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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

西暦二〇XX年の七夕

作者: 藤田大腸

 七夕、それは年に一度、織姫と牽牛が逢瀬を重ねる日である。


 二〇XX年の七月七日、日本は全国的に雲ひとつない晴れであった。子供たちは願い事を書いた短冊を笹の葉にかざり、親や友達と一緒に星空を鑑賞する。そんな光景が日本各地で開かれていた。


 しかし七夕に浮かれている日本人を冷笑する男がいた。天川綺流(あまかわきりゅう)という大学生はまさに七月七日生まれで、二十一歳の誕生日を迎えた。苗字が天川で七夕生まれということで、両親によって「天の川の綺麗な流れのような人間になるよう」願いを込めて「綺流」と名付けられた。


 だが綺流は両親の願いとは正反対の人間に育ってしまった。小学校中学校といじめられてきたせいで性格が歪み、進学校に進んだものの一人も友人もできず、学業もおろそかになって成績は落下。何とか大学には進学できたが名門進学校の実績には似つかわしくない程度の大学で、そこでも友人はできず講義はサボりがちで留年寸前という有り様であった。


 友人すらできないのだから恋人などいるはずもない。街を行くカップルを見ては嫉妬の炎を燃やし、自分より容姿が劣る(と思い込んでいる)人間でもカップル連れになっているのを見ると憎悪の火炎を昇らせる。クリスマスとバレンタインは唾棄すべきイベントであった。七夕も例外ではない。男女の逢瀬を国民的行事として祭り上げることへの嫌悪感はもちろん、何よりも醜い容姿と境遇に似合わないふざけた名前を付けられた原因となった日であるから、憎みようはそれは大層なものであった。


 綺流は街の雑踏に踏み入れる。行くあては特に無い。またとない夜空の鑑賞日和。みんな空を見上げているが「こんな都会で天の川なんか見えやしねえよ」と周りに聞こえるように毒づき、人ごみをかき分けていった。


 大型店舗の前では「七夕感謝祭」と銘打ったセールが開かれていた。玄関前には法被姿の店員が呼び込みを行い、その横には短冊が飾られた笹の葉が置かれている。書かれている願い事は、綺流にとっては滑稽なものにしか映らない。どうせ叶いやしないのに。


 叶いもしないのだから何を書いたって良い、という自分勝手な発想に至った綺流は自分も短冊に願いを書くことにした。店員に短冊とペンが置かれている机に案内されると、綺流は筆圧をこめて願い事を書いて吊るした。そして何も買わず店を後にした。


 店員は「ありがとうございます」と言ったものの、冷やかしで来たに等しい綺流を馬鹿にしていた。一体こいつの書いた願い事は何だろうと見てみると、あまりの馬鹿らしさに鼻でせせら笑った。



『織姫と牽牛が爆発して死にますように きりゅう』



 これが、今日で二十一歳になる男の書いた願いである。だが、願い事は叶いつつあったことは綺流は知らない。


   ☆


 ベガとアルタイル。煌々として輝く一等星はそれぞれ地球から二十五光年と十六光年離れており、デネブとともに「夏の大三角」を構成している。


 かつてアルタイルにはSETI(地球外知的生命体探査)の一環として、一九八三年に日本から電波を飛ばしたことがある。十六年後の一九九九年には到達していたはずだが、返信が無いままだったのでこの恒星系には地球外生命体は存在しないと思われた。


 だが実際は存在したのである。地球より遥かに進んだ文明を持つアルタイル人が。そしてベガにも。


 両恒星系に住む人類はお互いに系統的に共通の祖先を持っているが、地球人とは系統が異なっていた。だが見た目は地球人と全く変わらない。地球のように知的生命体が存在し得る環境があれば例え系統が違っていようが、地球人と似たような形に進化するのである。


 ベガとアルタイルは友好関係にあった。長い歴史の中で時には戦争という不幸な出来事もあったが、それを乗り越えて揺るぎない友誼を結んでいた。しかし両星は今、存亡の危機に瀕している。


 十年前から両星間の国境に現れた謎のガス雲。特異な挙動を見せるそれは学者たちの研究欲を刺激するものであり、ベガとアルタイルは共同で調査船を派遣した。それが悲劇の始まりであった。調査船は全て未帰還となったが、人類は犠牲者への弔意よりも恐怖の感情を抱いた。調査船が最後に送ってきた情報では、ガス雲から何者かにより、明らかに悪意をもって攻撃を受けたことを示唆していたからである。


