後藤悠谷とジェリー・ミサ(壱)
イーズランド南西部。荒野と化したケルベリタ跡地。
「おーい!また死体があるぜ!これで何人目だ」
かつて『希望の本拠地』と呼ばれていた『ケルベリタ』は、原因不明の爆発により亡骸となった。
「いくら従業員が多かったとはいえ、この量はやっぱおかしいよな」
その『爆発』は科学では証明できないものだ。それもそうだろう、その爆発は『神の力』によるものなのだから。
「あぁ。もう『500人』は越えてるぜ···へへ。しかもその全てが『身元不明』なんだぜ···怖いっていうか逆に笑えてくるよなぁははは」
一人の男が苦笑すると、周りも釣られて笑い出す。
「ははは」
「ぐへへへ」
すると、遠くで若者たちが彼らを呼んだ。
「こっちへ来てくれ!なんか、珍しいモンがあるぜ!」
男たちは若者の呼ぶ方へと土をかき分け歩いた。そこには、他の死体とは違い艶やかな肌をした少女が全裸で砂に埋もっている。
「あぁ?···なんだこりゃあ」
「綺麗な肌してるだろ?これで心臓が止まってるんだぜ?」
心臓が止まっているのは本当だった。首筋に指を当てても脈がない。完全に、誰が何を言おうと、この少女は『死んでいる』。
「冷てぇな。人形···じゃないか」
今まで見つけてきた死体は全て乾燥していたものだから、この少女の死体は珍しいものだ。
「な···なぁ···。『屍姦』って、知ってるか?」
「『屍姦』···って、お前正気か!?こいつは『死んでいる』んだぞ?見ろよ!お前ンとこの娘さんくらいの子だぜ?」
一同は、その『死体』で喜ぶどころか、困惑して手が出せない状況だ。
「じゃ、じゃあさ。これ···誰が運ぶんだ?先に言っとくがよぉ、お、俺は嫌だぜ」
男がそう言うと、一同も「俺も嫌だ」と騒ぐ。屍姦しようとしていた男でさえ、口をパクパクしているだけだ。
――誰もが黙り込む。――すると、その『少女の死体』の指が数センチ動く。
「ッ!」
「お、おい!見たかッ!?こ、こいつ、動いたぞ!」
「あぁ見たよ!脈は···ッ!と、まって、いやがる···」
その場から逃げ出す者、故人を盾に身構える男。心臓が止まっているのに『生きている』、そんなハズがない。では、この少女はなんだ?
「腐敗ガス!水死体は腐敗ガスが多く出るから指が動いたりするだろ、あれだよアレ」
「いや、腐敗ガスが出てるのならよぉ、腹部が変色してるハズだろ?見ろよ、どこも変色しちゃいないぜ。綺麗な肌だ···」
次の瞬間、少女の目がかっ開いたッ!
「う、うわァッ!?」
一同は一斉に逃げる。だが、2人の男は少女の死体に石を投げる。
「······痛い」
少女の死体が、石を投げた男を見て、そう言った。
「ッ!こ、ここ、コイツ!『喋った』ぞッ!ヤバい!こいつ、何かヤバいぞ!お前らぁ!逃げ――」
大声で叫ぶ男は、遠くにいる仲間たちにあっちへ行けと腕を横に大きく振る。その腕が――だんだん膨張して――
「逃げ···ろ、逃げ――ぶげ、ぶぎゃ···」
――『爆発』した。
「な、にゃあにぃいッ!?」
次に、もう1人の近くにいた男も――『爆発』した。
「···うる···さい」
少女は、以下にも子供の、華奢な声を発する。
――後藤悠谷は見た。少女の凄まじき『能力』を。そして、周りの人間が気付いていないことに気が付いたのだ。
少女の口や耳から『丸い玉』が放出されている。ふわふわしていて、風になびいているようで、それは正に『シャボン玉』のようなものだ。『シャボン玉』は『音』の鳴る方へと流されている。『シャボン玉』は、物体に当たると『爆発』する性質がある。
「逃げろ」と叫んだ男が『爆発』したのは、大声を出したからだ。次に「何」と叫んだ男が『爆発』したのは、声を出した順番なのだろう。
悠谷が少女の『能力』について考えていると、また爆発音が鳴った。悠谷の目の前に腕が飛んでくる。誰の腕かは分からないが、爆発によってバラバラになった者の腕だろう。
「うワァっ!?」
――しまった。『声』を出してしまった。少女の口から『シャボン玉』のようなものがぷくりと出てきて、悠谷を目掛けてゆっくりと飛んでくる。
(···や、ヤバい。幸い彼女とは距離があってあの『シャボン玉』もこっちに届くまで時間がかかる。···だが、あの『シャボン玉』は確実にこっちを目掛けてる···考えろ···考えないと···『死ぬ』···)
悠谷がお先真っ暗になっていると、遠くで男の大声が聞こえた。「ケビィィィンッ!目を覚ましてくれェッ!」――『シャボン玉』は、軌道を変えて大声を出した男の方へと向かう。
「た、助かった···。いや、軌道が変わったということは···やはりっ!」
――数秒後、大声を出した男は『爆発』した。その男の死で、ケルベリタ跡地にいる生き残りは悠谷1人になる。
(『シャボン玉』は爆発した···つまり俺が『音』を出さない限りは助かる見込みがある。···が、あの少女をどうするかだよなぁ···)
少女に見つからないように、『音』を出さないように。悠谷は箱や車に身を隠し、森を目指す。
(森の中なら隠れやすい。見た感じあの『シャボン玉』は『追跡中に他のものに当たっても爆発する』からな。森の中なら木が障害になって俺を守ってくれる!)
