6,犬度アップ
「見て見てイヌ。ストイングプエイスパイダーベイビー!」
「ヨーヨーか? 器用なモンだな」
元気良く俺に手を差し出して来たクノン。
その手の中では、ヨーヨーが何か不出来な蜘蛛の巣みたいなよくわからん状態になりながらもクルクルと回っていた。
それが噂のストリングプレイスパイダーベイビーって奴か。
薄らとだが、前世でも聞き及んだ記憶がある。
「そこでお婆さんが実演販売してた。欲しかったかあアーニェに買ってもあった」
「そうか、そいつは良かったな」
そうだ。自分の金は、そうやって自分のために使えば良い。
……でも210万はちょっと惜しかったなぁ……
「イヌのそえもカッコ良い」
「ああ、ありがとよ」
クノンが指したのは、俺が首に巻いた白銀のチョーカー。
こいつが俺の新たなプラスユニット、『銀騎士光輪』である。
真ん中に嵌め込まれた藍色の宝玉が、こいつの魔宝玉だ。
まぁチョーカーと表現したが、見た目は完全に首輪だ。ゴツいし、鋼製だし。
ただ精神衛生上、チョーカーと表現させてもらう。
「お似合いね、犬。より犬らしくなった」
誰が何を何と言おうとこれはチョーカーである。
例え姐御に買い与えられたモノだとしても、これはチョーカーである。
繰り返す、これはチョーカーである。
ま、何だ。このメタリック感と言うか重量感はいかにも耐久性が高そうで安心感がある。
発動する魔法も、「白銀の鎧を精製して全身に纏う」と言う防御系だし。
第5世代はユニット自体の頑強さを追及し、付加されている魔法も「魔力を防具化する」等、受身に振り切ったスペックな世代なんだそうだ。
全身鎧を精製するこいつは、かなり魔力の燃費が悪いらしいが……俺は魔力量には自信がある。
どうせ戦闘になれば姐御がパッパと片付けてくれるし、俺は万が一に身を守る術さえ確保できれば良い。
うん、俺におあつらえ向きの素晴らしいチョーカーだ。
お値段も5万で済んでくれた。
「で、その篭手はどうすんの? ジャンク屋に売る? 魔宝玉は専門店に売りゃそれなりの値が付くわよ。魔法の内容も悪くないし、3万って所かね」
「自分で売りに行く」
「僅かな換金手数料すら渋る様じゃまだまだだよ。金は回るモノ、金を流さない奴に金は流れて来ない」
「流れて来なくても結構だ。自力で稼ぐ」
「……こりゃ私以上の守銭奴になりそうだ。有望だね」
「姐御の指導が良いからな」
「言うじゃない」
我ながら、この数日で金にがめつい男になったと思う。
早く借金完済しないと、マジで金の亡者になってしまうかも知れない。
「あれ、クノンは……」
ほんの少し目を離した隙に、ヨーヨーの実演販売をやってる元気なお婆さんと何やらわいわい話し込んでいた。
そして何やら楽し気な笑顔でわそわそと戻ってきて、
「イヌ! こえ『犬の散歩』って言うんだって! イヌ! 犬! 犬だよイヌ!」
……クノンは大分ヨーヨーが気に入った様だ。
「……………………」
俺の前には、久々にパン以外の食料が置かれている。
その事実だけを見れば喜ばしい事なのだが……
「どうしたのイヌ、釈然としてない顔してう」
「……いや、まぁ、……ボイルした大蜜蜂にフォークを突き立てる日が来るとは思ってなかったモンでな……」
しかも丸茹でだ。
光を失ったくりっくりのお目目が俺を見つめている。
……本日の晩飯、姐御が「クノンにピッタリの店を見つけた」との事でこの定食屋にやって来たのだが……
「おいしいよ?」
……クノンが無邪気な笑顔で笑っている。
信じられるか? この笑顔、バッタの唐揚げを口に放り込んだ直後の笑顔なんだぜ。
流石はアラクネ、と言った所か。
そう、この定食屋……いわゆるゲテモノ料理に定評がある店、らしい。
「ほらほら、この機会にしっかりタンパク質を摂取しといた方が良いんじゃないの? 次に私の気まぐれが炸裂するのは何時になるかわからないわよ~?」
俺の心情を理解した上での発言だな姐御この野郎。
「つぅか……あんたはよくガツガツ食えるな……」
クノンに負けないくらいの気軽さで、姐御も虫料理を口に放り込んでいる。
「私は人生経験豊富だからね。酸いも甘いも、美味も珍味も知り尽くしてる」
「…………さいですか…………」
本当、底の知れない御仁である。もう俺の舌にはこれ以上巻ける尺が残ってねぇよ。
……しかし、食虫文化の存在自体は知っていたが、その味は未知数だし、わざわざこんなグロテスクなのを食そうと言う感性も理解不能だ。
世に問いかければ、俺の感覚に多くの賛同意見を集められる自信がある。
しかし、この卓に置いて俺はマイノリティらしい。
それに、さっき姐御の言った通り、久々のタンパク質……
そう言えば、昔読んだ冒険記にも書かれてたっけ。「ダンジョンで遭難した場合、虫型モンスターだろうと取って踊り食いするくらいの気概がなきゃ生き残れない」と。