 そして恐怖は絶望へと変化した。ガス雲から出現した正体不明の兵器群が現れ、ベガとアルタイルを侵略していった。敵は質、量ともに圧倒的な戦力を持ち、両恒星系が誇る宇宙艦隊は敗北を重ね、ついに抵抗不可能な状態にまで陥った。


 敵と交渉しようと試みても無駄であった。敵の要求は領土でも金でもなく、人類の殲滅そのものであったと確信した時、もはや神々にすがるしか手段はないかと思われた。


 しかし一縷の望みは残されていた。奇跡的にも鹵獲に成功した一機の敵機を、徹底的に研究して敵に対抗し得る兵器を作り上げたのである。それがカッサーギ。ベガ、アルタイル共通言語で「橋を渡す者」という意味の戦闘機であった。


 だが戦局は逼迫し、限られた資材でようやく作ることができたカッサーギはたったの一機。人類が生き延びるために統合作戦本部が練り上げた作戦は、敵のガス雲めがけてカッサーギ単機で突入し中枢を破壊することであった。成功の可能性は限りなく低いが、これ以外に手段は無かった。


 絶望的とも思えるこの作戦に志願したのは二名。一人はアルタイル国(現地では別の国名で呼ばれているが、便宜上アルタイル国と書く)宇宙空軍のエースパイロットのケーンという男で、もう一人はベガ帝国(同じくベガ帝国と書く)の第一皇女でありながら同じく宇宙空軍に籍を置いている、オリヴィであった。この二名はかつて両国間共同軍事演習で激しいドッグファイトを繰り広げ、その後意気投合して良い仲にまで発展していた。


 結婚も噂されたがオリヴィの父親であるベガ皇帝は反対していた。お気に入りの家臣の息子に嫁がせるつもりだったからである。大事な娘であるから作戦への参加にも当然反対した。しかし気の強いオリヴィは「戦って死ぬか何も出来ぬまま死ぬか、早く死ぬか遅く死ぬかの違いでしかありません!」と詰めより、とうとう承諾した。ついでに作戦に成功した暁にはケーンとの結婚を認めるよう迫り、これも渋々ながら認めさせた。


 地球時間にしてわずか百時間の訓練でカッサーギに乗り込むことになった二人。メインパイロットはケーンでオリヴィはコパイロットを務める。ベガ帝国本星にある宇宙空軍基地の滑走路では、ベガ皇帝とアルタイル国大統領、両国政府の高官と高級軍人、そして寝食を忘れて機体作り上げた開発スタッフとベストコンディションに持っていった整備士達がカッサーギの発進を見送ろうとしていた。上空は雲ひとつ無い紺碧色だが、その遥か向こうには忌まわしきガス雲が広がっている。二人が生きて帰る望みはごく少ないものの、士気は高かった。


「お父様、行って参ります」


 オリヴィの声が通信機を通して父親の耳に入った。後部座席から手を振っている娘の姿を見て思わず涙ぐむ。


「必ず帰ってくるのだぞ!」


「お父様、行って参ります」


 打って変わって男の声がした。前部座席から人差し指を立てている(地球人のサムズアップと同じ意味のボディランゲージ)ケーンの姿があった。


「お前がまだお父様と呼ぶのは早い!」


 泣きながら答えたが、ユーモラスなやり取りに周りから笑い声が上がった。


 統合作戦本部長自ら発進の指示を出すと、流線状の美しいフォルムを持つ機体は対消滅エンジンの出力を上げ、全人類の願いを乗せて飛び立った。


   ☆


 綺流はゲームセンターに足を運んだ。そこで嫌な光景が目に飛び込んできた。どういうわけかこの日に限ってカップル連れが多くいたからである。みんな楽しそうにUFOキャッチャーに興じており、その姿を見てドス黒い感情が渦巻くのであった。


 銃があればこいつらを皆殺しにしてやるのに。


 綺流は頭の中で大量殺戮を繰り広げる。頭を吹き飛ばされて痙攣しながら絶命する男、恋人を殺されてパニックになった女に向かって腕、足を撃ち抜き充分に苦しみを与え、最後に眉間めがけてとどの一発……。


 所詮妄想だが少しでも現実的な体験にしたく、ガンシューティングの筐体に向かった。百円玉を二枚入れてプレイを開始する。ゾンビや死霊が敵として出てくるゲームだが、綺流はカップル連れの姿を重ね合わせた。敵は緑色の血を吹き出して倒れていく。残虐な表現を和らげる配慮だ。


