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5,アラクネの金銭価値感


「キツい……」


 クノンの糸をギプス代わりにギッチギチに巻いてもらったおかげで、大分動ける様にはなった。

 1歩進む度に甘い痺れの様な痛みは覚えるが、大した事は無い。軽いダンスくらいなら問題なく踊れそうだ。

 持って生まれた高い自然治癒力のおかげで、それなりに回復が進んでいるのもあるだろう。


 ……だが、


「俺、一応負傷者なんですがぁぁぁ……」

「主人の荷物運びは犬の仕事よ」


 クノンが生け捕りにしたイビルズボア。

 体重がt表記であろうその巨体を、俺は引っ張らされている。

 このダンジョンを抜け、次の町に辿り着くまであとどれくらいだろうか……


「キツいなら代わうか?」

「クノン、甘やかさないで。ほら犬。やりきったらボーナス2万Cよ」

「っ! やったらぁぁぁっ!」


 この借金生活が200日も短縮できると言うのなら、やってやる、やってやるさ。


「にしても、あんたまたユニット壊したって? 借金返す気あんの?」

「そ、それについては俺の中で姐御が修理費をケチったのでは無いかと言う疑念が……」

「はぁ? そんな訳ないでしょ。あんたに死なれたら借金取りっぱぐれるのよ、こっちは。何より、いくらかかろうが修理費あんた負担もちだし」

「確かに……」


 姐御の言う通りだ。修理費をケチる理由が無い。


 でもこれ、俺が自立する時に親父が新品で買ってきてくれた最新モデルのはずだぞ。

 中古品ならともかく、それがこんなに壊れやすいって……


「もしかして、攻撃性特化で耐久性を捨てたモデルなんじゃないの? 最近1点特化したユニットが流行ってるらしいし」


 その可能性は高い。親父に確認すべきだった。

 やれやれだ。母親にシャツを買うのを任せたらロクな事にならないのと一緒か……


「もういっそ、次の町で耐久性高いのに買い換えたら? このまま修理の連続だと本当に借金減らないわよ。一生私に付いてくる気? 私としては便利で良いけど」

「それは本気でごめんだな……」

「とこおで、さっきかあ『シャッキン』って何の事?」

「お金の借りがあるって事よ。クノンも気を付けなさい。こいつみたいになるわよ」

「よくわかあないけど、そえは嫌だ。何かイヌの人生はキツそう」

「こんな俺でも反面教師になれて何よりだよ……」


 やれやれ……最近涙腺が脆くなってんのかな。定期的に泣きたくなる。





 そんな感じで町にたどり着き、姐御は一時俺らと別行動を取る事に。

 姐御は、クノンが生け捕りにしたイビルズボアや、その他ダンジョンで回収したアイテムを換金するため、商人ギルドの集会場に向かったのだ。


 俺とクノンは「しばらく適当にウィンドウショッピングでも楽しんでな」と言われたので、その様にしている訳だが……


「……最新のユニットって、意外と高いな」


 ショーウィンドウを軽く覗いただけでも目眩がしやがる。


 俺が子供の頃に見てたチラシじゃ、5万あれば大体のモンが買えたんだが……桁が1つ違いやがる。2つ3つ違う奴もある。

 あれなんだろうな。その値段格差の分、あの頃とは性能が段違いにはなっているんだろうが……


(ぜお)がいっぱい」

「だな……やれやれだ」


 ……にしてもだ。

 さっきからやたら俺らの周りに人が集まってんな。

 遠巻きではあるものの、これだけ包囲されちゃ落ち着いてウィンドウショッピングもできやしない。


 俺がイケメンだから……と言う訳ではない。残念ながら。

 この人の群れが興味を持っているのは、クノンだろう。


 やはり亜人種は珍しいんだろうな。特にアラクネってのは亜人っぷりがよく目立つ。人間部分より蜘蛛部分の方が体積デカいし。

 まぁ気持ちはわかる。俺も立場が逆ならこの人垣の一員になってただろう。


 やたら遠巻きなのは、未知への好奇心と未知への畏怖の狭間で揺れているから、って所か。


「おお、イヌ! この斧、強そう!」

「つぅかクノン、お前は気にならないのか?」

「視線の事?」

「ああ」

「慣えた」

「萎え…? ああ、『慣れた』か」

「うん。最初は鬱陶しかったけど、平気。皆暇なのかな、とは思うけど」


 そりゃ何よりだ。

 その心の強さ、見習いたい。


「はいはい、退いた退いた。見世物小屋はあっちだよ」


 聞き慣れた声が、人垣の向こうから近づいてくる。


「犬、クノン。換金終わったから行くわよ」


 人垣をかき分けて現れたのは、眼光鋭き褐色のクールビューティ、姐御。

 その抑えきれてない口元の綻びからして、相当の儲けになったんだろうな。オーラも活き活きしてやがる。


「中々良い値が付いたみたいだな、姐御」

「いやぁ、やっぱ生きたモンスターは桁が違うわマジで」


 イビルズボアは丸1匹分の毛皮が数十万程で取引されるらしいが、桁が違ったと言う事は数百万レベルに化けたか。

 まぁ中々市場に出回らない生きた凶暴モンスターだ。もの好きな貴族さんやらが馬鹿みたいな値段で買ってくれるのだろう。


「アーニェ、うえしそう」

「そりゃもっちろん。後で換金手数料3割引いて、残り全額きっちり渡すから安心して」

「そえ、イヌにあげていい」