今後、「来世にも記憶を残せる様なド派手な人生を謳歌する大冒険家」になると言うのなら、避けては通れない試練なのかも知れない。
意を決し、臨む。
「…………あ、うん、普通に美味い」
なんつぅか、食感はエビフライの尻尾、味に関しては白身魚の塩焼きに近いテイストを感じた。
夜。
姐御とクノンはもう先に眠ってしまっているだろうか。
月光と夜闇が溶け合った不思議な薄暗さの中、俺は1人、宿へと向かっていた。
昼間の宣言通り、自分でスクラップと化したユニットと魔宝玉を売却してきたのだ。
姐御が活動してる間は許可なく離れると日給がパーになっちまうから、この時間にしか俺は自由に動けない訳だ。
「合計2万8500Cか……まぁ、上々だな」
魔宝玉が2万8000C、篭手が500Cで売れた。
まぁ概ね予想通りの価格だ。
しかし、本日購入した首w…チョーカー型ユニットが5万だから、結局マイナスだ。
……中々減らないな、俺の借金。
「ま、どうにかするさ」
今の俺は前向きだ。
何故なら肉体的に活力に溢れているから。
今日は、品目はどうあれ、久々にまともな栄養を摂取できたからな。
体が喜んでいるのがよくわかる。血湧き肉踊ってやがる。
昔っから回復力が高い方ではあったが、この肉体的興奮がその回復力を更に活発化させてるらしい。
最早骨折の痛みはほとんど感じない。明日の朝にはクノンの糸を外して活動しても平気かも知れない。
……しかし、その辺を込みで考えても、半日でここまで自然治癒が進むとはやはり驚きだ。
だってガキの頃に腕の骨を折っちまった時は、完治に1週間はかかったもん。
最近大きな怪我をしてないので気付かなかったが、ガキの頃より格段に治癒力が向上している様だ。
俺は本当に肉体的に恵まれているらしい。
……まぁ、反面、金運にはあまり恵まれていないが。
天は二物を与えないとはよく言ったものだ。
「その首輪、似合っているな」
「んお?」
神のケチ臭さに心中文句を垂れていた最中、不意に横合いから声をかけられた。
いつの間にか俺の隣りを歩いていたのは、サングラスをかけた無骨な巨漢。身長は軽く2メートルはあるだろう。
闇に溶け込もうとでも言うのか、コートもブーツも手袋も、身に纏っている衣類・装飾品は全て黒一辺倒。
少し思考に夢中になり過ぎてたか、ここまで近寄られていたのに気付かなかった。
「……ああ、どうも……」
とりあえず、チョーカーを褒められた事には返礼しておく。
「少年、君に1つ忠告がある」
「忠告?」
いきなり何だ。つぅか、俺は一応18、もう少年と呼ばれる歳では無いのだが……
「あのアラクネの少女を連れて、今すぐあの『紛いモノ』から離れろ」
「紛いモノ……?」
「確か今は……アーニェ・マスタ、とか言う名前を使っていたか」
「姐御の事か?」
アーニェ・マスタは姐御の名前で間違いない。
紛いモノって、一体……
「姐御……ふん、あの化物は君に自身の事を姉と呼ばせているのか」
何がおかしいのか全く理解できないが、巨漢は薄らと笑みを浮かべていた。
「家族を求め、人間を気取り続けるつもりか。『紛いモノ』が……まぁ良い、思いがけない朗報だ」
「さっきから何言ってんだあんた?」
何か色々と唐突過ぎて話が見えない。
とりあえず、何から聞きただすべきか……
「予定を変更しよう。少年、さっきの忠告は忘れていい」
巨漢はゆっくりと手を上げ、指を鳴ら…そうとしたらしい。
しかし、先程も言った通り巨漢は黒い手袋を嵌めている。
ふぁすん、という情けない摩擦音が夜の町に響いた。
「…………」
「…………」
当然ながら、何も起きはしない。
「……少年、今のも忘れていい」
少し恥ずかしそうに顔を逸らしながら、巨漢はいそいそと手袋を外し、パチンッ、と切れの良いフィンガースナップを披露。
すると、その合図を待っていましたと言わんばかりに、4つの影が舞い降りた。
「!」
俺と巨漢を中心に据えて囲む形で4人が佇む。
全員が全身黒装束に黒の仮面を装着、と統一された格好だ。
……おいおい……何か急に物々しくなってきたぞ……
「すまないが少年。少し我々に利用されてもらおうか」
「あんたら、一体……」
「ああ、そう言えば名乗っていなかったな」
指で軽くサングラスの位置を直し、巨漢は口を開いた。
「私はダイダス。我々の組織名は『神に臨む翼』」
「イカロス……?」
……何だ、聞き覚えがあるぞ、その名前。
非常に薄らとだが、確実に聞き覚えがある。それだけはわかる。
この感覚は、前世の記憶か……?
「我々は言うなれば……『紛いモノ』に『神』の幻影を見て、飛び立ってしまった……愚かな組織だよ」
俺の現在の借金。
1001万と5000C
-2万8500C(魔宝玉売却・ユニット売却)
+5万C(新ユニット購入費用)
総額1003万と6500C。