ですが、どちらかが『ものを割く能力』というのは分かっています···あっ」
使用人はジェリー・ミサがいることに気付いた。
すると、次は悠谷とジェリー・ミサには聞こえない、小さな声で喋りだした。
「『ジェリー・ミサ』という名前の人物は、ケルベリタには在籍していません。他国に数人いましたが、どれも連絡はついたため、彼女ではないと分かります」
「『やはり』···な」
そう言ったのは、トルクでも使用人でもない。フーゴンだった。
「···おかしいとは思っていたんだ。ジェリー・ミサには『脈拍がない。ただし生きている』。···ジェリー・ミサは『生と死の狭間に存在し』、その生命体はまるで···ェッ!」
――「存在の真偽が定かではない···『神と同じ』なんだ!」
フーゴン、トルク、使用人は、揃ってジェリー・ミサを向いた。その光景が理解できない悠谷とジェリー・ミサは、お互いの顔を見つめあって首を横に振った。
「···ユーヤ、私···『なにかあるのかも』···具体的には分からないけど、多分、重大なこ――」
「きャあぁアぁぁァあっ!」
その瞬間、ジェリー・ミサの後ろで女性の悲鳴が上がった。付近にいた50人以上の人が、その悲鳴に反応をする。
「すっ、『スケプルスさん』ッ!?まただッ、また『心臓発作』だッ!誰かァっ!救急車を呼んでくれェン!」
「僕が救急車を呼びます!メリキシさんはスケプルスさんに薬をッ!」
一瞬にして辺りは騒がしくなった。
悠谷が取った行動は、ジェリー・ミサの耳を塞ぎ人気のない通りへ移動することだ。
「ちょっ、ユーヤ!『自分で走る』から!」
「いいや、俺が連れてくねッ!ジェリーの耳を塞いでんのは、『シャボン玉』が出ないようにしてるんだッ!」
数十秒走ると、そこには人が1人もいなかった。さっきの奇声に反応し、興味本意で見に行ったのだろう。
「はぁ、はぁ···『危険』だったわ···やっぱり、私は『煩い』がダメみたいね。近くで大声を出されると、なぜだか『無意識』に『シャボン玉』が出ちゃうの···」
――危険だったと思うということは、ジェリー・ミサには人を傷付けたくないと思っている、ということ。悠谷はそのまま地面に座り込んだ。
「そっか···数十分は戻れそうにないな···」
ジェリー・ミサは「ごめん」とだけ言うと、悠谷を見なくなった。
「···ねぇ、ユーヤ。私···寝ている時にさ、『寝言』言ってなかった?」
「······『寝言』?えっとォ···あっ。『スケプルスさん』とか『心臓発作』が何とか···って、言ってた気が···ッ!?」
悠谷は気が付いた。座っていられなくなり、悠谷は立ち上がる。
「そうだ、『寝言』ッ!」
「そうなのよ、『寝言』なのよッ!私は『夢で』···あの光景を見たわ!」
所謂『正夢』か?
この『正夢』――もしかすると――「『レガリア』···かもしれない」
「『レガ···リア』ってことは···これは、攻撃?『使い手は近くに』――」
「『レガリア』···あァ、そウいや主様モそう言ッてイタかナ?ボクハ『デュー・フォルス』と呼んデいタよ」
その声が聞こえたのは、悠谷のすぐ後ろからだった。悠谷の前に立つジェリー・ミサに見えないように、悠谷の後ろに、男が引っ付いているのだ。
「ゆっ、ユーヤっ!」
「···くっ」
「おオっと。無駄なテイ抗はやめルべきだ。ボクは、『君タちの戦いヲ観てキた』ンダよね。そコデ気ヅいたんダ。『ヒッ勝ホウ』をねェ!」
グシュッ。
悠谷の右腕に、ナイフが刺さった。この男はナイフを持っていたのだ。
「悠ヤをヒト質に取れバァ、ゆウ谷は抵抗デキない。コう『引ッツいていル』ことで、ジェリー・ミサの『シャボンだマ』は封ジルことガできるンだよネ。ボクをねラえば『悠谷もマき込ンデしまウ』カラね」
男の話はよく聞いていなかった。思っていた以上に、この『ナイフ』には『仕掛け』があるらしい。目眩がして、立つのもままならない。
「ん?ふラツいてイるね?この『ナイフ』ニは、ボクが愛ヨウしていル『どク』『は』塗ッてアるんだ」
「えっ···『は』···?」
その時、遠くで物音がした。ガジャァン。
「ッ!?ジェリーッ···口と耳を···いや、鼻もッ!押さえろッ!」
「無茶言わないでッ!両手で目、鼻、耳を塞ごうとすると···『方耳が押さえられない』のよォッ!――それに···体の『穴』はそこだけじゃない···まだ···『下』にも···『2つ』···」
そうも言っていると、ジェリー・ミサの耳から『シャボン玉』が出てきた。
···時間がない?···切迫詰まっている?······いや、『違う』ッ!