 これが本物のカップルで赤い血であれば良いのに。


 綺流の後ろを通りかかった者がぼそりと「キメェ」と呟く。憎き敵を殺すのに夢中になっている綺流の耳には届いていない。だが彼の口からは絶えず「死ね、死ね、死ね……」という言葉が漏れており、周囲を引かせた。


   ☆


「うおお、こいつは死ねるな!」


 そう言いつつもケーンの口調には余裕があった。漆黒の宇宙を突き進むカッサーギに向かってくるのは無数の円盤状の敵機。しかしこの数であろうとカッサーギの相手ではない。


「姫様、頼む!」


「行け! ターン・ザック!」


 左右の翼下に八基ずつ取り付けられた、ターン・ザックと呼ばれる板状の攻撃ポッドが号令を受けて敵機に向かう。計十六基のターン・ザックは意志を持ったかのようにジグザクに動きつつ、本体の発射口から四方八方に荷電粒子をまき散らして暴れ回り、敵機を次々と葬り去っていった。


 ターン・ザックはオリヴィの脳波によってコントロールされている。しかし通常の人間ではここまで機敏に動かすことはできない。ひとえにオリヴィの持つ「能力」によるものである。


「敵反応が八割方消滅した……こいつぁすげえ機体だぜ」


「!? ターン・ザック、戻れ!」


「どうした?」


 機体後部で時空震動の反応が検知する警報音が鳴った。機体が収集したデータはヘルメットのバイザーに直接表示される。敵機がワープしてきたようだ。しかも至近距離に。


「くそっ、後ろから来るか!」


 敵が光線を浴びせる。ケーンはカッサーギのエンジン出力を上げ、上下左右に機体を揺らせながら巧みに光線を回避する。戻ってきたターン・ザックとすれ違った。


「頼むぜ!」


 ターン・ザックはオリヴィの脳波を受けて敵に突っ込んでいき、やがて敵反応は消滅した。


「ふー、危なかったぜ。姫様の『力』が無ければ」


「忌まわしいとずっと思っていたけど、こんなところで役に立つだなんて思ってもいなかったわ」


 オリヴィには「第六感」とも呼ぶべき力が備わっていた。彼女は感情を読み取ることが出来るのである。それは人や動物に限らず、植物や無機物までも対象となっている。特に恨み、妬み、殺意といった負の感情に対しては敏感であり、否応なしに読み取ってしまう自分を呪ったことがあった。最も、オリヴィと同じくその能力を持っていた初代ベガ皇帝はおかげで暗殺や裏切りを未然に防ぐことができたのだが。


 能力は脳と関係があるらしく、脳波に影響を及ぼしていた。ターン・ザックに機敏かつ精密な動きを与えて、性能を百パーセント以上引き出すことに繋がっているのである。能力と脳との関係はベガとアルタイルの科学をもってしてもいまだ完全に解明はできていないが。


 オリヴィはターン・ザックを戻さず、カッサーギの周りを取り囲むように配置した。もうすぐ現れるであろう敵に備えて。


「来たぜ!」


 時空震動とともに現れたのは直径二十キロ程度の球体である。ベガ宙域で撃破したものと同じ、敵機の「親玉」的存在だ。


 両国宇宙艦隊が払った多大な犠牲の見返りとして、敵の特徴的な性質がひとつ明らかにされていた。敵には指揮官格の「親玉」が「子分」を操っているらしく、「親玉」を倒せば「子分」は行動不可能になるのである。各地に点在する「親玉」を倒して指揮系統を混乱させ、その隙をついてガス雲に突入するのが作戦の根幹であった。このアルタイル宙域の「親玉」を破壊すると、最低限でも本星への侵略をある程度は遅らせることができるであろう。


 敵機が「親玉」からわらわらと出てきて、自身も砲火を浴びせる。それをケーンは超絶な腕前をもってかいくぐって行き、敵機の発進口の一つに突入した。巨大な敵を破壊する王道的な手段だ。もちろん、敵も弱点を熟知しているのか、発進口内に防衛システムを備えている。カッサーギを破壊せんとして二足歩行砲台が対空砲火を放ち、壁がせり出して行く手を阻まんとした。だがケーンの操縦とオリヴィの能力で全てを回避し、ついには動力炉に到達した。


 カッサーギの機首には荷電粒子砲「ササノヴァ」が搭載されている。収束、拡散の二種類のモードで発射可能で、収束モードでフル出力で惑星ひとつを破壊することが可能なぐらいの破壊力を持っていた。