森までの距離が200メートルを切った。行けるぞ、これは。悠谷は意気揚々とスピードを上げる。
――ギャリ。
石と鉄を擦り合わせた『音』が足元から聞こえた。
「こっ、これは!」
足元を確認すると、簡単に『音』の正体が分かった。それは決定的な物なのだ。
「シャベル!踏んじまったッ!」
悠谷が少女を向くと、やはりこちらを見ていた。少女の耳から『シャボン玉』がふくれ出てくる。
「や、ヤバいッ!もう『囮』がいねぇよぉー!」
少女との距離と今まで見てきた『シャボン玉』のスピードから大まかに結論付けると、『シャボン玉』が悠谷の現在地まで届くのに20秒···『走れば逃げ切れる』ッ!
(よく分からないけど、俺は助かるんだ!元々望んで死体回収の仕事に就いたわけじゃないし、みんなとも上手くいってなかった。これで、これでいいんだよなぁ!)
もう足音など気にしている余裕なんてない。ただ走ればいい。生きればいい。
森まで100メートルもない。
(よっしゃぁァアア!行ける!活ける!『生ける』ッ!)
――ところがどっこい!『神』は!悠谷の味方ではなかったッ!それ故に、悠谷は見逃していることがあったのだッ!
(ふっ、ふぉふぉ···ふぁ······何!?い、いけると思ってたのに···なな、な、なんだこれ!?)
左から、するりと『シャボン玉』が飛んできたのだ。
(ま、まさか!俺が1つの『シャボン玉』に見いっている時···既に、あの少女は!『シャボン玉を飛ばしていた』のかッ!)
後ろを見ると、既に『シャボン玉』は悠谷から5メートルほどまで近付いていた。完全に挟み撃ちだ。
「い···い···『逝ける』ゥ!いやぁ!死にたくなぁいぃ!」
悠谷が大声で叫ぶと、『シャボン玉』のスピードが加速する。
「·········はッ!そうか···ふふっ、『そうなのか』!いきなり『爆発』したりして恐ろしかったけど···その『シャボン玉』の性質『音に反応する』という点を考えれば···何ともない、ショボくれてるんだよなァ!」
悠谷は足元にある石を手で掴み、力いっぱい投げる。――石は見事に、近くの車に命中した。
――ボグォン。
悠谷を目掛けていた『シャボン玉』は軌道を変えて、車の方へと進む。
「遠くで『音』を出せば『シャボン玉』はそっちへ行く!これがあの少女の『弱点』だッ!」
『シャボン玉』が車に当たると『爆発』してしまう。離れなければ危険だ。
(いまのうちに森の方へ――え?)
悠谷が再び森を向いた時、既に少女は悠谷の前に立っていた。
「あ···や、やぁ···元気···かい?裸で寒くないかい···へへ」
冷や汗が止まらない。全身を巡るこの感覚···『今から死にます』という知らせのようだ。
「···ねぇ、あなた···」
少女の小さな口が、微かに聞き取れる声をポツポツと発している···のか?
「あなたって『俺』のことかな···もしそうならさ、他をあたってくれないかなぁって···もう他には誰もいないか」
(いつだ···いつ『シャボン玉』を飛ばすんだ···くるなら、こい!飛ばした瞬間にここにある、この···この石···で、って、ない!『石』がないぞ!?)
――石がないということは即ち、次のターンで『後藤悠谷の死』を意味する。
少女は息継ぎをした。そして、小さな口を開き――
「『服』がほしいの···」
――と言った。少女は自分の大切なところを両方の腕で隠している。
「···えへ?」
何が起こったのか理解できなかった。既に自分は『爆発』したのではないか、少女の言葉が意味不明すぎてそう思えてしまうのだ。
「私···『裸』なんだけど···だから『服』、ない?」
――なぜ、まだ車が『爆発』しないのか。悠谷は疑問に思った。少女を気にしながら、そっと車へ目をやる。
(『シャボン玉』は···『が』っ!『シャボン玉』がないぞ!)
確実に『車』へと向かっていた『シャボン玉』は、目的地に届く前に消滅しているのだ。
「あぁ、さっきのアレを気にしてるの?アレはもう私が消したから···だから『服』!『服』ちょうだいッ!」
「そ、そう急かすなよ···いや君みたいな少女が全裸なのは気がかりだけどさ···いまのこの状況が整理できないんだけども···」
気付かれないように少しずつ後ろへ下がり、相手の気がそれた瞬間に猛ダッシュで逃げる。――そう考えなければいけないのに、少女の腕と腕の隙間から見える体に目がいってしまう。
「煩いやつらを『爆発』した。私は裸だということに気付いたからあなたに『服』を求めている。はい、終了」
突然の早口に驚いた。それほど『服』が欲しいのだろう。···ただ面倒くさいだけか?
「あ、あぁ···どれほど『服』を欲しているか分かったよ···だけどさ、『服』持ってないんだよな···」
「···それ。あなたがいま着ているその『服』」
少女の謎の力を見てから少女に指を指されると、なぜか驚いてしまう。さっきの『爆発』も、少女は「煩かったから」と言っていた。機嫌を損ねれば見えるのは確実な死だ。
「これは···汗臭いぞ?」
「じゃあいらない」
「即決かよ!――はぁ。いいよ、『服』くらい買ってやる。だがな!」
悠谷は手で地面を弾くようにして起き上がる。
「約束しろ。『俺を絶対に爆発するな』分かったか?」
少女は迷いの表情を浮かべた後、「分かった」と言った。
――この二人の出会いは『運命』だった。少女の『宿命』なのだ。
少女の秘めた力はこの『爆発』だけではない。世界の理を変える、少女は世界一···いや、『宇宙一』ッ!!世界を創った『神』に近い存在なのだ。
2人の旅は、まだ序章に過ぎない。