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4,森の中でも借金が増える


 魔力。

 生命ある生命体なら誰しもが持ってる非実体的エネルギーの総称。

 俗には気合だ気力だ精神エネルギーだなんて呼び名もある。


 非実体、まぁ要するに質量が皆無なエネルギーって事だ。

 通常、物理に囚われる事は無いし、物理に干渉する事もできないエネルギー体。

 質量が無いんだ。どんだけ浴びせかけても、そよ風ほどの影響すら及ぼせないのは当然の道理だろう。


 魔力を通常のエネルギーとして活用するには、専用の器具……と言うか、物質による変換工程が必要になる。

 それが、魔力を浴びる事で様々な物理的エネルギーを生み出す不思議宝石、『魔宝玉まほうぎょく』って奴だ。

 そんで、その魔宝玉が精製した物理的エネルギーに指向性の付加等の様々な制御を加えるための器具が『魔法制御器具プラスユニット』。


 俺のイクスプロティアの肘部に嵌め込まれた翡翠の魔宝玉は、魔力を爆炎に変換する性質。

 そんで篭手型のユニット部分で爆炎をブチまける方向や、爆炎の形を制御する。


 人間、魔宝玉があって始めて魔力を資源活用できる。

 そしてそこにプラスユニットが加わってようやく魔法が使える訳だ。


 それが、この世界に置ける魔法観……のはずなんだが……


「鈍いわ」


 溜息混じりの姐御の一言。

 姐御の目の前で、血肉が弾け飛ぶ。


「やっぱチョロいわね。A級ダンジョン程度は」


 俺が姐御と出会い、忌々しい借金生活を始めるきっかけとなった密林ダンジョン

 この密林を抜け、ひたすら北上すると言うのが姐御が打ち出した当面の目標である。


 流石は上級者向けのダンジョン、奥に進めば進む程、モンスターの質も量も跳ね上がる。


 そしてそんな密林の中で、世間一般ではA級危険生物(モンスター)とされる獣達を軽々と肉片に変えていく黒髪褐色肌のクールビューティ。

 そう、俺の姐御様である。


「あ、またウジャウジャと……数だけは一級品ね」


 呆れた様につぶやき、姐御が右手を振るう。

 軽く虫を追い払う様な、そんな動き。

 その程度の動きで、姐御に飛びかかろうとした10匹以上の黒豹達の眉間に風穴が空く。


「落ち着いたわね。流石にそろそろ打ち止めか」


 そりゃあもう数千単位で殺戮しちゃってるからな。

 この近辺に生息していた「無差別に人間に襲いかかってくるタイプ」のモンスターはほぼ殲滅してしまったのだろう。

 姐御が通ってきた道は、獣達の血潮や肉片で黒ずんだレッドカーペット状態だ。

 パンくずと違って鳥に攫われる心配の無い目印である。


 ……相手がモンスターとは言え少し気の毒だな。


 それはそれとして、落ち着いたのなら丁度良い。


「……姐御、ちょっと質問があるんだが」

「何よ犬。手短にね」


 借金云々のせいで、忘れてしまっていたが、姐御と初めて出会った時にも抱いた疑問だ。


「……あんた、どこにプラスユニット付けてんだ?」


 あの日も今も、姐御は徒手空拳だ。足にも特に装飾品は無い。


 しかもこれに限った話じゃない。

 姐御は金やら荷物やらを、全部その素敵な谷間から出し入れしている。

 あれはどう考えても魔法だ。いくら魅惑の領域と言っても、そこまで収納力があるはずが無い。


「何で私がそんなモン付けなきゃいけないのよ」

「……へ?」

「質問は以上?」

「あ、いや、その……じゃあそのやたらエグい貫通魔法やら、谷間からモノを出し入れする魔法は……」

「『美女は刺だらけ(ミス・ニードルレイン)』。風のドリルで相手をブチ抜く風魔法。谷間のは『素敵広々空間ミスティック・スペース』。空間魔法よ」


 そう言って、姐御はご自慢の褐色の谷間に指を突っ込み、コインを1枚取り出して見せた。


「他にも色々使えるわ。ま、器用貧乏は趣味じゃないからあんまり雑多には使う気ないけど」

「じゃあ、その魔法を制御するためのユニットは……」

「そんなモン無いわよ」


 …………うーん?