「充填開始!」


 ケーンが叫ぶ。エネルギー充填にはそれなりの時間がかかるが、三割程度の出力でも相手を破壊するのには充分だ。動力炉を守るための二足歩行砲台からの砲火に耐えぬくと、


「発射!」


 カッサーギから放たれた一条の光が動力炉を貫き、破壊した。存在を維持できなくなった「親玉」のあちこちで小爆発が発生して、やがて大爆発が起きて火球へと姿を変え、原子の塵へと還元された。カッサーギはその寸前に脱出していた。


「破壊成功! これで敵の前線部隊は壊滅した」


「操縦を変わるわ。小休止を取って頂戴」


「姫様こそ大丈夫か?」


「共同軍事演習で貴方とやりあった時に比べたら楽だわ」


 ケーンは笑い、コンソールを操作して操縦権限を後部座席に譲渡した。


「おやすみ姫様。起こす時は優しい声で起こしてくれよ」


「はいはい、おやすみ」


 エンジンの対消滅反応によって生じたエネルギーを使い、カッサーギ前方の時空を歪める。動かなくなった敵の残機を尻目に、カッサーギは歪みの中に飛び込んだ。この機体は単独での跳躍航行ができる代物であった。


   ☆


 ゲームセンターで存分に撃ち尽くした綺流は牛丼屋で夕飯をとってから、下宿先のアパートへの帰路についた。帰ってもネットで匿名掲示板を見るかエロ画像を漁るぐらいしかやることがない。明日は平日だが自主休講を決め込んでいた。


 下宿先は電車で二駅離れた所にある。時刻は午後十一時を回っており、車内の客層は主に残業に追われてヘトヘトになったサラリーマンである。くたびれたスーツを着てタブロイド紙を読みながらだらしなく座席に座っている中年サラリーマンを見て、綺流は自分ももうすぐこんな姿になるのかと思うと激しい嫌悪に陥った。就職活動が目の前に控えているが、落第した方がマシだと思った。


 小さい頃は科学者に憧れていた。一流大学に進んで博士になり、研究成果を挙げて世界に名を馳せる。高校に進学したての頃はまだそんな姿を夢見ていたが、授業についていけなくなり文系に転向した。それでも進学校特有の授業の濃密さと速度について行けず、勉強そのものが嫌いになった。それが大学でも尾を引いて、高校と違って必修授業を除いて出席は自由なのを良いことに自主休講を繰り返した。


 このようなだらしない学生はいくらでもいるし、社会人になってから大成する者もいる。しかし綺流に限ればその徴候は全くないと断言できる。人格と交友関係が劣悪な環境で育ってきたせいで、社会的スキルがほとんど身についていないのである。このまま社会に放り出されると、異質を嫌う日本では間違いなく厳しい目に晒される。綺流の方も日本社会をそびえ立つ糞のようなものだと思っているので、社会に溶け込むつもりがない。即ち。社会人デビュー前に社会人失格の烙印を押されているのも同然であった。


 駅に着くと、車内から綺流とサラリーマンが吐き出された。サラリーマン達は風呂に入って寝てまた朝早く起きて出勤するのであろうが、綺流はそんな生活の何が楽しいのかと侮蔑しながら、改札口を出て行く彼らの後ろ姿を見た。


 サラリーマンの姿が捌けた後の改札口は人がまばらになった。その中で綺流は見覚えのある姿を見つけた。六年ぶりにはなるが、人との関わりが薄い綺流でさえその顔立ちはよく覚えている。


 相手の方も綺流の姿を認識した。


「あっ、天川君? 天川君だよね?」


 驚くべきことに、相手も綺流のことを覚えていた。軒端砂子(のきば すなこ)、綺流と同じ小学校、同じ中学校に通ってた同級生であった。


「やっぱ、軒端さんか」


 暗黒と化していた綺流の心にわずかながらの光が差し込む。彼女は面倒見が良くクラスの人気者で、友人のいない綺流にもなにかと話しかけてくれたことがある。教科書を忘れた時は互いに貸し借りもした。綺流が好意を抱く数少ない人間であり、もちろん片思いであったが告白する勇気など持ち合わせているわけでもなく、結局何も無いまま高校では別々になってしまった。高校での学業不振は、彼女がいなくなったことも原因の一つかもしれない。


