『鏡』の中のクルペッキン(参)/『後悔』――したか。してないか。(壱)
-前回のあらすじ-
クルペッキンの『鏡』の能力を暴こうとする悠谷とジェリー・ミサ。そこで行き詰まったのが『鏡から鏡への移動』だ。『鏡から鏡への移動』を攻略するために試行錯誤し、いまッ!悠谷は鏡を調べている。
次に2回目に観た鏡の隣だ。
三枚目···特に異常なし。もう一度『寝かせて』置いた。
鏡を見ると、ジェリー・ミサが白鳥のポーズをしている姿が思い浮かぶ。この鏡に『異常』があったところで、ジェリー・ミサの頭の方が異常なのだ。
「···微妙に躊躇っているのを見ると、次にくるんじゃないか?と思ってますね···『4』···実に不吉です」
「ん···そうかい、お前は『4』という数字を『不吉な数字』と思っているのか······『四葉のクローバー』ってあるだろ?あれ、見つけたら『幸せ』があるんだってな···俺は思うぜ?『4』は『幸福の数字』なんだ、ってなァッ!」
悠谷は次に、後ろにある鏡を持ち上げ――そのまま地面に叩きつけた。
バァシャァアン。
破片が飛び散り、悠谷の履いているズボンに傷が付いた。
「···『ヤバかった』···今さっきまで、僕は『そこに』いたんです。君が鏡を割るとは知らずに···」
「『ヤバかった』だと?俺はいまからその言葉を『ヤバい』に変えてやる···その次が『ヤバすぎる』で最後は···『無言』だ。何も喋らねぇ、死ぬからな」
――これは賭けだ。間違えれば死ぬのだ。だが、悠谷には1つの『道』が開けている。
「お前を倒すための『道』はァ!ここにあるゥッ!」
三回目で割った鏡の隣。悠谷の考えでは『ここにヤツがいる』。
「ッ!『ヤバい』ッ!」
バァッシャァーーーーーン。
鏡が割れたすぐ、ジェリー・ミサが悠谷に向かって「後ろ」と叫んだ。――悠谷が後ろを振り向くと、そこにはクルペッキンが立っていた。
「···はぁ···死ぬかと思いました···どうして、僕のいる鏡が分かったんです?」
「簡単なことだ『賭け』なんだよ。···『鏡』ならやっぱ『反射』かなと思ったりな。――お前は『入っている鏡に映る鏡へ移動する』んだ···」
悠谷は何も考えずに、ただ鏡を割っていたのではない。クルペッキンを少しずつ誘導していたのだ。
そうと知っても尚、クルペッキンは鏡の中へ入っていった。
「···もう、お前を倒す方法は分かっている···ジェリー、こっちに来てくれ」
「えっ、う、うん···」
突然名前を呼ばれたジェリー・ミサは、速足で悠谷の元へ歩いた。
「多分、これが最後の作戦だ···」
戦法――『激情させる』。
「あいつは言っていた。男と女でイチャついてたら殺したくなるってな···こうするんだッ!」
悠谷はジェリー・ミサの手首を掴み、自分の胸元へと引いた。
「ちょっ、これっ···て」
――悠谷はジェリー・ミサを『抱き締めた』のだ。ジェリー・ミサが離れないように、強く抱き締めている。
「きっ、君たちィ···抱き合ってぇ···殺してほしいんですかァ?」
悠谷の後ろにある鏡からクルペッキンの腕と刀が出ている。
「···出てきたな。俺には分かるぜ、『そこだな』」
クルペッキンが刀を降り下ろした時、悠谷は勢いを付けてから右足を後ろに曲げた。悠谷の右足は、見事クルペッキンの肘に当たった。
――クルペッキンは刀を落とした。
「ガァ···カ···やっ、あ···『ヤバすぎる』ゥ···」
悠谷自身、力を入れすぎたと思っているのか。関節が外れただろう。
「激情したヤツは、みんな周りが見れなくなる。お前は···俺の前に『鏡』があるのを見なかった。だから俺はお前のいる位置が分かったんだッ!」
鏡からダランと垂れている腕を引っ張ると、鏡より大きい男が出てくる。『レガリア』は『異次元』をも生み出すパワーがあると理解した。
「ユーヤ、こいつどうするの?失神してるけど···」
「···生かしておけば、グランベル・ミサのことが聞ける···そう思うんだが···俺は『許せない』な。ミラの時だってそうだった。『ジェリーに手を出すヤツが許せない』。死ねばいいと思う···だから――」
悠谷は足元に落ちている刀を拾った。刃を向けて、クルペッキンを目掛けて――降り下ろした。血が飛び出てくるのを見て、気分が悪くなる。
「···もうこいつは『喋らない』。俺が言った通り『ヤバすぎる』の次は『無言』だったな···」
名前-クルペッキン・ファンダン
レガリア-鏡
失神中、背中を切られ、出血多量により死亡。
それから数分後、騒動に駆け付けたフーゴンとトルクによって、悠谷とジェリー・ミサは怪我が治った。
「ジェリー・ミサ、その『指』は病院で治療するしかない。わたしの『治癒・THE・手』は『生物』···『生命のあるもの限定』だ。一度体から切り離せば爪や髪の毛でも元には治せない」
流血はしていないが、自分のなくなった指を見つけるジェリー・ミサは、どこか悲しそうだ。
「幸いゲネには病院がある。そこに行こう」
そう言って、フーゴンとトルクは『クラクセルの塔』を出ていった。悠谷に手を引かれながら、ジェリー・ミサは自分の指を掴んでいる。
「···私、間違ってなかったよね?今回の戦いで悠谷に近付いたこと、傷口を焼いたこと――全部正しい行動だったよね?」