「お前も知ってるだろ?この『シャボン玉』は『物質に当たると爆発』するんだぞ?」
「ン?それクラい···シってイるよ。そウダねェ···いマからユうヤがそこの『川』に飛びコむノモ···『ワかっていルサ』」
――悠谷は戸惑った。この男に、考えが『バレている』のだ。そうだ。悠谷は今からすぐ隣の川に飛び込もうとしていた。···なぜ『分かった』?
「···あぁあッ!お前がそう言うなら俺は『飛び込まねぇ』!『絶対に』なッ!」
「『そレハドうダろうネ』ェ?ボクは···『ウンメいをケッ定付ケること』ができルんだァ!」
悠谷が川に背を向けたとき、予想外にも『シャボン玉』は悠谷のすぐ目の前にあった。あと十秒経たずで悠谷に接触するほどだ。
「ッとったッだァッ!?」
悠谷は一歩足を引いた。すると、地面に落ちている煉瓦に足をかけてしまい――ドッブゥオン。川に落ちた。
「ぐぶっ、プゥハァッ!ケホッカッコホッ、う···『運命』···だとォ?」
悠谷が川に飛び込むこと、これが『運命』なのか?悠谷は否定したが煉瓦に足を引っかけて倒れる。この一連の流れは――こいつからすると『運命』なのか?
「フッ···ひゃっヘッベヒョフレはぁ···くっぷフッ···ほほーォはァッ!」
耳元で騒ぐなぁッ!悠谷はそんな意味を込めて、背中にいであろう男に拳を降り下ろした。
「『当たラナい』ネ···マァ、そりャそうだロう···悠谷ハ『背なカが見レナい』のダカらさ······そノ『アたラない』も···ヒトつの『運命』ナンじゃナいカナ?」
「そんなの···『偶然』だろ?お前は『たまたま』で···そんな腐ったれた顔を見せんのか?」
「···感シんしなイね···アあ···『ミんナ』そウダ、『うン命』なンてナイって···根ぽンから『ヒテい』するんダ···」
悠谷の力で倒すのは無理かもしれない。ならば、この川で『溺死』させることはできるかもしれない。悠谷はそう考えた。
作戦実行。背中にいるということは、背中を水に浸ければいいのだろう。悠谷は近くの梯子の両端を掴み、脚をバタ付かせる。『背泳ぎ』の体勢だ。
「なッ!?ぐブっごッゲっ······」
短い声の後、男の声は聞こえなくなった。
「···?あいつはどこに···いったんだ?」
「――『マえ』だよッ」
悠谷の腹に圧迫される力が入る。見ると、悠谷の腹部に男が立っていた。
「そシテ···『チェックメイト』!『ウノ』ウノウノウノォッ!『王手』ぇェェッ!」
男は悠谷を土台にし、陸へと飛んだ。
「ぐぶっ···ッ!?『体が···動かない』ッ···?」
動かないといっても、完全に動かないわけではない。動きづらい。思うように動かない。
「気ヅくノガオそいよォ···ボクは言ッたヨね?毒『は』ヌってアルと。······『水』サ。ボクのあつカう『ドく』はね、どレも『ム毒』なンダ···『水』トカ学ハん応を起コし···『有毒』ニナるんダ」
水をかけない。沈んで···行く。水に浸かるだけ危険が増すというのに、水から出ることができない。これも『運命』なのか?
――「『あんたらはバカね』」
ドブゥン。
水が弾け、悠谷の視界にはジェリー・ミサがいた。
「男同士でベタベタとくっ付いて、私そういうの···見たくないんだけど。···それもユーヤ···だし」
悠谷の腕がガクンと引っ張られ、悠谷の首から上は水の外に出た。
「···毒を抜く方法は分からないけど···毒で倒れる前にこいつを倒せばいいわよね?多分、『もしも』に備えて『解毒剤』でも持ってるだろうし」
近くに梯子があるのは有りがたい。悠谷は微小の力で川から出ることができた
「どうだよぉ···俺が助かるのも『運命』···か?――『正義の』ッ!『正義による』ッ!『正義の為の』ッ!···『運命』かァーッ!?」
男を見上げると、日光により見えにくいその顔の眉間には、明らかにシワがあった。
「···ウン、ウン、まァこれハ『予想』ダッたかラね。外れテモおかシくなイよ。···ボクの名マエは『ルッテ・クレンゼン』···『レガリアは』····『ひ、み、つ』ダよ」