「久しぶり~、元気してた?」


「うん、まあ。今何やってんの?」


「大学生よ。天川君も大学生だよね?」


「うん、まあ」


「やっぱね~。頭の良い●●高校行ったんだから大学も相当良いとこ行ってんじゃない?」


「いや、そこまでは……」


 綺流は苦笑いを浮かべた。それでも彼が滅多に見せない笑顔であった。


 他人とまともに会話をしたのは久しぶりである。他愛もない話に終始したが、心が安らぐ思いをした。


   ☆


 カッサーギはついにガス雲に辿り着いた。各宙域で撃破した「親玉」がびっしりと配備されているが、逆にここが最終防衛線であることを示していた。


「いよいよここまで来たか」


 ケーンはすでに起きていた。すぐさま操縦権限がケーンに渡される。


「いい? 敵は多いように見えるけどいちいち相手にしなければ大丈夫よ」


「わかってる。だが隙間がほとんどねえな……」


「貴方ならできるわ」


「ああ、嬉しい言葉だねえ。皇女様直々の激励を受ける俺、何て幸せなんだろう……」


 ケーンは単純な男であった。月並みな言葉ひとつで、高揚感が湧き上がって死への恐怖が塗り潰された。脳内ではベガとアルタイル国民が見守る中で結婚式が盛大に挙げられ、皇族にのみ許される儀礼服を着ている自分の姿が描かれていた。


「しょうがない人ねえ」


 感情を読み取ったオリヴィが笑った。正の感情も読み取れるが、彼女の脳内のビジョンにもケーンの妄想が写るぐらいはっきりと読み取れるのは珍しいことである。


「さあ、行くぞ!」


 対消滅エンジンが唸った。「親玉」が無数の敵機を吐き出す。ターン・ザックが展開される。飛び交う光条、そして爆発。


 ササノヴァ荷電粒子砲が拡散モードで発射されると、幾重もの爆発が発生し、ぽっかりと穴が開いた。それを埋めるように新手が雪崩れ込んでくるが、ターン・ザックが阻止した。

 

 敵機を引き連れたカッサーギが「親玉」めがけて突進し、激突寸前で急激に向きを変える。小回りが効かない敵機は次々と衝突していった。


 火力と戦闘機動を駆使して活路を開き、いよいよガス雲本体への進撃となった。その中では、今までの機械的な敵とは打って変わって生物的なものが蠢いていた。人間の脳のような形をした要塞と思わしきものがあり、そこから大きな目玉と牙が特徴的な、蛇状の怪物が飛び出してきたのである。


「こいつから凄まじい殺意を感じるわ……」


 オリヴィの声は震えているものの、この脳が敵の中枢だろうということを暗に示していた。


「もうひと踏ん張りだ、姫様、頼むぜ!」


「了解! 行け、ターン・ザック!」


 ターン・ザックとササノヴァによる荷電粒子の雨嵐。相手も口を開けて、おぞましい牙の間から光弾を放ってくる。光弾を避けて荷電粒子を叩き込むと、怪物は肉塊をまき散らした。


 無音であるはずの宇宙空間に断末魔が響き渡るようであった。


   ☆


「そういえば、もうすぐ就活だよね~」


「あ、うん」


 触れたくない話題を出されて綺流は狼狽した。


「私、夏休みにインターンシップで外資系企業に行くことになってるんだけど、天川君は何かやってる?」


 全く縁のない言葉を二つも出された綺流はどうにかして話を紡ごうとして、


「お、俺、公務員試験を受けようと思って勉強しているんだ」


 もちろん嘘である。


「わ、すごーい。やっぱ国家総合職?」


「いや、そこまでは……でも最低限でも都道府県庁は目指してる」


「すごーい。天川君なら絶対合格するわ。だって頭良いんだもん」


 砂子は綺流が六年間ですっかり堕落しきったことを知らないとはいえ、過大評価も良いところであった。普通の人間なら惨めな現状に申し訳なくなるのだか、性格が歪みきった綺流の場合はかえって腹が立ってくるのであった。


「うーす、おまたせー」


 トイレから出てきた見知らぬ男が声をかけてきた。茶髪にロン毛にピアス、いかにもチャラ男といった風体で綺流が反吐が出る思いがするぐらいに嫌う人種であった。そんな男に砂子は馴れ馴れしく話した。