「っ!?」

「イヌ、シャッキンのせいでお金必要なんでしょ? クノンはお金の使い方よくわかあないから、要あない。あげう」

「……ありがとうクノン、俺がもうちょいガキなら、そこら中を跳ね回って喜んでる所だ。それくらい嬉しい」

「えへへ」


 ……だが、


「だけどな、言わせてくれ。……馬鹿かお前はッ!」

「えへ?」

「使い方わからなくてもとりあえず持っとけ! いつか必ず役に立つから! 金を侮るなよ!」

「え、あう、イヌ、何で怒ってうの?」

「はっ……すまん、ちょっと気が動転して……」

「金を侮るな……ね。高額債務者が言うと嫌な説得力があるわね」


 まぁ、そりゃあな。


 実家を出るまでは金の重要性と言う奴をいまいち理解できちゃいなかった。

 俺もあの頃は「特に欲しいのないし、いいや」と小遣いを辞退すると言う愚かな行為をした事があるよ。

 その結果、あの頃の無邪気さを悔やむ悲しい大人の一丁あがりさ。


 金の重みは、嫌と言う程に思い知ったつもりだ。


「本当にな、気持ちは嬉しい。痛い程に嬉しい。ちょっと泣けてくるくらい嬉しい。もう本当に真剣にお前に結婚しよって言いたくなるくらいくらい嬉しい。まだ世の中捨てたモンじゃねぇなと明日も生きる希望を持てるくらい嬉しい。でも金は大事だからマジで。管理は姐御に任せるとかでも良いから、とりあえずお前の金はお前が持ってろ。お前が使いたい事に使え」

「う、うん、わかった。そうすう」

「管理手数料1割ね。……にしても、あんたも馬鹿ねぇ。素直に受け取っときゃいいのに」

「……俺も世間知らずだった身だ。金の重みを知らない奴から、金は受け取れねぇさ」

「あら、その世間知らずを食い物にしてる私への嫌味かしら?」

「想像に任せる」


 嫌味のつもりは無かったが、そう感じるんならちょっと心に留めといていただきたい。


 とにかく、俺としてはクノンから金を受け取る訳にはいかない。

 金の価値がわからない、その可愛らしい無知さに付け入るなんてやり方は、納得がいかない。

 そんな事をしたなんて記憶を、来世には持ち越したくないのだ。


 クノンがちゃんと金と人間社会の密接な繋がりや、金が持つ無限の可能性を理解し、その上で俺に金を恵んでくれると言うのなら……その時は喜び勇んでその慈悲の心にあやかろう。


「……ちなみに、クノンの取り分は210万Cだった、って事だけは報告しておくわ」

「っ……」


 そんな金額を報告されたら、ちょっと心が揺れてしまうでは無いか……ぬぐぐ……


「……悪魔の囁きか……!」

「ふん、私に嫌味を言ってタダで済もうなんて腹の虫が良すぎるのよ、犬。そのご立派な矜持と人間的欲求の狭間で苦しみなさい」

「イヌ、とっても苦しそうだけど、だいじょぶ?」

「あ、ああ。何とか俺の中の小さい天使の方が勝った……」

「?」


 ありがとうミサンガ少女(イメージ)。


「ちなみに、あんたがダンジョンで拾った鉱石は500Cで売れたわよ。良かったわね。喜びなさい」


 210万の報告の後にその情報を持ってくる辺り、本当に悪魔の様な女である。


「さ、とっととあんたの新しいユニット見繕って宿取るわよ。急いだ急いだ。時は金成ってね」

「? どこかユニットを買いに行く宛があるのか?」


 姐御は目の前のユニットショップをスルーし、他の場所へ向かおうとしている。


「あんた、そんな成金趣味な馬鹿高いユニット買いたい訳? まだ身の程を知り足りないの?」

「いや、そう言う訳じゃ……でも、安物だと結局すぐ壊れちまうんじゃないか?」

「換金に行った時、商人ギルドで少し良い話を聞いたわ」

「良い話?」

「今最新のモデルとして出回ってるユニットは、俗に『第7世代』と呼ばれてるらしいわ。様々な1点特化性能が売りの固有能力ユニーク重視世代って所ね」

「へぇ……」

「で、耐久性だけを追及するなら、第5世代がすごく良いらしいわ。20年か30年くらい前、冒険家達の間で防御偏重型の戦法が流行った時代ころのポピュラーモデルだそうよ」

「2世代前……成程、型落ちを探せば、新品同然の状態でも安値で買い叩けるって事か」

「その通り」


 そして、これから向かうのは型落ち品を扱っている様な、中堅所のユニットショップって訳か。


 しかし、俺のためにわざわざその辺の情報をリサーチしてくれるとは、姐御にしては優しいな。一体どういう心境の変…


「あ、それとこのリサーチ料として1000C貰っとくから」


 ……姐御は姐御だ。


「……ん?」

「どうした姐御?」

「いや、何か今、嫌な視線を感じた様な……」

「断固否認する」

「別にセクハラ容疑ふっかけて慰謝料取ろうって算段じゃないわよ。本当に感じたの。……ま、気のせいかな。よくよく考えてみたら、この私にほとんど気配を悟らせずに尾行できる奴なんているはず無いし」

「相変わらず自信家な事で……」

「実績に基づく自信よ。何の問題も無いわ」


 はいはいレッツゴー、と仕切り直し、姐御が歩き出した。





 俺の現在の借金。

 1003万と4500C

-2万500C(ボーナス+探索品売却)

+1000C(リサーチ代)

 総額1001万と5000C。


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