 話が噛み合ってない様な……


「一体、どういう……」

「その辺を知りたいなら……そうね。10万はもらおうかしら」

「高っ!?」

「当然。女のプライバシーは宝石同然なんだから。女を知りたきゃ金を積みな」


 気にはなる。

 気にはなるのだが、流石に1000日分の日給を引換にしてまで知りたいとは思わない。


「……もういい……」

「甲斐性が無いわね」


 借金持ちだからな。


「ちなみに、私の魔法についての情報料は500Cだから」

「ちょっ!? 後出しで料金請求は卑怯だ!」


 そう言うのは回答する前に断っていただきたい。

 しかも俺が望んだ答えと違ったし。


「この期に及んで、私からタダで何かを得られると思う方がおかしい。この1週間ちょい、あんたは誰の尻に敷かれてきた訳? 私があんたに無料で提供するのは、生命維持に必要な最低限の水と食料だけよ。アンダスタン?」

「うぅ……」


 俺の5日分の日給が、割とどうでも良い情報の対価として消滅してしまった。


 こうなったらアレだ、なんとしてもこのダンジョンで金目のモノを手に入れなければ……!


「おーおー、借金返済のために熱心にチョロつくのは感心だけど……あんた、自分がこの辺で死にかけた事を忘れてない?」


 ……思い出したさ。

 何せ、茂みをかき分けた瞬間にイビルズボアと対面しちまったからな。

 そりゃあもうお互いの息がかかり合う様な距離でって臭ぇ。


「ぼぁあ」

「よ、よう……ご機嫌麗しく……無さそうだな、うん。眉間のシワがすげぇもん」


 直後、その大きな牙で掬い上げられ、俺は青空とひとつになった。





「痛ででででででででででっ、ぶべらぁっ!?」


 背中で木の枝をへし折りまくり、俺は久々に大地に戻って来た。

 滞空時間は大体30秒くらいか。馬鹿みたいに吹っ飛ばされてしまった。

 垂直の飛距離も結構なものだったが……斜め下から抉る様に掬い上げをくらったし、多分横方向への飛距離もそこそこだろう。


 つまり、姐御から随分と離れてしまった訳だ。

 ……あれ、もしかして、逃げるチャンス……いや、あの姐御からこの程度の距離を取った所で逃げ切れるとは思えない。

 最悪捕まってからお仕置き+脱走料だ。下手な野心は捨てよう。


「とにかく、……っぐぅ……!?」


 ヤバい、多分肋骨辺りに亀裂なりなんなり入ってる気がする。

 身をよじるだけで視界がチカチカするくらい超痛い。洒落になってない。起き上がりたくない。


 イビルズボアの掬い上げはどうにか篭手ユニットでガードして直撃は避けたし、そのダメージとは考えにくい。

 原因は落下の衝撃だろう。木の枝だけでは緩衝効果はそんなに高くなかった様だ。


「くっそ、ミスった……イクスの爆炎でもっと衝撃を殺すなり……ん?」


 右手を包むイクスプロティア。その肘部の宝玉が、光を失っている。


「……………………」


 ユニットってのは装着者から代謝的な感じで自然放出されている魔力すらも拾い、魔宝玉へ集積し続ける。

 なので……装備中は常に淡く光っているはずなのだが……


 どんだけ魔力を注入しても、魔宝玉は一切輝かない。

 左手で直接魔宝玉に触れてちょっとだけ魔力を流し込んでみると……うん、光る。つまり、魔宝玉は正常。


 ……ユニットが壊れてる。

 たった1撃、受けただけなのに。


「姐御ぉぉぉぉッ!」


 さては修理費ケチって適当に修理させたなコラ。