「五色君、遅いよ~。どんだけ時間かかってんの」


「ワリィ、なかなか出なかったもんでな」


「軒端さん、この人は?」


「あっ、私の彼氏だけど」


 短い説明であったが、綺流の心の中を再び暗黒に陥れるのには充分過ぎた。


「誰、この人?」


 五色という男も聞く。


「中学時代のクラスメート。たまたま会ったんだ」


「ふーん」


 綺流に挨拶のひとつもせず、冷たい目線で一瞥した。彼の容姿を馬鹿にしていたからである。その類の視線に常に晒されてきた綺流も同様の意味に受け取った。


 死ね、死ね、死ね……。


 心の中で罵倒する。砂子に対しても同じく罵倒した。


「じゃあね、天川君」


 砂子は五色と腕を組むと、駅舎を出て西側の方へと向かっていった。ラブホテル街がある方角であった。


 数少ない良い思い出まで踏みにじられた綺流は七夕という日を心の底から呪った。社会を、世界を呪った。


 駅舎から飛び出した綺流は、ロータリーの中心地で天を仰いだ。


 この地球では各地で紛争が起きている。何人も人が望まない死を受け入れさせられている。自分のように絶望の崖に突き落とされている人間など数えきれないぐらいいるであろう。しかしそんなことは関係ないと言わんばかりに、織姫と牽牛は遥か夜空の上で逢瀬を重ねている。二つの星の明滅が、自身を嘲笑っているかのように写った。


 綺流は喉から血が噴き出さんばかりに叫んだ。


「お前ら、消えてなくなってしまえ!! それが出来ないならいっそのこと俺を殺せ!!」


 次の瞬間、綺流は光に包まれた。


   ☆


 脳をかたどった要塞の中はグロテスクであった。そこまるで胃の中のようで内壁が絶えず蠕動しているし、その隙間から八脚の節足動物や回虫のようなものが現れて光弾を吐き出しくてくる。アメーバ状のものが飛来してきてカッサーギに取り憑こうとする。内部は狭いのでターン・ザックの動きが掣肘されてしまい、充分に火力を発揮できていない。


 十六基のターン・ザックのうち、十二基がアメーバに取り憑かれて溶かされてしまった。カッサーギ本体も少なからずダメージを負っている。しかし敵中枢の本体は目の前であった。


「この奥よ……この奥から殺意が漲っているわ」


「よし!」


 ケーンは対消滅エンジンを吹かす。四方から内壁がうねりながらせり出してきてシャッターのように閉じようしていたが、かろうじて機体分のスペースをかいくぐり、ついに最深部に辿り着いた。


「気持ち悪い! 何だこりゃ!」


 ケーンは思わず叫んだ。人間の巨大な頭が鎮座していたのである。ベガ人やアルタイル人とも異なるその顔立ちは醜く、憎悪の感情をむき出しにしていた。


「ううっ!」


 オリヴィが吐き気を催す。相当の悪感情が頭から漂っているようである。果たしてこの頭が一体何者なのかは知る由もない。しかし破壊しなければならないことはケーンでも十二分にわかっていた。


「喰らえ!」


 ターン・ザック四基とササノヴァ荷電粒子砲が火を吹いた。


「ぐわああああ!!」


 頭が叫び声を放った。真空であるはずの空間でどういう原理かわからないが、はっきりと二人には聞こえた。


 頭の皮膚が溶け出し、目玉と鼻が削げ落ちる。そんな状態になりながらも、頭はうめき声を上げつつ何やらしゃべっている。言語が不明瞭だが、ケーンとオリヴィは「殺してやる」と言っているように感じた。だが抵抗はもはや不可能であった。


「おああああ……」


 消え入るような咆哮を上げて、頭は活動を停止した。「親玉」を倒した時と同じく、爆発があちこちで発生する。機械の「親玉」と違って肉片が飛び散り、誰もが目を背けたくなるような地獄絵図であった。カッサーギは出口を求めて疾駆した。


 大爆発が起きる。統率者を失った残敵は全て動きを止めた。カッサーギは脱出できたが、残りのターン・ザックは爆発に巻き込まれて全てを失った。もしもこれ以上新手が出てくればさすがに攻撃に耐えられないかもしれない。ガス雲は依然として残ったままである。これで終わりでないという予感をケーンは抱いていた。


「機体の損傷が酷いな……ササノヴァも酷使でボロボロになってやがる」


 バイザーに悲観的な情報が流れてくる。とりあえずガス雲から出なければ、統合作戦本部に通信ができない。動かなくなった敵を慎重に避けつつ、攻撃が再会されないことを祈る。


