第5話 スープ
・・・あれ、真っ暗だ。何も見えないぞ。それに手足も動かない。何かで縛られているみたいだ。困ったな、身動きが取れないぞ。
ちょっと待てよ、これってもしかして拉致って奴じゃないのか?ええっ・・・一体どこの誰が何のために俺なんかを!?
ていうかここ、どこだ!?俺は昨日部屋で寝ていたはずだぞ!?
ん?部屋で寝ていた?
「あっ・・・」
俺って朝になると全く頭働かなくなるんだなぁ・・・
ていうか今何時だ?まだ学校行く時間じゃないよな?さっさとこれ解いてもらわないと。
「恵ー!起きてるかー?おーい、これ解いてくれよ!」
・・・返事はなし。いつも早起きしてるみたいなのに今日はまだ起きていないのか?ひょっとして雨が止んだってんで自分の家に帰ったんじゃあないだろうな。
参ったなあ・・・これはいったいどうしたものか・・・
―――ペタ―――ペタ―――ペタ
ん?足音が聞こえるぞ。なんだ、やっぱりいるんじゃないか。
よし、こっちに近づいてくる。早くこれ解いてくれよ。
―――ピタッ
・・・おかしいな。さっきから全く動いていないみたいだぞ。
「おーい。早くこっち来て解いてくれよ」
「・・・」
返事は帰ってこない。なんだ?どうしたんだ?
そこにいるのは分かっているのに何をしているか分からないというのはなかなかに怖いものだ。うーん・・・とりあえず目隠しだけでもなんとかしたいな。
俺は床に顔を擦り付け、目隠しを外そうと試みた。(寝ている間に床に落ちたみたいだ。)
ほどなくして目隠しは無事外れたが、その分何かを失ってしまった気がする。
「ふぅ・・・おい恵。さっきから何を・・・」
俺が恵のものだと思っていた足音。
しかし、それは恵の物ではなかった。
「うわあああああああああああああ!!?」
昨日ウチに連れ帰り、以来ずっと意識を失っていた少女の姿がそこにはあった。
「お、起きてたのか」
「・・・」
「えっと、この縄解いてくれる?」
「・・・」
「・・・聞こえてるよね?」
「・・・」
んん?聞こえてないのかな?1mも離れてないと思うんだけど。
「・・・」
彼女はきょとんとした顔のまま動かない。
「・・・ええと、君の名前は?」
「・・・」
「あ、ごめん。こっちから名乗るのが礼儀だよな。俺はコウ。クロガネ・コウ」
「・・・」
「で、君の名前も教えてもらっていいかな?」
「・・・」
うーん・・・全然口を開いてくれないな。
あ、そういえば今何時だ?時計時計・・・いっ!?
あちゃー、これは完全に遅刻だな。
「むにゃ・・・おふぁよー・・・」
ようやく起きてきたか!
「そんな格好してどうしたのー・・・?」
お前がやったんだぞ。
「それより時計を見てみろ。面白いものが見られるぞ」
「時計ー?んー・・・」
しばしの硬直。
「ああああああああああああああああああ!!」
朝からすっげぇ大声。しかしすっかり目が覚めたようで何よりだ。
「あああああ・・・皆勤賞ねらってたのに・・・」
「まぁその、ドンマイだな」
「うぅ・・・他人事みたいに・・・」
「なんで今日に限ってこんなに起きるのが遅いんだ?いつもならもう家出てる時間だろ」
「実は一晩中自己嫌悪で身悶えてて・・・」
「自己嫌悪?なんで?」
「聞かないで・・・」
一体何なんだ?まあ別にいいけどさ。
・
・
・
遅刻の確定した俺たちは、いっその事と開き直り、今日一日学校を休むことにした。恵には遅刻してでも行くことを勧めたが、全く喋らない彼女が気になって放っておけないからと、結局休むことにした。
「でも目が覚めてよかったねー」
鍋をかき混ぜながら恵が言った。
「・・・」
「ああ、これからどうすればいいのかは全然分からないけどな」
「何か手続きをすればいいんだろうけど、この子のこと何も知らないもんねぇ」
「あ、もうすぐご飯できるから座ってて」
「・・・」
しかし、彼女は席には着かず、その場に突っ立っていた。
「せめて名前だけでも分かればなあ」
「そうだね。話しかけるときにも不便だし。あ、これ運んでもらっていい?そしたらもう座ってていいから」
恵が3人分のスープが入ったトレイを指して言った。
「おお、美味そうだな」
「有り合わせの材料だけどね」
有り合わせでここまでの物が作れるのなら大したものだ。
キッチンからテーブルへスープを運んだ俺は、再び彼女に声を掛けてみることにした。
「座らないのか?」
「・・・」
「味のことなら心配無用だ。恵の料理は結構美味いぞ」
「・・・」
うーん、やっぱり駄目か。仕方ない、ひとまず座るか。
「・・・」
ん?おお!
俺が椅子に座ると、彼女ものそのそと動き出し、ぎこちない動きで反対側の椅子に座った。
「どうだ?いい匂いだろ」
「・・・」
彼女は何も喋らなかったが、今度はスンスンと、スープの匂いを嗅ぎ始めた。どうやら気に入ったようだ。
なんだ、やっぱり通じるじゃないか。そう思うと嬉しくなり、思わず笑みを零してしまった。
すると彼女もまた、俺の真似をするように笑顔になるのだった。
続く