 ……ってか今の姐御シャウトが腹に響いてぐふぅ……


 不味い、非常に不味い。


 姐御が早めに俺を発見してくれる事を願う。

 捜索費とか救助費だとかで多分また借金が増えるけど、生命を失うよりはマシだ。

 姐御だって借金を返させたいだろうし、きっとガチで探してくれるはず。


 とりあえず、待ちだ。


 最悪、1日くらいここで転がってりゃ動ける程度には回復するだろう。

 俺は回復力にも自信がある。

 ガキの頃、ちょっとした事故で腕の骨がバッキバキに折れてしまった事があるが、1週間程で完治した。


 ちょっと肋骨にヒビが入ったくらいなら、安静にしてれば1日くらいでそこそこ動ける程度になると思う。

 そうすりゃ、ある程度の安全確保は自力で行える。


 とは言ってもだ。1番安心できるのは、姐御が駆けつけてくれる事。

 そして1番最悪なのは、この動く事もままならない現在の状態でモンスターと遭遇してしまう事。


 姐御より先にモンスターがお迎えに来ない事を祈る。


 神に懇願した途端、


「ぼぁお」


 はい出ましたイビルズボア。

 この猪共は本当に俺に何か恨みでもあるんだろうか。


 まぁ、何だ。

 まな板の上の魚ってのはこういう気分か。

 井の中の蛙の気分は散々味わって来たが、まさか魚の気持ちまで知る事になるとはな。

 本当に泣けてくる。


 ヤバい、あの猪野郎、突進してくる気満々だ。

 今俺にできる抵抗は……


「……落ち着け可愛いボニーちゃん、無抵抗な相手を一方的に嬲るのはどうかという道徳観なんてそりゃないですよね自然界だもの!」


 ダメだ。俺の言葉を最後まで聞くまでもなく走り出しやがったこの猪野郎。

 獣相手に交渉が通じる訳も無いなんてわかってたけどさ。


「ぐぅ、のぉぉぉぉぉ!」


 ちょっと大きめの声を出しただけでも激痛が走る。

 そんな状態で、動ける訳が無い。でも動かなきゃ死ぬ。

 死ぬ程痛かろうが、死ぬよりマシだ。


 全力で身をよじって、転がる。


「痛っづぅぅっ!」


 痛みの余り、意識が一瞬切れた気がする。


 だがまだ生きてる。

 どうにか初撃は躱せたらしい。


 急いで顔を上げる。


「だいじょぶか?」


 不意に、拙い喋りの声が聞こえた。

 喋り方こそ拙いが、声色はそれに不相応に落ち着いている。大人の女、って感じの声だ。

 声色と口調のギャップがすごい。


 振り返るまでもなく、声の主が上から俺の顔を覗き込んで来た。


 覗き込んで来たその顔は、絶世の美女と言うに相応しい銀髪の女性。

 ただし、額に第3の目が開眼している上に、左右の眼球内には黒い瞳が4つずつ蠢いている。合計、9つの瞳を持った美女……か。


 ……激痛の余り、幻覚でも見ているのだろうか。


「聞いてうのか?」

「あべっ、痛いなっ!?」


 美女の手が、乱暴に俺の頬をつねってきた。

 引きちぎる気か! と叫びたくなる様なレベルのつねり方だった。


「聞こえてうなあ答えお。だいじょぶか?」


 なんつぅか舌足らずっつぅか、言葉の不慣れ感が半端じゃないなさっきから。


「だ、大丈夫だけど……」


 つぅかイビルズボアは……、!


 さっきまで俺が転がっていた辺りか、その場所に、さっきのイビルズボアはいた。

 全身を白銀の糸でぐるぐる巻きにされて、宙吊りの状態で。


「……は……はは……?」


 とりあえず、助かったっぽい事はわかるが……なんだこれ……?