「姫様、こいつらがまた襲いかかったりしないよな? 姫様……?」


 オリヴィの能力に頼ろうとしたが、どうも彼女の様子がおかしい。ケーンが呼びかけても後ろからは荒い息しか聞こえてこない。


「姫様? 姫様! オリヴィ!!」


「あっ!」


 オリヴィは自分の名前を呼ばれて我に返った。


「どうしたんだ、一体?」


「ケーン、今から教える座標を入力して。跳躍航行に入るわ」


「何だって?」


「あの人間の頭が死ぬ間際、見えたのよ……あいつの怨念の根源を。あいつがどこから来たのかを。それを叩かなければ、戦いは終わらない」


 本当かどうか、ケーンは問いたださなかった。今まで彼女の言うことに嘘はなかったからである。


「よし、これが正真正銘の最後の戦いだな! 座標を教えてくれ!」


 オリヴィの言う通りに数字をコンソールに入力する。対消滅エンジンはほぼ無傷に近く、時空を歪めるのには支障はなかった。この先には何があるのか、全くわからない。だがやるしかない。


 カッサーギが歪みに突入した。抜け出るには地球の時間単位でものの十数秒しか時間はかからなかった。そこには、


「これは……」


 ケーンが驚く。グロテスクな脳の要塞と醜い頭部とは対照的な、美しい青い星が目の前にあった。ベガ帝国とアルタイル国の母星に勝るとも劣らないその姿にケーンはしばし見とれる。しかし、


「うぐっ! ううっ……! 破壊して……あの星を破壊して!」


 オリヴィの頭からつま先までにかけて、今まで感じたこともない量の負の感情が流れこんできた。瞳を閉じればそこに浮かぶのは、無抵抗の人間が軍隊と思わしき者たちによって殺戮される阿鼻叫喚の図。ものものしい設備から川に垂れ流される汚染物質。切り倒される森林。嬲り者にされる女。骨と皮だけになり、もはや動けず死を待つだけの子供の姿。


 この星は汚れてきっている! 偽りの美しさで飾った星だ!


 そしてあの頭部と同じ顔を持つ男。天に向かって咆哮するその男の顔は、要塞の中と同じく憎悪に満ちいていた表情そのものであった。オリヴィの恐怖は頂点に達した。


「いやああああああ!!」


「オリヴィ!」


 このままだと彼女は壊れてしまう。そう直感したケーンはただちにササノヴァにエネルギーを充填した。機首に白い光が収束する。収束モードで限界まで充填して、一発でケリをつけるつもりであった。


「行け!!」


 最後の一撃が放たれる。機体の何倍もの太さの光条が、星にある小さな島を捉えた。


   ☆


 砂子が五色は同じ大学に通っている。実は綺流よりも良い大学に進んでいる彼女たちはサークルの合コンで知り合い、そのまま付き合いはじめるという王道的パターンで恋人どうしになった。


 砂子は心の底から五色を愛していたが、五色の方は実はその苗字のように、五股をかけているとんでもない男であった。昨日、一昨日、一昨々日、四日前とそれぞれ別の女と会っていた。もちろんそのことを砂子は全く知らない。


 明日は二人とも午後まで講義がない。お互い愛しあう時間はたっぷりとある。二人が向かう先には、いかにもといった感じのいかがわしい造りの建物や妖しい光を放つネオンサインがある。お互い見つめ合い、微笑むと組んでいる腕の力をますます強くする。


 五色がどのホテルにしようかと迷っている時である。童謡の「たなばたさま」がどこからか流れてきた。そういえば七夕だったな、と思いふと空を見上げると、ベガとアルタイル、その他諸々の星々が煌々と輝いていた。星に疎い五色だが、彼でも綺麗だということはわかる。


「うお、すげー。お星さまきらきらだ。見ろよ」


「うわあ……」


 砂子が感嘆する。ロマンティックな光景を好きな人と共有している自分に酔いしれた。


「これで天の川が見えたら最高だったろうな」


 天の川はもはや都会では見ることが難しくなってしまった。ネオンに囲まれている場所ではなおさらのことだ。


「それでも、すごく綺麗だよ。ねえ、もうちょっと見ていようよ」


「あ、ああ」


 ホテルに入る気になっている五色だが言う通りにした。


「こんな夜空、久しぶりに見た。もう二度と見れないかもね」


 そう言いつつ、砂子は彼氏の腕にしがみつく。しかし脳裏にはなぜか彼氏のことではなく、天の川を彷彿とされる苗字のクラスメートが頭に浮かんでいた。それが彼女の最期の思考内容であった。