「『正しさ』はやった『後』に分かるもんだ。ジェリーはいま『後悔』している。分かるよな?ジェリーの行動は『間違っていた』んだ」
言い捨てるように、悠谷は言い放った。それでもジェリー・ミサから手を離さない姿を見ると、絶交や拒絶はしていないと分かる。
「でっ、でも···私は『生きてる』よ?」
「ッ、生きていればそれで『いい』のか!?肝心なのは『生きているのか』なのか!?『違う』だろ?ジェリーが失ったのはその『指だけ』か?···俺は······嫌なんだよ···ジェリーが傷付く姿を···見たくなんだよッ!」
思い返すと『自分も』なんだなと考えてしまう。ミラとの戦いの時、悠谷は自分の命を捨ててまでジェリー・ミサを守ろうとした。ジェリー・ミサと『同じ』だ。
「···『違う』。私はただッ!悠谷の無茶してるのが見てられなくて···助けないとって思って···えっと、だから···」
「どうして分からないんだよ!俺はお前のために、命を賭けてんだぞ!?」
「だからよ!私は悠谷に怪我を負われるのが嫌だから!悠谷と一緒に戦っているのよ!」
――らちがあかない。それもそうだろう。悠谷にとってはジェリー・ミサが、ジェリー・ミサにとっては悠谷が『大切』なのだ。お互いが守りたいと思っているのだ。
2人で言い争っていると、ゲネの病院に着いた。中に入って申し込みをすると、悠谷とジェリー・ミサは別れた。
「···ゆうや君。少しいいかね?」
フーゴンに呼ばれ、悠谷はトボトボと歩いた。
「『敵』は単純なものではなかった。ミラを倒したのだから当分はこないと思っていたが···違った。この先···最低でもこの市内にもう1人は『敵』がいるだろう···――」
グランベル・ミサの元へ着くまでに、何人の『敵』が来るか分からない。その戦闘で、誰が死ぬかも分からない。
「···そこでだ。···ジェリー・ミサは連れて行くべきなのか?と思ったんだ」
「ッ···ジェリーは『行く』、『行きたい』と言います。俺たちが目指しているのは『ジェリーの弟』だ。ジェリーが行かないわけ、ないでしょ?」
これは全て『自分だったら行く』という考えで言っている。ジェリー・ミサとは会話が少ないが、一同の中で一番多く会話している仲だ。ジェリー・ミサのことなら少しだけ分かる。
「···ゆうや君に頼みがある。ジェリー・ミサの質問してほしい。『――それでも来るのか?』と、言ってほしい」
「えっ、あ···『俺が』か······ジェリーと喧嘩?しちゃってるから···話し辛い···」
いまジェリー・ミサと話したところで、本題に集中できないかもしれない。
「いいや。ゆうや君が必要だ!『ゆうや君が』言うべきだ!」
「いや、いやいやいや。なんで『俺が』なんだよ!」
「ジェリー・ミサの無事をより強く願うゆうや君が···ゆうや君の『想い』をジェリー・ミサに言うべきだ。ジェリー・ミサの答えは『ゆうや君の答え』でもある」
悠谷に選択肢なんてなかった。否定することができない。悠谷自身、ジェリー・ミサに伝えたい気持ちがある。だが――『言えない』。
「···俺はジェリーに来てほしくない。今回みたいに、ジェリーの苦しむ顔が見たくない···でも、ジェリーは絶対に『行く』と言う」
それからは、会話どころではなかった。ただ悠谷への『義務感』があるだけだ。
2時間ほど経ったのか、ジェリー・ミサが廊下を歩いて悠谷の元へ来た。
「···1時間半くらいで指が動くようになるわ······『また戦える』···から」
ただそれだけを告げて、悠谷の、1つ飛んだ隣の席に座った。この『距離感』が鬱陶しい。
「···『どうして』だよ。どうして『戦おうとする』んだよ···死ぬかも知れねぇんだぞ!?」
「それはッ···」
ジェリー・ミサは『死ぬかも知れない』という言葉に言い返せなかった。
人間は体の何れかの器官が破壊すると死ぬ。血を流しすぎると死ぬ。当たり前だ。だから言い返せない。
「···俺は『嫌』なんだよォ···ッ。お前の危険が···見過ごせねぇんだよォ!」
『ガチで』涙が溢れそうになった。これほど『苦しい思い』をしたのは何年振りだ?これほど、誰かの無事を望むのはなぜだ?――分からない。
「危険を冒してるのはユーヤが先よ!ユーヤが死ぬかもしれないと思ったから、私は参戦しているの!···ユーヤが悪いのよ!」
「は、はぁ!?『違う』だろ!俺はジェリーを守りたいから!···俺は『ジェリーの為に戦ってる』んだよ!」
――この話し合いに終止符は付かない。永遠に2人の想いが飛び交うだけだ。
「···ジェリーは家に帰るべきだ。ジェリーがいなければ、俺は···多分、無茶はしないだろう」
頑固な人を動かすには、その者にとって嬉しいものを与えるのがいい。
「···本当に『無茶』はしない?」
「あ、あぁ、『約束』する。捨て身だとかそんなの止めて、ただグランベル・ミサの元へ行くことを考える。どうだ?」
『守りたいもの』がいなくなるのだから、悠谷は無茶をしなくなる。ただそれだけだ。
「······『嫌よ』。私は何がなんでも、ユーヤと一緒に行く。ユーヤが何を言おうと、私は一度決めたことを変えたりなんてしない」
――もう、話し合いをする価値がなかった。相手へと向ける『言葉』が、返って自分自身を傷付けるのだと、悠谷とジェリー・ミサは知っているからだ。