 幻覚でも、白昼夢でも無いとすると……なら一体どういう……ああ、理解した。

 美女の体の方を見て、納得が行った。


「……アラクネか、あんた」

「そう。クノンはアアクネ」


 クノンと言う名前らしい彼女の腰から下は、やたら丸みを帯びた黒い巨塊であり、その左右から3本ずつ黒くて長い足が生えている。

 この下半身の形態を、すごく端的に表現すると……「蜘蛛っぽい」。


 蜘蛛風の下半身を持った人間。

 実物を目にするのは初めてだが、とある冒険家の出版した冒険記で記述は目にした事がある。


 亜人種、アラクネだ。

 確かに「9つの瞳を持つ」と表記されていたが、こういう形だったとは……


 イビルズボアを縛り上げているあの糸は、たった1本で重機型ユニットをも吊るせる耐久力を持つと噂の『アラクネの糸』って奴か。


「な、なんでアラクネがこんな所に……」


 アラクネって、話によればここよりももっと西の地方にしか生息していない亜人部族のはずでは……


「クノンは冒険家の卵なアアクネ。冒険してう」

「そ、そうなのか……」


 亜人種の冒険家、か。

 まぁ近人種なのだから、好奇心は近いモノがあるだろう。

 亜人種自体の総数が少ないから珍しいだけで、存在したっておかしいモンでは無い。


「でも最近困ってう。クノンだけだと、この辺の町の施設を利用いようできない事が多い。だかあ、このもいを寝床にしてう」

「ああ……」


 ここらは亜人種なんていないからな。理解度は低い。

 亜人種が宿やらを利用しようとしても、渋って追い返されたりする事もあるのだろう。


 アラクネは人外部分が中々デカいし、好奇心より畏怖が勝る人も多いはずだ。

 例え亜人種への差別を持っていない宿主でも、他の客との兼ね合いを考えると……って事になるかも知れない。


 しかし、ダンジョンを寝床にしているとは……流石亜人種、逞しい。


「とこおで、お前ギブアンドテイクって知ってう?」

「………………」

「何で目を逸あす?」

「……いや、まぁ、うん。なんだろうな。そうだよな。そう美味い話は無いわな」


 どうやら、この森でイビルズボアに襲われている所を助けられると、何かしら要求される法則がある様だ。


「わかった。俺も男だ。金が関係する事以外ならなんでも言ってくれ」


 こっちは生命を救ってもらったんだ。

 金を払う以外の事なら全力でやらせてもらうが……一体俺に何をさせる気だ。


「お前、クノンと一緒に冒険すう」


 ……成程な。話の流れから察するにだ。

 亜人種だけでは利用が難しい施設等、主に宿なんかを、俺を介して使いたい、って感じだろう。


「見た感じ、お前クノンが目の前にいても怖がってない。一緒に冒険できう」

「肝は据わってる方だって自負はあるからな……だが、ちょっとそのオーダーは難しいかもだ」

「なんで?」

「俺は犬だからな」

「イヌ? そえがお前の名前?」

「……違うが、まぁ今の所そんなモンだ」


 ここ最近、犬としか呼ばれてないし。

 最後に自分の名を名乗ったのが何時かも思い出せない。

 もうこの際、戒めとして借金返済までは完全に犬扱いで結構だ。


「とにかく、俺は今、自由を買い戻してる途中でな……連れて歩く仲間を選べる様な身分じゃ……」

「良いわよ、別に」

「どぉわぁっ!? 姐御ぉ!?」

「何よ、人を幽霊みたいに」


 いつの間にか、姐御が俺のすぐ傍でしゃがみ込んでいた。


「姐御、いつの間に……」

「女は神出鬼没よ。覚えておきなさい。ところであんた、何かこの辺の骨にヒビ入ってない?」

「おぶぉっはぁ!? わかるんなら叩くなよ! ってか何でわかんだよ!?」

「見りゃわかんでしょ」


 いや、普通わかんねぇだろ。どこまで何でもありなんだ姐御。


「つぅか、今、良いわよって……」

「だって、あれを見なさいよ」

「あれって……」


 姐御が軽く指したのは宙ずりのイビルズボア。

 必死にもがいてはいる様だが、流石はアラクネの糸。全く解れる気配が無い。


「危険なモンスターを生け捕りにできる……ふふ、金の匂いがするじゃない?」

「……守銭奴……」

「どうも」


 守銭奴を褒め言葉と捉える辺り、筋金入りである。


「よくわかあないけど、お前もクノンと一緒に冒険すうのか?」

「ええ、もちろんオッケーよ。お互いに持ちつ持たれつの関係で行きましょう、ミス・クノン」


 ああ、姐御って自分に取って利益になる相手にはあんな素敵な笑顔を見せるんだ……


「あ、それとあんたの捜索費は1万Cね」

「…………」



 俺の現在の借金。

 1002万4100C

-100C(日給)

+1万500C(情報代・捜索費)

 総額1003万と4500C。



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