 まばゆい光が二人を包み込んだ。


   ☆


 ベガ帝国本星に置かれた統合作戦本部に於いて、ガス雲の消滅が確認されてから地球時間にして約一時間後のことである。本星衛星軌道上に時空震動とともに現れたのは美しい流線状のフォルムを持つ戦闘機であった。


「こちらカッサーギ。任務は完了した。我々の勝利だ!」


 ケーンの通信を受けて、耳をつんざくばかりの大歓声が沸き起こった。ベガ皇帝とアルタイル国大統領は泣きながら抱擁を交わし、敵の撃退が速報で国民に知れ渡るや否や、あちこちでお祭り騒ぎが起こった。


「ケーン君! よくやってくれた! 君の名は永遠に語り継がれるぞ!」


 カッサーギのディスプレイにはアルタイル国大統領の涙でくしゃくしゃになった顔が大写しになっている。ケーンは辟易しながら、


「お礼ならまず後ろの姫様に言いなよ。俺より身分が高いんだからさ」


 負の感情から開放されたオリヴィの体調は元に戻っていた。


「皇女殿下! こたびの活躍はまことに……」


「どけい! わしが先じゃ」


 ベガ皇帝が押しのけてディスプレイに写り込んだ。顔はやはり涙でくしゃくしゃになっているが、愛娘の生きている姿を見てまた大泣きしはじめた。


「わ、わしは今日ほどお前という娘を持ったことを嬉しいと思ったことはないぞ……聞こえるか、この歓びの声を」


「聞こえていますわ。耳からだけじゃなく」


 オリヴィは帝国本星に住まう臣民の歓喜を体で感じ取っていた。アルタイル国民の喜びも相当なものであろう。


「それよりお父様、約束は覚えていらっしゃいますわね?」


「ああ、もちろんだとも。救国の英雄に似つかわしい夫は、救国の英雄しかおらぬからな」


「やった!」


 叫んだのはケーンである。


「では今から挨拶に伺わせて頂きますね、お父様」


「まだお父様ではない!」


 本部内が爆笑の渦に包まれた。


 敵の謎を解くべく行われた後の調査では、敵の「根城」は少し昔、アルタイルに怪電波を送ってきた星であることが判明した。ベガとアルタイル以外にも知的生命体が存在するのではないかという推論が立てられたが、世間には星の存在を秘したまま調査の計画が立てられていた。だがそれが実行される前に悲劇的な接触を果たしてしまったのである。


 知的生命体は一体何者なのか。彼らの住む星が滅んだ以上、その正体は推測の域を出ない。ただ、ベガ人やアルタイル人よりも精神的に未熟で、負の感情に囚われた野蛮人であるとオリヴィははっきりと断定し、そう記録させた。野蛮人の中に感情を具現化する能力を持つ者がいて、憎悪の念だけで兵器を作り出していたのであろう。同じく感情に関する能力を持つオリヴィは戦慄したものであった。


 敵意がどうしてベガとアルタイルに向けられたのかは一切わからないし、未来永劫わかることは無いであろう。だが、戦いによって両国の絆はより強固なものになったことは確かである。カッサーギはベガ、アルタイル共通言語が示す通り両国間の「橋を渡す者」の役目を果たした。


 そのカッサーギは翼を休め、ベガ帝国本星の宇宙空軍基地格納庫で深い眠りについている。夕暮れ時の薄暗い格納庫の中で、男女が感慨深げに機体を見つめていた。


「また、こいつの出番はあるのかな」


 基地の視察に来たケーンがオリヴィに話しかける。二人は晴れて婚約者となっていた。


「あの敵は神々による人類への伝言だったんじゃないかと思うの」


「伝言?」


「敵を反面教師として精神的によりよい方向に変革、成長せよという伝言よ。それを実現した世の中を作り、二度と飛び立たせないようにするのが私達のこれからの仕事じゃない」


「そうだよな」


 二人は結婚後、共に軍を辞して帝国の統治に関わる要職に就くことになっている。


 外ではベガ恒星が地平線の彼方に沈み始めており、星がポツポツとまたたきはじめていた。

どうも、「小説家になろう」では初投稿となります藤田大腸です。拙い話ですが最後まで読んでくださった方には感謝します。


「織姫と牽牛のリア充カップル爆発しろ」という言葉から想像を膨らませていった結果がどいうわけか地球人にとってはバッドエンドじみた話になってしまいました。もう二度としません。多分。

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